第六節 アルフォンスの置き土産と双子に続く弟誕生
ルクレイはリドルと一緒にニロンに騎乗してリューウェンの街中をゆっくりと移動していた。街人の中には挨拶代わりに手を振って声を掛けてきた。
「リドル様ごきげんよう」「愛し子様ごきげんよう」
ルクレイは聞こえてくる『愛し子』というフレーズに嫌な予感がしていた。しかも、呼び方に様が付いている時点でかなり危険度が高いと感じていた。
「リドル、何ていうかさ『愛し子』って聞こえるんだけどなにか知ってる?」
リドルは「あー」と少しバツが悪そうに頭を掻いた。
「知ってる。実はさ、メダル船長がルクレイが助かったのは創世の女神様が助けたかったとか言ったんだ。それが『女神様の愛し子』にどこかで変化したみたい」
「創世の女神様に感謝はしたけど……僕が『愛し子』って飛びすぎてない?」
ルクレイは噂の流れに唖然とした。
「ほら、船首静索の緩みも気が付いたでしょ? ナンダル船長から聞いたメダル船長がそれも吹聴したみたい。それで、船員が酒場で盛り上がったという……」
『僕以外にデメリットがない口にしやすい噂だからな……。しかも、どこにも悪意が混ざってないから伝搬する要素しか揃ってない……良いネタだよね』
「とりあえずは、悪評でないから噂は諦めるしかないか。『愛し子』は恐れ多いけど……女神様に感謝してるのは事実だし否定するものでもないからねぇ」
リドルは「ごめんね」と眉を寄せて謝った。
ルクレイとリドルは最初の目的地であるベリアード造船工房に到着した。今日はフェリア号に入る許可を得ているので案内人を探しに来ていた。
「こんにちはー、ベリアードさんいますかー」
リドルが元気に工房内に声を掛ける。
工房の中から手拭きで手を拭きながら一人の男性が出てきた。
「これはリドル様と……なんと『愛し子』様がおいでとは良き日ですな」
ベリアード工房主がガハハと笑いながらルクレイに握手を求めてきた。
ルクレイは頬がピクピク動いたが「ルクレイです」と握手に応じた。
「ルクレイをフェリア号に案内する許可を父上からもらったんだ。フェリア号を案内できる手隙の人いるかな? 忙しかったら僕たちだけで探索するけど」
「ふむ、うちの案内ということは構造辺りも知りたいのですか? 見るだけであれば執事殿でも十分できますからな」
リドルは頷き「ルクレイは帆船好きなの」とベリアード工房主に話す。
「入港したときさフェリア号を見つけてカッコ良さに気が付いた後、最初に気が付いたのはなんだと思う?」
ベリアード工房主は顎に手をやり「難しいですな」と考え始める。
「オランド号に乗船してますから三層甲板は知ってますな。外観で残るのは補助推進ですかな?」
『まて、補助推進というのは聞いてないぞ。昨日の話にも出なかったよな?』
「近いけど違うよ。二枚舵に目がいってたよ」
「なんと! たとえ船尾を見てもほとんど気にする人がいない二枚舵を気にするとか通ですな。あの二枚舵はフェリア号だけの舵、お目が高いですな」
ベリアード工房主はガハハと笑いルクレイの肩を叩く。
『やはりガハハが主流みたいだけど肩痛い……』
「連絡船の舵柄は見たんですが二枚舵の舵柄と舵輪の関係性が気になりました。オランド号は舵輪でしたからフェリア号も当然そうですよね?」
ルクレイは情報源をオランド号に押し付けた。
「舵輪にも目を付けた上に連絡船との違いにも。さすがに大型船で舵柄棒では曲がりませんからな。舵輪で動かしますがどうなってるかはご存じですか?」
「オランド号で聞き忘れたので正しい回答は分かりません。ただ、方法そのものはそれほど選択肢がないかなと思ってます。それは索具です」
ベリアード工房主はニヤリと笑みを浮かべた。
「良い考えです。考えればそこにしか解はありませんからな。でも、そこに辿り着くものは少ない。船というものに興味がある者だけですぞ」
ベリアード工房主は工房の奥に声を掛けると工房の奥から若い男性が顔を出す。
「ダニエル、リドル様と愛し子様がフェリア号を見分するから案内してこい。構造に興味があるようだから舵柄室も入っていいぞ」
「親方、舵柄室はさすがに危険では? あそこは慣れていても索具に引っ掛かって転びかねません」
「大丈夫だ、愛し子様が索具に躓いて転ぶわけないだろ。それこそ女神様がお守りくださる。むしろ、舵柄室に幸運が届くかもしれん!」
『いやそれはない。なんで部屋に幸運なんだよ! 部屋の幸運って何がどうなるんだよ! まさか、ロープが切れないとか言うなよ! 無理だから』
「確かに、ただ少し気になることがあります。オランド号の設計を引き継いでいるフェリア号は構造的には大きな違いがありません」
ベリアード工房主は頷いた。
「船倉は省き索具の取り回しやオランド号に付いてない魔道具を中心にするのはどうでしょうか? 補助推進は動かせないので小型推進を見せませんか?」
「あー、アルフォンス殿から頼まれたやつか」
「あっ、バストリアから送られてきた魔道具ですよね? レオ兄さんがアル兄さんに珍しく丸投げしたやつです」
「小型推進魔道具と命名された魔道具です。元はフェリア号にも付いている補助推進魔道具でそれを小型化したものです」
ダニエル技師が工房の奥に誘導しひとつの部屋に入る。中はそれほど大きくないが外と繋がっていた。工作台の上には木製の筒のようなものが置いてあった。
「原理は簡単で水を吸い込み噴出するだけです」
『それウォータージェットじゃん。帆船の世界になんでそんな物があるんだよ! 主機代わりになるから動力船が作れちまうだろ』
「吸水、圧縮、噴出の三機能で魔道具の基盤としては完成しています。バストリアでは建築用木材しかないので強度不足で暗礁に乗り上げたようです」
リドルは暗礁と聞いてダニエルに質問をし始めた。
ルクレイは木材に興味を持ち近寄り亀裂で起きたことの検証を始めていた。
『小箱の中身を見ようとしたらトレント木材と出て、手袋に魔力を入れてる時に飛竜の皮膜と頭に浮かんだ。分析なのかは分からないけど再現性確認だ』
ルクレイは息を整え木材をジッと見つめて『魔力くんお願い』と、またもや魔力くんに丸投げした。ルクレイは頼みはしたが自身でも一応頑張った。
『目に魔力を集めるんだ! 目の魔力を活性化させろ! 魔力くんお願い! 目から魔力を放出! 目から魔力ビーム!』
ルクレイの頭の中に『杉?』と浮かんできた。
『まてっ、なぜ疑問形なんだよ。確かに強度が弱くて綺麗な年輪見れば杉と言われても納得する。だがそうじゃないだろ!』
ルクレイは疑問形に疑問をぶつけながら工房が用意した外洋船向けの木材に近寄り同じように魔力くんにお願いをして自力分を並べ始める。
すると頭の中に『樫?』と浮かんできた。
ルクレイは『疑問形!』と地団駄を踏んた。
「ルクレイどうしたの?」
リドルが心配そうにルクレイの顔を覗き込む。
ルクレイはハッと思考を取り戻し「大丈夫」とリドルに答えた。
「ルクレイ、この小型推進魔道具の陣図見てみて。ルクレイなら作れそう?」
ルクレイは陣図を見て「作れるかな」と答えた。
「何でまた作れそうかって話になったの?」
ルクレイは小首を傾げた。
「試作品に固定されてるから増やしたいけど増やせないから。ルクレイならなんとかなりそうって気がついたから聞いた」
ルクレイは諦めて陣図をなぞって記憶にとどめた。
ダニエルさんが試しに動かすのに使えると木の筒を三本ほどくれた。魔力くんに頼みながら確認したら『鉄木?』と浮かんだ。
『疑問形! ていうか、鉄木って鉄なの? 木なの? 何だっけ……』
三人は中途半端に工房で遊び過ぎて時間が微妙になったので、フェリア号で見る場所を絞り見分することにして荷馬車で専用桟橋に向かう。
「舵柄室と索具に絞りましょう。すみません、魔道具を見せるのについつい時間が取られてしまいました」
ダニエルさんは頭を下げた。
「頭上げて、小型推進魔道具の試し運転は面白かったよ。ブシャーって吹き出してダニエルさんびしょ濡れになったけど大丈夫?」
「濡れるのは日常的なので大丈夫です」
『まて、日常的にびしょ濡れはないだろ。ダニエルさんはドジ男なのか? それ需要あるのか? でも妻帯者ぽいんだよね。聞かないけど』
フェリア号に到着するとダニエルが渡し板に付いた箱に何かを差し込んだ。
「ダニエルさん、それは何の箱なんですか?」
ルクレイは気になったのでダニエルに話しかける。
「これですか? アルフォンス殿が付けた滑り止めの風壁魔道具です。渡し板に風壁を展開するらしいですがよく分かっていません」
『オランド号の渡し板で感じた違和感はこれか! ていうか、渡し板にまで魔道具ってどういうこと……』
「この滑り止めは愛馬の確かフリックとリトルのために付けてました」
「なるほど、それなら納得の理由です。馬の蹄は板だと滑りやすいですね。愛馬のために滑り止めの魔道具って良いですね」
『話せるって言ってたから意見を聞いたのか……。その気持ちなんとなく分かる。ニロンの乾燥果物よこせとか、粉末果物よこせとかは怖いけど』
フェリア号に入り軽く船首室や上甲板、マスト甲板を回り船尾楼に入って目的の舵柄室にたどり着いた。
「ここが舵柄室です。それほど高くないので頭に……はぶつかりませんね。私だけ注意します。あと、ロープに気をつけてください。転ぶと大惨事です」
案内役のダニエルが注意事項をルクレイとリドルに伝える。舵柄室は舵柄が占拠する部屋で連絡船の舵柄甲板のような感じである。
扉を開くと確かにダニエルでは頭をぶつけそうな高さしかない空間である。高さはないが奥行きはあり光が入り込んでいる。
『ティラーポートが思ったよりも大きい。明るいけど浸水箇所のひとつだよな。で、ティラーがデカい……そして二本あるわけだ』
ルクレイは資料でしか見たことのない帆船の舵柄室を覗き込んだ。舵に繋がった舵柄は、重い舵を動かすため大きく頑丈に作られていた。
そして舵柄は舵と繋がっているため、船尾には穴が開いている。舵穴と呼ばれ海水の侵入経路でもあった。この部屋には水密という概念は存在しない。
『調湿魔道具が設置されてるからジメジメはないし、海水が入っても何とかなる感じか。ロープの腐食も抑えられるから画期的な魔道具だな』
「うわー、ロープだらけだよー。これ、中に入れるの? 転ぶと大惨事って意味が分かった。転んだ先もロープだし……どうなるんだろ」
リドルがダニエルにロープで一杯な罠のような部屋のことを聞いていた。ルクレイは聞きながらも舵柄室の様子を確認する。
『基本は滑車とロープ。ロープの固定具は金属みたいだ。舵柄と動滑車は金属棒? ロープが予備で付いてるのか……冶金に自信があるのか?』
リドルはダニエルから滑車の意味を聞いているが分からないようで首を傾げていた。ダニエルは造船技師として話していた。
『言葉では無理だよね。ていうか、やっぱ舵は重いのが動滑車の数と段数で見て取れる。舵柄棒で動かないのは道理だ……』
リドルが悲しい顔でルクレイを見た。
「リドル、この部屋の滑車の数と役割は分かる?」
リドルは「分からない」とショボーンと項垂れた。
「たぶんダニエルさんも数は覚えてないと思うよ。この滑車は動かすための手段でしかない。船が小さければ舵柄を手で動かせる。重要なのはそこではない」
ルクレイは静かな声でリドルに語りかけた。
「重要なのは舵柄を入れる空間が必要なこと。手入れを考慮して高さを考えること。そして舵穴は浸水する場所と覚えること。最後に舵輪と繋がることだよ」
リドルは顔を上げルクレイをジッと見た。
「リドルは大型連絡船の設計に関わるだろ? 船尾楼を付けるなら舵柄室は必須だ。滑車の原理は後で試すとして、数は舵の大きさに依存するから技師の仕事」
リドルは目を瞑り考えを整理し始めた。
舵柄室を後にして甲板に向かう。リドルはまだ頭の中を整理していた。
「覚えなくて良いものは覚えない?」
リドルは未解決な部分をルクレイに尋ねる。
「覚えなくて良いものを決めるのはリドルだよ。僕はどちらかと言うと、興味のあること、必要なことの順で覚えるかな」
リドルは「興味が先なの?」と訝しげに尋ねる。
「継続は大事なんだけど、興味がないものを継続するのは苦痛になり、興味があれば楽しみになる。先ずは興味で楽しみ、必要なら必要な時に習えばいい」
リドルはまた考えに沈んでいった。
ダニエルは二人のやりとりを見ていて兄弟のように見えたかと思えば師弟のようにも見えた。見ていて不思議な感覚に包まれた。
その後、甲板で大量に張り巡らされたロープなどの索具を流す形で聞いていく。
ダニエルは索具の意味と設置場所の選定基準を聞くルクレイに不思議さを感じていた。端々で設置場所の案などを出し唸らされる時もあった。
リドルは説明を聞きながらも二人のやり取りを聞き漏らすまいという感じで真剣に聞きメモを取り続けた――。
子爵邸のガゼボでは、賑やかな晩餐となっていた。
リドルが子爵夫妻に今日の出来事を楽しそうに話していた。中でも、フェリア号の索具を見てきたことは楽しいと感じたようだった。
「ただ、滑車のことが理解できなかったのは悔しかったです。ダニエルは頑張って説明してくれたのに」
ルクレイはリドルの頭をポンポンと叩いた。
「滑車の原理はね頭でいきなり理解するのは無理なんだ。あれはね、試してみて体感で理解してから頭で理解するのが正解だと思う」
リドルはビックリした顔でルクレイを見た。
「今度滑車を手に入れて実演しよう。あれは学ぶというより遊ぶなんだけどね」
リドルは席を立ちルクレイに飛びついた。
「絶対だよ! ルクにぃ」
ルクレイは双子がいきなり現れたのかと混乱した。
「おっ、リドルにお兄さんができたか。アルフォンスやレオナールとはまた違った感じの兄さんだな」
グレアル子爵はガハハと笑い、フェリア子爵夫人はコロコロと笑った。
明日にはフェリア子爵夫人は社交のため王都に向かう。リドルはルクレイから離れると赤くなりながら母親に話を聞かせた。
グレアル子爵がフェリア子爵夫人に目配せしていたがルクレイとリドルは気が付かなかった。




