第四節 厄介草の製糸は乾燥が一杯で筋力も一杯
「なぁ愛し子様、なんでワシまで馬に乗ってレベナに向かっとるんだ?」
騎士が乗る馬の後席にむりやり乗せられたカンコール工房主がボヤきを呟く。早朝に叩き起こされたカンコール工房主は事実上拉致された。
「カンコールさんが何故か忙しそうに館の方に来てくれないから魔道具の勉強が滞ってるよ。今日は製糸工房の視察だけど魔道具師として見てよね」
「いや言ってる意味が分からんぞ。製糸工房で魔道具師って何すんだ? 勉強が滞ってるのはルクレイが王都に行ってたからだろ!」
「製糸工房が存亡の危機なんだよね。作業工程に魔道具で補助できるところが一つでもあれば手当したい。その見極めが僕にはできないんだよ」
「あー、魔道具師としての引き出しという意味か。確かに船舶風壁の基盤は見事だったが……作れるけど理解はできてないってやつだな」
ルクレイは「それそれー」とカンコール工房主に笑顔を見せた。
「しかし基盤を作るとこはホントすげえぞ。熟練魔道具師と言われても疑わねぇ出来だ。船舶風壁のは工房に飾りてぇぐらいだ」
カンコール工房主はガハハと大声で笑った。
「カンコールさん、大声で笑うと騎士さんの馬が迷惑そうにしてますよ」
カンコール工房主は「うお、すまん」と馬に謝った。
今日は製糸工房の視察のためルクレイたちはレベナに向かっていた。全員が騎乗していてリオとリクは初めての騎乗移動である。
「リオとリクはもう少し相棒に任せてあげてね。いつもの感じが基本だよ。膝にもう少し力入れて。バルムとフリムが落ちないか心配顔だよ」
ルクレイの声にマルセリオとフィリクスは体勢を整えていく。リドルは昨日の移動で感じた感覚を再現するためヘラムに声を掛けながら進んでいた。
領都からレベナまでは馬車で半日、騎乗移動で鐘二つぐらいである。初の速歩に挑戦しているマルセリオとフィリクスのペースだと鐘三つぐらいである。
「今日はレベナでお泊まりだから急がなくていいよ。リドル、少し膝が緩んでるみたいだよ。もう少しで小川があるから休憩するからね」
小川の畔で馬たちの手入れを始める。移動中の手入れは汗を拭き取り休憩で冷え過ぎないように注意する。水は直ぐに飲ませず体温が落ち着いてから飲ませる。
リドルと双子は簡易台を使っても大変なため騎士の補助を受けている。カンコール工房主は久しぶりの乗馬でお尻が痛くなり敷いた布の上で倒れていた。
「小川の横なのに給水魔道具の水を使うのはどうして?」
リドルが疑問をルクレイに質問した。
「これからは給水魔道具が標準になるからね。使い慣れておくのが重要って感じかな。あと水温に気を使わないで済むというのもある。これは良し悪しが難しい」
ルクレイはリドルに説明した。
「その給水魔道具が普通に流通してるとは思わんかったぞ。領主様から陣図を渡されたときに含まれて驚いたわ。陣図が公開されるとか複雑な気分だぞ」
倒れたままカンコール工房主が呻くように声を出した。
「王都で感じたけど魔道具の広がりが凄い。陣図を公開して作り手を増やしたいってのは危機感だね。作っても作っても終わらないのは結構辛いと思うよ」
新しい物にも挑戦できないとルクレイは補足した。
カンコール工房主は「確かに」とルクレイの言葉に納得して頷く。
休憩も終わり再びレベナに向かい速歩で駆けていく――。
「こんにちはー、工房主のイゴルトさんはいますか?」
ルクレイは工房に入り声を掛けた。馬たちは騎士たちが工房の空き地に連れていき世話をお願いしてあった。
工房の奥から痩せた男性が顔を出して駆け寄ってきた。
「これは『愛し子』様とお見受けしましたが何か御用でしょうか?」
ルクレイは物理的に膝をつき『油断した……ここまで……』と項垂れた。
「愛し子様! どうされましたか! 愛し子様!」
「イゴルト工房主、ルクにぃは『愛し子』という呼び名に慣れてないからそれぐらいで止めておけ。呼ぶなら『ルクレイ殿』がたぶん喜ばれるぞ」
必死に声がけしているイゴルト工房主にリドルが声を掛ける。
「えっ?……そうなのですか? もしかして失礼をしてしまったのでしょうか?」
「ルクにぃは『落とし人』と認識しているところに『愛し子』と変わって戸惑っている。できれば知り合いにその話をして広めておいてくれ」
「分かりました! ルクレイ殿を困らせるのは本意ではありません!」
イゴルト工房主は胸を張ってリドルに答えた。
『初めて言葉が通じる人がいた感動ってこれか……。リドル偉い、良く様でなく殿にしてくれた。様で合唱されたら心に刺さってたぞ』
仕切り直して工房のテーブルを囲んで全員が座った。ルクレイが主導して自己紹介をしてリドル、双子、カンコール工房主を紹介する。
「言葉は崩してください。今日来たのは製糸工房の状況を良くするための視察です。手順を実際に見て改善できる点を検討します」
ルクレイはイゴルト工房主に改善に向けて短期と長期の視点で検討すると伝える。短期的には糸の生産を正常化すること。長期的には持続可能性と話した。
「リューウェンのナンニル製糸工房も存続の危機でした。製糸工房に構造的な無理があると思います。ナンニルさんも立て直しに着手しています」
ルクレイはイゴルト工房主に苦境はここだけでないと伝えた。また、ナンニル工房主がレベナを心配していたことも伝え味方は回りにいると静かに話した。
イゴルト工房主はナンニル工房主の気持ちに感謝を創世の女神様に捧げた。
イゴルト工房主の表情に微かな微笑みを読み取ったルクレイは、今の人たちで大丈夫と確信して話を先に進めていくことにした。
「作業は大きく分けると乾燥と煮込みになります」
イゴルト工房主は工房から出て裏手の干場に案内した。干場は二つに分かれていて地面むき出しと木製の干し台が組まれていた。
地面の上には大量の細長い草が敷き詰められていた。
『厄介草って葦ぽいやつなのか。それ降河してる時に結構見たけど……あいつの繁殖力が尋常じゃないのか? 河川が塞がるって言ってたし厳しいな』
ルクレイは干してある草に近寄り少し手に取り魔力くんにお願いして魔力を流していく。頭の中に『葦?』と出てきた。
『これは……葦と思った結果か、元々魔力くんで調べたらこうだったか不明だ』
「干し終わった厄介草はありますか?」
ルクレイがイゴルト工房主に確認すると、干し台の奥に案内して置いてあった草を手に取り渡してくれた。確認すると『葦?』のままだった。
ルクレイは干す前後の草を分かるようテーブルに置いた。
「次の作業は乾燥させた厄介草を叩いて外皮を取り外します。外皮はゴミですが焚き付けの種火で重宝しますので工房入口横に置いて配布してます」
「差し支えなければ体験しても? 普段行っている人に手本を実演してもらい僕たちはそれを真似してみたいです」
イゴルト工房主は少し驚いたが了承し作業員を呼んで実演を見せてもらった。かなり重い棒を使いバンバン叩いていた。
ルクレイは道具を借りてバンバン叩くことができたがリドルと双子は棒が持ち上がらなかった。騎士にも試してもらったが余裕で叩いていた。
ルクレイはカンコール工房主に意見を聞いてみた。
「魔道具は物理的な作用は得意じゃねぇ。魔法的な効果なら方向性は出てくるが……この叩く工程はこのままだと物理過ぎて無理だな」
ルクレイはうなずきリドルにメモをお願いした。
「叩いて表皮を取るのですがそこは掃除のような感じです。彼がやっているように繊維だけを持ち上げて振るぐらいです」
実演してくれた男性が叩いた厄介草の残骸から細い繊維を持ち上げて集めていた。集まった繊維をパタパタ振ってルクレイに渡してくれた。
『細い繊維だけど長いな。一直線の繊維が詰まってるとかちょっとおかしくないか? で、これを魔力くんにお願いすると……繊維??……はぁ?』
魔力くんが教えてくれる名前が強い疑問形ぽくなりルクレイは驚いた。驚きはしたが分からない点は保留としてテーブルに並べた。
「この後は煮込みます。元々、このまま普通に煮るとグズグズになって繊維として使えなくなります。故に長く厄介者として扱われたそうです」
イゴルト工房主は厄介草の歴史を少し話し始めた。
「随分と前のことですが、当時の王太子殿下と御学友の二人で『厄介草』の研究を行ったそうです。経緯は分かりませんが色々と混ぜで煮込んだそうです」
『添加物でなんらかの反応を狙ったのか?』
「そして、酢を混ぜて煮込むことでグズグズにならず繊維が取れたそうです」
そして王太子が即位すると厄介草から糸を作る仕組みを法律に組み込み在地貴族の義務として布告して今に至ると説明した。
煮込みは鐘一つ掛かるとのことで先の工程を見ることにした。と言っても煮た繊維を取り出し先ほどの干し台に並べるとのことで干し終わった物を並べた。
先ほど草を叩いた場所に戻り叩くとのことで実演を再びお願いした。
ここでの叩きは繊維の絡みつきを力技で作り出す工程だった。綺麗に並べた繊維糸を束ねて叩き台に置き叩く。少し叩いたら捩りを入れてまた叩くを繰り返した。
『酢の工夫、繊維の絡みつきを作る工夫というのは苦労の後が残っているな。酢の発見はたぶん……凄く試行錯誤したんだろう。その努力は無にしたくない』
ルクレイは苦難を克服した当時の王太子と友人に深く敬意を覚えた。
『ただ法整備をした意図までは引き継がれなかったのか。法による強制を入れたのは破綻が見えていたからだろう。たぶん王太子の望みは製糸法が不要になること』
ルクレイは叩き終わった繊維を受け取りテーブルに並べた。魔力くんに頼んだ結果は『繊維』となっていて作業の結果が見えて嬉しかった。
グツグツと煮込んでいる繊維糸を見に行くと釜から上げていた。
『釜揚げうどん食べたいなぁ。小麦は普通にあるけどうどん見てない……。ていうかミルクは洞窟産とリドルが言ってたし卵を見たことないよな……釜卵……』
釜から上げた繊維糸は頼んで釜の中に戻しておいてもらった。
少し受け取った釜揚げ繊維糸の水分を絞ってテーブルに並べた。魔力くんは『繊維』と教えてくれたので酢が疑問形を潰してくれたと納得した。
再びテーブルを囲みルクレイが指名しながら感想を聞いていった。
「乾燥させる工程は乾燥魔道具を調整すればイケるだろ。出て三年は経ってんだ怠慢だな。煮込むとこも薪とか有り得ん加熱魔道具にすべきだろ」
カンコール工房主は既存の魔道具を使ってない点を指摘した。
「「バンバン叩くとこ」」「あれは」「たいへん」
双子はやれなかった工程の大変さを力説した。
「そもそも一日にどれぐらい厄介草を処理すれば良いのか分からない。時間短縮は分かりやすいけど余裕が出るのか出ないのか分からないことが多い」
リドルは感想でなく根源に近い不明点を出してきた。
「イゴルト工房主、リドルが提示した疑問ですが解答を持ってますか?」
「持っていません。届いた厄介草を処理して糸にして産業局に渡して代金をもらうという流れです。厄介草の搬入量が減っていたことは気が付いてましたが……」
「ん?……搬入量が減っていた? 伯爵様からその話は出てないな」
ルクレイは搬入量減少に関わる事象を想像していった。
「……騎士さん、こんな時間ですみませんが、厄介草の搬出と糸の搬入に関する調査依頼を伯爵様に今日中に届けてください」
ルクレイの指示に騎士が略礼を取り騎士の一人を伝令に出した。
「カンコールさんの指摘した乾燥のところだけ実際に試してみましょう。乾燥魔道具は荷物に入れてあります。二つの乾燥工程で問題ないか確認です」
リドルが荷物から乾燥魔道具を取り出し双子と工房の外に駆けて行った。
ルクレイは苦笑を浮かべながら三人を野放しにしないため裏の干場に歩いていった。三人は乾燥魔道具にあわせて厄介草を丸めながら乾燥させ始めていた。




