第六節 歯車は奇妙な形で水壁は磨けて削れる
「カンコールさーん……忘れてたー」
ルクレイはバタバタとカンコール魔道具工房に飛び込んでいきなり声をかけた。
「うおっ!……ってビックリしたぞ。なんだ、ルクレイ殿か……また何かのカチコミかと思ったぞ。で、何を忘れてたんだ?」
工房で大きな外装を組み立てていたカンコール工房主は驚きの顔で振り向いた。ルクレイに気が付き手を拭きながら話しかけた。
「あっ、ごめーん。いや、実は魔道具の宿題?……みたいなのがあったんだけど、製糸工房や王都再訪とかですっかり忘れてたの思い出したの」
「まぁ、よく分からんがルクレイ殿が妙に忙しいのは聞いてるぞ。あと、朝っぱらから起こされてルクレイ殿の婚約話も聞かされた」
カンコール工房主は「婚約おめでとう」とお祝いの言葉をルクレイに掛けてガハハと笑った。
「ありがとう。もう陛下の許可も貰ったから正式な婚約なんだ。実は婚姻許可も貰ってるから成人したら婚姻するのも決まってるんだよ」
カンコール工房主は「はぁ?」と目を剥いた。
「でね、忘れてたのはセトリアナ大河にある巻上魔道具の調査と改造かな。レストール伯爵家のレオナールさんに陣図と資料を見せてもらったんだ」
カンコール工房主は「はぁ?」と目を丸くした。
「先ずはこの資料を読んでみて」
ルクレイは資料と陣図をカンコール工房主に押し付けた。そしてカンコール工房主が用意していた基盤を貰って船舶風壁魔道具の基盤を作り始めた。
『ふんふん、少しお小遣い増やしてヴィーにリューウェンでプレゼントしよー。刺繍で飾ってるらしい釣り針も欲しいよね。行くの楽しみだなー』
思考は糖度の高い状態だが集中力を高めた状態で基盤に陣図を描き続ける。横ではカンコール工房主が変な顔で巻上魔道具の資料を読み込んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇
鐘半分ほどで陣図を描き切ったルクレイは基盤に魔力を流し仄かに光り基盤に吸い込まれるのを見て満足げにうんうんと頷いた。
「早すぎだろ。まだ鐘半分ぐらいだぞ! 情報集めたし渡された基盤を見たが鐘半分はバカげた時間だぞ。いったいどうすればそうなるのか理解不能だ」
「そんなことよりカンコールさんの感想を聞かせて」
カンコール工房主は「軽すぎだろ……」と呆れた顔を向けた。
「率直に言えば分からん。これは魔道具なのか? 陣図の形もおかしい。これの完成形が全然分からんぞ。レオナール様も頭抱えてると思うぞ」
ルクレイは「えっ?」と想定外の返事に困惑した。
『いやいや、これって突飛もない発想だとは思うけどそこまで言う?……あっ……もしかして歯車が普及してないのか? この魔道具があるのに?』
ルクレイは少し嫌な予感がした。もし歯車の概念が薄いと色々と面倒そうな気がした。歯車は色々な使い道がある……それがないのは想定外だった。
「僕は何となくだけど資料にあった……これが基盤なんだと考えたよ?」
ルクレイは資料の中に書いてあった歯車の模式図を指さした。そして陣図が変な形なのはそこに描き込む形にしてあるからと考えを伝えた。
「んぁ?……確かにその変な形の丸いやつに描くとすれば形は合うな。しかし何でまたそんな変な形にしたんだ? 意味が分からんぞ」
カンコール工房主は首をひねった。
「それって資料の……こんな感じにするため?」
ルクレイは資料に書かれた歯車を組み合わせた模式図を指さした。そして見ても分からないなら試してみようとカンコール工房主に提案した。
カンコール工房主は諦め顔で外装用の木板を取り出し工作を始めた。ルクレイも道具を借り使い方は見様見真似で木板から歯車を切り出した。
「このデコボコが面倒くせえ。何でこんな形にしたんだよ。作ったやつ出てこい! 鐘ひとつは説教してやる。だが、手は抜かねえからな!」
カンコール工房主はやり場のない鬱憤を資料を書いた人物に向けた。巻上魔道具の作者は随分と前に天寿を全うしているため出てくる事はなかった。
「ていうかワシが一個でルクレイ殿が二個というのも微妙に納得いかんぞ。ルクレイ殿は器用過ぎるし集中力が半端なさ過ぎる……」
ルクレイは苦笑いを浮かべた。
「とりあえず資料の形にしてみよう……って、これ棒も必要だね。外装に棒は使わないよね……。あと、基盤も必要だから鍛冶工房に行く?」
「ん?……確かに。まぁ、木板で作ったのは別に無駄にはならんだろ。これを元に型を作れば同じ形の基盤になるしな。ブカゾールのところに行くか」
カンコール工房主はざっと工房を片付けた。ルクレイを伴って兄のブカゾールがやっている鍛冶工房に向かった。
「あー、兄貴はかなり女神様が大好きだから少しウザいかもしれねぇ。悪気はないと思うけどウザいものはウザいわな……先に謝っておくわ」
カンコール工房主が頭を掻いた。
「ブカゾールさんの話は聞いてるよ。ガラスを手伝ってくれるみたい。顔を出す予定だけどまだ材料が届いてないんだ。あっ、ガラスも外装に使えるよね?」
「らしいな。王都ではガラスを外装に使うのが流行りらしい。なんだかワシの知ってる世界と随分と変わって戸惑いしかねえ……」
カンコール工房主は苦笑いを含んだ複雑な顔を見せた。
「僕がガラスに気が付いたのがリューウェンなんだよね。すごく綺麗なカラフェが冷却保管箱とセットで売ってたからみんなのお土産にしたよ」
「ガラスのカラフェかよ……王都の話で出てきたが……めちゃ高いやつじゃねぇか。冷却保管箱とセットのやつなんて金貨十枚はいくって聞いたぞ」
「リューウェンでもそれぐらいだった。僕のも含めて七個買ってプレゼントした。ヴィーは使わないで部屋に飾ってるからもう一つプレゼントする予定なんだ」
カンコール工房主は「はぁ?」と呆れ顔に変わった。
「さっき作った船舶風壁魔道具の基盤で金貨五十枚ぐらいになるから大丈夫。そうだ、ブカゾールさんに基盤をお願いしとこう。馬車の改造費も捻出しないと」
カンコール工房主は「どういう世界だよ」とこぼした。そんな雑談をしているうちにルクレイたち二人はブカゾール鍛冶工房に到着して工房に入っていく。
「おう、兄貴ー! ルクレイ殿と来たぞ!」
「おぉ、これはルクレイ殿! 今日はなんと良き日でしょうか! 工房主のブカゾールです。なんなりとご用命ください」
「あー、ルクレイです。今日は挨拶と少し相談があるので顔を出しました」
ルクレイは最初に木板で作った歯車の軸になりそうな棒を確認した。ブカゾール工房主が持ち出した棒に歯車を調整して組み立てる。
「これは何ですか? デコボコしてますが形は綺麗ですね。このデコボコを金属から削り出すのは難しそうなので木で作ったのは正解ですな」
ブカゾール工房主は歯車を見て感想を述べた。
「魔道具の資料から作ったものだよ。……この絵に書かれたように組み立てたくて棒を探しに来たの。ついでに? たぶんこのデコボコしたのが基盤なの」
ブカゾール工房主は「はぁ?」と目を剥いた。
「良く分からないけど資料を見る限りそう解釈できたから後でこれの基盤を作ってみようよ。あと、船舶風壁魔道具の基盤もお願い」
ブカゾール工房主は「分かりました」とビシッと答えた。
『何ていうか素直なのは助かるんだけど……』
ルクレイたち三人は仮で組み上げた歯車の構造物を検分した。
「なるほど……デコボコが噛み合って動きを伝えるわけですな……。伝えるのは分かりましたが……これは役に立つのでしょうか?」
「そこはデコボコを基盤にして陣図を書いて動かしてみるしかないよ? カンコールさんは時間が取れたら陣図を確認して設定を洗い出してね」
カンコール工房主は「分かった」と了承した。
「そうだ、考えていたことがあってここで確認して良いかな?」
ブカゾール工房主は「どうぞ」とルクレイに頷いた。
ルクレイは歯車を外して作業台の上に固定した。
『それほど厚みはないから削るのではなく磨く方向性で試すか。魔力くん、水壁を使って歯車を磨くね。水壁は円形で少し薄めで表面はツルツルでいくよ』
ルクレイは形と動きをイメージして魔力を視覚化して水壁を発動した。
「おぉ、何か手の前に出てきましたな。これは魔法ですか?」
「うん。水属性の魔法で水壁っていうの。発案者は英雄のリュミエールさんだよ。でも、言いふらさないでね。リュミエールさん怒ると怖いらしいよ」
カンコール兄弟はカクカクと頷いた。
『魔力くん、円形はバッチリだよ。イメージしたように回転させるよ。1秒で5回転ぐらいからやるけど回転速度は僕の方で調整するね。……回転開始!』
ルクレイは相変わらず魔力くんに無茶振りをして水壁を回転させた。回転自体は魔法として特に問題がないためクルクルと回り始める。
カンコール兄弟は「「おおー」」と目を丸くした。
『よし! これで表面をツルツルにしてやるぞ』
ルクレイは回転する水壁を歯車の表面に当てた。すると「シャーーー」と音が微かに聞こえ細かい粉が周囲に飛び散り始めた。
『ちょっと磨くというより削る感じになってるな。回転数を少し下げよう』
ルクレイの意思に応じて水壁の回転数が下がり音が小さくなった。出てくる木屑も粒子が細かくなった。ルクレイは少し回して水壁を解除した。
「おお、見た目からしてかなり艷やかになりましたな!」
ブカゾール工房主が歯車の表面を撫でて驚きの顔を見せた。カンコール工房主にも触らせて二人で感想を言い合い始めた。
『これならサンダーは何とかなる。ルーターやドリルは水壁の形状次第だよな。回転数も上限があるのか分からないから魔力くんと相談しながらだな』
「ブカゾールさん、何か磨いていい金属はありませんか? 練習もしたいので少し見繕って欲しいです。あっ、あとちょっと切って良い棒もありませんか?」
ルクレイは金属加工も出来そうか確認するため強請り始めた。ブカゾール工房主は工房内を少し探して色々と出してきた。
「金属加工は色々とこういった使えないものが出るもんですぞ。素材が同じ物で纏めておけば魔導炉で溶か直して再利用する感じにしとります」
出てきたのは鉄と鋼だった。ルクレイは中途半端な鉄板を選び作業台に置いた。今度は水壁は同じまま目を保護するため水壁を目の前に発動した。
『魔力くん、次は硬い鉄板を磨こう。途中で水壁の表面を変化させてみたい。イメージは僕が出すね。表面が綺麗な鉄板を目指すよ』
ルクレイは水壁を回転させ鉄板に当てる。音を聞き表面を見ながら作業を進める。回転を上げたり表面をザラザラ変化させて磨いていく。
「凄い!……これはツルツルですな。ここまで綺麗に磨き上げるのはかなり大変ですぞ。ドワーフ族の魔法で似た事を試しても良いですか?」
『うわっ、ドワーフ族の魔法なんてあるのか。鍛冶とかに特化してたら凄いな』
ルクレイは「問題ないですよ」と答えた。
ルクレイは時間的に夕方が近づいたため戻ることにした。
「デコボコの基盤と船舶風壁魔道具の基盤はいくつか出来たら伯爵邸に届けてね。あと棒もお願い。この鉄と鋼も持ち帰るから金額を出しておいてね」
ルクレイは二人に別れの挨拶をして磨いていい金属を持って駆けて帰った。――かなりの重量物をヒョイッと持って駆けていくルクレイを二人は呆然と見ていた。




