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海の落とし者と釣り竿  作者: うにまる
第四章 メルカド伯爵領に見つかる問題とノルド子爵家との繋がり

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閑話 ノルド家とメルカド家は協業して厄介草を御す

「リドルだけ戻って来るというのは想定してなかったが何かあったか?」


 ノルド子爵邸マナーハウスの庭園に作られたガゼボでグレアル子爵と息子のリドルがテーブルを囲んでいた。リドルは旅装のまま着席していた。


「ルクにぃにちょっと頼まれたことがあり戻りました」


 グレアル子爵が「頼まれたのか?」とニヤケた顔でリドルに尋ねた。


「頼まれたのは情報の伝達ですよ。重い棒で叩く工程があるんだ。僕や双子は棒を持てなかった。この工程を双子でもやれる方法に改善する方法を伝えにきた」


「ほー、双子は四歳だよな。持てない棒で叩く作業を四歳でやれるようにする方法か。で、それを伝えてどうするんだ?」


 グレアル子爵はすこし意地悪な顔でリドルに質問する。


「ルクにぃは具体的な話はしなかった。ただ、手順の簡略化をうちとメルカド家で協調して動くことを重視してるみたい。これの意図は理解してるつもり」


 グレアル子爵は目を丸くした後に細めた。


「すまん、ちょっと不真面目だったな。うちの製糸工房もまずいからルクレイの気遣いは助かる。リドルはその方法を伝えるだけか?」


「んー、直ぐに戻りたいと思ってる。けど、向こうから戻る時に少しメダル船長と話したけど半端なお使いはダメかなって考えが変わり始めてる……」


 グレアル子爵はうなずき先を促した。


「一緒に居たいけどリューウェンとレベナは少し立ち位置が違うでしょ? 手順の簡略化といった短期目標は魔道具を入れてそれなりに達成できそう」


 リドルは手配してレベナに送る算段も考えてると話した。


「うちも手順の簡略化は進めるけど、新しい糸を進めてレベナに持ち込んだ方が良いと考えてる。製糸魔道具をバストリアに頼む件を進める」


 本格的に新しい糸の生産を目指す意思を示した。


「なるほど。メルカド伯爵家と両輪になって製糸工房を立て直して強化するということか。なぜメルカド伯爵家とやることにした?」


「ルクにぃがいるのは大きいけど、セトリアナ大河の両岸という変え難い現実も理由に含まれてるよ。これもルクにぃがヒント出してくれたけど」


「その視点は斬新だな。言われて俺も納得したぞ」


「ルクにぃは『発想の転換』と言ってた。この部分はもっとルクにぃと接して実感していきたいと思ってる。実感してから頭で考えたいかな」


 リドルはルクレイを兄のように慕いつつ師匠的にも見ていた。


「滑車の話か。それもチラッと考えたがとても理に適っていると思った。ルクレイがこぼしてた造船技師に聞いても理解できないというのも分かった」


 グレアル子爵は納得した顔で頷いた。


「リドル、我が家が対応している状況を話しておく」


 グレアル子爵は断りを入れてノルド家の状況を話し始めた。


 アルフォンスから木材不足が正確に伝わっていない点を指摘されたこと。産業局を内部調査して不正などを見つけたことを話していく。


 ノルド領の森林管理費用が抜かれ森林の整備が不十分になり始めていたこと。製糸工房の状況悪化など不都合な情報が止められていたことも話す。


「現在、産業局は局長と副局長は投獄し局員の調査を進めている。そして産業局は直轄で監査を入れている。おかげで手が回らなくなってる」


 グレアル子爵はリドルに真剣な顔で話をした。


「王宮対応はフェリに任せて王都に入ってる。リサにも情報は回しているが異変対応が優先なので無理は頼んでない。リドルに製糸工房を完全に任せたい」


 リドルは驚き「僕に任せるの?」と聞き直した。


「製糸工房は危機的だったが踏ん張ってくれたお陰で糸の搬出に問題は出ていない。リドルが手順の簡略化を進めてくれれば在地の責務はクリアできる」


 リドルは「責務って?」と聞き慣れない点を確認した。


「あー、製糸法があるだろ? あれは厄介草対策の法律なんだが在地貴族に製糸工房の設置と糸の搬出が義務となっている。それほど厳しくはないが法は法だ」


 リドルは製糸法の義務部分を知らず目を丸くした。


「製糸工房設置義務は川沿いだな。厄介草が取れない領地は工房設置でなく対策費用を支払うのが義務になっている。まぁお金を出してるわけだ」


 リドルは話を理解して頷いた。


「ルクにぃは製糸法を知ってたよ。製糸法を制定するに至った王太子殿下を深く評価してた。ルクにぃの製糸工房対策の動機の根幹が分かったと思う」


「落とし人のルクレイが製糸法を知っていたというのは驚きだな。そう言えば、雑談の中で『してはいけないこと』の四歳児教育を受けた話をしてたか」


「王国の河川を守るために糸を作ってるからバカにしてはいけない」


 リドルは四歳の時に習ったひとつの話を口に出した。


「そうそれだ。最初はまったく意味が分からなかった。ただ、バカにしてはいけないという禁止事項という意味で覚えたな」


「僕も今回の件でこの言葉の意味が分かった」


 グレアル子爵とリドルは顔を見合わせ二人で苦笑した――。


 翌日、リドルはナンニル製糸工房に向かった。


「ナンニルいるかな?」


 声を掛けるとナンニル工房主が顔を出し挨拶を交わしテーブルを囲む。


「今日は報告と提案があって顔を出しました」


 リドルは最初に棒を数本ほど入手してくることをお願いした。


「レベナのイゴルト製糸工房は潰れる寸前だったけどルクにぃが介入したので存続は問題ない。イゴルト工房主はナンニルの気遣いに感謝して女神様に奉じてたぞ」


「同じ製糸に関わる仲間です。仲間のことを気にするのは当たり前です。愛し子様が現れたのは偶然でもあり女神様の意思でもあります」


 リドルは苦笑いを浮かべた。


「その『愛し子』なんだけど、ルクにぃは慣れないみたいで良くない感じだよ。レベナでは『ルクレイ殿』で統一したからナンニルさんから流してくれない?」


「なんと! それは失礼なことをしてしまいました。至急、呼びかける名を改めるように働きかけますぞ。ほんとに奥ゆかしい方ですな」


『少し認識の齟齬があるような気もするけど……ルクにぃ的には殿なら許容範囲』


 ナンニル工房主を見ながらリドルはひとりで納得した。


「それでリドル様の提案というのはどのようなものでしょうか?」


「提案の方向性はやり方の変更と魔道具導入の二つになる。やり方に関してはさっき頼んだ棒が届いたら始めようと思う」


 リドルは従僕に指示を出しテーブルに二つの魔道具を置いた。


「ナンニルも見慣れてると思うが乾燥魔道具と加熱魔道具だ。製糸の工程で二度ほど乾燥させるだろ? そこを乾燥魔道具で補助することを考えてる」


「魔道具など良いのですか?」


 ナンニル工房主は怪訝な表情を浮かべた。


「そもそも魔道具を使うことがダメという話ではない。父上に教えてもらったが魔石が高価だったから使えなかっただけだろ?」


「確かに魔石は高価ですな。でもそれは今もではありませんか? 特に安くなったとは聞いておりません」


 リドルは頷いた。


「国策も関わるので値段は置く。魔石はうちから提供する形で様子をみたい。魔道具を入れることで生産がどうなるかはやってみないと検証できない」


「確かにその通りです。何事も試すことで成功も失敗も見ることができます。リドル様も試すことに意義を見いだしていただき嬉しく思います」


 ナンニル工房主が頭を下げる。


「そこは勉強中だ。ルクにぃのやりようを見て覚えようとしているところだ。ルクにぃは、あの日に魚粉、製糸、硝子工房の再建を考えてくれた」


 リドルは照れくさそうに言葉を繋いだ。


「何も考えてなかった僕のやりようを否定せず試すための算段を考えてくれた」


 リドルとナンニル工房主はここにいないルクレイの評価を口にしていた。


「魔道具に関しては魔道具師のカンコール工房主が厄介草に特化させるべきと進言していた。研究を始めるようなのでリベランに伝えるつもりだ」


「メルカド伯爵領との協業ですな。なんかワクワクしてきました」


 ナンニル工房主は嬉しそうにも楽しそうにも見える表情を浮かべた。


『あっ、これか。イゴルト工房主も似た表情を浮かべていた。そしてルクにぃは笑顔を見届けてから具体的な話に入っていた。できると確信したのは笑顔か……』


 リドルは思いついた考えに満足感を感じ笑みを浮かべた。


 頼んでいた棒が届いたのでリドルは干場に移動することにした。ナンニル工房主に作業員を一緒に集めてもらった。


「集まってくれてありがとう。厄介草の外皮を剥がす作業に関して手段の変更を提案にきた。それほど緊張せず体験して欲しい」


 作業員に乾燥が終わっている厄介草を束にして並べるよう指示する。


「これはルクにぃが思いついた方法で難しくはない。棒で叩く工程だけどレベナで僕も試そうと思ったけど棒が重すぎて持てなかったぞ」


 リドルは「良く叩けるな」と作業員に声を掛けた。


 作業員の中にいた少年と女性を手招きし棒を渡す。そして束の場所に座らせた。


「メルカド伯爵家のマルセリオとフィリクスが『コロコロ』と命名したので当面はこれでいこうと思う。ルクにぃも特に嫌がっていなかったからね」


 リドルは少年と女性に棒を使ってコロコロと転がすように指示する。


「それほど力は入れずに体重を少し掛ける感じで何往復か転がしてくれ」


 静かな干場にパリパリという音だけが聞こえた。


「うそっ、工房主さん、外皮がポロポロ剥がれていきます」


 女性が目を丸くして手元を見た。


「こっちも外皮が剥がれてきてます。もう少しやれば剥がれそうです」


 少年も驚き報告をするとさらにコロコロと転がす作業を続けた。


 干場にざわめきが広がり男性が女性に近づき覗き込んで息を飲んでいた。周囲の作業員も動き出し作業している周囲を囲ってざわめきが大きくなる。


 ナンニル工房主がリドルに顔を向けた。


「何故とは聞くなよ? 僕もルクにぃの行動でみんなと同じように驚く顔で見てたからな。どうやって思いついたかは分からないけど見ると理解できるだろ?」


「はい。最初は意味が分かりませんでしたが理解できます。良く考えてみれば踏んだときとか外皮が剥がれていたと思い出しました……」


 ナンニル工房主は頭を振って天を仰いだ。


「みんなの頑張りは無駄ではなかったぞ? 頑張って厄介草を糸に変え続けた努力は何も無駄になっていない。セトリアナ大河は今も船で行き来できている」


 リドルは製糸工房の存在意義を知ったばかりである。


「河川が閉じないよう製糸工房は頑張ってきた。そして、閉じた河川は存在していない。つまり、みなの努力は常に示されていたんだ」


 それでもリドルは存在意義を言葉にしたかった。四歳で覚えた言葉の意味を理解できた喜びで胸が一杯になった。


「気付くのが遅いとは正直なところ思っている。でも、まだ間に合うし魔道具を使った補助も視野に入ってる。新しい糸も生産を待ってるからな」


 干場に集まっている作業員がリドルの言葉を聞いていた。


「違う形で忙しくなってしまうとは思うがよろしく頼むぞ」


 作業員たちは「うおぉぉー、やるぞー」と気合を入れた怒号が干場に満ちた。思わずリドルは耳を押さえていた。


 その後は乾燥を乾燥魔道具で時間短縮したり、薪でなく加熱魔道具で煮込み作業を行ったりと作業の見直しがどうなるかを作業員たちと検証した。


 バストリアから工房用製糸魔道具が届き新しい糸の生産が始まった。レベナから厄介草用の乾燥魔道具や釜と加熱魔道具が届き製糸作業が変化していった。


 リューウェンとレベナの間をノルド家の連絡船が常に行き来するようになっていた。製糸工房と魔道具工房は連絡船で行き来して交流を深めた。


 軌道に乗るまでに一月が過ぎた。三月も経つと糸の生産量が増え製糸工房として完全に独り立ちすることができるようになった。


 製糸方法の改善案は王宮に届けられ各地の在地貴族に届けられた。


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