第七節 製糸工房の活気と町に漂う問題と伯爵の伝令
コロコロ作業をイゴルト工房主たちに任せ、工房を後にしたルクレイと双子はレベナの町中を歩いていた。
「リオ、リク。その棒は持ってきちゃったの?」
コロコロしていた棒を持ったまま歩くマルセリオとフィリクスに尋ねた。
「ルクにぃに渡され」「誰も引き取らなかった」
ルクレイは「そっか」と引き取るか聞いたら双子は渡してきた。
「「こんにちはー」」「お魚が」「並んでるー」
「これは、マルセリオ様、フィリクス様。わざわざのお越し感謝いたします」
魚屋の店主は先程と違い腰を低くして双子に挨拶をしていた。
「ルクレイ殿も先程は気が付かず失礼致しました」
店主はルクレイにも頭を下げた。
「誰かに僕たちのことを聞きました?」
ルクレイは恐縮している店主に苦笑いを浮かべた。
「奥で見ていた妻にこっぴどく怒られました」
店主は頭を搔きながら小さな声で怒られたことを自白した。
「「店主さーん」」「お魚さんの」「名前を教えて」
店主が双子の対応に回ったのでルクレイは並んでいる魚を見ていく。
『見た目から似てるけど、鯖?と鯵?と鯒?……これ何だっけ…後は鯛?か。これって、記憶と概ね合致する場合に疑問符が付くのかもしれないな』
ルクレイはこの世界での呼び名をまだ覚えていない。『魔力くん』は分かりやすい方法として記憶の中で類似する名前に疑問符を付けていると推察した。
『分かりやすいとは思うんだけど鉄木とか鯒とか微妙に分かり難い。鯒?は姿からしてマゴチだよな。鉄木はそのままアイアンウッドってのを思い出した』
「「もう売れちゃったの?」」
「いえ、最近はこれでも多い方です。今日は潮の流れが良かったと言ってました。午後は岩場に向かうといっていたので魚はこれで仕舞いです」
「岩場で何か獲るんですか?」
会話の中の岩場に気になったルクレイが会話に参加する。
「最近、エビやカニというのがリューウェンで流行っているそうです。エビは乾燥させてリューウェンに向かう商人に売っています」
『浜焼きは結局見れなかったけどエビとカニは食べさせてもらったな』
「数は獲れてる? リューウェンはまだ試行錯誤中で漁具も色々なのを試しているらしいよ。引退した漁師さんたちが復帰して指導してるって聞いた」
「よくご存知ですな……ってルクレイ殿は『愛し子』でしたか」
店主はひとりで納得してうんうんと頷いていた。
「違うよ。リューウェンを経由して戻ったからだよ。浜焼きは見れなかったけどリドルに連れ回されたし話だけは聞いたからね」
『撥水性を持たせた糸でカゴ漁のカゴもどきなら作れそうだね。でも乱獲に繋がる可能性もあるから……これも保留だな』
「「ルクにぃ」」「浜焼きって」「美味しいの?」
「えっ?……って浜焼きか。浜焼きっていうのは岩場とかで竈を使って調理して食べることだよ。話に出たエビやカニ、魚を焼いて食べると子爵様が言ってた」
「「子爵様?」」
「あー、ノルド家は子爵位だよね? リドルのお父さんが子爵様なんだよ」
「「あー、習ったのに思い出せなかった!」」
「大丈夫、そうやって知識というのは覚えていくものだからね。リオとリクがリューウェンに行くときには事前に復習して覚えてから向かうからね」
「「ルクにぃ」」「行くときは」「連れて行ってね」
「ちゃんと伯爵様にお願いするよ。ヴィオナ嬢も一緒に行こうね」
「「ヴィオ姉様と一緒に行くー」」
ルクレイは鯖?と鯵?を包んでもらい代官屋敷に向かって歩き始めた。
代官屋敷に到着したルクレイと双子は厨房に向かって館内を歩いていた。
「そう言えば、この魚の名前って聞いてなかったけど覚えてる?」
ルクレイは双子に尋ねた。
「んー、聞いたけど難しかったよ?」
「んー、なんか正式な名前は決まってないらしいよ?」
「えっ? そうなの? 普通に獲れるのに名前がないのって珍しいような」
「「店主さんは痛身と薄身って言ってたよ?」」
「へっ?……なんでそんな名前なの?」
双子は揃って「「さぁ?」」と首を傾げた。
厨房に到着し料理長に声を掛ける。料理長に魚を見せて話を聞くと『町ごとに呼び名が違う』という単純な理由で双子にとって分かり難い話と判明した。
「昔から獲れているから適当に名前を付けてたんだね。統一する意味があまりないから放置ってのが落ち着かないけど仕方ないか」
ルクレイは微妙な理由に落ち着かない顔をした。
「さっき、エビとかカニって名前が出たよね? あれはアルフォンスさんたちが付けたらしいよ。この魚にも僕たちだけで名前を付けない?」
「「いいよー」」
「短くて外来って感じだから薄身は『アジ』で痛身は『サバ』でどうかな?」
「「いいよー」」「アジ!」「サバ!」「「覚えやすい!」」
三人の会話を聞いていた料理長はガハハと笑い出した。
「いいですなー。マルセリオ様とフィリクス様はルクレイ殿が大好きなのですな。その名前は代官屋敷でも使わさせてもらいます」
「「ルクにぃは大好きー」」
料理長と双子が盛り上がって騒いでいた。
ルクレイは料理長にアジとサバをおろしてもらう。アジは料理長に任せてサバは身を綺麗に洗い鍋を借りて煮始めた。
「「ルクにぃ何してるの?」」
「んー、魚粉の手順をちょっと試してみようかなって思ったんだ。下拵えを料理長がしてくれたから煮てるところ。ゆっくり鐘半分ぐらい煮るみたい」
ルクレイは魚が入手できたことで魚粉の作業を思い出していた。
「「魚粉!」」「パラパラ振って」「美味しい」
「魚粉ですか? こちらにも回って来ましたがルクレイ殿が作られるのですか?」
料理長が調味料で使い始めた魚粉に興味を示した。
「魚粉は王都でも人気が出始めてました。ちょっと流れの中でレベナで魚粉工房を将来的に立ち上げる案がありまして……」
料理長が「魚粉工房ですか」と首を傾げた。
「リューウェンのメリンダ魚粉工房のダニエルさんから手順書やレシピなどを渡されました。レベナにあった魚粉工房はもう閉じてるそうなので再建ですね」
「レベナに魚粉工房があったという話は知りませんでした」
料理長は目を丸くして畳まれた工房の記憶が残っていないことを示した。
「再建といっても今の漁獲量では生産できません。魚粉に関しても長期的な話を伯爵様と相談になるかな。腰を据えた活動をするしかないね」
料理長に手伝ってもらいサバを煮込み身を綺麗に整えて魚粉用の浸け汁に沈めて厨房の隅に置かせてもらった。
少し遅めの昼食を食堂で取りながらルクレイたちは午後の鍛錬の話をしていた。
「騎士団の詰め所に小さい鍛錬場があるみたいだね。昼食が終わったら武術鍛錬をやるよ。足場がいつもと違うから観察して踏み出す場所に注意ね」
「馬術鍛錬はやらないの?」「フリム暇そうだったよ?」
「詰め所まで騎乗移動して武術鍛錬の合間に速歩の姿勢確認を進めようか。詰め所から緊急出動みたいでカッコ良いかもしれない」
「「おー、カッコ良い」」
ルクレイと双子はそれぞれ相棒に騎乗して町中を常歩で進み騎士団の詰め所に向かった。町人は気軽に手を振り挨拶を掛けてきた。
『呼び方が殿で統一されたのは嬉しいけれど伝達される速度がおかしくないか? これ、レベナ全体に話が流れてる気がする。町中ネットワーク凄くね?』
詰め所に着くと詰め所の騎士隊長が出迎えてくれた。代官屋敷から先触れが出ていたと気が付いた。三人は挨拶して鍛錬場に案内してもらった。
「やっぱりマナーハウスの鍛錬場よりは整備が十分ではないね。雑草も生えてる場所がある。リオ、リク、そういった場所で鍛錬するよ」
「「かしこまりー」」
『カンコールさんの慌てた言い方が気に入ったのかな。この返事は可愛いんだけど……。まぁ可愛いからいいか。たぶんまだ黒歴史にはならない……と思う』
足場が安定していない場所を選んで双子はいつもの打ち込みを始めた。最初は身体を温める時間も兼ねてゆっくりと足場を見ながら踏み出す位置を考えた。
「身体が大きくなればそれほど気にならなくなると思う。けれど体勢を崩す切っ掛けになる場合があると考えてね。足場を感じ取って体勢を整えて撃ち込んでー」
「ハッ」「カーン」
「ハッ」「カーン」
ルクレイは持ってきたコロコロの棒で受けていた。この棒は材質が『杉?』となっていたので柔らかく打ち込みを受けるのに向いていた。
打ち込みを受ける棒にルクレイは魔力を流し続け観察しながら受けていた。
『魔力を流すと仄かに光って見えるのは魔力が見えているってことなのかな。硬くすると受けに向かなくなるから軽くなる方向で魔力くんにお願いしよう』
鐘半分ぐらい打ち込み続けると双子の体力はかなり削れた。いつもより早いのは足場に集中力を取られたからとルクレイは見ていた。
ルクレイは休憩を宣言して布を敷いた場所に移動する。布の傍には風寛魔道具で展開した寛ぎ空間が作られニロンとバルム、フリムがのんびりしていた。
コップに給水魔道具で水を注ぎ冷却保管箱から取り出した粉末果物と塩を混ぜて双子に渡す。荷物から果物を取り出してニロンたちに渡した。
「「美味しーい!」」
双子は果物水を飲みながら果物を頬張った。
「ルクにぃ、バルムたちが寛いでるあの魔道具はどうしたの? 作ったの?」
マルセリオがルクレイに首を傾げて聞いてきた。
「あれはメダル船長が予備で積んでたからってくれたんだ。好みはあるらしいんだけど馬たちも寛げる基本的な設定になってるって言ってたよ」
「ルクにぃなら作れる?」
フィリクスが荷物から乾燥果物を取り出しながら聞いてきた。
「メダル船長の話だと風壁を元に作られたらしいから作れると思うよ。灯光魔道具の光る機能を入れてるとメダル船長はアルフォンスさんに聞いたみたい」
ルクレイは双子に視線を向けてゆっくり話しかけた。
「アルフォンスさんは相棒たちのために魔道具を改造してるんだって。この気持ちは僕たちも持たないといけないよ。ニロンやバルム、フリムは家族だからね」
「「分かってるー」」「バルムは家族」「フリムは家族」
三頭からブルルと返事が返ってきた。
「ふふ、バルムとフリムから当然って雰囲気が戻ってきたよ。ニロンからは……保護者って戻ってきたけど……まさにそんな感じだよね」
ルクレイが苦笑すると双子はケラケラと笑い出した。
休憩が終わったら馬術鍛錬を始める。ルクレイはマルセリオとフィリクスを相棒に騎乗する補助をしてニロンに騎乗する。
「詰め所から伝令が出るための通路がある。通路を抜けると町の外に出るから湾に沿った小道を抜けていくぞ。速度は速歩。身体が慣れるまでは調整すること!」
「「あいあいさー」」
「落馬しないよう膝の締め付けだけは注意しろ! バルムとフリムはまずそうだったらゆっくり速度を落としてね。それでは、出発!」
バルムとフリムの二頭が常歩で動き出し通路に入り速度を上げていく。ニロンは最後尾に付く形で二頭を追って通路に入る。
通路の出口の門は開かれ二頭はそのまま通過する。ルクレイは門兵に略礼を返し二頭の追尾を始めた。ニロンは見やすい位置に速度を調節して移動する。
「リオ、リク。視線を少し先に向けて。視線が下がると前かがみになってバルムたちが落馬を心配しちゃうよ。膝の締付けを安定させれば怖くないよ」
「「りょーかーい!」」
ニロンがブルルと鳴くとバルムとフリムが常歩と速歩の中間ぐらいだった速度を上げていく。加速はとにかくゆっくりで二頭の気遣いが見て取れる。
「良い関係性が生まれてるね。ニロンも指導を手伝ってくれてるでしょ? 双子は身体が育てば良い騎手になれるよ。あの歳で良い馬に出会えてるね」
ルクレイはニロンに感謝の気持ちを伝えた。
二頭は速歩の速度まで上げると巡航に入り小道の突端で回頭して帰路につく。
再び武術鍛錬を行い馬術鍛錬と繰り返した。
鍛錬を終えて代官屋敷に戻り相棒の手入れを従僕に手伝ってもらいながら念入りに行う。双子は楽しかった感想を相棒にしながら手入れを終わらせる。
屋敷に入ると代官が三人を待っていた。ラウンジに移動して紅茶を囲みながら話を聞く。
「領主様より伝令が参りました。ルクレイ様に戻って頂きたいとのことです。マルセリオ様とフィリクス様も御一緒にとのことです」
ルクレイは目を細め双子は目を丸くしていた。
「想定外の状況変化があったのかもしれませんね。リオ、リク、明日移動するよ。悪いけどニロンたちに移動するって声をかけてきてくれるかな?」
「「かしこまりー」」
双子は馬房に向かって駆け出しラウンジを後にした。
「イゴルトさんに明日の伝達と、明日領都に向かう伝令が同行するよう詰め所に伝えてください。そのとき、詰め所へお肉の差し入れもお願いします」
代官は「分かりました」と返答しラウンジを後にした。
『たぶん製糸関連でまずい状況になった気がする。僕を呼ぶということは手が足りないって感じなのかな。領内の話なら伯爵様だけで回せるはずだし……』
ルクレイは静かになったラウンジで紅茶片手に思考に入った。
『カリスタ夫人が王都で足止めになってるのも痛いよな。騎乗移動なら三日と言っても往復で六日だから時間のロスは大きい。電話とかあれば良いんだけどねぇ』
ラウンジに双子が飛び込み「「伝えたー」」とルクレイに飛び込んだ。
ルクレイは二人の頭を撫でて「湯殿行くよー」と声をかけ二人と手を繋ぎ湯殿に向かって廊下を歩いていく。この後のバタバタを少し想像しながら。
『あー、リドルが戻ったときの手配も代官さんに頼まないと』




