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海の落とし者と釣り竿  作者: うにまる
第一章 落とし人から拾われ人に進化した
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第四節 オランド号の内覧会はビックリ箱

 快晴の海岸航路を、領都ヘブラナから出航したオランド号が母港のリューウェンに向けて快速に海上を西進していた。


 上甲板の先端に一人の少年が、風を受けながら海原を眺めていた。


『凄い、とても30m級のスループとは思えない。目測だけど水上速度で8ktは出てるのでは? 引き波見る限り、ハルスピードは10ktから11ktぐらいだよな』


 昨日、少年はオランド号に滞在し、出航前から起き出し観察を続けていた。見事に統率された船員たちを見てオランド号の特殊性を感じた。


 言い方は良くないが、グラナム号の船員は質は相対的に悪い。基準が分からないので相対評価としたが、比較にならないという方が正しかった。


『昨日の話で、王族が乗ると言ってたからな。そりゃ船員の教育に神経質にもなる。メダル船長が『船員の目が死んでた』ってのは盛ってない感じ』


 少年は、話しながら暗くなるメダル船長を思い出してくすくすと笑った。


『それにしても速い。アビームで条件は悪くないけど……それは縦帆が前提。スクエアセイルの横帆で、良く真っ直ぐ進んでるという感想しか出ない』


 左舷側の海から、真横と言っていい風を一本マストの帆が受け進んでいた。


「おーい、坊主。船内の案内するぞー」


 下甲板に繋がる階段からメダル船長が顔を出す。


 少年は「はーい」と返事を返し、階段に向かって駆けた。


 昨日、甲板でメダル船長と話したとき、オランド号の略歴を聞いた。船齢は四十五年の古い船だった。手入れと適切な修繕の賜物と言えた。


 船首室に入ると、年嵩の船員がメダル船長に挨拶していた。メダル船長は軽く応え、マスト周りの説明を始めた。


「簡単に言えば、竜骨が土台、下甲板、上甲板、マスト甲板の三層に強固な横木が入ってメインマストを支えている」


 少年はキラキラした目でメダル船長の話を聞く。


『マジで凄いな。四点でマスト保持なんて歴史的に見てもないんじゃないか? ビームのコストが半端じゃない。おまけに、バウキャビンはモノコックだ』


 メダル船長は巻き上げ機の場所に移動した。前子爵が隠せと厳命した事で、この船首室が生まれ、結果的に巻き上げ機の操作感が良くなったと説明した。


『この船首室か、バウキャビンにサイドスリットも入ってる。外の通路で気が付かなかった。サイドハッチの止水板からして、サイドスリットも止水可能か』


 少年は四十年の月日というものが、船の歴史を変えるには短く、変わるには長いと知っていた。連絡船とオランド号の断絶具合が気になった。


 メダル船長はニコニコしながら下甲板から直接マスト甲板に上がる。


『マスト甲板も広くて平らだ。横帆の艤装では使い切れないけどかなり使いやすそうだ。……あれ? ビットにジグが付いてる? なんでだ?』


 メダル船長は、少年の変化は気にせずマスト甲板の説明を続けた。一部の甲板は外せて索具や予備の帆が仕舞ってあると話した。


「メダル船長さん、あの棒に色々付いてるのはなぜ?」


 メダル船長は「船長でいいぞ」とガハハと笑い、少年の頭を撫でる。


『笑い方は共通? あと距離感近いな。子どもだから?』


「分かった、船長さん!」


「あれか? あれは船首係留柱で、付いてる索具はアルフォンス殿の実験?……帆の試案を試すために付けたやつで、三角形の帆を付けるんだ」


『なにー、三角ってジブセイル?……いや位置的にインナーフォアステイ? 種類としてはステイスルセイル……だけどアウターにジブセイルを付けない?』


 少年は内心の動揺を隠し「三角なの?」と尋ねた。


「ああ、三角形のやつを、あの柱とマストの間に付けるんだ。効果は分からんが、アルフォンス殿が描いた絵を見たが、凄く優美だったぞ」


『効果不明? 隠してる? あぁ、ウィンチがないのにアウターのジブセイルは強すぎるか……。どうにも情報不足だし、これ危ない線にある感じがするな……』


「うーん、想像してみたけど、モヤモヤするよ?」


 メダル船長はガハハと笑い、また頭を撫でてきた。


『あぁ、この頭の位置って撫でやすいんだ』


 メダル船長は下甲板に移動し、操船台に上がる。


「ここで操船するんだ。舵は船尾に一枚、この丸いのが舵輪でクルクル回す感じだな。後は、この箱が船舶風壁魔道具で船尾と船底の抵抗を変えてる」


『ちょっとまてー。突っ込みどころがあるだろ!』


「えっ? クルクル回すの? グラナム号は棒を押してたよ?」


 メダル船長は「ん? 良く見てるな」と、またも撫で始めた。


『……撫でるのって気持ち良いのか?』


「グラナム号は標準的な連絡船だから、舵柄棒を左右に押し動かして舵を操作してる。オランド号は舵輪でクルクル回して操作してるんだ」


『30m級でティラーやホイップスタッフは地獄しかないとは思うが、ステアリングがあるなら20m級の連絡船にも付けてあげなよ』


 少年はグラナム号では当然と見ていたが、舵輪があるのに舵柄棒のままなのを哀れと思った。


『待てよ、グラナム号は……ダメ、次に進まないと』


「えっと、船舶風壁魔道具の説明にあった抵抗ってなに?」


「あー、それな。原理は分からん。ただ、船尾は渦抵抗が消えて、船底は船底の抵抗が消える。抵抗は増減できるって感じだ」


『いきなり言葉遣いが変わった!』


「うーん? 渦抵抗って見えるの?」


メダル船長は「見れるぞ!」と寄せていた眉が解け、笑顔で少年の手を取り船尾楼に連れて行った。


『手を繋いだ! どうしたメダル船長!』


 船尾楼に登り、メダル船長と少年は船尾から海を覗き込んだ。


「あそこでクルクル回ってる渦が、さっき言った渦抵抗の元凶だぞ」


『あぁ、なるほど……渦の回転が速い。抵抗で取られるはずのエネルギーが、取られず空回りに使われているのか』


「凄いクルクル回ってる。あれが、船の……なんだっけ?」


「あぁ、船尾を後に引っ張るんだ。今は魔道具を抵抗なしで起動してるから空回りしてる感じらしい。それだけで、一割ぐらい増速したぞ」


『マジか……魔道具ひとつで……』


 少年は目を見開きメダル船長を見つめた。


「船底も同じ仕組みで抵抗を減らしてるぞ! こっちは安全確保で一割五分程度の増速だ。最大だと、両方で三割は堅い。周囲の影響がマズイから諦めてる」


 少年はメダル船長を見続けながら思考は回っていた。


『いやいや、えっ?……8ktだとしたら、本来は6.4kt位ってことかよ。三割だと8.3ktで、2ktの増速! えっ? マジで?……あの箱ひとつで、アリなのか?』


 少年はまばたきを繰り返した。


「えー、クルクルを空回りさせただけで?」


 メダル船長は「そうなんだよ」と、腕を組みながらうんうんと頷いた。


『安全って、引き波で他の船を壊さないための安全なのかよ。魔道具って半端ない……』


 メダル船長が嬉しそうに少年をヒョイッと縦抱っこして、船尾楼の船首側に歩き出す。


『えっ? どうしたメダル船長!』


「あのマストに棒が付いてるだろ?」


 メダル船長の言葉に、抱っこされている意味が分からず固まっていた少年の視線が移る。


『あれは……メインセイルのブーム……と、えっ?……上のはガフかよ!……てことはメインセイルでなくてガフセイルを付けるのか?』


 少年は帆の歴史に、断絶を幻視して目眩がした。


『三角帆がないんだから、ラティーンセイルはない。なのにガフセイルが生まれる?……いや、ラティーンセイルはナシで十分……あれ? アリじゃん』


 ラティーンセイルは、航行中にマストから帆桁を外し付け替えるという過酷な帆だった。ガフの登場で消え去った帆は、別になくても良いと少年は理解した。


『しかし、何でまたガフ?……三角のメインセイルで十分……あっ、三本マスト! そっちに付けたいから試しに出してきたのか?』


 メダル船長は鼻歌を歌い、縦抱っこしたまま船首区画に歩みを進めていた。


『三本マストにガフセイルだと……やっぱりスクーナーだよな。あれは……カッコ良い。アルフォンスは前世の記憶があるみたいだけど、センス良い!』


 少年は、出会いはなかったが、アルフォンスを帆船仲間に認定した。


『とはいえ、やっぱりカタマラン! ジブセイルとメインセイルの50ft級が欲しい。上手く設計すればソロだって行ける。あー、ソロセイリングしてー』


 気がつけば、昨日使ったテーブルが設置され、少年は座らされてた。


『えっ? いつ座った? ていうか待遇いいな! 侍女さんたち、めちゃ可愛いし、凄い世界だよ』


 ふと、前世で結婚していた妻を思い出してしまった。考えないようにしていたが、寂しさが押し寄せ、目尻に涙が溜まった。


『ダメ! もう戻れない。感傷に浸るのは……まだ先! 今は、前だけ見る!』


 思考の方向性が身体に引き摺られている感覚に気がついていた。でもそれは自然、そう考え無理をしないと決めていた。


 メダル船長が「大丈夫か?」と心配顔で覗き込んできた。


「うん! 落ちちゃったから仕方ない! ナンダル船長も船長さんも優しいから、ちょっとだけしんみりしちゃった。これから先も、頑張るよ〜」


 メダル船長は「頼れるとこは頼っとけ」と席を立ち、テーブルを回り込んで頭を撫でに来た。


 目を丸くしている侍女が可愛らしかった。


 昼食もとても美味しかった。ウルフ肉のコネ焼きや、ホルンステーキ、ミルクスープなどは絶品だった。侍女さんたちも一緒に食事を取る。


 これらの食材は、リューウェンの近くにある洞窟でアルフォンスたちが魔物を討伐して入手したと聞いた。それ以外にも、万単位の溢れも討伐したらしい。


『万単位の魔物って……そういう世界なの? 強くならないとマズイ感じ? 魔法あるみたいだし、頑張ろう。魔道具も面白そうだし』


 昼食後は船倉区画を見せてくれた。


「まぁ、オランド号の船倉はかなり区切られてるんだ。当主御座船に大きな船倉は不要だしな」


『凄く贅沢な船だよ。こんなに木材使うとか……連絡船が三隻以上建造できるのでは……。その代わり、この船はまず沈まない設計だ、そこは共感できる』


 メダル船長が扉の前で止まった。


「ここ開けてみるか?」


 悪戯顔でメダル船長が声を掛ける。


 少年は「開けるー」と扉を開け中に入った。


「うひゃーー、寒すぎるー」


 少年が飛び出してきてピョンピョン跳ねた。


 メダル船長は「くくく」と喉を鳴らしながら扉を閉める。


 少年は「なんであんなに寒いの?」と首を傾げ、手を擦りながら質問した。


「アルフォンス殿が、小ボア肉を持ち帰るために魔道具を設置したんだ。婚約者の女性陣に強請られたらしいぞ」


 メダル船長はガハハと笑い出した。


「この船倉も、アルフォンス殿が消臭と調湿の魔道具でこの状態だ。最初は驚いたが、坊主は驚かなかったな」


「最初に船首室を覗いたときにびっくりしたよ? でも、直ぐ呼ばれて、びっくりが消えたんだ」


 メダル船長は笑いながら頭を撫でる。


「今は、リューウェンで多くの人族の若者が魔道具師見習いをしてるぞ。ちょっと前には考えられない状況だ。アルフォンス殿たちはホントに凄い」


 船倉の見学も終わり、メダル船長と上甲板に戻りお茶にする。


『紅茶も美味しいけど、コーヒーとか果物ジュースないのかな。この、粉末果物を舐めると口の中は果物になるんだけど……ちょっと違うよね』


 メダル船長に魔物の話を強請り、話を聞いたあとは武術ぽい棒を使って打ち合いの遊びをした。


「船長! レベナが見えてきました!」


 メダル船長が手招きし、船尾楼で入港の流れを見学した。――船尾風壁がブレーキの役割を担っているのを見て、魔道具を絶対にやると、少年は誓った。


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