第四節 ユリウスと真面目した後は未来を誓う儀式?
春の心地よい風が開けた窓から室内を駆け抜けた。公爵邸のラウンジに満たされていた甘く爽やかな匂いを連れ出していった。
「いやー、なんか悪かったね。まさかソフィたちが来襲していると思わなかった。ちょっとセシーの身支度に手間取ってね」
「先程の慌てようだと懐妊かなって思いましたけど確定ですか?」
ユリウスは頭を掻いて「確定」と朗らかな笑顔を浮かべた。
「おめでとうございます。婚姻と懐妊のお祝いを何か考えますね」
ユリウスは「えっ?」と意外な言葉に驚いた。
「ユリウスさんとリドルにとっても素敵なプレゼントを入手する機会をもらいました。あれは僕だけでは入手できなかった品々です。任せてください」
「そうか、楽しみにしておくよ。無理はしないでくれよ」
ユリウスは照れくさそうにルクレイに答えた。
「そうだ、あのプレゼントは渡したの?」
「マナーハウスに戻ったら家族全員の前で申し込んで許可をもぎ取る算段です。許可が出たときに渡そうと思って常に身に着けてます」
ルクレイが上着を捲ると抱き袋が忍ばされていた。
「プレゼントはちょっと置いて、気になってたんだけどルクレイはタウンハウスとマナーハウスに自室ってあるの?」
「はい。当初、伯爵様とカリスタ夫人が不在で離れで生活してました。今はどちらも自室があり、マナーハウスの方は離れを工房として使ってます」
ユリウスは「んー」と少し考えを整理していた。
「俺のお勧めはプレゼントは今日渡そう! 見たとこソフィとリサリア嬢は親友認定してる感じだ。後で渡すと根掘り葉掘りヴィオナ嬢が詰められそうだ」
ルクレイは「あー」とユリウスの考えを正しいと理解した。
「貴族家は基本的に本館に自室は与えない。うちにはアルフォンスとリュミエール嬢たちの自室がある。つまり、ルクレイはメルカド伯爵家で似た立ち位置だ」
ルクレイは目を丸くした。
「端的にいってメルカド伯爵家はルクレイを既に家族扱いをしてる。ということは、二人が婚約したいと伝えても『今更』という状況になる可能性が高い」
ルクレイは状況としては既に既成事実化されていると認識した。
「俺もさセシーの両親に婚姻の申込みに行ったんだよ。でさ、申し出したら両親二人でポカーンとして恐ろしいほどに酷かった」
ユリウスは苦笑いを浮かべた。
「ルクレイは似た状況になったときにプレゼント渡せそうか?」
ルクレイはブンブンと鳴るほどに首を左右に振った。
「俺のところに送った書簡はルクレイたちで書いただろ? あれ違和感があったんだよ。少なくとも成人を迎えてないから親の署名が入るはずなのになかった」
ルクレイは「えー」と言いそうな顔でユリウスを見つめた。
「タウンハウスにいるのルクレイとヴィオナ嬢だけだろ?」
「カリスタ夫人は僕が王都に来る前に船で領地に戻ってしまいました。伯爵様からその場合はヴィーと二人で対応するように言われてます」
ユリウスは状況を聞いてうんうんと頷いた。
「やっぱり、俺みたいに困った状況になる可能性が跳ね上がった。二人だけで居ていいってのは婚約者でも本来ないぞ? ほぼ婚姻と同じ扱いだな」
ルクレイは「嬉しいですが」と本心をこぼしながら微妙な表情になった。
「よし、後はルクレイが決めるだけだ。と言っても女性陣は当分戻ってこないのは確実だ。あいつらこの手の話は長いからな……」
ユリウスは言葉を止め侍女に顔を向けた。
「もしソフィたちが王宮の方に連れて行く気配があったら止めてくれ」
侍女が「畏まりました」と礼を取りラウンジから退室した。
「すまん、ホントに王宮側に連れ込む可能性があるんで予防線を張った。で、本題を進めておこう。俺に相談というのを話してくれ」
ルクレイはうなずいた。
「聞きたかったのは任命責任に関する問い合わせ先を聞きたかっただけです」
ユリウスは「任命責任?」と訝しげな顔を向けた。
「メルカド伯爵家が王宮に提出した書類に数値改ざんされた物が含まれていると確定しています。伯爵様は正しい数値の調査と現場対応で手一杯になっています」
ユリウスは話の内容に眉を顰める。
「ヴィーの進学でカリスタ夫人が王都に詰めていたことで完全に手が回らず僕を王都に派遣しました。入れ違いでカリスタ夫人は領地に出発してました」
ルクレイは間の悪さを肩を軽く竦める動作で示した。
「正しい数値は後で産業局に回せば十分です。王宮への公文書の改ざんと犯人を任命した責任は早急に打診する必要があると判断して行き先を聞きにきました」
ユリウスはスッと手を挙げ話を止めた。
「先にプレゼントの話をしておいて正解だな。ルクレイ、メルカド伯爵の頭のなかでルクレイは既に娘婿になってる。これは確実だ」
ルクレイは「へっ?」と間抜けな声を出した。
「改ざんしたのは産業局宛ということだな。いま社交界で注目度が高いのはどうやら森林管理らしい。セシーの話ではお茶会の中心的話題はそれだ」
ルクレイは「森林管理」と思い当たる単語に驚く。
「その顔は森林管理は改ざんというか不正に関するものだな。俺も外に出過ぎてたから詳細は押さえてない。その事実だけで保留にしよう」
『ユリウスさんは凄い。情報整理でとっ散らかるのを防ぐ形なのに、頭の中にある情報の断片も集めて状況であり得るものを潰すことから始めた』
「次に話題になってるのは丸太……というより木材だな。木材不足が顕著に見えてきてお茶会では融通できるかどうか話してるらしい」
「丸太でも大丈夫です。メルカド伯爵領は森林管理の予算着服ですので適切に切り出してない状態です。つまり木材不足の関係性はあると考えます」
ルクレイは情報の隠蔽は悪手と即断して情報を出した。
「ただ、木材の出荷量や丸太置き場の状況確認は情報がありません」
正確な数値は不明な点はユリウスに伝えた。
「この二つは既知の部分だ。多く森林地帯を抱えている領地は、すべて何等かの管理に失敗しているという前提で動いているらしい」
「その前提だと王宮の責任にも踏み込むんですか?」
ユリウスはニヤッと笑った。
「踏み込むしかない。王宮産業局に集まってる情報を精査し直せばおかしな数値が出てくるはずだ。すべてを整合性持たせた不正なんてできっこない」
『あぁ、この件では王家は腹を括ってるんだ。徹底的に膿は絞り出して外科的なものになっても推進すると決めてるってことだな』
「その考え方には同意です。僕の方から違う点を三つほど出していいですか?」
ルクレイは流れに乗せてユリウスに情報提供することを決めた。
「おぅ、勿論だ。まだ情報は集まり始めてない感じだから歓迎だ」
ルクレイはユリウスの答えに頷いた。
「ひとつは情報だけです。産業局が当主不在を利用して森林管理に関する情報提供を握りつぶしてました。局長たちを投獄して資料精査で見つかったそうです」
ユリウスは思わず「はぁ?」と想定外の話に変な声が出た。
「王宮産業局からの通達を握りつぶした? そんなの極刑確定の重犯罪だぞ。正しい情報を伝えない行為は基本的に極刑なんだが……どういうことだ?」
「ユリウスさん、そもそも着服そのものがバカな行為です。バカに期待しても何も考えてないから答えは得られませんよ」
ユリウスは「あぁ、真理だな」と苦笑いで答えた。
「次は、森林管理に関わる件ですが、森林が荒れて恐らく海に影響が出てると考えてます。具体的には不漁という方向で顕在化すると思います」
ユリウスは「ん?」と首を傾げた。
「確証などはないのですがレベナは結構深刻な不漁状態です。僕としては戻ったら森林は調査したいと考えてます。ただ、違う事象で不漁の可能性は否定しません」
「なるほど、ルクレイの個人的な感というやつだな。感は侮れないが……ルクレイに任せたいな。もし何か知見が得られたら教えてくれ」
ルクレイは「勿論です」と答えた。
「最後に、製糸工房が危機的になっている領地が、メルカド伯爵家以外でもあると考えてます。というか、別口で報告が上がると思います」
「少し持って回した言い方だな。……他家が関わってるからか」
「確実に上がってくるのはノルド子爵家です。今、リドルと組んで製糸工房の立て直しを両領地で開始してます。まだ着手したばかりですが立て直しはします」
ユリウスは「自信があるのか?」と気になって尋ねた。
「自信はあります。でも、それより製糸法の策定にあたった、当時の王太子の思いを感じたからです。僕は僕が感じた王太子の悲願を成し遂げたいと思ってます」
「邪魔草を糸にするという研究を成功させた王太子と友人の話か……」
ルクレイは「えっ? 邪魔草?」と一瞬意味が分からなかった。
「あー、あの草だけどな、王都は『邪魔草』と呼んでる。そうそう、リューウェンの辺りは『厄介草』だったな。名前多すぎて統一は諦めたって聞いたぞ」
ユリウスはケラケラと笑い、ルクレイもプッと吹き出して笑った。
「そうか、製糸工房はリドルと組んでるのか。なんか面白い組み合わせだな。亀裂のときはそこまで距離感は近く感じなかったぞ?」
「あー、良く分からないんだけどリドルが突然『ルクにぃ』と呼び出してグレアルさんが悪乗りして定着しちゃった感じです」
ユリウスは目を丸くして「ルクにぃかよ」とまた笑い出した。
「あー笑った。よし、ちょうどいいというのはルクレイに悪いけど、ヴィオナ嬢にプレゼントをしてから昼食にしよう」
「そうします。マナーハウスで爆死する可能性は僕にも分かりました。爆死するぐらいなら先走ってプレゼントします」
「おー、良いね良いね。場所はアルフォンスゆかりのガゼボでいいな」
ユリウスは侍女に女性陣を奥のガゼボに移動するよう頼んだ。
ルクレイは「外で大丈夫ですか?」と尋ねた。
「あのガゼボは暖房魔道具も完備してる生活感のあるガゼボなんだよ。ほとんどアルフォンスたちの拠点として使われてるぞ」
ユリウスは笑いながら庭園を歩いていく。
ガゼボに到着するとそこはある意味で異界だった。ガゼボってなんだろうと疑問が浮かんだ。棚があり色々な物が仕舞われていた。
「これはガゼボにけんか……あっ子爵邸のガゼボはここの簡易版なのか! ここはガゼボでなく明らかに工房なのにガゼボなのか……」
「まぁまぁ、アルフォンスたちの好みだから諦めろ。色々と常備してるから妙に使い勝手が良いという始末に負えない異界だな」
ユリウスはついてきた侍女にお茶の準備を頼んだ。
ルクレイは抱き袋から薄い木箱を二つ取り出した。
「おまっ、木箱を抱き袋に入れるとか暴挙だろ!」
「シワが付かないのは分かっていても綺麗に仕舞わないとダメですよ。ヴィーへのプレゼントなんですから。鉄製でも入れちゃいますよ!」
女性陣が楽しそうに庭園を歩いてきた。ユリウスが迎えに行きヴィオナだけをガゼボに向かわせた。ソフィアたちは話を聞きニヤニヤし始めた。
「全部任せちゃったかな?」
ヴィオナが視線を揺らしながらルクレイに尋ねた。
「問題ないよ。ヴィーは違う場所で頑張ってたよね。一緒も楽しいけどちょっと役割が変更になっただけだからね。ユリウスさんとこっちは進めた」
ヴィオナは「うん」と微笑みを見せた。
ルクレイはヴィオナを手招きして呼び寄せた。
「これは大好きな婚約者さんに渡そうと用意したプレゼントなんだ。ぜひヴィーに受け取ってほしい」
ヴィオナは目を見開いてルクレイを見た。
ルクレイはひとつの木箱をヴィオナの前に置いて開くように促した。ヴィオナはそっと木箱の蓋を開け息を呑んだ。
「これ……ソフィとリサが着けてる手袋と……イヤーカフ……だよね」
「これはヴィーにプレゼントしたいと小箱にお願いして出してもらったものだよ。僕のもあってヴィーとお揃いなんだ」
ルクレイがもうひとつの木箱を開ける。
「たぶんだけど、僕の個人色は濃い青色。そしてヴィーの個人色は淡い藍色みたい。この淡い藍色の石がついたイヤーカフを見たときヴィーに似合うと思った」
ヴィオナがルクレイを見ると目に涙が溜まり始めていた。ルクレイはヴィオナをそっと抱き寄せた。
「泣かないで。まだヴィーに着けてないよ。ヴィーにアクセサリーを着けるのは僕の特権だから笑顔のヴィーに着けたい」
しばらくすると「着けて」と声が聞こえた。
ヴィオナをそっと解放しルクレイは向き直る。そして手袋を取り出してヴィオナの手に着ける。
「次はわたしがレイに手袋着ける」
ヴィオナが木箱から手袋を取り出してルクレイの手に着けた。
ルクレイはイヤーカフを取り出し似合うと思う位置に着けていく。両耳を飾ったイヤーカフが光を反射してキラキラと輝いた。
「とっても似合って可愛い。大好きだよヴィー」
ヴィオナは笑顔のままイヤーカフを手に取りルクレイの耳に着けていく。
「とっても素敵。わたしも大好き……レイ」
そしてヴィオナの涙腺は崩壊した。
慌てたユミナが身支度に走りソフィアとリサリアはヴィオナを祝福して回った。セシリアはユリウスに連行され席に座らせられていた。
『あぁ、アルフォンスさんの婚約者が三人になった理由が分かったような気がするな。背負うと決めたものが大き過ぎて支え合わないと耐えられないんだ』
ヴィオナを祝福し嬉しそうに笑顔を振りまくソフィアとリサリアを見ながらルクレイは会ったことのないリュミエールという少女の役割を感じ取った。
『今日、ヴィオナにプレゼントを渡せたのは流れだけど必然のタイミングだったんだ。僕とヴィーの鍵がひとつ外れた感じがする』
身支度が終わっても三人でクルクルと回り楽しそうに笑顔を振りまく三人をルクレイは眺めていた。




