第一節 セトリアナ大河の降河と危険な情報
セトリアナ大河を快調に降河する連絡船の船首にルクレイは陣取っていた。
『河川はほとんど使ってなかったから勝手が分からないなぁ。ある程度効率が悪くてもブレースしないのは手間が大き過ぎるからだろうな』
横帆の帆船は帆を展開するため帆桁がマストに付いている。帆桁は重く頑丈だが固定はできない。風向きにあわせて帆を張るためある程度は旋回できる。
この帆桁にロープが付けられ船員が引き旋回させる。
『20m級の連絡船なら無理とは言わないがブレースだけで船員は疲弊するよな。それにしても、船舶風壁魔道具は効果が酷すぎると思うぞ』
連絡船は明らかに周囲の船とは速度域に差が出ていた。河川は狭いため基本は追い越さないようかなり気を使うことになる。
『抜けるなら鐘を鳴らして抜いて、無理な区間なら船尾風壁の抵抗を上げて減速……。スマートすぎて世界観がまったく違う件……』
しばらくすれば多くの連絡船に船舶風壁魔道具が搭載されると思ったが、船舶風壁の基板作成は難易度が高いとバルモン工房主は話していた。
『確かに、妙に器用になってる自覚はあるし集中力は全然落ちないのはおかしい。集中力が必要で数日掛かる作業を鐘一つ掛からず終わらせたからな……』
「ここにいた」
巻き上げ機を避けてリドル子爵子息が船首までやってきた。船首は巻き上げ機があるため先端まで来ると周囲からは見えない場所になっていた。
「ここは気持ちが良いからね。それにしても、船舶風壁魔道具の効果が凄くてとにかく速い。もうかなりの船を抜き去ってるよ」
「この先に狭くなる難所があるんだ。船長は良い感じの切れ目に入りたいんだと思う。その区間は遡上補助区間だからなおさら気を使うんだよね」
「遡上補助か。巻上魔道具の陣図や補助資料を見たけどある意味で良く出来てた。実際の魔道具も見てみたいけど機会はないだろうなぁ」
リドル子爵子息は「えっ? 見たの?」と驚いた。
「レオナールさんに見せてもらったよ。話してなかったっけ? バルモンさんのとこで会ったとき、資料一式を見せてもらった」
ルクレイはそのまま話題を変えた。
「そう言えば、中間にある船止まり宿って宿泊場所なの?」
「船止まり宿はノルド家が懇意にしてる宿だよ。元々は船溜まりで宿屋が増えたみたい。で、今は宿場街になってるんだ」
『船溜まりあるあるか……』
「宿場街ってことは何軒か宿屋があるのか」
「今は亀裂が見つかったから町にする計画が動いてるよ。ちょっとした平原が目の前にあるからそこを使って拡張してる。だから商人増えて桟橋が足りない」
「この連絡船は入れるの?」
「うちの船は最優先だから先に入ってても桟橋を空けるのがルール。船止まり宿も拡張工事してるけど完成はもう少し先だね」
『こと船に関してはノルド子爵家は強い。所有してる帆船も桁が違ってる』
「ノルド子爵家は最優先なの? それって何か由来とかあったりするの?」
リドル子爵子息は「落とし人だから知らないか」と頷いた。
ノルド子爵家は南方諸島から来た『海の民』を祖とする家系を持ち、フェルノート王国の建国神話で建国王を支援したとされていた。
建国王が建国後に爵位を渡そうとしたが、制度的に土地の管理が発生する上位貴族を拒否したとされる。結局は拠点としていた港町を治める子爵となった。
「寄親がいないから扱いは在地、上位貴族だから建国王が一枚上手かな。周囲の村が庇護下に入りたいって来たらしく、結局は領地管理してるよ」
リドル子爵子息はケラケラと笑った。
『海の民かぁ。ロマンはあるな。しかし、話の内容からしてノルド子爵家は伯爵位相当かそれ以上だな。保有帆船数はダントツみたいだし』
「ちなみに、リューウェンには洞窟があるよ。船止まり宿のとこは亀裂。アル兄さん情報だと、中身は同じようなものらしいよ」
洞窟と亀裂はいくつか見つかっているが全てアルフォンスとリュミエールが見つけたらしい。内部には魔物がいて討伐すると解体肉などが残るらしい。
『まんま、ダンジョンな件』
リドル子爵子息に見学に誘われたが冒険派のヴィオナと一緒に入るから今は入らないと断った。代わりに、亀裂で小箱を開かないかと誘われた。
「小箱の解明は全然。一応、開いた人に必要なものが出るとされてる。なんか、欲しい物を願うと良いらしいんだけど……微妙?」
『ダンジョン産で宝箱の一種みたいなものかな。持ち出し可能で渡せるってのは読んだ記憶がないな。運試し要素がかなり強いのかもしれない』
「貴重なのでは?」
「今のところアル兄さんたちがほとんど出してる。アル兄さんはあまり開けないから余ってると陛下たちに開けさせてたみたい。何気に飽きっぽいところあるかな」
リドル子爵子息は苦笑を浮かべた。
「なんでも、人気があるのは手を保護する手袋らしいよ。ヴィオナ嬢にプレゼントできるから頑張ってみれば?」
ルクレイは「やる!」と即答していた。
連絡船は遡上補助区間に近づいてきた。
「川幅が狭くなって流れが速くなっているのか。これ、遡上している船に衝突したら確実に航行不能になる速度までいきそうな流速だね」
リドル子爵子息は「航行不能というより沈む」と事もなげに答えた。
「流れが速くなるからか蛇行はほとんどないんだ。だから降河する方は進路を逸らさないのが重要。遡上はロープで引かれてるから舵は中立が原則だね」
「風壁が付いてるから船尾で速度制御?」
「そうだよ。速度を制御できるのはやっぱり大きいよね。でも、陸揚げしないと搭載できないから普及は足踏みかな。基盤もなかなか出回らないし」
リドル子爵子息はため息をついた。
「アル兄さんが作ったからノルド家の連絡船は全船に付いたよ。今は王家の連絡船を手当て中。アル兄さんなら水上で調整できるけど忙しいからね」
「えっ? 水上で船底も調整できるの? 正直、船尾も目視は無理だと思うから無理だと思うけど……。凄いな、水上で作業できるなら大型外洋船も付くね」
ルクレイは心からアルフォンスが持つ技術の高さに驚いた。
「探査指揮船のフェリア号に付いてるよ。桟橋にいると思うから案内できそうなら声かけるね。あと、確か土属性の分析や探査がアル兄さん得意だからそれみたい」
ルクレイは「えっ?」とさらに驚いた。
「そういうのって、簡単に話して大丈夫なの? 手の内とかないの?」
「アル兄さんにそれはないかな。土属性の分析は、鉱石とか以外の植物とかに使えるって気が付いてたみたい。それが一般的でないと知って広めてたよ」
「はぁ、すごいなー。メルカド伯爵家の双子に座学で巻き込まれて一緒に受けてるんだ。お陰で、子息が最初の頃に習う『ダメなこと』はだいぶ分かった」
ルクレイは「基礎は助かる」とリドル子爵子息に話し苦笑いを浮かべた。
「でも、魔法に関しては双子は四歳だからまだ僕も習ってないんだよね」
「魔法は、魔力を感知することから始めるんだ。そして、使える属性に沿って発動言語を習って、何度も繰り返して使えるように鍛えるんだよ」
「リドルは五歳なのになんで知ってるの?」
「ふふ、知りたがりの可愛い女の子がいるんだ。アル兄さんの妹でミレーユというの。双子で弟のレグルスもいるんだけど、二人とも四歳で僕より優秀」
リドル子爵子息は「追いつかないと」と拳を握って気合を入れていた。
『あー、ミレーユちゃんが好きなのか。その双子も優秀みたいだし、ほんとアルフォンスさんの周囲は異質って感じる。それにしても、発動言語か……』
「実は不思議に思ってることがあるんだ。アル兄さんやリュミ姉さんは、発動言語を言わないんだ。アル兄さんは『魔力は想いを受け取る』と言うけど……」
『それ言っちゃダメなやつー』
「魔力制御はめちゃ凄くてリュミ姉さんは三属性を制御し切るんだよね。最近は、魔力操作っていう概念が出てると聞いても、僕にはさっぱり分からない」
『それも、言っちゃダメなやつー。発動言語って意味合い的には呪文の短縮詠唱みたいなものだろ? 異世界ファンタジー定番のやつ。それが不要は無詠唱だよね』
ルクレイは前世の記憶から言語が魔法の発動に関わる世界と整理した。
『アルフォンスさんは十三歳って聞いたし、その年齢で無詠唱を極めるってのは不自然。ということは何らかの近道がある。それが想いって繋がるのはまずい』
ルクレイは本来なら聞いてはいけない内容と判断し内心焦った。
「分からないところはミレーユ嬢かリュミエール嬢に聞かないと。たぶん、他で聞いても誰も分からないと思うよ? それに五年あるんだ、精進あるのみだよ」
リドル子爵子息は「そうだね!」と笑顔で答えた。
『心が痛い……聞いてしまったから活用はするけど……痛い』
「そう言えばさ、拾われてからそれなりの日数が経ってるのね。でも、一度も魔法を使ってるところを見たことないのは何でだろ?」
「あー、それはね貴族家だと基本的に魔道具使うから。火属性の〈種火〉や風属性の〈そよ風〉は練習では使うけど、日常では使わないからだよ」
リドル子爵子息の説明は分かりやすく納得できた。
「魔法はやっぱり攻撃魔法が中心なんだ。アル兄さんは風属性の〈探知〉とか、さっき出した土属性の魔法は、目に見えるものではないからね」
「なるほどねー。僕も土属性があるから、そっち頑張ってみる」
リドル子爵子息は「あっ」と声を上げた。
「土属性は情報が更新されてるから魔法局でもらってくれば良かったね」
「魔道具も頑張りたいからぼちぼちいくよ〜」
その後は、リドル子爵子息と棒を使った簡単な打ち合いを通して身体の使い方を伝えていった。そして、連絡船は船止まり宿の桟橋に吸い込まれていった。




