第三節 ユリウスさんと会う予定が混乱しかなかった
春を満喫する人たちの喧騒が漂う王都の街中を一台の馬車がゆっくりと王宮に向けて進んでいた。馬車の引き馬になぜかニロンの姿が見えた。
「ニロン、何でまた引き馬に参加したの? まさか相棒から卒業とか言わないよね? 卒業されたらお祖母様にきっとしごかれちゃうよ!」
馬車の前方に付けられた小窓からルクレイがニロンに声を掛けていた。ニロンは聞こえない振りをしながら機嫌よく馬車を引いていく。
座席に座ったヴィオナがくすくすと笑いながらルクレイを見ていた。
『まさか公爵家訪問が実現して、私が侍女として入ることになるとは欠片も考えたことありませんね。なぜ二人は公爵家に向かってるのにドタバタ劇なのでしょう』
侍女のスペースに同乗しているユミナは少し不思議な感覚に襲われていた。貴族家の頂点である公爵家に向かっているのにいつも通りの空気感が謎劇場だった。
「レイ、落ち着いて、ニロンは気分転換でもしたかったのよ。公爵家に騎乗移動で向かうわけにもいきませんから。そうね、暇だったんだと思うわ」
「えー、暇だったら寛ぎ空間を設置してゆっくりしてると思うよ?」
ルクレイはニロンの行動パターンから逸れていると主張した。
「そう言えば、あの不思議な魔道具はどこから出てきたの? 前に王都に来たときは持ってなかったはずです。もしかして作ったんですか?」
ヴィオナが疑問で小首を傾げた。
「ん? あれは風寛魔道具って言うんだけどメダル船長に貰ったんだよ。アルフォンスさんの手作りらしいけど予備でオランド号に積んでたのを貰った」
「どこかで売ってるのでしょうか? 聞いたことがありませんよ」
「アルフォンスさんが作ったなら産業局に陣図はあると思う。産業局以外だとバルモンさんところにあるかもしれないって感じかな」
「レイに本体を見せてもらったけど基盤だったよ?」
「あー、アルフォンスさん手作りは全部基盤だけなんだって。外装を習得する時間が取れなくて基盤だけで済ませてるってメダル船長とリドルから聞いた」
「レイってアルフォンスさん情報をたくさん持ってるよね。それも微妙に深いとこの情報とか」
「僕はどこに行ってもアルフォンスさんの話が必ず出るから不思議かな。途中にあるザルム町で昼食してる時に異変の英雄の話がよく聞こえるし」
「不思議……あっ、公爵邸が見えてきたわ」
馬車はすでに王宮に近く塞ぐ形で公爵邸が見えてきた。敷地はかなり広く王宮の出城に近く堅牢さが見て取れた。
「すごい!……王宮の防衛拠点ってそのまんまなんだね。絶対にここは通さないって意思が具現化したようなタウンハウス? だね」
門の前で一度止まり馬車内の確認を受けて門の中に誘導された。
「すごい、貴族家でも公爵家の敷地に入ることはとても難しいのよ。王宮は年に一度は大茶会と大夜会が開かれるから入れるの」
ルクレイは「えっ? そうなの?」と意外だったので問いかけた。
「ふふ、マティルダ様がお茶会や晩餐会を開かないから入る機会がないみたい」
「なるほど、貴族間の情報とかは七歳ぐらいからって聞いたから座学では出てこないからなぁ。教材は一通り目を通したけどダメなことシリーズ集だった」
「えっ? レイが教材に目を通したの?」
ヴィオナは四歳児用の教材に目を通していたことに驚いた。
「今は暫定処置で僕が双子に座学も教えてるからね。リドルがいると復習を兼ねて背景とか任せられるから楽なんだよね。あっ、三歳のマナー集も読んだよ?」
ヴィオナは目を丸くした。
「あとは執事長に『必要ですから』ってエスコートと初心者用ダンスを扱かれた……。エスコートはヴィーをエスコートする時に感謝しちゃった」
ヴィオナは頬を染めて「執事長良い判断です」と小さくつぶやいた。
『……もう敷地内に入ってるのにこの緩んだ空気はどうにもなりませんね。門での確認もまったく緊張の欠片すら見当たりませんでした。この二人はおかしいです』
さすがにユミナもおかしいと思い始めた。公爵家に向かってることに対して二人がまったく緊張の欠片すらないのは異常事態だと感じていた。
玄関先で馬車が止まり扉が従者によって優雅に開かれた。
ルクレイが静かにスッと地面に足をつけ振り返り手を差し出す。
「ヴィー、お手をお使いください」
ヴィオナは頬を染めながらそっと指先をルクレイが差し出す手に触れさせた。
「レイ、ありがとう」
ヴィオナはルクレイに微笑みを向け、スカートの裾を軽く摘み手を支点にヴィオナはゆっくりと馬車から降り地に足をつける。
ルクレイはそのままエスコートの形でヴィオナを誘導する。
『馬車に乗せる時のエスコートも綺麗だったけど降りる時のエスコートと裾捌きが綺麗すぎるわ。伯爵家という家格を超えていると判断されるレベルね』
後に続くユミナは前方で繰り広げられる光景に唖然とした。そして、玄関先で待つ公爵家の執事を見て自分の感覚に間違いがないと確信した。
「落とし人のルクレイ、こちらはメルカド伯爵家のヴィオナ嬢です」
ルクレイは落ち着いて名乗り紹介状を執事に見せる。
一瞬動きが固まった執事が招待状を確認して頷き招待状をルクレイに返した。
「先導させて頂きます。本日はラウンジに招待と聞いております」
執事は本館の玄関扉を開き二人と侍女を招き入れ先導して案内を始めた。
ルクレイとヴィオナはラウンジまで案内されテーブルを囲み待機に入った。
「馬車のエスコートは久しぶりでしたが、レイにエスコートされるのは気持ち良いです。本当にお姫様になった気分でふわふわしました」
「ヴィーの裾捌きが自然で綺麗で見惚れちゃった。手も支点だけで体重が全く掛かってなかったよ。その素敵なドレスを着てるのにフワッと浮いたよね」
二人はマイペースにお互いを褒め始めた。
『やっぱりおかしいですわ。本館のラウンジまで入ったのに欠片も緊張が見えま……あっ……ヴィオナ様は公爵邸に来たことがありました!』
お供をしなかった事で記憶に薄れていた重要な情報を失念していたユミナは自身のバカさ加減にどん底に沈んだ。
「バーーン!!」
ラウンジの扉が大音響で開いた。
「ヴィオー! 良く遊びに来てくれたわ!」
乗馬服の女性が勢い良く飛び込んできた。こんな行動を取る女性と言えば……ソフィア王女だった。
大きな音で固まったヴィオナとヴィオナを守る位置に移動していたルクレイは登場した女性を見て動きを止めていた。
「ソフィ、あなたなの……びっくりした」
ヴィオナは現れたのがソフィアと認識して身体の固まりが解けた。
「フィア、いくら嬉しいからといつもより扉の当たりがきつかったですよ?」
扉からもう一人の少女といってよい女性が入室してきた。
「大丈夫よリア、これぐらいなら扉さんは余裕で耐えるよ?」
ソフィアはリサリアに扉の頑丈さをアピールした。
「ソフィとリサはなぜここに?」
ヴィオナは二人が現れた理由がまったく分からず白い思考で質問を繰り返した。
『ん? 入ってきた二人は知り合いというか愛称呼びする関係性?……ソフィア王女とリサリア嬢か! 愛称の切り方が独特だけど分かりやすいな』
ルクレイは防衛姿勢を解き礼を取ってその場で待機した。
「あっ、貴方がルクレイくんね。リア見て、礼を取ってるわ」
リサリアがソフィアの頭をペチンと叩いた。
「突然の乱入ごめんなさいね。ノルド子爵家長女リサリアと申します。こっちはソフィア王女ね。私たちはヴィオナ嬢の親友なのだけどフィアが暴走しました」
「メルカド伯爵家に居候している落とし人のルクレイと申します」
リサリアがソフィアに視線を飛ばす。
「あっ、楽にしていいわ。さぁ座りましょう」
ルクレイは座る場所を変えてヴィオナの横に移動して席に座った。
公爵家の侍女が新しい紅茶を配膳して隅に下がった。
「あっ、美味しい粉末果物を見つけました。もし良かったら味見をしますか? 僕のお手製ですが風味がすごく良いものです」
「えっ? ほんと? 出して〜」「楽しみですね」
ルクレイが粉末果物の情報を出しソフィアとリサリアが反応した。
『ちょっと、ルクレイ様の心臓はどうなっているのですか! 扉と王女殿下の登場で足がガクガクしてるんですけど! 落ち着けわたし、落ち着けわたし』
ユミナは想定外すぎる状況にパニックになり掛けたが踏みとどまっていた。
ルクレイは騎士に断りを入れて、荷物から小瓶を取り出し執事の元に向かい小瓶の中身を検分してもらう。ルクレイがティースプーンで掬い口に入れる。
「うわー、毒見なんて久しぶりに見たよ? リア見た? ルクレイくんはどこで作法覚えたの? リア、すごくない?」
リサリアは「凄いですわね」と言いつつソフィアの頭をペチンと叩く。
ソフィアは頭に手をあて「ブーー」と苦情を申し立てていた。
『この空気感は二人の関係性が深いことを示してるな。そして、侍女たちの雰囲気から日常的にこんな感じなんだろう。ある意味で緩い関係性を認めてるのか』
ルクレイはテーブルに小瓶を置いて粉末果物の出処を説明した。
「王都に来る途中にあるガルディア伯爵領のザルム町で買った黄色の果物を粉末にしたものです。ほとんどニロンの取り分であまり粉末は多くないですがどうぞ」
「あまり風味を感じない粉末果物ですね」
ソフィアとリサリア、ヴィオナは少し粉末果物を紅茶に入れ溶かし始めた。すると周囲に甘い香りが立ちのぼり爽やかさを伴い部屋を満たした。
「うわっ、外でしか使ってなかったから気が付かなかったけど強すぎる。他の粉末果物を溶かしてもこれだと楽しめない……」
「すっごい! これすごいよ? 匂い立つ力がヤバい感じだよ〜」
「これは凄いですね」
「この匂い大好き。レイ、この匂い素敵」
ルクレイはヴィオナの声に笑顔で応えた。
『匂いも凄いけど場の空気が完全に移ったわ。おかしなテンションで張り詰めた空気が完全に解けて雑談でも始めそうな空気にガラッと変わった……』
部屋を満たす甘く爽やかな形容しにくい匂いに包まれた中でユミナは空気の変化を肌で感じた。
扉がノックと共に開きユリウス公爵子息と女性が入室してきた。
「あれ? ソフィとリサリア嬢がなぜ部屋にいるの?」
ユリウスがソフィアたちに疑問を問いかけた。
「ユリ兄さんこそ何でここに?ってセシリア、久しぶりだねー。婚姻式がちょー楽しみだよ〜」
「お久しぶりです、ソフィア様。婚姻式の準備はほぼ終わりましたわ」
ユリウスの婚約者であるセシリア・メリーダ男爵令嬢が笑顔を向け小さく手を振った。トテトテとセシリアはソフィアに近づいた。
「あー、セシーは走っちゃダメだよ」
ユリウスが慌ててセシリアを追い掛けて近づく。
「あーー、セシリアはもしかして懐妊してる? ユリ兄さんの慌てぶり笑える」
『うーん、場が混沌としてきたな。ていうかユリウスさんにお子さんなのか。これはお祝いを何か考えないといけない案件だな』
ルクレイは混沌と化した場を見て状況変化を待つことにした。
リサリアが立ち上がりパンパンと手を叩いた。
「フィア、ヴィオ、あとセシリアさんも移動しますよ。ユリウスさんが来たということは、ルクレイくんの用事はユリウスさんですよね?」
ルクレイはリサリアに顔を向けて頷く。
女性陣はぞろぞろとラウンジを後にした。残されたルクレイとユリウスは苦笑いを浮かべながら握手を交わしテーブルを囲んだ。




