第五節 プレゼントとお揃いと陛下の婚約許可書
気がつくと昼食の準備がガゼボで進んでいた。
『ここ奥まったガゼボなのに運んで来たのか? なんか侍女や従僕さんたちは普通な顔してる。ガゼボで食事というのがアルフォンスさん流ぽいけど……』
昼食の話題はプレゼントしたイヤーカフと手袋に集中した。やはりイヤーカフの石は個人色という認識になっていた。
「わたしたちも最初に小箱から出たのがイヤーカフだったの。アルが最後にイヤーカフを出して揃った時は嬉しかったわ」
リサリアが耳のイヤーカフを触った。
「ルクレイは二個の小箱を同時に開けて揃いのイヤーカフと手袋なのが画期的だな。恋人へのプレゼントが出せるというのは小箱の評価を変える」
ユリウスがルクレイの挑戦を評価した。
「結構、自分のものとなると思いつかないものです。アルとリュミは小箱を手に入れても積極的には開けませんよね。アイテム袋に死蔵状態ですね」
「二人は開けないよねー。アルに頼まれてリュミが必要なものって頑張って、出てきたのが方位磁石って言ってたよね〜」
リサリアが思い出したようにヴィオナに顔を向けた。
「あっ、ヴィオ。脛当と膝当と肘当はお勧めです。関節部分のケアが進むと良い感じですよ。脛当はリュミが蹴りの鍛錬時に気が付いて出したみたいよ」
リサリアの押しは武具なのか美容品なのか微妙な線だった。
「あと面白いものありませんかしら……」
リサリアが頬杖して呟く。
「目が疲れたときに目を冷やすんだけど、目の疲労を取るマスクみたいなのはどうです? あとは肩こりとかあれば肩をほぐしてくれるものとか」
「それ面白そう! ユリ兄さん試してみて。セシリアに出してプレゼントよ!」
ルクレイの案にソフィアが乗ってユリウスに投げた。
「あっ、妊婦さんって腰が痛くなるって聞いた気がするんですが本当ですか?」
「あー、なるなる。ロゼ姉さんが妊婦さんのときに言ってたよ? わたしに腰を助けてって言ってたけど無理だよね〜」
ルクレイの疑問にソフィアが経験から答えた。
「腰を補助するものやお腹を補助するものなら可能性ありませんか? 小箱さんへのお願いって具体性はたぶん不要ですよね?」
ルクレイは小首を傾げた。
「一理ありますね。方向性を決めてお願いして問題なければそれっぽいものは出てくるような気がします。小箱に入るものだと手袋みたいな布でしょうか」
リサリアがルクレイの考えを支持した。
「なるほど、でもクラリス伯母さんが小箱を欲しがってたから試すとしてもほどほどかな。むしろ、情報を回して試しておいてもらってもいいのか」
ユリウスが小箱を求めているクラリス正妃に相談することにした。
庭園を抜けてきた侍女がユリウスに耳打ちした。
「ルクレイ、ヴィオナ嬢。先触れの返答が来たから向かうぞー」
ルクレイは「えっ? どこにです?」と状況が分からずユリウスに確認した。
「ん?……言い忘れてた。王宮に先触れを出した。いつもの第二庭園温室に集合って返事が来たんだ。上手くすれば今日で片付くぞ」
ユリウスは侍女にセシリアを任せてズンズンと本館に向かって歩き始めた。ソフィアとリサリアはユリウスの後を話しながらついていく。
「展開が目まぐるしい。ヴィー、ついていこう。ここにいても話が進まない」
ルクレイはヴィオナに手を出しエスコートしてユリウスを追いかけた。ソフィアとリサリアは後をチラリと見て「きゃぁ」と嬉しそうに話していた。
ユリウスは本館に入り奥にどんどんと進んでいく。ルクレイとヴィオナはエスコートしたまま追いついていた。二人も道すがら雑談をしていた。
回廊を通り門を通過してしばらく歩くと回廊から出た。周囲は木立に囲まれていたがルクレイの感覚は違和感を伝えてきた。
『この空間は少しおかしい。魔力くんお願い』
魔力くんに頼み目の魔力を活性化する。厳密に表現すると『活性化したつもり』である。ルクレイは活性化という概念を前世の記憶から持ってきていた。
『うわー、周囲に魔力がかなりあるな。何だろう……ってヴィーが女神様みたいに光ってる! ソフィア王女とユリウスさんも光ってるけど……』
ルクレイは仄かとは言い難く光っているヴィオナと話しながら見惚れていた。良く見ると光は淡い藍色でイヤーカフの石と同じ色だった。
ソフィアを見ると仄かに光る色は濃い紺色で個人色だった。
『個人色って魔力の色ってことなのか? というか何で魔力が見えるようになったんだろう……。分析ぽい情報はで……』
ルクレイの思考に割り込むように情報が流れ込んできた。思わず歩みが止まる。エスコートされていたヴィオナは一瞬バランスを崩しそうになるが止まった。
ヴィオナはルクレイを見て小首を傾げる。
『うわー、近距離でこれは可愛いで終わらないー』
ルクレイの思考が回復しエスコートを再開しユリウスたちを追いかける。
「ちょっとビックリした。帰ったら話すから聞いて欲しいかな」
ヴィオナはニコッと笑いうなずいた。
『流れ込んだ情報は一過性というわけではないのか? いくつかの情報が残ってる。何らかのフィルターのような仕組みがある?……まぁ保留か』
庭園に入り前方に温室が見えていた。
「誰がいると思う?」
今更な状況でルクレイは小さくヴィオナに話しかける。
「分からないけど陛下はいると思うわ」
ヴィオナは少し緊張が表面に見えていた。ルクレイはニコッと微笑んだ。
「僕はそれに両妃殿下もいると思ってる」
ヴィオナが目を丸くして「多過ぎよ」とくすくすと笑った。
ユリウスとソフィアたちはそのまま温室の中に入っていった。ルクレイは姿勢を整えた。ヴィオナも合わせて姿勢を整えルクレイに寄り添った。
扉を通り温室に入ると花や葉の匂いが集まってきた。そしてちらほら見える魔力の光にルクレイは魔道具の存在だと気が付いた。
『無防備はありえないよな』
小道を抜けるとテーブルがいくつか置かれた空間に出た。ルクレイとヴィオナは歩みを止めた。
ヴィオナはエスコートを外し少し前に出てスッと自然な所作で深くカーテシーを披露する。軽く摘んで広げたスカートの裾が綺麗な波を作る。
ルクレイは胸に手を当て正式な礼を取る。
「メルカド伯爵家に拾われた落とし人のルクレイと申します。本日はバルテア伯爵の名代として御前に参りました。お見知りおきのほどお願いします」
「メルカド伯爵家長女ヴィオナです。本日はお時間を取って頂き誠に感謝いたします。名代ルクレイのパートナーとして参りました」
二人は完全に動きを止め声掛かりを待った。
「楽にしていいぞ」
ヴィオナはカーテシーを解き顔を上げた。ルクレイはスッと並び再びエスコートの体勢になる。
「くくく、見事なものだな。まぁ空いてる場所に座れ。今は休憩時間だ楽にしてお茶していってくれ」
ヴァルディス国王は軽く席を勧めた。
「陛下、とても見事な挨拶に敬意を示さないのはダメですよ。陛下は二人とも初対面なんですから」
クラリス正妃が国王を窘めた。
「ヴィオナ嬢は九年振りですね。カリスタは強情なので再会までに時間が掛かりました。冒険の件は怒ってないのに困ったものです」
「クラリス姉さん仕方ありませんよ。武門の方はみな似てます。ヴィオナに探索許可書を出せたのですからこれからが楽しみですよ」
『うわー、この王家は面白い。本質は怖いけど懐の大きさは本物だ。アルフォンスさんが自由に動けるわけだ。王家と信頼関係で繋がってる感じが見える』
「ご無沙汰しております。三歳とは言えあの冒険は無謀の極みでした。母が烈火のごとく怒るのは致し方なかった……と最近分かりました」
「最近か! 何か心境の変化でもあったのか?」
ヴァルディス国王は楽しそうに質問した。
ヴィオナはお茶の配膳を待ってから口を開く。
「領地を駆け回っていて王都に行く必要性に気が付いて……おりませんでした。ソフィア様とリサリア様と出会って……もったいなかったと思いました」
「あー、ヴィオ! 愛称で呼んで! 寂しいよ?」
「陛下の前ですから最初ぐらいは許して。ソフィとリサは親友なんですから様をつけても気にしなくて問題ありませんよ」
「そだねー、でもタリーセが様をつけるのは嫌味なんだよ? 酷くない?」
「貴方たちは隣の席で話してなさい」
クラリス正妃がソフィアに指示した。ソフィアはリサリアとヴィオナを連れて温室の紹介を始めた。ヴィオナはルクレイを振り返ったがついていった。
「最初に本題を片付けましょう。産業局の不正で書類の改ざんでしたね。この件は端的に言えばかなりの在地が対象になる見込みです」
クラリス正妃が発言を止めリーズ側妃に視線を流した。
「産業局の組織的な犯罪の線が出てきています。その場合は王宮産業局の監督責任が発生します。不正に関与した者は厳罰ですが周囲は検討中です」
リーズ側妃が眉を寄せた。
「在地貴族を減らす予定はないので、仲良く罰金か労役として異変からの復興に使おうと考えてます」
クラリス正妃とヴァルディス国王がうんうんと頷いた。
「念のために話しておきますが、メルカド伯爵家はカリスタが事前に申告をしています。お茶会のときに処罰対象になると言ってましたわ」
ルクレイは「そうでしたか」と答えた。
『恐らく社交の情報と付き合わせて判断した感じなのかな。ユリウスさんの情報も社交経由と考えるとカリスタ夫人が王都にいたのは悪くなかったということだな』
ルクレイは情報は力と考えてはいたが情報が伝達する流れは意識していなかった。そして王国の社交はテンプレ的なものとは違いそうと考えた。
「処罰でゴタゴタするより働かせた方がいいだろ。森林の管理は何とかするしかないしな。チラッと聞いたが製糸もまずいんだろ?」
ヴァルディス国王がルクレイに問い掛ける。
「メルカド領の製糸工房は閉鎖寸前でした。バルテア伯爵が資金提供で踏みとどめ作業改善と新商品で立て直しを始めています」
ルクレイは静かに答えていく。
「ノルド家のリドル子爵子息と懇意になりましたので協調して進めます。アルフォンスさんの糸も新商品として扱い製糸は独り立ちできる準備をします」
リーズ側妃が真剣な目でルクレイを見た。
「独り立ちというのはどのような状態かしら?」
「糸を商品として出荷し流通させる本来の姿です。産業局の関与は工房としてのみですね。新しい糸は商品として強みがあります」
本来の工房の姿とルクレイは答えた。
「製糸法が厄介草の駆除だけに簡素化されるような形にしたいですね。製糸そのものを押し付けたかったわけではないと思いますので」
ヴァルディス国王は少し驚いた顔をした。
「なるほどな。どうだ実現できそうか?」
「まだ始めたばかりです。煮込む前の表皮を取り除く工程は省力化できています。ここを魔道具化できれば製糸に集中できるので可能性は高いです」
ヴァルディス国王は顎に手を当て考え始めた。
「さすが『魔道具の申し子』ですね。あの工程は魔道具では無理と言われてたのよ。それを成し遂げれば偉業となりますよ」
『うっ、知らない二つ名が出てきた……。やっぱり四日は早い……よな。まぁ、放置するしかない』
「魔道具はメルカド領のカンコール工房主とノルド領のリベラン工房主に手伝ってもらい整える道筋をリドルが整え始めてるはずです」
ルクレイ自身の動きが決まってないので巻き込むしかないと考えていた。
「そういや『女神様の愛し子』ってどこから生まれたんだ? 気がついたら定着してたぞ。クラリスは知ってるか?」
ヴァルディス国王がクラリス正妃に尋ねた。
「酒場と社交の両方にほとんど同じ頃から出たようですね。わたしは『落とし人』の報告書からオランド号が怪しいと考えてますよ」
『情報を集めてるところはやっぱり怖いよ。王宮にいてメダル船長のやらかしに辿り着いてるじゃん。王都の情報は集めて分析してるんだろうな』
「オランド号のメダル船長には大変良くして頂いてます。身寄りのない僕を養子にとまで考えていてくれました。お父さんみたいな人です」
ルクレイは心情を伝えて話を逸らすことにした。
ヴァルディス国王たちが勝手にメダル船長の養子ネタで盛り上がり始めた。ルクレイは一息つけたのでチラリとヴィオナを見ると笑顔で話していた。
『ヴィーの方も上手く流れてるみたいだな』
「そう言えば、ルクレイの『露店広場の英雄』って真相はどうなの? ルクレイの噂は王都でとても流行っていてワクワクするのよ」
リーズ側妃が突然ルクレイを刺し貫いた。
ルクレイは「はぁ?」と礼儀も吹き飛んだ。
「ほら、露店広場でヴィオナに求婚したでしょ? それで『露店広場の英雄』って噂になって他の二つの噂が同一人物って分かったから大騒ぎよ?」
『ユリウスさんの話が現実になってたか……逃げ場はそもそもないし……逃げを打つ状況でもない。ここは正面から突貫……するか』
「大騒ぎになってましたか……。騒がせてしまってすみません。真相ということであれば……ヴィー、こっちに来てください」
ルクレイは腹を括りヴィオナを呼び寄せた。
突然呼ばれたヴィオナは目を丸くした。呼び名に気が付き満面の笑みを浮かべ席を立ちルクレイの横までタタタと移動してきた。
「実は広場の前に求婚してヴィーから良い返事を頂いてました」
「はい! レイから求婚されとても嬉しく両親と相談することもなく受けてしまいました。でも両親はぜったいに説得します!」
ヴィオナはフンスと気合を入れていた。
「広場の話は知りませんでしたが……求婚ということであれば誤差のようなものです。なので広場で求婚したのは真実で問題ありません」
「きゃぁーー」
周囲にいた女性陣が歓声を上げてヴィオナを攫っていった。ヴァルディス国王は呆れて見ていたが気を取り直して紅茶に口をつけた。
「二人が着けているのは小箱の品かい?」
ヴァルディス国王がルクレイに尋ねた。
「はい。ユリウスさんから貰った小箱から出ました。先程プレゼントしたところです。婚約の許可のあとと考えてましたが助言もあり良いタイミングでした」
ルクレイが答えるとユリウスも会話に参加し、危なかったという話に落ち着いた。やはり状況的に娘婿扱いで話がまとまった。
「一気に家族が増えてとても嬉しいです。双子のどちらが継いでも困らない領地を目指します。あと、自由に動ける帆船を作りたいです」
ルクレイは笑顔で夢を語った。
「ルクレイは帆船好きか。アルフォンスに渡す大型外洋船の設計に入る予定だ。暇な時に案とかもらえると助かるな。ベースはフェリア号になるだろう」
ルクレイは「大型外洋船ですか?」と聞き直した。
「アルフォンスたちは二年後の成人で婚姻して旅に出ると言ってる。異変もそれまでに対処すると。それには間に合わないが礼を兼ねて渡す予定だ」
「分かりました。オランド号の知見はメダル船長から入ると思います。僕の方の知見は別途回したいと思います。とても楽しみですね」
ヴァルディス国王は頷いた。
「そう言えばルクレイは十歳となってたな。これって祝福の儀を受けられたからだろ? 別に十歳と決まってるわけではないぞ。どうする、十二歳としとくか?」
ルクレイはヴァルディス国王の言葉に驚いた。
「良いのですか? 可能であればヴィーと同い年が良いです」
ルクレイは身を乗り出して力強く意思を示した。
「じゃ十二歳な。後でルクレイとヴィオナの婚約許可書と婚姻許可書を伯爵邸に届ける。十二歳にしておくからバルテアを頷かせたら見せびらかせよ?」
ヴァルディス国王はクックックと悪戯顔で笑った。
「その前に、許可書を見せたヴィーの可愛い笑顔を堪能します」
そのまま王宮で晩餐を頂き公爵邸に泊まることになった。




