第七節 村で知ったやばい状況と森林で怒声が響いた
領都から馬車で一日の距離にある村にある宿屋でルクレイたちは夕食を待っていた。普段は昼頃に通過する村でヴィオナは来たことがなかった。
「明日のお昼頃には到着しますよね。婚約の話は晩餐の前には済ませましょう。みんないると良いのですがお父様は本館にいない可能性が少しありますね」
ヴィオナが明日の予定を考え始めた。
「そうだね。部局を回ってる可能性はあるけど……呼び寄せると思うから大丈夫では? むしろ双子が出てる可能性は……少ないか……大丈夫だよ」
ルクレイはみんなの行動パターンを考えたが大丈夫そうという結論になった。唯一、教師役のルクレイがいないため双子の動きが読めなかった。
宿屋の従業員がテーブルに夕食を並べ始めた。
「あれ?……お肉はないのですか?」
ルクレイは森に囲まれた村で肉料理がないことに違和感を覚えた。基本的に穀物以外は自給自足に近い村で領主の娘に肉料理が出ないのはおかしかった。
「申し訳ございません。肉の入荷がなく出すに出せず恥ずかしい限りです。最近、狩人の方々が村を去りまして肉はまったく手に入りません」
ルクレイたちは揃って「えっ?」と声を上げた。
「待って! 狩人が居なくなった? そんなことはあり得ません。狩人は領で契約し村々に派遣しているのですよ。勝手にいなくなれば処罰対象です!」
「そうは言いましても契約を一方的に切られたと肩を落として村を去りました。とても良い方々でしたので旅立ちの宴も開けず寂しい限りです」
ヴィオナはルクレイを見つめた。
「まずい、その辺りも産業局の管轄なら何があってもおかしくない。王都に向かうとき隣の村では肉料理が出た。騎乗移動だと泊まらないからと切ったかも……」
ルクレイは宿の従業員に村長を呼ぶよう手配した。そして騎士に村々に調査官を派遣する言付けを持たせて夜間の伝令を頼んだ。
「狩人の予算は大きくないのに削る意味が分からないわ……。ねぇ、狩人だけでなく樵も削って人が減っていたら森林の手当てに支障が出ないかしら?」
ヴィオナは不安げな顔でルクレイを見た。
「出るかな。村全体でどれぐらい抜いたか分からないと確定はしないけど……。産業局は森林が憎かったのかね。なんか徹底してる感じがするよ」
呼び出した村長は暗い顔で食堂に入ってきた。
村長に話を聞くと狩人と樵は既に全員が村を去っていた。また、穀物の割り当ても減らされているという異常事態になっていた。
「要望を上げるルートが産業局のみに閉ざされているのは元からなのか? 正直なところ領主に情報が流れないよう徹底しすぎてる」
ルクレイは難しい顔で考えにふけった。
「当初は村人の有志で肉の確保に動きました。ディアは多かったので肉は確保できてましたが……魔物がちらほら出たことで肉は諦めました」
ヴィオナがギョッとして村長を問い詰める。
「ちょっ、魔物が出たのですか? 情報は領都に上げてありますよね?……まさか産業局を経由して上げたとかですか?」
村長は項垂れ「そこしかありません」と小さく答えた。
「魔物情報は騎士団に上げるのが常識なのに……そこを産業局は書き換えた? ありえないわ……何がどうなってるのか分からなくなったわ」
「ヴィー落ち着いて。この徹底したやり方は指南役が必ずいる。特に、今の魔物情報に関する部分は産業局が普通は思いつかないよ。なにせ管轄外だからね」
ルクレイは厳しい顔でヴィオナに話しかけた。
「手紙を書くので王都のマクシミリアン公爵家に届けてもらいます。ユリウスさんを通して王家に警報を上げます。王家から在地貴族に確認して貰います」
ルクレイは騎士たちのリーダーにさらなる伝令を指示した。村長から聞き出したことも纏めてヴィオナと二人で書簡に仕立てる。
書簡を騎士に渡して出発してもらった。見送ったルクレイがクスッと笑った。
ヴィオナが「ん?」と首を傾げた。
「ん?……さっきの書簡はユリウスさん宛てだったからおかしくて。ヴィーの両親のサインがないからユリウスさんに伯爵邸で二人きりってバレたんだ」
ヴィオナは顔を真っ赤にして目が泳いだ。
「侍女たちがいても邸宅で二人きりは婚約者でもありえないよって笑われた。まぁ、婚姻前提だから誤差って言い切っておいたから大丈夫」
ヴィオナは「誤差……」と呟きプッと吹き出して笑顔を見せた。
『ここまで見守ってましたが……この二人は甘い空間を作らないとダメな呪いとか掛かっているのでしょうか? 深刻な話なのに深刻そうに見えません……』
ユミナは二人を見ていたが話だけが深刻で雰囲気が緩い空間に慄いていた。
「明日は森林の内部を確認しよう。僕とヴィー、あとは騎士リーダーと戦闘侍女さんの四人で十分だね。ディアが増えてる件も気になるし魔物は討伐ね」
ヴィオナは「分かった」と答えたが騎士と戦闘侍女は唖然として反応を示さなかった。あまりに軽く討伐と言われても現実感がなく指示が頭に入らなかった。
「僕とヴィーは棒で十分だからヴィーは王都で渡した棒を使ってね。魔物も村長さんの話だとボアタイプみたいだから殴れば討伐できるでしょ」
ルクレイの言葉にヴィオナはうんうんと頷いた。
「ルクレイ様! 討伐とか勝手はまずいかと思います。領都で旦那様の指示を仰ぐべきではないでしょうか?」
ユミナが常識的な判断をルクレイに伝えた。
「んー、今更かな。ユリウスさんに伝えた時点で逸脱してる自覚あるし。僕とヴィーなら戦闘自体は問題ないんだからちゃっちゃと情報を集めて戻る予定だよ」
ユミナは自覚のあるルクレイを止める権限などなく項垂れた。
「ということなので村長さんは事後対応の準備をお願いします。状況を確認して要討伐であれば討伐隊を編成して貰います」
村長は「承りました」と頭を下げて食堂を後にした――。
翌日は早朝から魔物を見たという方向に向けてルクレイたちは徒歩で移動していた。騎士リーダーは騎乗装備のため元から軽装、戦闘侍女は乗馬服である。
「お二人の戦闘能力が高いことは分かっています。ただ、実戦は少ないですよね? 落ち着いて対処をお願いします。私も防御力は薄い装備なので……」
騎士リーダーがルクレイとヴィオナに念を押していた。
「基本的に突入はしません。待ちの姿勢でも十分にやれると思います。ボアタイプは突っ込んで来ますしディアも角持ちは突っ込んでくると習いました」
「ディアが前方にいます。角持ちはいないようなので無視されますか?」
戦闘侍女からディアの報告がなされた。
『ディアって鹿だよね。多いって村長さんは言ってたから駆除は必要だけど……今は放置で先に進まないと話にならないか』
「放置で良いです。ヴィー、探知って風属性と聞いたんだけど使える?」
「使えないわ。魔法は興味がなかったから……。でも、ソフィとリサに少し教えて貰ったの。一応は風壁が使えるわ。ソフィは風壁で殴るから教えてもらったよ」
ルクレイは「風壁?」と首を傾げた。
ヴィオナはドヤ顔で「手の前に風壁作ったよ?」と手を差し出した。
「えっ?……ほんとだ! 壁があるよ。かなり強度が高そうだし魔力の色がついてるから凄く綺麗だよ。ヴィーが使うと凄くカッコ良くて可愛い」
ヴィオナが「可愛い……」とつぶやき頬を染めて嬉しそうに微笑んだ。
『これがユミナさんの言ってた甘い空間の呪い……。緊張するはずの森林地帯でユルユルな空間を展開する二人はどういう思考なのかしら……』
戦闘侍女は周囲を警戒しながらも二人のやり取りから目が離せなかった。
『探知って結局は相手の場所を特定する技術だよな。いわゆる船舶レーダーや魚探なんかと似た動きで調べてるのかな? 波を当てる感じ?』
ルクレイは魔力くんに頼み周囲の魔力を視覚化していた。相変わらず淡い藍色の透明な膜を纏っているヴィオナは可愛いと思考の一部で堪能していた。
『風属性ってことは風? 魔力を波状にして放出は効率悪そうだよな。風というより空気に干渉する? でもそれって魚探に近い発想なのかな……』
ルクレイは船舶レーダーが電波なのは知っていた。しかし、風属性で電波は違うだろうと保留にしていた。色々と考えたが今ひとつ良い案が浮かばなかった。
『俺の水属性は魚探的なことを海で出来るかもしれないけど保留。昨日、魔力くんの事はヴィーに伝えたからヴィーにも魔力くんにお願いしてもらうか?』
すでに周囲から角持ちのディアが突っ掛かって来ていたが、ルクレイは考え事をしながら避けて頭を棒で叩いていた。
「うーん、角持ちのディアが結構多いね。頭叩けばいいから僕とヴィーでどうとでもなるとしても面倒なのは確かだよね。あっヴィーは手袋で叩いてみる?」
ヴィオナはパッと笑顔になり「風壁でも良い?」と小首を傾げた。
「良いよ。ソフィア様は『風壁パンチ』って言ってたんでしょ? 任せるから自由にやってみて。あっ、でも『風壁キック』は止めておこう」
ヴィオナは「やったー」と喜びながら飛び出てきたディアを殴った。
「もう少し軽く殴った方が良さそうだね。首だけ吹っ飛んでいったよ? 明らかにお亡くなりになってる。死骸は放置するとまずいんだよなー」
ヴィオナはショボーンと肩を落とした。
「あっ、リサが『リュミは水属性で血抜きした』って言ってたよ? アルフォンスさんが無茶振りして試したらできたんだって。さすが〈炎爆〉さんだよね」
『いまその情報?……血は水分だから操作して抜き出す感じ? まぁ、魔力くんにお願いしてダメだったら考えよう』
「分かった。水属性で血抜きする感じなのね。いちおう試してみる」
ルクレイはディアの後ろ足を持ってみた。しかし背が足りずディアは地面に横たわったままだったのでそのまま魔力くんにお願いすることにした。
『魔力くん、えっとねディアの体内にある血液を外に排出したいんだ。僕も頑張って考えるから上手いこと血抜きをお願い!』
ルクレイは目を瞑り血が抜き取られるイメージを浮かべて魔力を活性化した。もちろん、この活性化はルクレイの前世の記憶から持ってきた思い込みである。
するとディアの首の付け根から大量の血が吹き出した。
『どういうこと?……なんで血が吹き出してるのかしら……。二人の会話は聞いていたけど意味が分からないわ…。あれが血抜きなの? 抜けてはいるけど……』
あまりにシュールな光景に戦闘侍女と騎士リーダーは遠い目をした。
「やったー、レイ、上手く血抜きできてるよー。さすがわたしのレイね」
ヴィオナは自分の情報でルクレイが血抜きできたのを喜んでいた。
「血が飛びすぎた気もするけど諦めかな。贅沢は言ってられないし。でもこれを持っていくのは無理か……一体ぐらいなら大丈夫と信じよう」
血抜きまで行ったが運べない事実は変わらないためルクレイは諦めた。最初からダメかなとは思ったがやっぱりダメだったと諦めて先に進むことにした。
「狩人って凄いよね。あのディアを持ち帰るんでしょ? 村の人もディアを狩ったと言ってたけど運んだんだよね」
「僕もそう思うな。大人でも普通は結構重いと思うんだよね。今度、狩人の狩りを見せてもらった方が良いのかな?……時間が取れたらだな……」
ふと声がしたとルクレイが立ち止まる。
「声が聞こえたような気がする。村の人は入ってないのに人がいるのかな?」
森の奥から声が聞こえた。怒声のような声が段々と近づいてきていた。――静かだった森にざわめきが広がりルクレイたちを包んでいった。




