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海の落とし者と釣り竿  作者: うにまる
第四章 メルカド伯爵領に見つかる問題とノルド子爵家との繋がり

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第一節 積み上がる工房再建計画とリドルの旅立ち

 ノルド家所属の連絡船が海岸航路を東に向かって海面を疾走していた。船体は少し左舷側に傾いてはいるが揺れも少なく快適な帆走である。


 巻き上げ機の傍の甲板で男の子たちが棒で打ち合っていた。打ち込む男の子は踏み込む場所を変えながら同じ場所に打ち込んでいた。


「良いよー、バランスが良いから踏み込み位置が変わっても体勢が安定してる。打ち込み先もズレは少なく安定してるよ」


 ルクレイはリドルの打ち込みを受けながら声を掛ける。


「ハッハットォー、ハッハットォー」


 リドルはリズムも安定させ打ち込みを続ける。常に足場を確認する視線の移動もリドルは気をつけて行っていた。


「本当は視線を動かすのは良くない。でもねどこを見れば良いかも分からないとダメでしょ? まずは見る場所を覚える。視野を広くはその後に頑張ろう」


 二人は冷却保管箱からカラフェを取り出しコップに注いで休憩に入る。カラフェ専用に作られた冷却保管箱はとてもお洒落だった。


 ルクレイは伯爵家の家族分のカラフェをリューウェンで購入した。冷却保管箱とカラフェはリューウェン土産として南方諸島の商人に人気だった。


「カラフェは帝国から入ってきたんだって」


 リドルの話では冷却保管箱はアルフォンスが作った魔道具で、カラフェは元々帝国から入り人気になった物ということだった。


 アルフォンスが透明なガラスを作り色を着ける仕組みを解明したことで、王国のガラス事情は激変したらしいとリドルは笑いながら話した。


 なぜリドルが連絡船に乗っているのか――。刻は少し戻る。


「ルクにぃ、魚粉工房にいこー」


 ルクレイはガゼボでニロンに乾燥果物を分けていたらリドルが駆け込んできた。リドルはグレアル子爵に魚粉工房の様子を確認するよう頼まれたらしい。


 またニロンにお願いしてメリンダ魚粉工房に到着した。リドルが声を掛け中に入ると魚粉の良い匂いが漂っていた。


「メリンダ魚粉工房のグランゾです。愛し子様、以後よろしくお願いします」


「メルカド伯爵領の落とし人でルクレイといいます」


 ルクレイは『愛し子』は外れないと悟り気にせず名乗るようにした。


 グランゾ工房主は魚粉工房が最近立て直したと話した。ここにもやはりアルフォンスが関わっていて従来品とは違う即席タイプの魚粉を仕立てたと説明された。


 魚粉の工程は下拵え、煮沸、浸け込み、長期乾燥となっていたが乾燥工程を魔道具で行い即席で作る手法を確立し王都にまで販路が広がっていた。


『品質の低下に目を瞑って量産で認知度を上げた形か。従来製法も残してるからブランド化して高付加価値として職人の矜持を守る。やっぱり上手いな』


「レベナで魚粉って作ってるのかなぁ」


 ルクレイが色々な即席魚粉の匂いと味を確認しながら呟いた。


「今は作ってませんぞ。先代の父に聞いたことがあります。先々代の爺さんは付き合いがあったらしいですが残念だと言ってました」


 ルクレイは「そうですか」とお試し詰め合わせセットを十個ほど頼んだ。


「ルクにぃが旗を振れば再建できるよ!」


 リドルが無茶振りの暴投を投げてきた。グランゾ工房主まで同意を示し二人で再建は確定事項のように盛り上がっていきルクレイは諦めた。


『リドルの目がキラキラしたらダメな件』


 いつの間にかルクレイが移動する時の連絡船にお試し用の浸け汁と乾燥と粉砕の魔道具まで手配が進んでいた。作り方の手順や浸け汁レシピも付いていた。


『これは……グランゾさんは魚粉仲間を増やす準備をとっくに終えてた感じだ。販促でなくて作り手を増やす方向性に真剣味というか執念を感じる……』


 ルクレイとリドルは工房を後にしてナンニル製糸工房に顔を出した。用件は撥水糸の予約だった。


『感覚的に一巻で100mぐらいな感じだから五巻ぐらい予約だけしておくか』


「撥水糸ができたらぜひ売ってください。とりあえず五巻ほどお願いします。生産が安定してからで良いですからね? 無理しないでくださいよ」


 ナンニル工房主は少し驚いた顔をした。


「愛し子様はお優しいですな。挑戦する意欲がコンコンと湧き出てきましたぞ。ですが、レベナの製糸工房も危ないはずです。手を差し伸べてください」


『えっ? レベナの方もまずいの? 製糸工房ヤバくない? どこかの知事みたいにやらないとまずいという話なのか?』


「ナンニルさん、ルクにぃはやれます。必ずレベナを立て直しますよ。レベナでも新しい撥水糸を生産させるのは間違いありません!」


『まてー、間違いしかねぇ』


 ルクレイはリドルの暴走を止められる状況ではなくなっていると悟った。これ以上ウロウロするのは危険と判断した。


「ルクにぃ、硝子工房に行くよー」


 リドルはルクレイに掛けた声が届く頃には既に工房を後にしていた。


『あー、駆け出した! 硝子工房ってどこ?』


 ナンニル工房主は目を丸くして苦笑しながら場所を教えてくれた。


「この辺りの層は工房が集まってる感じなのか。街の両脇は火を使う事が多い工房って感じなんだろうな。それにしてもリドルは駆けるの速いな」


 ニロンを引きながらテクテク歩いているルクレイは何となくニロンに話しながら硝子工房を目指していた。ニロンは移動時に乾燥果物を貰えるので喜んでいた。


「これってレベナかリガレアで硝子工房も何とかするって流れだよね?」


 ルクレイがニロンに聞くとブルルと答えた。


「いや、知らないよって、まぁそうなんだけど今日も厳しいね。でも、ここまでに魚粉工房と製糸工房を手当する話になってるんだよね。そして硝子工房かぁ」


『予算と人がいれば難しくはないんだけど……ヴィーは冒険したがるだろうなぁ。雰囲気的にヴィーの冒険の許可が出そうな気がしてるから鍛錬しないとだし』


 ルクレイの前世は多くのスタートアップをサポートしてきた経験が記憶として残っていた。そして、継続させる困難さもルクレイには理解できていた。


 ルクレイが硝子工房を見つけて中に入ると男性とリドルがテーブルを囲んでお茶を飲んでいた。お茶菓子も出ていた。


「リドル、速すぎだよ。場所はナンニルさんに聞いたから迷わなかったけど」


 リドルは振り返り「ごめんなさーい」と謝った。


「これは! 愛し子様をお迎えできて光栄の限りですぞ。キメラン硝子工房のキメランと申します。レベナで硝子工房を立ち上げるとか! 嬉しい限りですぞ」


「メルカド伯爵領の落とし人でルクレイといいます」


 ルクレイはいつもの名乗りを自動的に返し挨拶を交わす。


『すでに硝子工房の立ち上げが既成事実化されてる件』


 キメラン工房主は最近のガラス事情を色々と話してくれた。やはりアルフォンスの名前は出たが混ぜガラスでレーネ嬢の名前が出たときは吹き出しそうになった。


『やっぱりあの二人が色々とやらかしてる。なんでカラフェを作ろうとして、透明なガラスと着色の原理が発見され、粉砕魔道具が生まれるんだろう……』


 ルクレイは目的地と経路が合致しない感が押し寄せてきた。


「着色するために加える鉱物は既に公開されておりますぞ。新規開拓を目指す猛者も多いですが組み合わせの研究や混ぜの技術を磨いたりと楽しい限りですぞ」


『あの二人が関わる事案は基本これだ。とにかく誰も嫌な思いをしていない。管理側の苦悩は想像できるが些細な問題だ。現場の熱量はそのまま力になるからな』


 ルクレイ自身は二人がやらかして盛り上がっている事は良い事と考えていた。


『問題はアルフォンスさんの関係者が多過ぎて避けられないこと。加えてリドルが前向きすぎてどんどん巻き込まれている点なんだが……諦めるしかない状態だ』


 ルクレイはすでにリドルが双子と同じ位置に入り込んでいて、成長を促したい弟みたいなものと考えていた。


『リドルはリオとリクと年齢層が同じだし、隣の領地の跡継ぎだから良好な接点は双方の利点になる』


「ガラスを作るのに魔導炉が必要なの? あれって結構するよね。キメランさんのところはどこで作った炉なの? 買い替えるときは声掛けてね」


 リドルは魔導炉が高価なことを知っていたので支援を考えていた。


「うちの魔導炉は王都で作られたものですな。品質的にはバストリアですが、王都も負けておりませんぞ。買い替えはもう少し先になるかと思います」


「そう言えば、原料から不要な不純物を取り除くのはどうしてるのですか?」


 求める色を入れるためには元から含まれる不純物を除去しなければならない。ルクレイはその方法を思いつかなかったので聞いてみた。


「それは分離魔道具をガラス用に調整して分離してますぞ」


『そっちか! ほんと技術レベルが変に尖ってて馴染むのに時間がかかる』


 晩餐はいつものガゼボで取っていた。


「極自然にガゼボで晩餐を食べてますが普通は違いますよね?」


 ルクレイはホルン肉のステーキを切り分けながらグレアル子爵に話しかける。


「あーこれな。アルフォンスたちの生活習慣が移った。緩風魔道具を設置してガゼボの居心地がとにかく良くなってこの景色だろ? とにかく落ち着くんだよ」


「落ち着くというのは納得です。早朝の帆船が出ていく時間帯、夕方の入ってくる時間帯はとても素敵です。特に早朝の帆が風を掴んで進む姿は好きです」


「くっくっく、ルクレイは根っからの帆船好きだな。そういった部分もリドルに響いたんだろうな。それにしても魚粉、製糸、硝子工房の再建とか受けまくりだな」


 ルクレイは肩を竦めた。


 リドルが視線を揺らしながら「僕迷惑かけた?」と話しかけてきた。


「街の産業が発展することは良いこと。リドルはみんなの笑顔が好きだろ? 笑顔を楽しみにして発展させていくのは悪いことではないよ」


 ルクレイは手を伸ばしてリドルの頭を撫でる。


「ただちょっと先走りしすぎたかな。特に、魚粉工房はグランゾさんを巻き込み過ぎと感じたよ。魔道具とかの手配の手間をお願いしちゃったよね?」


 リドルは「うん……」とショボーンとした。


「まぁでもグランゾさんは魚粉が好きで広がることを楽しみにしてたな」


 ルクレイは撫でていた手でポンポンとリドルの頭を叩いた。


「グランゾさんは巻き込まれる前提で動いてたから問題はないよ。でもね、巻き込みをリドルがやってしまうと次期領主だからね。断りたくても断れないとなる」


 ルクレイは「そこだけ注意ね」とリドルに微笑んで諭した。


「ルクレイ、もし良かったらしばらくリドルを連れ回してくれないか? レベナやリガレアだけでなく、レンデールとか行ってみるとか」


 グレアル子爵が静かな声でルクレイに相談を持ちかけた。


「僕がですか?……特に問題はありませんが、レンデールってどこですか?」


「あー、レンデールはアルデン侯爵領の領都だ。アルフォンスたちが向かったとこだな。その手前にはアスグレイヴ侯爵領の港町リベルグがある」


 二人の会話をリドルはキラキラした目で聞いていた。チラッとリドルを見たルクレイは『期待しかしてない』と悟り提案を受け入れた。


「まずはメルカド伯爵家に向かうのは決定してます。そこから先に行くかは別途考えましょう」


 リドルが満面の笑みでルクレイの言葉を聞いていた。


「メルカド伯爵家の双子、長男のマルセリオと次男のフィリクスは四歳です。リドルは少しお兄さんですがお隣さんですし面識を持つのも良いと思います」


 リドルが「双子なの?」と尋ねてきた。


「双子だよ。でね、リドルが僕のことを『ルクにぃ』って呼ぶでしょ? 最初、双子がいるのかと思ったんだ。双子も僕のことを『ルクにぃ』って呼ぶんだよね」


「僕、マルセリオとフィリクスと仲良くなれそうな気がする!」


 こうしてリドルがルクレイにくっついてメルカド伯爵領に向かうことになった。


 連絡船の上で二人は暇だったので鍛錬を続けた。


 近くにはニロンとリドルの愛馬であるヘラムがのんびりとしていた。ルクレイは『こっちは信頼感が足りない感じ』と関係性に気が付いていた。


 ルクレイはニロンの前席に乗るリドルの行動で愛馬はいないと思っていた。


 リドルは「相棒はいる……」と沈んだ顔で答えた。


 話を聞くと王都に向かう時に連れて行かず放置した形になり、ヘラムとの信頼関係が上手くいかなくなっていた。


『リドルとヘラムの関係性もなんとか深めていかないといけないな』


 することは増えているが張り付きの案件は少ないとルクレイは考えていた。工房に関しては暇そうにしていてやってみたい人を集める方針である。


 ここは執事や侍女たちが持つ街との繋がり、騎士たちの酒場の繋がりが活用できると踏んでいた。場所はメルカド伯爵と執事長に助力を願う形にする。


 もちろん、これらの案件の総責任者はメルカド伯爵である。上手く持っていけば時間は掛かるが十分にイケるとルクレイは考えていた。


 連絡船の進みは快調でもうすぐレベナが見えてくる。ルクレイにとっては二度目のレベナ上陸である。


 ルクレイは最初の上陸の時に感じていた不安感はすでになく懐かしい感情の大きさに微笑んだ。


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