閑話 舞い上がったメダル船長が無自覚でやらかした
オランド号は王都の王家専用埠頭の桟橋に接岸した。近接した桟橋には数隻の連絡船が係留されている。
メダル船長は管理事務所に船員を派遣し、自身は報告のため王都に入りノルド子爵邸に向かう。専用埠頭の入口にはすでに馬車が用意されていた。
「ノルド子爵邸まで頼む」
メダル船長は馭者に行き先を告げ馬車に乗り込む。
「この、馬車が用意されている待遇は慣れん。波止場の流れとはいえ、単なる船長には過分なんだが……彼らの面子も潰せねぇ」
ノルド子爵家に所属していたときは、貴族埠頭を使っていたので馬車など使わなかった。しかし、アルフォンスの所有になり王家専用埠頭を常用したらこうなった。
「しかし、あの子はヘブラナからレベナまで乗船しただけなのに、随分と船員の評判が高くなったな。可愛いから仕方ないか」
ヘブラナで会い流れでレベナまで送った『落とし人』の少年は、メダル船長が気に入ってかまい倒したことで船員の注目を浴びた。
船員は『落とし人』という点でそもそも興味があった。海に落ちた海難者で救助された人がそう呼ばれる。もちろん、ほとんどの海難者は助からない。
このことから、『落とし人』を拾った船には幸運が訪れるという、言い伝えが船乗りたちの中にあった。
ここに、『創世の女神様』が助けるように誘導しているという宗教観が加わった。王家が保護対象として指定し、古い王命で仕組みが動いていた。
ただ、王家は善意だけでなく、南方諸島から来訪した有力者の子息が落とし人になり、対処の杜撰さで国交断絶に追い込まれそうになった教訓でもある。
好意的に受け入れられる『落とし人』に、オランド号ではメダル船長が、少年の保護者的に振る舞った事で認識のズレが生まれつつあった。
「あの子は良い子だ、創世の女神様も助けたくて巻風を吹かせ、グラナム号の足を止めさせたに違いない。助けた事でグラナム号は無事に戻れたしな」
メダル船長は少年に懐かれ完全に浮かれていた。高いテンションのまま船員たちに吹聴して回った。単なる保護者バカ状態であった。
「船首静索の破損など、普通は気付かないぞ? あれは、女神様が少年を陸に戻すため少年に耳打ちしたに違いない。そこまで愛しい子なのだろう」
支離滅裂に近い話も、メダル船長がニコニコしながら吹聴したことで『あるかもしれない』と船員たちが洗脳された頃に王都に入った――。
メダル船長はノルド子爵邸に入ると、微妙に名代のような位置に押し込まれた五歳で跡継ぎのリドル子爵子息に報告を行った。
「ハールベン伯爵家の二名は王宮に届けてあって、アル兄さんは陸路で向かったと……。到着連絡が来てないのは、アル兄さんがまた何かしてるのか?」
リドル子爵子息は「陛下に伝える」と答え、ため息をついた。
「で、この書類が『落とし人』の報告書なのは分かったんだけど、なんでメダル船長が書いてるの? この書類はメルカド伯爵家が作るやつだよ?」
メダル船長は「ですが」と断りを入れた。
「名が分からぬとなれば、王宮で面接です。実際に会った身としては、不当に扱われる可能性は断固として潰します。とても良い少年ですからな」
メダル船長はガハハと笑い声を上げた。
「まぁ、落とし人の報告書を、関わった人の証言資料として出すのはアリだから良いんだけど……」
報告書を確認していたリドル子爵子息は『これ出すのか?』と心の中で頭を抱えていた。内容が突飛過ぎなのだが……メダル船長の立ち位置に問題があった。
『メダル船長はうちの家臣ではあるんだけど、アル兄さん直属になってるから僕に命令権がないんだよね。……諦めて陛下宛でメモでも挟んでおくか』
「分かった、この報告書に、うちのメモ付けて陛下に渡してくる。陛下にアル兄さんが陸路で戻ってない件を伝えないと、後で拗ねるかもしれないからね」
メダル船長は「お願いします」と答え退室した――。
最近、船乗りが多く集まる酒場では、定番ネタが生まれつつあった。それは『海岸航路の落とし人』である。落とし人自体が少ないので酒のツマミ扱いだが。
「しっかしよぉ、十歳ぐらいで拾われ直後に静索の破損気づくかぁ? おめぇ、ゆるんでっとか分かるんか? おらぁ、分からんちゅー話や」
「いやっ、それまずぃっちゃろ。気づけよ! ていうか、おめぇ静索がなんかまだ知らんちゃかよー」
そして、その落とし人は『創世の女神様の加護』を持ってる『女神様の愛し人』と、意味の分からない話として広がりを見せていた――。
王宮の大会議室には、宰相府から呼び出された王宮総務局長と副局長、そして面接官三人が着席していた。
「本日の呼び出しは何でしょうか?」
総務局長は「分からん」と副局長に答えた。
大会議室の扉がノックされ開き、グラディウス宰相とジークハルト宰相補佐官が入室した。そして、扉の横で止まり頭を下げた。
総務局長たちが立ち上がる前に、レオンハルト王太子が入室してきた。大会議室内にガタガタと音がした瞬間に騎士が突入してきた。
「おい、総務局長、お前無様過ぎだろ。最初のノックで起立して待機してない時点でダメだ。ほんと、ここんとこ緩み過ぎだ」
レオンハルト王太子は席につき、騎士たちに軽く手を振った。
解放された総務局長たちは直立し深く礼を取り、この姿勢のまま固まった。
「今回、総務局を呼び出したのは、面接官の態度を含めた行動に疑念が生まれたからだ。局長、面接官の態度などで問題を報告しろ」
グラディウス宰相が総務局長を詰めた。
総務局長は「あっ……いや」と言葉に詰まった。
「面接官に問題があるとの報告は、上がっておりません」
何とか言葉を口にしてその場を取り繕った。その横で副局長が、目を見開き絶望しかない顔で固まっていた。
「次に、しばらく後に『落とし人』の面接が発生することが分かった。面接官に問うが、落とし人の面接が必要な条件、理由、基本対応方針を言え」
グラディウス宰相が面接官の三人に視線を向けた。
面接官三人は完全に固まり身動きせず視線だけが左右に彷徨い汗を流し始めた。
「王太子殿下の前での無言は不敬となる、言え!」
面接官の一人が「制度で決まっています……」と答え、言葉が止まった。
「こいつらはダメだ。徹底的に再教育を実施しろ。再教育が終わらん限り王宮から出すな。確認試験に通るまでは勾留、再教育の成果なしなら追放しとけ」
レオンハルト王太子は言い捨てると大会議室を後にした。
「おう、どうだった?」
王族専用ラウンジで紅茶を飲んでいたヴァルディス国王は、入ってきたレオンハルト王太子に声をかけた。
「全然ダメ」
レオンハルトは肩を竦めてヴァルディス国王に簡潔に答えた。
「副局長は最初から絶望した顔してたから、再教育で使えるのでは?」
ジークハルト宰相補佐官が口にした。
「なんかあれだよな! 久しぶりにアルフォンスが関わらない状態で、王宮の掃除したって感じだよな。しっかし、造船局に続いて総務局かよー」
ヴァルディス国王は軽く伸びをした。
「でも、上げてきたのリドルだろ?っていうか、メダル船長が気に入ったってのがちょっと。一人前はアルフォンスだぞ、大丈夫かよ」
レオンハルト王太子は、メダル船長の人を見る目は分かってはいるが、だからこそ警戒した。
「アルフォンスとは線を引いてますが、今回の落とし人は抱っこしてた話がリドルのメモに書いてありました。少なくともアルフォンスよりは性格良いですね」
ジークハルトは性格の良さに活路を見ろと話した。
「メルカド伯爵家なら大丈夫だろ。南方で異色の武闘派一家だ、悪くは転がらん。確か長女が……あっ! クラリスが期待してた冒険娘!」
レオンハルト王太子が「冒険娘?」と首を傾げた。
ヴァルディス国王が楽しそうに、クラリス正妃のお茶会で冒険しに行って迷子になった女の子の話を聞かせ、笑い声が王宮に響いた――。
とある貴族家のタウンハウスでお茶会が開かれていた。
お茶会は和やかに進むが、新たな薪が焚べられようとしていた。
「聞きましたか? レストール伯爵家の長男であるレオナール殿に婚約者が決まったとか。お相手はブリスティア男爵家のレーネ嬢みたいですわ」
「レーネ嬢の実家は男爵家と言っても王国唯一の在地男爵位ですから、家格的にも悪くないですわよね。レーネ嬢が二歳年上ですから娘が騒いでましたわ」
「そう言えば、そのレオナール殿とレーネ嬢がバルモン魔道具工房でデートした時に、トラブルが起きてメルカド伯爵家のヴィオナ嬢が巻き込まれたとか」
「あー、あれですね。トラブル起こした男爵家は爵位を返上したと聞きました。本当に、出来の悪い息子を何とかしないと家が潰れる良い例ですわ」
「その話には、最近話題になり始めてる『落とし人』の少年が関わってるそうですわ。メルカド伯爵家のヴィオナ嬢との婚約話も進んでると聞きましたよ?」
「その婚約話は、ソフィア王女殿下が暴露したそうですわ。リサリア嬢が口を塞いだけど間に合わなかったと聞いたときは、吹き出してしまいました」
「その少年ですが、名は確かルクレイ殿だったと思いますが、『女神様の愛し子』とか『魔道具の申し子』とかいくつか聞きますが、どれが当たりなのかしら」
「あっ、ヴィオナ嬢で思い出しました。露店広場で腕輪をふたつ贈られて、その場で着けて頂いたそうよ。うちの侍女が見たらしく、見惚れたそうよ」
王都はあちらこちらで貴族家の侍女や従僕たちが活動している。目撃されると、あっという間にお茶会の会話ネタとして消費されていく。
そして、ルクレイがやらかした露店広場は、今の親世代が年頃の頃に、とある貴族子息が貴族令嬢に贈り物のアクセサリーをその場で着け求婚した事件があった。
本来、婚約者でもない子息が令嬢に触れるなど問題視される。しかし、貴族令嬢が喜び求婚を受けてしまったことで、両家が大騒ぎになり婚姻して静まった。
それ以来、その露店広場は「その場でアクセサリーを男性が着けるのは求婚」という話が定着してしまった。ルクレイは、このやらかし現場で、やらかした。
目撃者多数の中に、貴族家の侍女や従僕、さらには貴族令嬢も含まれていた。そして王都の中に噂が急速に広まり、事実という認識へ姿を変えていった。




