第三節 ルクレイの三面指導員と現場調査員の内定
「リオ、リクは常歩の姿勢と視線はすごく良くなってるよー。バルムもフリムも胸を張って誇らしげにしてるからその調子だよー」
伯爵邸の敷地内にある走路をゆっくりとした常歩で四頭の馬が歩いていた。ルクレイが乗るニロンだけが少し前で全体を見ていた。
「リドル、少し前かがみ。ヘラムが落ちないか気になって困った顔してるよー。ヘラムはどっしりと構えてくれた方が安心できるみたいだから胸を張ってー」
リガレアに戻り数日が過ぎていた。双子の座学、馬術、武術は教師と話してスケジュールを変更していた。早朝に馬術の鍛錬を毎日入れていた。
馬術と武術は相変わらずルクレイが指導役となっている。座学は教師が館を訪れるが来れない場合もあり進捗として良くない状態が続いていた。
「ヴィオがちょっとやらかして教師陣が入れ替わってるんだ。まぁ、以前の教師陣もイマイチだったんだが他に代わりもなくてな。さてどうするかだが……」
ルクレイがバルテア伯爵に尋ねると事情を教えてくれた。
「王立学園の再開は無理とユリウス公爵子息が話してました。それを前提に何をいつ教えるかを整え直した方が良さそうです」
ルクレイの提案にバルテア伯爵は頷き座学はいったん棚上げとなった。
翌日には教師陣は解雇され座学の方針が変わり教師役はルクレイになった。半分覚悟していたルクレイは教師役を引き受け教材を離れに持ち込んだ。
座学にはリドルも参加し教師補助の役職が付いた。ルクレイが教材を元に話をしリドルが復習を兼ねて授業内容の解説を行っていった。
一応、カリスタ伯爵夫人が戻り教育方針が策定されるまでの暫定処置となっていた。バルテア伯爵もルクレイが忙しくなりそうな気がしていたので了承していた。
「ルクにぃ、座学中に棒をコロコロしてるのは気になるんですが……」
リドルが最近始めたルクレイの奇行に胡乱な視線を投げる。
「えっ?……これやっぱり気になる?」
ルクレイは机の上に棒を置き手の平でコロコロと転がしていた。
「不思議と音がしませんが、空気の動きを感じて集中力が微妙に削がれます」
リドルは状況を説明し「そもそも」と話を進めた。
「それはいったい何をしてるのですか?」
「ひとつの実験というか検証? 実は結構色々なものに魔力が流せると気が付いたので、魔力を流す鍛錬を兼ねて棒に魔力を流してるんだよ」
リドルは「えっ? 魔力?」と驚いた顔をした。
ルクレイは色々なものを魔力くんに頼んで見ていた。騎士団の倉庫にあった棒を確認したところ『樫?』と出た棒が数本あったので貰って魔力を流していた。
相変わらず疑問形な結果ではあるが外洋船に使える木材が『樫?』だったので同じ素材なら硬そうとこの情報が出た棒を確保していた。
「魔力を流すのに転がすのは何故ですか?」
「んー、ついでに硬くならないかなって想いながらやってたんだよね。なんかさ少しコロコロしてる棒は細くなってるんだ」
ルクレイは転がしてあった別の棒を拾い二本を見えるように並べた。
リドルだけでなくマルセリオとフィリクスも首を傾げた。
「「「違うの?」」」
三人の目には同じ太さにしか見えずハモって疑問を口にした。
「あー、目に見えてってほどではなかったか。とりあえずコロコロは止めるね」
ルクレイはコロコロ転がすことに拘りはなかったので座学中はやめた。
武術の鍛錬が今までの続きで変化が一番乏しかった。しかし、魔法の検証も行っていたルクレイはこっそりと魔力を使った邪魔を取り入れ始めた。
マルセリオがルクレイに打ち込もうと左足を前に出すと、小さな違和感と体勢の崩れを感じた。マルセリオは踏み込みの角度を少しだけズラし打ち抜けた。
振り返って見ると少しだけ地面に歪みがある事に気が付いた。
「はーい、きゅーけー」
ルクレイは休憩を宣言していつものガゼボに移動した。
「「お祖母様ー」」
ガゼボで武術鍛錬を見ていたイゼルダ前伯爵夫人に双子が駆け寄った。ルクレイは軽く会釈をしてテーブルを囲む。
「さっき、地面の歪みに気が付かなくてよろけてしまいました」
マルセリオが普通の男の子モードでイゼルダ前伯爵夫人に話しかけた。
「リオは少し集中力が切れてましたから仕方ありませんよ。誰しも集中力が切れた瞬間が危ないのです。でも、集中力が揺らいでたのは気が付いてましたよね?」
イゼルダ前伯爵夫人の言葉にマルセリオは「はい」と頷いた。
「反省点は集中力が揺らいだと気が付いたのに対処しなかった点です」
イゼルダ前伯爵夫人は「対処できる?」と優しくマルセリオに問いかける。
マルセリオは「できます!」と元気よく返事をした。
「不思議な鍛錬方法と見てましたが、ルクレイの指導方針はブレない身体に整えることを重視していたのですね。あの歪みでも普通はもっと体勢を崩しますよ」
イゼルダ前伯爵夫人はルクレイに視線を向けて話しかけた。
「リオとリクは身体が育つ時期です。重要なのは体力とバランス感覚だと思い、今の鍛錬内容になっています。体勢が崩れる感覚自体は大きくは変化しませんから」
「ふふ、その知識はどうやって手に入れたのかは気になりますね」
イゼルダ前伯爵夫人は目を細めルクレイを見た。
『やべぇ、まさか教育番組で見たとか言えない。ヨットはバランス感覚がないと海に落ちるからそういった番組をネットで漁って見てたんだよな……』
「リドルくんも身体の動きがすごく良くなってますね。まだ無理に力を入れる癖が抜けてません。無理をすると筋を痛めますから寝る前の運動を頑張ってね」
「はい! イゼルダお祖母様に見てもらえて僕も嬉しいです」
リドルはピシッと背筋を伸ばしながらも満面の笑みを浮かべた。
『あー、そうか。リドルはお祖父さんとお祖母さんが旅に出たからか……』
以前はたまに見に来ていたイゼルダ前伯爵夫人はここ連日は毎日ガゼボで見学していた。双子はお祖母様の見学にテンションが高止まりしていた。
「そこに置いてあるルクレイの棒ですけど、質感が気になって見させてもらいました。かなり硬い棒ですね。鍛錬に使用していないのに感心しましたよ」
「硬さに気付きましたか。かなり硬くなってますのでリオたちの手には当たりがきついので使えません。元々、材質が硬いようで使う予定はありませんでした」
「「ルクにぃ」」「その棒」「見てもいい?」
双子の要望にルクレイは苦笑いを浮かべたがうなずく。
「ルクにぃ、これすごく軽いよ?」「えっ? ほんと?」
双子は棒の軽さに驚き二人で交互に持って驚きを共有していた。
「ルクにぃ、あの棒は軽いんですか? コロコロしてた棒ですよね?」
「そうだね。軽くなったのは乾燥が進んだからかな。魔力を流してるときに色々と試してたからね。硬くなったけど軽くなっちゃって振った感触がないんだ」
ルクレイは乾燥させすぎて重さを感じなくなったと苦笑した。
「あら、重さには気が付きませんでしたわね。魔力を流して軽くという話は聞いたことがありません。ルクレイは誰かに話を聞いたのですか?」
ルクレイは「んー」と顎に手を当てて考えた。
『情報源は複数あるけど、リドルから聞いた部分をどうするか……ここは教訓として扱う機会でもあるか……』
「そうですね、聞いた話というのは大きく外れてません。魔力を流すという点は、バルモン魔道具工房で魔道具の勉強をしているときに聞いて覚えました」
段階を踏んだ点をまずは言葉に乗せる。
「魔道具の基盤に流す点は理解しましたが、別の物にも流せると知ったのはセトリアナ大河の宿場街でユリウス公爵子息と会って聞いたからです」
情報源はひとつでないことを言葉にする。
ルクレイはマルセリオから棒を受け取り魔力を流す。そして検分するように目の魔力を活性化させ魔力くんにお願いする。
『ん?……樫?という点は変わらないけど頑強というのは何だろう。あと、微妙に光って見えてるのは魔力を流してるからか?』
「いま魔力を流してます。結構色々な物に魔力が流せると分かっています」
ルクレイは気が付いた点は保留し話を進めることにした。
「そう言われてみると、マティルダ様は槍に魔力を込めていると聞いたことがありますわね。武器に流せるなら他にも流せるというのは道理ですね」
イゼルダ前伯爵夫人は記憶から魔力を流すことを理解した。
「実はこの先に少し問題があります。……発端はリドルです」
リドルは「えっ?」といきなり出てきた自分の名前に驚いた。
「良い機会なのでリドルも心して聞くように。リドルは僕に『魔力は想いを受け取る』と言ったでしょ? アルフォンスさんの言葉みたいだけど……」
ルクレイは一呼吸の間をあけた。
「リドルは雑談の延長としてこの言葉を僕に伝えたと思う。でも、この言葉はアルフォンスさんとしては重い言葉だと考えてます」
リドルは真剣な目でルクレイを見つめる。
「アルフォンスさんがどこまでこの言葉を広めるつもりがあるかは分からない。分からないから要注意な情報と僕は思ってる」
リドルが涙目になりショボーンと萎れた。
「リドル、この話をしたのは未来で失敗しないための教訓にして欲しいからだよ。僕もお祖母様もリオもリクも吹聴はしない。リドルは身内だからね」
リドルが周囲を見回す。
「「リドにぃ、絶対言わない」」
マルセリオとフィリクスはリドルに抱きついた。
「わたしも言いませんよ。アルフォンス殿はマティルダ様と懇意にしていると聞いてます。敬愛するマティルダ様が困るかもしれないことはしませんよ」
リドルは抱きついてきた双子を抱きしめた。
「失言しないよう考えて話す習慣をつけます」
「「僕たちも言葉にする前に考える」」
ルクレイはリドルと抱きついている双子をさらに抱きしめた。
「君たちにはちょっと早いかなと思ったけど理解してくれてありがとう」
イゼルダ前伯爵夫人は『ルクレイにも十分早い話よ』と呆れ顔で四人を眺めた。
晩餐の時間になり食堂に集まるとバルテア伯爵が難しい顔をしていた。
「ルクレイ、晩餐のあとにちょっと相談がある」
ルクレイは「分かりました」とバルテア伯爵に答えた。
晩餐が終わりラウンジに集まるとバルテア伯爵がルクレイに話し始めた。
「発端は産業局が組織的に森林管理の予算を着服していた。最初はどうやら不足した予算の穴埋めとして森林管理の予算を流用していたようだ」
産業局の森林予算の流用は先代の頃より行われていたとバルテア伯爵は話した。流用しても問題が出なかったことから流用から着服に形を変えた。
そして、森林管理が不十分となりメルカド伯爵領の木材生産に影響が出始めた。
一月ほど魔物討伐隊に出ていたメルカド伯爵は領務の中で異常を感じ調査を進めた。その結論が産業局の機能不全と不正であった。
メルカド伯爵は産業局の局長と副局長を拘束し投獄した。家族に対する取り調べも進めている。局員も取り調べ機能不全の全容解明を進めていた。
「レベナの製糸工房は廃業寸前と言っていい状況になっている。人も減り製糸は止まっていた」
メルカド伯爵は深くため息を吐いた。
「資金を割り当て従業員の呼び戻しも始めたが、後手に回り過ぎて本来の操業状態に戻す目処が立たない状況になっている」
メルカド伯爵は「案はないかな?」と力なくルクレイに尋ねた。
イゼルダ前伯爵夫人も厳しい顔で目を瞑った。
『プロジェクトの崩壊と立て直しか。重要なのは当事者たちの気持ちというか精神状態だな。絶望なら一度現場から引き離して刷新するしかない』
前世では色々な理由でプロジェクトは崩壊していた。スタートアップで突き進んだ会社が一瞬で崩壊したこともあった。
『焦燥であれば前に進んでいると感じさせ、小さい成功体験を積み上げ笑顔を取り戻す流れだ。笑顔が出れば連鎖して気持ちを持ち上げられる』
人は『前に進んでいる』という感覚を持つと錯覚でも力を発揮し始める。功罪は置くとして錯覚を利用したこともあった。
「僕が思うに態勢を立て直す案は、現場を知らなければ出せないだろうということです。一番簡単な方法は人を増やして力技です」
ルクレイは一番簡単な方法を提示する。
「増やすにしても現場を知らなければ、不要なところに増員して効果なしという結果もあり得ます。やはり現場の作業を確認しましょう」
そして軽く否定して現場主義を差し込んだ。
「現場の作業か……」
メルカド伯爵はどう受け取れば良いのか思案し始めた。
「ルクレイ、素人が戦場に出る愚かさは理解していますよね? にも関わらず現場を知る必要性というのは何を指していますか?」
息子の長考を見たイゼルダ前伯爵夫人が差し込んできた。
「体験ぐらいはするかもしれませんが見るのは作業風景です。人手があれば早く終わる作業があるのかといった外からの目です」
メルカド伯爵は静かに話を聞いていた。
「元々はリューウェンの製糸工房から話が始まっています。あちらも危機的状況なようです。つまり製糸工房は構造的に問題を抱えているのは確かです」
構造的という言葉にメルカド伯爵は目を丸くした。
「構造的な問題であり解決に力が必要であれば王家に伝えるしかありません。少なくとも伯爵家と子爵家が連名で出せば無視はしないでしょう」
イゼルダ前伯爵夫人が息を呑んだ。
「王家に直訴ですか……それはさすがに……」
「アルフォンスさんの偉業はほとんど王家に丸投げしてるとユリウス公爵子息が言ってました。王家を巻き込んだ改革は始まってると考えるべきです」
「なぜ言い切れるのですか?」
イゼルダ前伯爵夫人は少し声を震わせて尋ねた。
「アルフォンスさんという存在です。平民出身ですが王宮名代であり王女殿下を婚約者としています。正直なところアルフォンスさんの名前を聞き過ぎです」
メルカド伯爵は心当たりもあり頷いた。
「加えてリドルもですがアルフォンスさんと関わりのある人が多いです。王都の乾燥果物屋さんまでも普通に面識がありました」
顔の広さと認知度が少しおかしいとルクレイは付け足す。
「それでいてアルフォンスさんが王家の駒と感じたことは一度もありません。アルフォンスさんは多くのことを成して王家はそれを止めない。それが理由です」
ルクレイ以外全員が唖然としていた。
「情報が偏ってる自覚はありますが筋は外していないと思います。リューウェンの製糸工房はリドルも関わりノルド家が関わる方向に舵を切ってます」
イゼルダ前伯爵夫人はため息をついた。
「ルクレイ、私たちは工房の現場を知るには前提知識が不足しています。お手数ですがルクレイに見てきて欲しいのですが、よろしいかしら?」
ルクレイは笑顔を見せうなずいた。
「ヴィオナ嬢から迎えの連絡が来たら、そちらを優先させてもらいます。明日から現場を見てこようと思います。リオとリクも課外授業なので参加です」
リドルが「僕も参加します!」と手を挙げた。




