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海の落とし者と釣り竿  作者: うにまる
第三章 リューウェンへの降河と愛し子の工房巡り

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閑話 ソフィアとヴィオナの熱い時間と帰還の鐘

 煌めく陽光が王都リヴェルナ公爵邸タウンハウスに降りそそぎ、庭園の奥まったガゼボにも穏やかな春の陽気を届けていた。


 そのガゼボには、ひとりの少女が静かに腰掛けている。少し離れた場所には侍女が控え、穏やかな空気を見守っていた。


 少女の手元のティーカップからは、柑橘を思わせる爽やかな香りがふわりと立ちのぼり、春の陽光の中で、その可愛らしい姿をいっそう引き立てていた。


「まさかほんとにソフィア様から招待状が届くとは思いませんでした。お母様からは疑いの目で見られましたし、やらかしてはいない……はずです」


「やっほー、ヴィオ! 聞いたよー、露店広場でルクレイくんから求婚受けたんだって? ルクレイくん、やるやる〜」


 ソフィア王女は軽い調子でガツガツとヴィオナの心を削っていく。


「やらかしバレてます……」


 ヴィオナはしおしおと萎びていった。


「あれだよ? 落とし人のルクレイくんもさー、なんか二つ名が増えていて笑える〜。イチオシは『女神様の愛し子』、次点は『魔道具の申し子』だよ?」


 ヴィオナは「はぁ?」とソフィア王女が発する言葉の意味を受けきれなかった。


「そこにさ、露店広場の件が乗ってきたの! 露店広場の件で『露店広場の英雄』って生まれたんだけど、同一人物って流れたから、もうカオスよ〜」


 ヴィオナは頭を抱えた。


「王宮でも話題沸騰してたよ? リーズお母様はきゃぁきゃぁ騒ぎまくりで、クラリスお母様に窘められてて笑った」


 ヴィオナは絶望しかない顔でソフィア王女を見た。


「そうそう。ヴィオに許可出たからこれ渡しておくね」


 ヴィオナは書簡を受け取りソフィア王女に顔を向けて首を傾げる。


「王国内の亀裂と洞窟の探索許可書だよ? 冒険するのに必要な書類ね。あっ、普段は同封してあるカードを見せれば誰も邪魔しないから安心よ」


 ヴィオナは「邪魔?」と返した。


「お茶会で話したけど洞窟三個、亀裂二個ね。たぶん増えるよ? でも単なる許可だからあまり細かいことは気にせずデートに使ってね」


 ヴィオナは「デート」と赤くなりながら返した。


「あっ、探索は泊まりになるからテント必要だよ? 野営用の風壁はヴィオが覚えるか魔道具だね。ルクレイくんなら作れると思うから魔道具一択かな」


「フィア、ヴィオナ様は固まってますよ」


 リサリア子爵令嬢がガゼボに入ってきた。


「あっ、ソフィア王女様、リサリア様、お久しぶりです」


 挨拶もしていないと気がついたヴィオナは、席を立ち挨拶をしたが令嬢の皮すら被り損ねていた。


「ぶー、親友なんだからソフィと呼んで」


 ヴィオナは額に汗が浮いた。


 リサリア子爵令嬢が「ヴィオナ様、呼んであげてね」とソフィア王女の支援に回ったことで、ヴィオナには逃げ場がどこにもなかった。


「よろしくお願いします……ソフィ……」


 ソフィア王女は満面の笑みを浮かべた。


「言葉は崩してね。マリシア、タリーセに続く三人目の親友が爆誕したわ」


「ふふ、おめでとうフィア。なかなかフィアについていける令嬢はいないから貴重ね。ヴィオナ嬢は私のことはリサと呼んでね」


 リサリア子爵令嬢がヴィオナを刺しに来た。


「あぅ、……リサ様、よろし――「様は不要よ、ヴィオ」……はい、リサ……」


 押し切られたヴィオナはとうとう愛称呼び同士になった。


「それはそうと、鍛錬すると聞いたけど?」


 ソフィアは「そうだった」と頷き、リサリアが講義を始めた。


 リサリアは風壁の簡単な略歴を話した。端的に言えば、風壁はアルフォンスのやらかしと、リュミエールの魔法に対する知見で誕生していた。


 ソフィアは「よし、実践に入るわよ」と席を立ちガゼボから出て行く。近くで寛いでいるスノーとテリアが興味深げに眺めてた。


 ソフィアが「ちっちゃ可愛い風壁」と言葉にする。


「ヴィオ、フィアの手の前に展開してると思うので触ってきてください。発動させた言葉は気にせず、まずは風壁があることを認識してください」


 ヴィオナは頷きソフィアの前に立ち、そっとソフィアの拳を触ろうとした。


「壁がある!」


 ヴィオナは壁に阻まれてソフィアの拳に触ることができなかった。


「ふふ、風壁の特徴は先ほど話しましたよね。反対側から触ってみてくださいね」


 近づいてきたリサリア子爵令嬢が声を掛ける。


 ヴィオナは頷いて手触りのある透明な壁の裏側に手を回し触った。


「えっ? 壁がなくなりました! 手がすり抜けてしまいました!」


 リサリアは侍女に紅茶のお代わりを指示し二人をガゼボに戻した。


「風壁の特徴は理解しましたね。次は実践……の前にわたくしの氷壁を見せておこうと思います。正しくは発動方法に関するものです」


 リサリアはテーブルの上に手を出すと小さな氷の壁が拳の前に出現した。


「えっ?……リサ……は発動言語を言いませんでした! 口の中で静かに呟いたのですか? でも、口も動いていませんでした!」


「あー、ずるーい。それ、わたしがやりたかったやつー。リアずっこい!」


 ソフィアが頬を膨らませてプンプンとリサリアに怒った。


「仕方ないでしょ、フィアの風壁は透明すぎて驚きを演出できないわよ」


 ソフィアが「あー、そうだった!」と肩をガックリと落とした。


「アルとリュミが色々と工夫してますが風壁に色が付きません。アルは何かが足りないと言ってますが、リュミも分からないのでは仕方がありませんわ」


 リサリアはヴィオナに顔を向けた。


「この話はヴィオの世界の中に閉じ込めて欲しいのだけど良いかしら? ちなみに、世界というのはヴィオの周りってことだけどルクレイさんは含まれそうね」


 リサリアの言葉を聞いてヴィオナの頬は真っ赤に染まった。


「レイはわたしの世界の中心です。いえ、わたしを包んでくれるすべてです!」


 リサリアとソフィアが目を丸くして固まった。


「珍しいわ。フィアも固まった。フィア、ヴィオは素敵すぎますね」


 ソフィアは「素敵な親友!」と満面の笑みでヴィオナを見つめた。


「良い空気ではありますが先に進めましょう。ヴィオ、先程見せたように魔法を発動するために発動言語は必須ではありません」


 リサリアは指を立てて小さな氷を作り出しティーカップに落とした。


「これはまだ検証中ですが、魔法というより魔力の〈理〉はわたしたちに寄り添っています。アルは『魔力はあなたを中から見ている』という言い方をしました」


 ヴィオナは「中から見ている」と言葉を繰り返した。


「魔法の行使で本当に必要なものは『想い』と考えています。あなたは風壁と氷壁を見ました。存在するものは否定できません」


 リサリアは目を細めてジッとヴィオナを見た。


「ヴィオは風属性ですから風壁を()()()()()発動できます」


 ヴィオナはリサリアの言葉を一言も逃さずに耳を傾けた。


「最初は魔力にタイミングを知らせるため発動言語を使ってみましょう。ヴィオは風壁が存在することを知っていて発動することを知ってます。()()()()()()()()


 言葉を聞き終わったヴィオナは、目を閉じ頭の中で風壁を思い浮かべ、発動したいと想いながら手をテーブルの上に差し出した。


「風壁」


 風壁は透明なため発動しても視覚では分かり難い。しかし、ソフィアとリサリアには、魔力が動きヴィオナの拳の前に()()()()()()()()()を感知した。


「すごい才能ですわね。ヴィオは想いを形にする天才と言えそうです」


 リサリアは驚きながらも頬を緩めてヴィオナを見つめていた。


「おー、ヴィオ。風壁出てるよ! それができれば次のステップ行こう!」


 ソフィアはヴィオナの手を取りガゼボから駆け出した。


 そこからはソフィアとヴィオナの拳による鍛錬が始まった。風壁の鍛錬をしていたはずが、普通に拳による武術鍛錬まで混ざりガゼボに笑い声が溢れた――。


 鍛錬の喧騒も終わったガゼボに夕陽が差し込み赤味を帯びた世界になった。


「ヴィオはかなり特殊な人ですね。あの想いの強さはちょっと不思議でした。特にルクレイさんに対する想いの根源は何だろうって考えてしまいました」


 リサリアの独白のような言葉にソフィアは言葉を返す。


「リアは分かってるよね? あれは『腐れ縁』だと思うよ? アルとわたしたちがそうであるように、ヴィオの切れない縁だと思ってるよね?」


「そうですね。『初めて会ったときから』という言葉は強いです」


 リサリアはソフィアに微笑みかけた。


「残念かなって思うのは、たぶんわたしたちとの関わりは密度が低そうだよね〜」


 リサリアは「そうですね」と苦笑を浮かべて同意した――。


「ヴィオナ、領地に戻る時期が決まりました。やはり、育成学校はあなたに合いませんので進学は見送りとします。それで良いですね?」


「はい。それで問題ありません。領地で将来の道を決めたいと思います」


 カリスタ伯爵夫人の決定にヴィオナは力強く答えた。


「連絡船を一隻回してもらうので私は六日後に船で戻ります。貴方はルクレイくんに連絡を送って迎えを待ちなさい。移動方法は任せます」


 ヴィオナは驚いた顔をしたが「分かりました」と答えた。


「もうひとつ、王都で生まれてしまった噂に関してです」


 ヴィオナの肩がビクッと動いた。


「ルクレイくんの噂は……悪いものではありませんし、消せるものではないので放置します。あなたたちの噂は……マナーハウスで話を聞きます」


 カリスタ伯爵夫人はヴィオナを見つめ「よろしいですね?」と告げた。


「はい」


 ヴィオナは背中に冷や汗をかきながら静かに答えた。


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