第五節 リューウェンは凄くてリドルも帆船仲間入り
『うわっ、すげえ、湾がめちゃ広い、まだ遠くて小さくしか見えないけど桟橋みたいのどんだけあるんだ? 入港中の帆船も多い!』
「カーン、カーン、カーン」
連絡船はすでに帆を全て畳んで慣性で進んでいた。水上を滑ってる感覚が強く、明らかに違和感のある動きで湾内に入っていった。
『うわっ……すげぇ……海面から斜面に建物が連なってる……アマルフィ……いや、この雰囲気はサントリーニだ……こんな景色をまた見れるなんて……』
ルクレイは気が付かずに目から涙を流しながらリューウェンを見つめていた。
「ルクレイ、どうしたの?」
リドル子爵子息が心配そうにルクレイを覗き込んでいた。
ルクレイは涙をそのままに笑顔で「素敵すぎる」とリドル子爵子息に答えた。
『ヨットから見た景色と合わさって懐かしさを感じちゃったか。戻れないと分かってるし、今目の前には素晴らしい景色がある。あの街に上陸するんだ、楽しもう』
リドル子爵子息は「ありがとう」と少し照れながらルクレイに答えた。
連絡船は左舷寄りに進路を逸らし始めた。リドル子爵子息の説明だと左舷寄りの埠頭区画はノルド家専用となっているということだった。
『はぁ? 左舷寄りの結構な区画が専用区画って、どんだけ船を持ってるの?って、すげぇ綺麗としか言いようのない三本マストの帆船がいる』
ルクレイが見つけた三本マストの帆船こそが、ナンダル船長が口にした『フェリア号』であり、保有する十隻の探査船を指揮する探査指揮船であった。
『遠目だけど三本ともヤードが組んであるから横帆の艤装か。それにしてもあの船尾楼は綺麗に立ち上がってる。大航海時代の帆船本でも見ないぐらい綺麗だ』
「あの三本マストの帆船は凄く綺麗だね。船尾が向いてるってことは、リドルの話だと接岸したばっかりなのかな?」
「まだ航跡が少し残ってるから入港直後みたい。あの船が我が家の旗艦『フェリア号』だよ。母上の名前を父上が付けた就航五年目の僕と同い年の船だよ」
『ほんとだ、さすがノルド家嫡男、落ち着けば凄く視野が広いな』
「あの船尾楼は綺麗。オランド号の船尾楼は無骨感があったけど、フェリア号の船尾楼は、明らかに優雅と言うか立ち姿が凄く綺麗だね。見惚れちゃう」
『げっ、船尾楼に見惚れてたけど……ツインラダー……マジか。えっ、ツインラダーが普通に使われてるの? 他の大型船を見てないから基準が分かんない!』
「リドル、フェリア号の舵って、なんか二つ付いてない?」
リドル子爵子息は驚いて「良く分かったね」と声を上げた。
「ふふ、話したいけど僕の話は中途半端だからね。細かいことは父上と晩餐のときに聞こうね。僕もたまに聞かないと覚えられないし」
『うはっ、船首側が見えてきたけど、あれ船首楼でなくてオランド号と同じ三層甲板にしてる。はぁ……すげぇ……船首は三層の平甲板と船尾楼に三本マスト……』
「ぐうの音もでないほどにカッコ良くて優雅で可愛い」
ルクレイの感想に「でしょ?」とリドル子爵子息は満面の笑みを見せた。
「あの三層の甲板はすっごく良い。巻き上げ機を隠すという機能性を置いても、とにかくセンスが良いし、使い勝手も良くなる」
ルクレイは悪戯顔で「でも木材使いすぎ?」とリドル子爵子息に話し掛ける。
「そうなんだよね。とにかく船首室はもう少し簡素化できそうだけど、マストを保持させてる横木は削るに削れない。強度を弱くする決断は難しすぎる」
『うっそ、五歳でそこまで勉強してるの? 軽く出したジャブで瀕死な件』
木材の使用量という地味なネタでリドル子爵子息を揶揄ろうと企んだルクレイは、勤勉だったリドル子爵子息の返答で爆死した。
「船首室の簡略化とか考えてるの?」
「オランド号は古いというのもあったし、アル兄さんに預けたら面白そうって父上があげたから。今、新しい大型連絡船の構想だけ始めたところ」
『いや、五歳でそこに加わってるのがおかしい。あー、でも楽しそうだってリドルなら思うか。これ、アルフォンスさんの影響はあるけど、本質がこうなんだ』
ルクレイはリドル子爵子息を見て楽しくなってきた。
連絡船はスルスルとノルド家専用桟橋に吸い込まれ、船尾風壁の抵抗を最大に変更しブレーキを掛け停船した。桟橋からロープが投げられ係留柱で固定された。
連絡船から降り桟橋をリドル子爵子息とニロンで歩いていく。
「ニロン、子爵邸までまた乗せてね」
リドル子爵子息はニコニコしながらニロンの鬣を撫でながら話し掛けた。
桟橋を抜けた場所でリドル子爵子息を前席に乗せルクレイが後席に騎乗してリューウェンの街中を常歩で坂を登っていく。
子爵邸に到着すると身支度のため本館に連れ込まれた。
『やばい、門にいた門兵さんからして、王都と同じように握手を求められた……。これ絶対にメダル船長がかなりやらかしてる……としか思えない』
ルクレイはリドル子爵子息からメダル船長がちょっとやらかし気味と聞いたが疑い始めていた。握手を求められたり、初見で身バレしてる時点で怪しかった。
そしてもうひとつ。街中を移動している時に、リドル子爵子息は領主の息子だから分かるが、微妙にルクレイに愛想よく手を振っていた街人の態度も怪しかった。
『リューウェンはお隣だし悪い噂でないならメリットはある……。何と言っても港の規模が尋常じゃない。この湾を使いたいから街ができたのも納得だ』
ルクレイは良い方向で受け取りたいが一抹の不安が残った――。
客間で待機していると扉がノックされリドル子爵子息が顔を見せに来た。そして、そのままガゼボに向かうと連行された。
ルクレイはガゼボに着くと呼吸を忘れた。夕陽に染まるリューウェンの街並み、ちらほらと灯り始めた揺らぐ灯り、水平線に日が沈む……思考が完全に止まった。
動きが止まったルクレイを放置して、リドル子爵子息は侍女に紅茶を頼みガゼボからルクレイを眺めていた。
日が沈みリューウェンの街中は揺らぐ灯りだけの幻想的な雰囲気を纏い始めた。
「おや、落とし人くんは固まったままだけどどうした?」
男性の声に「夕陽に見惚れてそのまま」とリドル子爵子息の声が聞こえた。
ルクレイは思考を取り戻し振り返り男性に礼を取り挨拶の口上を述べた。
「メルカド伯爵家所属『グラナム号』に拾われた落とし人のルクレイと申します。名はヴィオナ嬢に付けて頂きました。以後、よろしくお願いします」
「ヴィオナ嬢の名を出すとこブレないね」
リドル子爵子息はルクレイを揶揄りくすくすと笑った。
「あら、リドル、メルカド伯爵家のヴィオナ嬢で何か情報があるのかしら?」
男性の隣にいた女性が目を細めリドル子爵子息に声を掛ける。
リドル子爵子息は肩を竦め「ルクレイどうぞ」と振り逃げをした。
「あっ……。すみません、ここで口にすることはできません」
ルクレイは深い礼に変えて謝罪を口にする。
リドル子爵子息が慌てて「ごめん!」とルクレイの礼を庇う形で外した。
「リドル、相手のことを考えて言葉を発しなさい。軽々しく、他家の令嬢を引き合いに出すのは、とても無作法なことです。ルクレイくんは良く断りました」
フェリア子爵夫人はリドルを窘めた。
「ルクレイ、申しわけなかった。謝罪を口にさせてすまない」
リドル子爵子息が頭を下げようとしたら肩を叩かれた。
「気にするな、たぶんその教育はもっと先だと思う。リドルは普通の五歳とは違う立ち位置にいると自覚を強める、ひとつの教訓になってくれれば嬉しい」
リドル子爵子息はルクレイに頷いた。
「リドル、俺たちの紹介をしてくれないのか? 少し寂しいのだが」
グレアル子爵は息子とルクレイのやり取りを見て軽く追撃をした。
「あっ、ルクレイ。父上のグレアル、母上のフェリアです」
グレアル子爵が堪えきれずに笑い出した。フェリア子爵夫人も口元を押さえて肩を揺らしていた。
「子爵様、リドルは頑張ってますからお手柔らかにお願いします。何事も、過ぎたるわ及ばざるがごとしと言います。子爵様が名乗るほうが自然だと思いますよ」
ルクレイはグレアル子爵にやり過ぎと言葉で諭した。
「ただ、僕も少し余裕がなかったので、リドルから振られたときに聞こえない振りなりで、話を先に進めてしまえば良かったと反省してます」
ルクレイは自省を口にしつつ全員に座ろうと提案した。
「おっ、そうだな。晩餐の準備も終わってるから晩餐にしよう」
グレアル子爵は侍女に合図し、妻のフェリア子爵夫人をエスコートしてガゼボのテーブルに誘い席に着かせ、自分も席に座った。
ルクレイはリドル子爵子息に「座ろう」と再度声を掛け席に座る。
リドル子爵子息はルクレイに唖然とした視線を投げつつ勧められた席に着く。
晩餐は洞窟の落とし物や魚粉といったリューウェンならではの献立になっていた。魚粉は王都で販売を始めたが、それ以外は王家と周辺にしか流れていない。
「ルクレイはアルフォンスとタイプは違うが、どことなく似た雰囲気を持ってるな。アルフォンスに気遣いをマシマシした感じか?」
ルクレイは思わず飲んでいたミルクスープを吹き出しそうになった。
『他意はなさそうだけどストロングスタイル過ぎるって!』
「王都で『異変の英雄』を観劇しました。さすがに英雄のアルフォンスさんと比較されてしまうと、面映ゆいです。拾われた恩を返したいと心から思ってます」
リドル子爵子息が「むー」と膨れる。
「ルクレイは父上たちと話すと貴族そのものだよ。もっとこう僕と話してる時みたいに軽くしようよ。まずはさ、フェリア号のことを教えてもらおうよ」
ルクレイはリドル子爵子息に「それ良いね」と笑顔で答える。
ルクレイはグレアル子爵にフェリア号を見た時に感じたことを話した。そして、フェリア号に付いていた二つの舵、他で見ない船首区画の話をせがんだ。
「お前ら……帆船の話を振るときはえらく息が合ってるな。リドルが帆船好きなのは知ってたが、ルクレイも帆船が好きなのか?」
グレアル子爵は呆れながらルクレイに質問した。
「好きです! 目が覚めたのは帆船でしたしオランド号も凄かったです。風を受けて進む、人と風が協力しあい、時に喧嘩してる感じがしてワクワクします」
振られたルクレイは本心で返答することにして答えた。
「僕は行きたいところに行ける帆船を作りたいと思いました。オランド号に乗ったとき『これだ』と思い王都のバルモン魔道具工房で教えを受けました」
まずは魔道具を始めたとルクレイは話した。
「魔道具はメルカド領で進めます。まずは所属する連絡船に船舶風壁魔道具を付けたいと考えてます。もちろん、消臭、調湿魔道具も設置したいです」
「船舶風壁魔道具はかなり待たされるぞ? 王都が手配しようとしてるが魔道具師は直ぐには育たんから。うちも見習いは増えてはいるがまだまだこれからだ」
グレアル子爵は生産量の少なさで頭を抱えていた。
「船舶風壁魔道具の基盤は作れます。外装と細かい設定の習得はこれからですが十分やれます。グラナム号に搭載してナンダル船長にお礼したいです」
グレアル子爵は「えっ?」と声をこぼし、全員が目を丸くした。
「ちょっと待ってくれ。船舶風壁魔道具の基盤はかなり複雑でリベランところでも生産数は少ないぞ。それが作れるってのはちょっとした事件なんだが……」
ルクレイは「あー」と声を上げた。
「バルモンさんに器用さと集中力を褒められました」
『船舶風壁の基盤が難しいとは思ってなかった。失敗したかなぁ。いや、作れることはどうせ流れる。魔道具師で生計を立てるつもりがないことだけで押そう』
「良く王都出られたな……って『落とし人』だったか。情報は上がってる可能性を考えると陛下はメルカド伯爵家に任せることにしたってことか……」
グレアル子爵はヴァルディス国王と話す機会が増え考え方を理解し始めていた。導き出した答えは『放置観察』であった。
グレアル子爵は話題を変え、フェリア号やオランド号に関する話をリドル子爵子息とルクレイに話した。フェリア子爵夫人は早々に引き上げて行った。




