第七節 丹田ではなさそうで露店広場でやらかした
ルクレイが昼食のため食堂に入るとまだ誰も来ていなかった。いつもの席に座り魔力の循環を試して時間を潰すことにした。
ルクレイは、魔法に関して授業を受ける間もなく王都に来た。そこで、ルクレイは前世の記憶から魔力に関する知識を取り出し、片っ端から試していた。
『丹田方式は、丹田がどこか厳密には分からないからあれだけど、魔力が集まっている感触がどこにもないからハズレなんだろう』
ルクレイは少し勘違いをしていた。普通は魔力を感じ取るところが開始地点なのだが、ルクレイは波動を感じた時から魔力の存在を認識していた。
通常であれば、魔力を知覚したら魔力制御の鍛錬になるが、魔力制御の考え方は家ごとに違い、公式なやり方というものが存在していなかった。
『次は、動けと考えながら魔力を動かすやつだな。作品によっては、誰かに魔力を流してもらうとかもあるけど、今は一人だから普通に動かそう』
しばらく黒歴史一歩手前のルクレイは、食堂に入ってきたカリスタ伯爵夫人とヴィオナに挨拶をして、昼食を取った。
街中をゆっくりと馬車が露店の立ち並ぶ広場に向かっていた。やはり徒歩で行くことは禁止された。理由はヴィオナが冒険派というやつだった。
『ヴィーはどれだけやらかしたんだ? いや待てよ、三歳で王都禁止だろ……領地分の積み上げも加算しての禁止なら分かるけど、三歳までの積み上げか?』
ヴィオナが雰囲気を感じたのか「ん?」と首を傾げてルクレイを見た。
「いや、この距離でも馬車だなって」
「うちはどちらかというと、武闘派揃いなので騎乗移動を好む方ですね。実は、『もっと歩け』と王宮の治療局から貴族家に通達が出てますよ」
ヴィオナがくすくすと笑った。
直ぐに露店広場に到着し、二人と侍女が降りると馬車は戻っていった。
「混ぜガラスはガラス工房で買いますのでここではリオとリクのお土産を見繕いましょう。選択肢は特にありませんから、渡したいというもので十分です」
ルクレイは念の為と銀貨を十枚もらっていた。問題は、ルクレイに銀貨十枚で何ができるのかまったく分からないことだった。
「わたしも分かりませんよ? 期待はいけません。この顔ぶれで金銭感覚がしっかりしてるのはユミナだけですからね」
ユミナが「ヴィオナ様自慢になりません」と突っ込みを入れていた。
直ぐに目に入ったのは粉末果物屋だった。
「うわっ、粉末果物ってこんなに種類あるの?」
店主が「そりゃ、粉末にできる果物は多いからねぇ。あんた達は貴族さんだね? であれば、屋敷までの配達も請け負ってるから安心して買っておくれ」
ルクレイは「慣れてますね」と訝しげに確認する。
「そりゃ、うちによくアルフォンス殿が来るからね。それこそ王女殿下が一緒だよ? 慣れないと心の病になっちまうさね」
『うわっ、ここもアルフォンスさんの活動エリアなのか』
ルクレイは仕方がないので「良く来るの?」と話を振る。
「最近はかなり忙しいみたいだね。ちょっと前に顔を出して適度に買い占めていったけど、街の噂だとリューウェンに向かったみたいだよ」
『情報が筒抜けな件』
ルクレイは「そっかー」と話が続かないような感じで返事をする。
「そうそう、粉末果物を買うなら、この通りの突き当りの雑貨屋で、粉末果物レシピ集が置いてあるから貰っておいで。それを見れば何を買うか決めやすいよ」
ルクレイは「レシピ集!」と声を上げてしまった。
「そうさね。かなり多くの分量レシピだよ。何と言っても、ソフィア王女様のお勧め度という、謎の目安が書いてあるさね。良く出来てるけど無料だよ」
ルクレイは「貰ってまた来るね」と手を振り店を離れる。
「何だろう、この、どこに行ってもアルフォンスさんの影があるよね」
ヴィオナは「そうね」と答え、くすくすと笑い始めた。
「あっ、そうだ。おばちゃん、お試しセット的なのはないの?」
店主は「あるよ」と軽く答えた。
「ヴィー、お試しセットを五個ぐらい買っても大丈夫かな?」
ヴィオナは「大丈夫よ」と答えたので、店主にメルカド伯爵邸でお願いした。
露店を眺めながら進んでいくと露店の雑貨屋で可愛い腕輪があった。
「そう言えば、恋人に贈るプレゼントって何かルールってあるのかな?」
ヴィオナが「えっ? 恋人?」と頬を染めて聞き返した。
「ほら、許可が出たら婚約者でしょ? 恋人期間は婚約までだから恋人としてプレゼントしたいかなって。お金は持ってないんだけどね……」
ヴィオナは「嬉しい」と満面の笑みでルクレイを見た。
「えっとね、基本的にはペンダント、イヤリング、アームリングが主流かな。小物に制限はないよ? わたしとしては拳士なので、アームリングかな」
ルクレイは「なるほど」とうなずいた。露店に並んでいた腕輪の中でアームリングに属しそうで可愛く仄かに光っている二つのアームリングを手に取った。
「この二つは可愛くてヴィーに似合うかなって思うんだけど、どうかな?」
ヴィオナは「えっ? 二つ?」と目を丸くしてルクレイを見た。
「腕は二本だから両方ちゃんとキープしておかないとね」
ヴィオナは真っ赤になって「嬉しい」と俯きルクレイの服の裾を摘んだ。
『凄いわ。本当にルクレイ様は自然体で独占欲をスマートに出してます。両腕をキープとかちょっと怖いですよ? 嫌味も何も出てないのが末恐ろしいわ』
侍女のユミナはルクレイの天然か計算か分からない行動に感心した。ユミナは侍女としての役割を思い出し、店主に値段を聞きお会計を済ませた。
『ヴィオナ様は一人だと本当に出かけない出不精の塊ですから油断したわ』
ユミナはヴィオナが王都への出入り禁止となってから専属侍女となった。やはり禁止が効いたのかヴィオナはすっかり出不精になってしまった。
そのため買い物といった侍女としての活躍の場を失っていた。
ルクレイはユミナが会計している姿を見て、そっとヴィオナの手を取り二つのアームリングを着けた。街中で珍しい光景に周囲の人から拍手が上がった。
『えっ? なに? 何で拍手?……やっちまった、ヴィーが真っ赤だ……。これは、もう突き進まないと周囲の空気が壊れかねない……』
「うん、ヴィーにとっても似合ってる。凄く可愛くてオーダーしたみたいだ」
ルクレイは意を決してやり切ることにした。
ヴィオナは真っ赤になりながら「凄く嬉しい」とはにかみながら笑顔をルクレイに向けた。周囲からは拍手だけでなく「お幸せにー」と声も上がった。
『ちょっと、何でここまで盛り上がるのか誰か教えて……』
ユミナは『あれは知らずにやらかしてますね』と気が付き放置した――。
ヴィオナは幸せそうにニコニコしながらルクレイの横を歩いていた。たまに、両手にはめた腕輪をチョンチョンと指先で触りニヘラと目尻が下がっていた。
『ルクレイ様は恐ろしい人だわ。たぶん天然だけでヴィオナ様がメロメロです。加えて露店広場でアクセサリーを着けるという婚姻の申し込みまでしてます』
ユミナはカリスタ伯爵夫人が婚姻まで視野に入れて動き出していることを知っていた。現実は伯爵夫人の想定より遥かに先まで進んでいた。
『これは、マナーハウス劇場が楽しみで仕方がありませんね』
二人は、露店でリオとリクに工作用の綺麗に仕立てられたナイフを、硝子工房で混ぜガラスで作られた馬の置物を購入した。
「この馬の置物はニロンに似てます。実は、ニロンはお祖母様が乗っていた馬なのです。お祖父様が亡くなって乗らなくなって、ニロンも愛想が悪くなりました」
ヴィオナはイゼルダ前伯爵夫人とニロンの関係をルクレイに伝えた。そして、何とかニロンを愛でるお祖母様に戻って欲しいと願っていると話した。
ルクレイはヴィオナの指先を摘み、そのままエスコートする形でヴィオナを誘導して馬車にいざなった。そして馬車の中で考えを話した。
「今回、僕はお土産を買うの忘れてしまいました」
ヴィオナは「えっ?」と目を丸くした。
「ヴィーを迎えに来た時に、お土産を二人で選んだと言ってお祖母様と双子に渡しましょう。選んだ馬の置物はヴィーもいないと、渡せないほど想いがあります」
ヴィオナは「うん、そうする」と俯きながら肩を震わせた。ルクレイは優しく背中を撫で続けた――。
買い物をした日から二日経った。
王都の波止場にある桟橋に連絡船が停泊していた。早朝の出航のため船員たちはまだ暗いうちから作業を行っていた。
桟橋にはルクレイとヴィオナがしばしの別れを確かめていた。
「レイ、ちゃんと船長の言うことを聞いて、また落とし人になっちゃダメだからね。あと、リューウェンでやらかしちゃダメですよ」
「もちろん気をつけるさ。リューウェンの名所はヴィーと行くから今回は行かない。首を長くしてリガレアでヴィーを待ってる」
ヴィオナは「ねぇ」と言葉を引き取った。
「わたしが帰るとき、王都で待ってたらダメかな? レイがわたしを王都まで迎えに来るの、ちょっと期待しちゃってるんだけど……」
ルクレイは目を丸くして「良いね」と笑顔で答える。
「ただ、帰る日を伝えるのが難しいから、そこをどうするか……」
「うちの船に手紙託したら運ぶよ?」
リドル子爵子息が桟橋の近くに立っていた。
「あれ? リドルなぜここに? お見送り?」
「いや、昨日の便で実家に呼び出された。なんで呼び出されたかは不明……。ルクレイの歓迎会とかなら良いんだけど……怪しい」
「まぁ、結構帰ってないんでしょ? たまには顔を出せ的なヤツかもしれないね。特に子爵夫人ともなると動けなくなりそうだし」
「それかもしれないな。王都の社交に顔を出さないといけないから、僕がお留守番……アリだ……」
「そう言えば、なぜリドルは王都にいるの? 年齢を考えると領地だよね?」
「確か、アル兄さんが洞窟見つけて、うちで管理するなら僕も王都でって話だったかな。領地でできない勉強も沢山出来てるからいい話なんだけどね」
連絡船から声が掛かり、リドル子爵子息は先に連絡船に入った。
「ヴィーが帰れる日が決まったら、ノルド家に手紙を配送してもらおう。そしたら、ニロンで駆けつけるから一緒に帰ろう」
ヴィオナは「うん」と答え、そっと指先を摘んできた。ルクレイもそっと摘み返し、手を振りながら連絡船に入る。
「カーン、カーン、カーン」
連絡船が鐘を鳴らし縮帆で展帆して桟橋から離れていく。船尾に回ったルクレイは、桟橋で手を振るヴィオナに手を振り続けた。
手を振るヴィオナの腕には可愛い腕輪が煌めいていた。




