第二節 小ボア丸焼きと魔力くんと罠になった小箱
船止まり宿の夕食は、リドル子爵子息が名物だからと小ボアの丸焼きを注文したことで、胃が破裂寸前まで追い込まれた。
『隣の騎士さんが満足そうな顔してる量を十歳に食べさせるとは……』
残すのは失礼と頑張って食べたルクレイは、割り当てられた個室で静かに食後の運動をしていた。少しでも胃に隙間を開けるべく頑張っていた。
『それにしても、小ボアの丸焼きに入っていた草が薬草で、薬草の情報源はアルフォンスさんとリュミエールさんというのが、凄いけど困惑しかない件』
ルクレイは小ボアの丸焼きを配膳した従業員の説明を思い出していた。
『リドルは何気に漏らした言葉の危険性にまだ気が付いてない感じだよな。五歳では仕方ない気もするんだけど、アルフォンスさんの近くにいるなら危険だよな』
ルクレイはリドル子爵子息のことを気に入っていた。少し大人びているが、海を愛する気持ちは伝わってくるし、帆船を道具と考えてない点が特に嬉しかった。
『土属性は分析と探査と言ってたな。異世界物の定番ではあるけど、分析が鑑定系なのか解析系なのかで少し違う使い方になるよな』
ルクレイは運動を継続しながら思考に意識を集中する。
『問題は、無詠唱ぽい方の情報をどうするかだな。十三歳で熟練型はナシだ。そこで出てくるマジックワードが想いなんだろうな』
ルクレイは昔の映画のワンシーンが出掛かったが耐えた。
『もうひとつ、魔力を感知するところがスタートと言っていた。俺の場合は最初から認識というか感知したと考えるべきか?……ここは感知した前提で進めよう』
分からないものに対する検討を放棄した。
『体内の魔力は感知した。感知はしたけど集めるとか動かすはできてない。では、動かす必要性はあるのか?……これも保留というか不要としよう』
少しずつシンプルになった気がした。
『そもそも、疲れない身体という時点でおかしい。長時間、陣図を描いても集中力が落ちないのも違和感しかない。恐らく、ここに魔力が関与してる可能性が高い』
ルクレイは棒を振り下ろしていたが、微かな風切り音以外の音が出ていなかった。振り切った棒を筋力で止め、重心の移動がないので床鳴りもなかった。
『色々な意味でおかしい。だからそれはすべて魔力くんが手助けしてる』
酷い発想だと自覚はあったが、ルクレイはそこに逃げることにした。
「そう言えば、疲れなくても、胃袋の中身は少し減ったよね? まだ苦しくて……ベッドに寝転ぶ選択肢を取り難いんだけど……」
ルクレイは棒一振りごとに『魔力くんありがとう』のありがとう修練を、鐘がひとつ鳴るぐらいの時間続けていた――。
翌日、朝食は軽めに取り宿場街をリドル子爵子息と歩いていた。ニロンにお願いして二人乗りの許可を貰い二人乗り用の鞍を付けてニロンは横を歩いていた。
二人が冒険者の定宿に入ると男性が声を掛けてきた。
「リドル、久しぶりだな。ここで会うとは思わなかったぞ」
「ユリウスさん、お久しぶりです。公爵邸で見ないので婚姻式の準備に追われてるのかと思ったら、亀裂の視察でしたか」
ユリウス公爵子息が宿屋で朝食を食べていた。
『公爵邸ってマティルダ様のとこ! ユリウスさんは息子か! アルフォンスさん関係者が多過ぎる……』
ルクレイはキョトンとした顔で固まっていた。
「あっ、ユリウスさんに紹介しますね。いま王都で有名な『落とし人』のルクレイです。地元のメルカド伯爵領に向かうので送ってるところです」
『まてー、その有名ってなんだ! 俺は聞いてないぞ!』
ルクレイは内心でリドル子爵子息に突っ込んだが声は出さずに済んだ。
「えっと、メルカド伯爵家の連絡船に拾われた『落とし人』のルクレイといいます。記憶に問題があって名前はヴィオナ嬢に付けて頂きました」
ユリウス公爵子息は驚き「落とし人なの?」とリドル子爵子息に話し掛けた。
「はい、ルクレイをオランド号でレベナに送った縁で知り合いました。ルクレイは帆船が好きで海が好きなんです。親友になってくれて嬉しいです」
『んが、呼び捨てにしてと頼まれたのは親友ムーブだったのかっ!』
ユリウス公爵子息は「なぜ王都で有名に?」とルクレイに話し掛けてきた。
『知らん! そのネタを俺に振るな! 助けてリドル……』
ルクレイがリドル子爵子息に視線を回す。
「あっ、もしかして、ルクレイは知らなかった?」
ルクレイは「何を?」と首を傾げた。
「王都の露店広場でさ、アクセサリーをヴィオナ嬢に付けてあげたでしょ?」
『あれかっ、何かあるのか? 拍手された意味も分からんかったんだが……ヴィーはすごく嬉しそうで可愛かったから流したけど……やらかした?』
ユリウス公爵子息が「あー、あれだろ」とうんうんと頷き割り込んできた。
「あの露店広場でアクセサリーを女性に付けるって、求婚と同じ意味ってやつ。あれって三十年前だっけ? 未だにやらかしが消えないのって怖いよね」
『盛大にやらかした!』
ルクレイは呆然とユリウス公爵子息を見ながら内心で頭を抱えていた。
『求婚自体……し終わってる……つまり……露店広場の求婚の真実味を固めただけだ! あの時に周りにいた人が吹聴すれば……吹聴するに決まってる!』
ルクレイは頭の中で膝をついた絵文字状態の自分の姿を幻視していた。
『どうする? 知ってた事にするか? いやここは真実で問題ない!』
「あー、ヴィー……ヴィオナに求婚はしてますよ? 受けて貰って、後は伯爵様たちに許可を取る段取り中です。広場の求婚は知りませんでしたが、誤差です」
リドル子爵子息が「手が早い」とぼそりとこぼした。
「いやいや、あれだけ可愛くてとっても可愛い女の子で冒険派なのですから、思い立ったらグイグイいかないと駄目ですよ」
『やべぇ、言葉がおかしくなってる。落ち着け俺』
ルクレイは言葉が壊れかけていると自覚したが手遅れなので深呼吸した。
「いやー、おめでとう。ていうか、メルカド伯爵家の前伯爵夫人はヴァルデン辺境伯の分家筋だよね。ちょっと遠いけど縁戚だし、心から祝福するよ」
ユリウス公爵子息は地味に刺しに来た。
「ありがとうございます」
ルクレイは表情筋を叱咤して笑顔を作りユリウス公爵子息に礼を取る。
リドル子爵子息が「えっ? そうなんですか?」とほじくり返した。
「そうだよ。母さん訪問したことあると言ってたし、現伯爵夫人もヴァルデン辺境伯閥の武門出身だよ。メルカド伯爵家は南部で珍しい武門家だよ」
ユリウス公爵子息は「隣でしょ?」と軽くリドル子爵子息を刺した。
「ところで、すごく話がそれてるんだけど、今日は何でまた宿場街に? 亀裂は、俺の管理下だから入る許可は出せるけど、亀裂に入る格好ではないよね?」
「あっ、冒険はヴィオナ嬢と行くと言っていたので、小箱の話をして連れてきたんです。ヴィオナ嬢のお土産に手袋頑張ってみればと勧めた感じです」
リドル子爵子息の返事にユリウス公爵子息は「それ面白いね」とこぼし笑った。
「今のところ、人へのプレゼントという形で出たことがないんだ。女性陣は手袋を自力で出してるから、結果的に一番の人気商品になってるのが笑える」
ユリウス公爵子息はケラケラ笑い出した。
「そうそう、ちょうど小箱の入荷もあったし試してみよう。アルフォンスがクラリス伯母様たちに頼まれたらしくて、ちょっと前に小箱を置いてったんだよね」
『あれか、オランド号がアルデン領に向かう時に寄った感じなのか』
ユリウス公爵子息は「よし行こう」と席を立ち奥に声を掛けて宿を出た――。
ルクレイはニロンに「お願いね」と声をかけ、リドル子爵子息を前席に座らせ騎乗する。ユリウス公爵子息は目を細めてルクレイとニロンを眺めていた。
宿場街の門を出ると多くの人が防壁を作る作業に従事していた。
「いま、町にするんで防壁を作ってるんだ。当面は王家直轄だけど、上手く回せれば在地を封じるだろうな。直轄領は結構面倒だし」
ユリウス公爵子息はさらっと重要情報を流す。
『なぜ重い情報をさらっと流す! 王家関連とか明らかに危険!って、公爵様は王弟とヴィーが教えてくれていた件! ユリウスさんが王族系だった!』
ルクレイが頭をフル回転して前を見ていないが、ニロンはあまり気にせず楽しそうに駆けていた。リドル子爵子息も楽しそうに風を感じていた。
亀裂に到着すると何人かの冒険者が休憩していた。
「あれ? ユリウス様、今日は事務仕事と聞いてましたが身体を動かしに?」
ユリウス公爵子息は「ダルンこそもう上がりか?」と話し掛けた。
「少し小ボアたちが増えてたので、間引きの手伝いをしてましたよ。まぁ、冒険お休みの日でも宿場街は地元で遊びにくいから、ここで遊んでます」
ダルンと呼ばれた冒険者はガハハと笑った。
『やっぱり、ガハハの比率が高いよな。いつかは俺も? ガハハって笑うか?』
「今日は、お客さんに小箱を試してもらおうと思ってな。リドルが約束したみたいだし、人が開く小箱は楽しみだからな。自分の分はこっそり開けるけど」
『ちょっとまてー。なぜ隠れて開ける? やばいのか? マジやばか?』
「今回は、求婚した恋人にプレゼントしたいと思ってるサンプルが取れる。もし出れば結構なインパクトになるはずだ。小箱の流れが変わるからな」
『えっ? なんでそんな期待感がでてるの?』
ルクレイは小箱に対する周囲の期待感の温度が掴めなかった。話し自体は難しくなく、誰かのためという想いは小箱の価値を引き上げると考えていただけである。
想う相手が恋人だけでなく、婚姻相手、家族にまで広がれば『夢のある小箱』という形で公開し、自分のためという形よりは純度を高められると期待された。
『もう撤退は望めない。仕事の時も厳しい時ほど笑顔が必要になる。苦難を乗り越えるのには笑顔、そうだよ! ヴィーの笑顔のために俺はやる!』
ルクレイの思考はすでに色々と逸れ、それが故に純度がおかしな方向に高まっていた。そこに、完全なる開き直りの女神様が降りてきた……。
ルクレイは亀裂に入った冒険者の姿を目で追った。
『なぜあの冒険者は小箱を袋に詰めた? 確か二個とリドルは言ってた……ってユリウスさんに言ってないよな。えっ?……これって危ない気配しかないぞ』
ユリウス公爵子息はリドルやダルンたちと楽しそうに談笑していた。小箱はどうやら出る物の落差が大きく必要なサンプルという収集に限界が見えていた。
どういう方向性を持たせるかという話し合いも、ユリウス公爵子息が現地に来ていた理由のひとつとルクレイは耳をそばだて理解した。
『その方向性に、恋人へのプレゼントネタは鉄板ということか。だがな、ユリウスさん、もし出たらユリウスさんが窮地に追い込まれるぞ』
開き直ったルクレイは思考の切れが戻ってきた。
『婚姻式を前にして、ユリウスさんはお相手へのプレゼントが出てないよね? サンプル的には、すでに破綻してるのではないか?』
「よーし、準備はできたぞー。ルクレイ、先ずは二人のお揃い品を狙おう。想いを込めて、二個同時に開いてみよう。お揃い品は喜ばれるぞー」
『まて、いきなり壁しかねえ選択肢出すな! 飛び越えられればハードルだが、たぶんそれは壁だろ。というか、話が逸れまくってるだろ!』
ユリウス公爵子息はテーブルに二個の小箱を置きルクレイを手招きした。
ルクレイは腹を括りテーブルの席に着く。そして目の前に並べられた二個の小箱に視線を向け、呼吸を整えて小箱をジッと見つめた。
『何が入っているのか見れないのか? 魔力くん助けて、頑張るけど魔力くんの助力が必要なの。小箱の中身をこっそり教えて!』
視線に魔力くんを乗せ、小箱に向けて『教えて! 魔力くーん』と背中を押し出すイメージで想いを乗せ魔力くんをグイグイと押しつける。
すると頭の中には『トレント木材』というイメージが浮かんだ。
ルクレイは「うっ」と息を呑んだ。
『違う! 違うんだよ! そっちでなくて中身なの。僕とヴィーを繋ぐ二人お揃いの品物なのか教えて! お揃い品が良いの! 教えて!』
ルクレイは頭の片隅に浮かんだ『トレント木材』というハズレぽいイメージは思考から切り捨て『応えてくれない』とプンプンし始めた。
そしてヤケになり周囲の期待感を捨て置いてルクレイは小箱を覗いた。
「あれ?……これって確か……イヤーカフだっけ? ひとつは濃い青色の石、もうひとつは淡い藍色の石がついてる。可愛いお揃いだ! やったー」
ルクレイは両手を挙げて歓声を上げた。
それを目を細め厳しい目線で見るユリウス公爵子息と、驚愕を飛び越えそうな驚きの表情を見せるリドル子爵子息がルクレイを見つめていた。




