第六節 ヴィオナと馬の関係性と黄色い実の買い足し
速歩ほどの速度で疾走する六頭の馬たちが平原を南下していた。少し離れた場所には南北に繋がる街道が見えている。
先頭を駆ける馬のみが二人乗りで速度の調節を行っていた。
「レイ、町が見えてきたよ。あれがザルム町なんだよね? 普段は王都との行き来は船だから昨日泊まったガルディオスも目新しかったよ」
「そうだね。普段はお昼を食べたら出ちゃうけど今日は泊まって町を見るから僕も楽しみ。黄色い果物があるといいな。苗木のことも聞こうと思う」
ニロンの前席にヴィオナが座り後席にルクレイが乗って平原を走っていた。こうなったのはヴィオナと借馬ナンニとの関係性である――。
公爵邸から戻り領都へ帰還する準備を指示した二人は馬房に足を運んだ。ニロンに帰還の報告と確かめるためである。
「それにしても驚いたわ。レイが同い年になるなんてとっても嬉しい。まぁ、レイの中身はエルフ族だから二年は誤差かもしれないけど一緒は嬉しいの」
『その中身はエルフ族って設定は生きてるんだ……』
「そうだね。おかげで三年で成人の儀が受けられる。ヴィーと一緒に儀式に参加できるのは最高だよね。成人すれば婚姻もできるからね」
「やっぱり二年は大きいわ」
ヴィオナはルクレイに輝くような笑顔を向けた。
馬房に着きルクレイがニロンに明日早朝に王都を出発して帰路につくと報告した。ヴィオナはニロンの首に抱きついて同い年の報告をしていた。
『ニロンは聖徳太子みたいだ。耳元でヴィーの報告を聞きながら僕の話も聞いている。ヴィーは相変わらず藍色に光ってるけどニロンは気にしてないな……』
ルクレイはヴィオナとナンニが上手くいかない理由を考えていた。ヴィオナは相性と言っていたがルクレイはそれに違和感を覚えた。
『ナンニの反応は嫌悪感でなくて戸惑いや畏怖に近い感じだった』
ルクレイはナンニに近づいて鬣を撫でる。ナンニは落ち着いて見えるがルクレイが感じる感情は揺れていた。ヴィオナを意識しているのが分かった。
「ヴィー、少しずつこっちに来て」
ヴィオナが振り返り視線を揺らしたがゆっくりとルクレイの方に歩いてきた。
『んー、やっぱりナンニの緊張度が高くなるな』
ルクレイはナンニの首をポンポンと叩きヴィオナに歩み寄る。そしてエスコートの手を出して騎士たちの軍馬に近寄っていく。
『こっちの軍馬も戸惑いを感じてる。ナンニ程ではないけどヴィーに萎縮させる何かがあると考えるべきだよな。まぁ、身体に纏ってる光だろう……』
ルクレイとヴィオナは軍馬の鬣を軽く撫で馬房から離れた。ルクレイはそのままラウンジまでエスコートしてテーブルを囲む。
ルクレイは隅で控えているユミナに内密の話なので他言しないと誓うか退室するように告げた。侍女のユミナは他言しない道を選択した。
「最初に昨日の話ね。回廊を抜けた後に立ち止まったでしょ? ある種、分析ぽい事ができるようになったんだけどあの時は大量の情報が流れ込んできてたの」
ヴィオナは「分析……ぽい?」と小首を傾げた。
ルクレイは発端となった小箱開封の話をヴィオナに行った。どうしても中身が知りたくて魔力くんにお願いしたくだりでヴィオナはクスッと笑った。
「レイは『魔力くん』と仲がいいのね。少し焼けちゃうわ。それにしても魔力を擬人化するなんてエルフ族の秘伝なのかしら……」
『エルフ族が万能すぎて全てを攫っていく件』
「エルフ族は置くとして、アルフォンスさんは魔力を想いを受け取る存在と定義している。これが恐らく根底にある魔力の〈理〉なんだと思う」
「それ、似た話をリサから聞いたわ。リサは『魔力はあなたを中から見ている』と言ってたの。レイの言葉にあった〈理〉も口にしていたわ」
『しまった! これ聞いてはいけない話だった! なぜ退室を選ばなかったのわたし! バカバカ! あーん失敗したー』
ユミナは話の内容は良く分からないが聞いてはいけない話だったと悟った。しかし今更逃げれないというか手遅れだった。ユミナは心の中で膝をついた。
「ふふ、ヴィーはソフィア様とリサリア嬢と親友になれて良かったね。二人はヴィーに心を許してるって分かるよ。本当の親友は得難いからね」
「そうだよね。最初は王女様となんて思ったけどソフィとリサはとても気さくだし優しいわ。押しが強いときは多々あるけど親友になれて良かった」
ルクレイは話を戻してヴィオナが馬と上手くいかない理由は魔力だと話した。魔力が表面に流れ出ていて馬が萎縮しているのが今の結論と告げた。
ヴィオナは「魔力出てるの?」と身体を見回した。
「ヴィーの魔力は淡い藍色だよ。個人色って魔力の色なのかもしれない。僕は濃い青色、ソフィア様は濃い紺色でリサリア嬢は見えるほどは出てなかった」
「それだとお馬さんを相棒にするのは無理かな……」
ヴィオナはショボーンと項垂れた。
「可能性はあるよ。まず大人の軍馬はナンニよりは萎縮していなかった。あとニロンはまったく気にしてなかった。個性か分からないけど違いは存在してる」
ヴィオナは顔を上げて期待の顔になった。
「まだ出会ってないだけ……そんな気がする。僕もニロンが相棒となってるけどずっとではない。ニロンの相棒は今もお祖母様のままだよ」
ヴィオナは「えっ?」と目を丸くした。
「お祖父様を亡くして色々と絶望してた感じかな。でもね、お祖母様は心を立て直し始めてる。ニロンはそう思ってるみたい」
「ほんとにお祖母様とニロンは前のように一緒に並んでお祖母様を乗せてくれるのかな。小さかったけど忘れられない光景が見れるかな?」
ヴィオナはポロポロと涙を流した。
「もう少し時間は掛かるとは思うけど見れるよ。そうニロンは断言してた。実はさ、ユリウスさん達と話してて確信したことがあるんだよね」
ヴィオナは首を傾げた。
「ニロンは魔馬だって。アルフォンスさんたちの馬の話を聞いてニロンは同じだなって感じた。まぁ、ニロンに対して言わないけどバレてるかな」
「魔馬って辺境伯家にいるバルムスと同じなの?」
「そうだね。今の王国にはバルムス以外に六頭の魔馬がいるらしい。リュミエールさんのリトル以外はアルフォンス案件ってユリウスさんが言ってた」
ルクレイは苦笑いを浮かべヴィオナに話した。
その後の話は帰路に関するもので陸路での移動とした。ヴィオナはニロンに同乗しナンニはユミナが乗ることになった。
そしてルクレイの希望でザルム町で宿泊となった――。
「小麦の産地というだけあって町の周囲は凄かったですね。まだ蒔いて間もないから草原かと思いましたよ? レイは良く分かりましたね」
「最初に王都行くときに教えてもらったよ。まだ草原になる前だからほとんど土で違和感があったから踏まないですんだかな」
ザルム町の通りを歩きながら雑談していた二人は露店の果物屋に着いた。色とりどりの果物が並んでいた。
「あった。おじちゃん黄色のやつ買いに来たよ」
「おぅ、ありゃ、このまえ買っていった坊主……ぼっちゃんか……もうなくなったのですか?」
店主はヴィオナに気が付きまずいと思ったのか言葉遣いがおかしくなった。
「言葉遣いは普段通りでいいよ。僕も気に入ったけど相棒の馬が大好きみたい。王都で全部食べちゃったんだ。多めに買わないと怒られそう」
店主は「そうか?」と気にしながら様子を窺った。
「これ結構高いやつなんだが馬が食べ尽くしたのか。それで買い足しって坊主は優しいな。今出てるのは早採りだからこれからがシーズンだぞ」
大丈夫そうと判断した店主は調子が戻ってきた。
「大丈夫なら馬が六頭だから中袋で六袋ほど欲しいかな。ニロンだけで四袋いけるけど二人乗りだから一袋……いや……絶対睨む……八袋大丈夫?」
「すげえな。中袋を四袋も持てるのかよ。大丈夫だけど持ち帰れないか。宿に届けておくよ。貴族様だろ? 一番大きな宿だよな?」
店主が侍女と判断したユミナに問い掛ける。聞かれたユミナは軽く頷いた。
「この実が成る木って苗木買えるかな?」
「あー、苗木か。分からんから南門にある苗木屋に聞くといいな。この実は特産品にはなってないから買えるとは思うんだが……」
「ありがとう苗木屋に行ってみる」
ルクレイは店主にお礼を言い露店を後にした。
「黄色い実は早採りって言ってたよね。本格的なシーズンと終盤の食べ比べしてみたいな。そう言えば、いつも思うんだけど誰も果物の名前言わないよね?」
ルクレイが首を傾げるとヴィオナも首を傾げた。
「それはですね名前を言っても分からないからです。名付けが適当なので特産品以外は覚えるだけ無駄な努力になってしまいます」
ユミナが名前を言わない理由を答えた。
「……適当だよね。でも特産品は名前を聞くなら特産品の判別は簡単ってことか。便利と不便が微妙に混ざり込んでるとこが面白いのかな……」
『名前を統一するという概念はあるのに適用範囲が狭すぎるんだよね。騎士や侍女たちは名乗らないという考え方にも繋がってそうな気がする』
「レイ、宿場街の亀裂は見たのよね? この南門からハールベン伯爵領に向かう街道って山岳地帯を抜けるのね。山岳地帯に洞窟があるんだって」
ルクレイは「洞窟!」と驚き『冒険の旗が……』と話の流れが大きく冒険に傾いたことに気が付いた。
「山岳地帯のハールベン領側の斜面に『深緑の湖』があるんだって。リサも微妙に子どもの時に読んだ記憶があるらしいの」
『きたー! 山岳地帯の深緑の湖とか旗としか思えない! そこに洞窟なんて……テンプレじゃん』
「洞窟の入口は断崖絶壁にあって湖面に囲まれて歩いては入れないんだって。アルフォンスさんたちは入口の確認は諦めたらしいわ」
『ちょっ、アルフォンスさん案件の洞窟! 確認はしてなくても洞窟なんだろうな。ユリウスさんの話には出てないから新しいやつじゃん』
「ふふ、ソフィに探索許可書はもらってるから一緒に見に行きましょうね。山岳地帯の湖なんてきっと絶景に違いないわ。しかも湖面が深緑なんて素敵」
ルクレイは「綺麗だろうね」と返していた。頭の中では許可書の意味が分からなかったが旗が立ったのは理解したので湖を渡る手段を考え始めていた。
南門近くの苗木屋はたくさんの苗木が置いてあった。驚くことに小麦の苗まであった。近くにいた従業員に声を掛けると事務所に案内してくれた。
『格好と侍女と騎士……貴族以外の何者でもない件』
「ようこそおいでくださいました……ご要件は……」
店主の言い淀みにルクレイは『分かるー』と考えていた。
「言葉は楽にして。今日は苗木のことを聞きたくて伺ったんだ。黄色い果物の苗木って扱ってる?」
ルクレイは言葉を軽くして話し掛けた。
「はい。この辺りでは『爽快の実』と呼んでます。特に走りのこの時期の爽快感は中々の実です。特産指定を出しましたが認められませんでした」
店主からは苗木の話でなく実の話が先に出てきた。
「食べた時の瑞々しさと爽快感は早採れの特権です。この実に目をつけるとはお目が高いです」
ルクレイは「えっと苗木……」と言い淀んだ。
「あっ! 申し訳ございません。苗木は沢山用意してあります。ザルム町の果樹園も拡張してます。お隣のメルカド領でも栽培を始めてます!」
ルクレイは「えっ?」と目を丸くした。
「この木は植えてから実が成り始めるまでに八年掛かります。メルカド領では今年から実が採れるはず。そう言えばそろそろ顔を出す時期ですが……」
「この木をメルカド領で栽培してるんですか?」
ルクレイがヴィオナを見るとブンブンと首を振る。
「はい。普段は領都の樵をしていると言ってましたがたいへん気に入って領主様の許可が出たと苗木をたくさん買い込んでました」
ルクレイがヴィオナを見るとブンブンと首を振る。
「毎年買い足してたのでかなり広い果樹園を作ってると思いますよ?」
店主はルクレイたちの様子に気が付き首を傾げた。
「あー、領都の樵たちですね。ちょっと育てているのを知らなかったので聞いてみます。早採りできていればメルカド領最初の実なので楽しみです」
ルクレイは会話の店じまいを進めることにした。話の内容はバルテア伯爵に尋ねないと確定しないためである。
ルクレイは暇の言葉を伝えて苗木屋を後にした。




