第二節 ルクレイとヴィオナの再会は危険な小劇場
ルクレイたちは王都の東門を通り街中に入っていった。前に王都からメルカド伯爵領に戻ってからそれほど空いてない再訪である。
騎士のひとりが先触れとしてメルカド伯爵家の伯爵邸に先行していた。
「露店広場の粉末果物屋さんと乾燥果物屋さんは覗きたいな。アルフォンスさんたちが顔出して買い占めようとする気持ちが何となく分かる」
ニロンがブルルと鳴いた。
「ふふ、ニロンは普通の果物が好きだよね。乾燥果物だとやっぱり水分欲しくなるもんね。粉末果物は……吹き出しちゃうときあるもんね」
ルクレイは以前あったニロンの粉末果物吹き出し事件を思い出した。ニロンが外からだと分かり難いぐらいの揺れを鞍に伝えブルルと鳴いた。
「ごめんごめん。でも、舐める食べ方なら失敗しないのに一気に食べたのは失敗だったと思うよ? 僕だって一気にいったら気管に入って咳き込むって」
ルクレイはニロンに話し掛けながら周囲の雰囲気が変化したことに気が付いていた。露店広場の傍を通ってから明らかに注目度が跳ね上がった。
『んー、感じるのは興味がほとんど。悪意ぽいのは来てないから愛し子とかの噂が残ってるのかな? 容姿が可愛い系に極振りで見た目は目立つからなぁ……』
ルクレイの容姿は髪は茶色と比較的目立たない色がベースなのだが色合いが涼やかで逆に目立っていた。そして瞳は赤みが強い茶褐色である。
『髪も瞳もベースが茶色なのに妙に目立つし身バレしない期待感が持てないんだよな。微かに愛し子とか聞こえてるし……』
この時、よく耳をすませば『英雄』という言葉も拾った可能性はあったが『愛し子』の心理的ダメージで声を拾うのを止めてしまっていた。
ルクレイたちはタウンハウスに到着し玄関先に向かうと少女の姿が見え手を振っていた。ルクレイはニロンから飛び降りて少女に駆け寄った。
「ヴィー、迎えに来たよ」
ルクレイの言葉を受けてヴィオナは笑みを浮かべてうなずいた。
ニロンは二人の再会を横目にスタスタと馬房に向かって歩き始めた。荷物を預かろうとした従僕が慌ててニロンを追い掛けていった。
騎士と戦闘侍女たちは目を合わせてクスクスと笑いながら馬から降りた。
ルクレイはヴィオナと一旦分かれて身支度のため湯殿に向かった。ふと、領地では双子やリドルと一緒に湯殿で会話して楽しい一時だが今日はひとりだった。
「リューウェンに入ってからはリドルと一緒で、メルカド領に戻ったら双子も一緒だったな。前世は一人っ子だったからか賑やかな湯殿って楽しいなぁ」
少し感傷に沈んだが湯殿でさっぱりしてラウンジに向かう。
「改めて状況を話すね」
晩餐までまだ時間があるのでラウンジに集まりルクレイとヴィオナは向き合って座った。ルクレイから状況の説明を始めた。
産業局の不正が表面化し色々な問題が吹き出していること。バルテア伯爵が調査と対処の両方を指揮しているため手一杯でメルカド領から出れないことを話した。
産業局は王宮に提出する資料まで数値の改ざんを行っていると判断したこと。提出書類の改ざんは任命責任が発生するため王宮に報告する必要があると説明した。
ヴィオナは静かにルクレイの話を聞き漏らすまいと真剣に向き合った。
「当初はカリスタ夫人が王都に残っている可能性に賭けていた部分はあったんだ。いない場合は僕とヴィーで対応するよう伯爵様は言葉にしてる」
話の区切りを感じたヴィオナは「ふー」と息を吐いた。
「分かった。つまりレイがお父様の名代としてわたしがサポートして王宮と折衝をすすめるのね。レイとの共同作業なんて頑張るしかないわ」
ヴィオナは両手の拳を握りしめてフンスと気合を入れた。
『あれ? ヴィーが名代でなくて僕なの? あれ? おかしいな……』
ルクレイは頬を染めて気合を入れているヴィオナをジッと見た。
『いや、あれ、めっちゃ可愛い。何だっけ……あざと可愛いってやつだっけ? ん? この役回りで頑張ったら毎回見れる? アリのアリしかない件』
ルクレイは名代の件は脇に置くことにした。どちらにせよやることが同じなら可愛い景色が優先と優先順位を確定させた。
『二人を見てると飽きが素足で逃げるわね。二人並ぶと小動物カップルなのに微妙に二人とも肉食系寄りなのが面白いわ。さすが露店広場のカップルね』
隅で気配を消して待機していたユミナは特等席から二人を眺めていた。その横にいた戦闘侍女は微妙にプルプルして気配が漏れ始めていた。
「まず決めるのはどこに接触するかです」
ルクレイの言葉にヴィオナは小首を傾げる。
「提出資料の数値改ざんです。相対するのは産業局なのは確かです。しかし、波及して任命責任の話をするのはたぶん産業局ではありません」
ルクレイは「何処か知ってる?」と首を傾げる。
「はい! 知りません!」
ヴィオナが頬を染めながら力強く答えた。
「……そっかー。僕は任命責任の件を抱えたまま産業局に行くのは得策でないと考えてます。単なる部局に在地貴族家の弱みを見せてはいけないと思います」
「わたしも思います!」
『テンション高いな。可愛いけど流れは良くないから思考させて整えるか。会議の時に良くやってた手法だけど……別の可愛さを引き出せるかも!』
「産業局は後回しにしましょう。とすると何処に行けばいいかを調べるわけですが……ヴィーは聞けそうな知り合いいないかな?」
ヴィオナは「えっ?」と質問を飲み込んだ。
「うーん、手続きとかを知ってる人だよね。王都は出禁だったから同年代の友達……いないことはないけどちょっと難しいかな」
『今の間は言い淀む相手みたいだな。そこは深掘りせずに流すとして……』
「手続きとなると大人になるか。ヴィーは相談できそうな大人の知り合い……成人してる人はいたりするかな? カリスタ夫人繋がりでもいいよ」
「お母様の交友関係は分かりません。お茶会に呼ばれた相手は分かりますが関係性となると……。役に立てなくてゴメンね……」
ヴィオナは目に見えて萎んだ。
「そこは気にしないで。親の交友関係を子どもが把握するのは困難って気がする。良く領地に遊びに来るとかない限りはまず分からない……と思う」
ヴィオナは「そうかな?」とウルウルした目の上目遣いでルクレイを見た。
『めちゃ可愛い……けどウルウルした目をさせてはいけない! 心を鬼にして笑顔に持っていかないと!』
「そうだと思うよ。僕に二つ案があるからそっちを検討してみよう。ヴィーの意見は大事だから一緒に考えようね」
ヴィオナは「うん!」と笑顔で答えた。
『これは見応えのある小劇場だわ。会話の内容は重いはずなのに軽やかに進む構成は秀逸すぎる。これは天然同士の奇跡のコラボなのかしら』
幕開けから目の離せない展開にユミナは楽しんでいた。
「ひとりはノルド子爵家のフェリア夫人。リューウェンの子爵邸で面識がある。今後、メルカド伯爵家とノルド子爵家の関係性は強まるから候補として問題ない」
ヴィオナは「んー」と小首を傾げ左拳を顎に当てた。
『うわっ、めちゃ、あざと可愛い! くー、写真撮りたいーー!』
「レイが案で止めてるということは問題もあるんだよね? 関係性が強まる理由は分からないけど……逆に強まるから警戒が必要ってこと?」
「そんな感じ。さっき、部局に弱みって話したよね。その延長線上的な感じかな」
「あと、相談しちゃうと相手に責任みたいなものが生まれる?」
「あー、それか。弱みという点で考えてたんだけど少し違和感があったんだ。なんか見落としてる気がしたんだよね。聞くと回答に責任が微妙に生まれるんだ」
「やったー!」
ヴィオナが座ったまま両手を挙げて喜びの表現を見せた。
「この案はナシにしよう。次の案なんだけど……」
『茶番ポイントでないのに不思議と茶番ぽい空気が流れたわ。ルクレイくんは冷静な振りして進めようとしてるけど口角が上がりすぎね。見応えがあるわ』
観劇を続けるユミナは紅茶の交換時ではあるが幕間を待つことにした。
「マクシミリアン公爵家のユリウス公爵子息なんだ」
ヴィオナは「えっ?」と意外な家名に驚きが先に出た。
「ユリウスさんとはセトリアナ大河の宿場街で会ったんだ。色々とお世話になった感じかな。婚姻式を控えてるらしいけど公爵邸に戻っているはず」
ヴィオナが「選んだ理由は?」と確認してきた。
「成人は過ぎてるから大人だよね。で、公爵家は貴族家だけど純粋な貴族家ではない点が大きい。在地貴族の処罰は王宮案件だから王家は必ず関わるよね?」
ヴィオナは首を傾げた後に頷いた。
「王家が出てくるんだから、最初から王族に話を持ちかけてしまえば早いかなと」
あまりの暴論にヴィオナは唖然とした顔で固まった。
『……ルクレイ様の底が見えないわ。王家が関わるから王弟の息子に接触って発想が飛びすぎてる。飛んでるのに納得しかかったわ……』
表情を変えずに隅で待機しているユミナは戦慄を覚えていた。
ヴィオナは「勝算はあるの?」と何とか言葉にすることができた。
「持ち込み先は確実に分かる」
ルクレイは得られる成果を先に伝えた。
「ユリウスさんは公爵家の次男だけど冒険者なんだ。貴族であり王族だけど王都筆頭の冒険者パーティーのリーダーでもある不思議な人なんだよね」
「あっ、聞いたことある! 焔隼の翼っていう冒険者パーティーだよね? 領地に流れてくる噂で憧れてたのー」
ヴィオナがパッと笑顔を見せて声を上げた。
「ユリウスさんは婚姻式前だよ? メンバーのセシリアさんと婚姻するよ!」
ムッとしたルクレイが婚姻することを強調した。
「えっ? ちゃんと覚えてるよ。セシリア様は魔法士で凄いの! カッコ良いの」
ヴィオナは「ずるーい」と駄々をこね始めた。
「わたしも会いたい! セシリア様に会いたい! ついていく!」
『えっ? ユリウスさんで確定していいの? ちょっと流れがおかしくない?』
ルクレイは頭の中は疑問が溢れたが「分かった」と答えていた。
ルクレイとヴィオナは仲良く隣に座りユリウス公爵子息に宛てたお伺いを打診する書簡を作り上げていった。ヴィオナが譲らなかった一文があった。
『追伸:ヴィオナ嬢がどうしてもセシリア様に会いたいそうです』
ルクレイは追伸という文化があったのかと思わず考え込んでしまった。




