第六節 あれ?前世の話が中身はエルフ族に?
「うーん、昨日のあれは……やらかしたよな……」
ルクレイは早朝の鍛錬場で素振りしながら考え事をしていた。お題は、観劇の後のルクレイが馬車の中でやらかした件である。
劇に刺激された流れもあるが、二人しておかしなテンションでやらかしていた。言った言葉と言われた言葉は、どう考えてもお付き合いの申し込みと了承である。
「今世を生きてくうえで、ヴィオはとても好ましい相手なのは、間違いないんだよね。可愛いし、とっても可愛いし、冒険派だし……冒険か……」
ヴィオナが冒険したいと言ったら、ルクレイとしては一緒に冒険も良いなと考えていた。思考が少し逸れてしまったので気を取り直して考えを進める。
「前世の記憶をどうするか……。アルフォンスさんはたぶん前世の記憶あるよな。リュミエールさんや他の婚約者さんに話したかな?」
正解は分からないが、アルフォンスという存在を外から見ると異質である。二人で溢れを殲滅して回る神経も、どこか壊れているように見える。
「壊れてるか? と言えば、たぶん壊れてはいない」
そう考えたとき、ヴィオナの顔が浮かんだ。
「そういうことか?……前世の自分は半分は壊れてた……と思う。ソロで外洋をセーリングして太平洋とか、いくら稼いでると言ってもおかしいと思う」
今考えると趣味とは言い難いおかしさを理解できた。
「ヴァンデやゴールデンに興味はなかった。ルート・デュ・ラムは惹かれたけれど出場はせず、レース期間外にわざわざ大西洋を渡ったよな」
「ただ、……帰宅すれば心は落ち着いた。感謝しかないなぁ。元気かなぁ。資産と保険は渡せるけど……」
ルクレイは頭を振り、感傷を追い出した。
「はぁ、たぶん話してるな。壊れず留まっているのは……そういうことだろう。メダル船長が、二人はいつも一緒と言ってたし」
「そして、二人は良く残りの婚約者の話もしてたと。ていうか、メダル船長、個人情報を話しすぎだろ。面白かった……けど」
「よし、こっちにいる間に話す。そしてダメならメルカド領は出よう。受け入れてくれたら……何処でも良いから一緒にいよう」
ルクレイはひとつの選択をした。ルクレイ自身は気が付かなかったが、決意をしたとき、仄かに身体に光が灯り吸い込まれていった。
「おはよー、レイ。今日も良い天気ね。まるでわたしの心のように澄み渡ってるわ。朝日がわたしたちを、祝福してくれてるのよ」
『うわっ、テンション壊れてる』
「おはよー、ヴィオ。今日は早いね。朝食までもう少しあるから、ガゼボで軽めのお茶にする?」
ヴィオナの後を専属侍女のユミナがついてきていた。ユミナを紹介されたとき既視感を感じたら、アユナの三歳上のお姉さんだった。
「侍女って雇い入れるのは結構大変なの。身元とか含めて。ユミナの母親はタウンハウスの副侍女長なの。ユミナは幼馴染のお姉さんなんだよね」
ヴィオナが侍女の採用事情を教えてくれた。ついでに、侍女に婚活で男性の紹介もしていると、悪戯顔で侍女情報を暴露した。
朝食のため一度身支度をして食堂に入る。
「先ほど王宮から伝達が来て『落とし人』の確定は出ました。どうやらノルド子爵家からもメダル船長の報告が上がったようで、早く処理が終わりました」
カリスタ伯爵夫人は軽く面接の結果を話した。
「メルカド伯爵家でルクレイの面倒を見ると伝えたので、手続きは終了となります。領地に戻るタイミングはヴィオナと相談して決めてね」
ヴィオナは「はい」と少し萎れた感じで答えた。
「ルクレイはノルド子爵家にお礼に伺いなさい。ヴィオナと相談した時期もそのときに伝えるようにね。うちには特産品がないのでお礼はわたしがやります」
「分かりました。これからも、よろしくお願いします」
カリスタ伯爵夫人は頷くと食堂を後にした。
少し萎れたヴィオナをルクレイは鍛錬に誘った。
「ハッ!……トォー!」「カーン」
ルクレイとヴィオナは棒術の鍛錬で模擬戦を繰り返していた。ヴィオナが疲れ切る前に休憩を入れ、鐘がふたつ鳴ったので終了とした。
「ルクレイって疲れないのはズルいわ。でも、安定して鍛錬できるのは助かるから……むー」
「こればっかりは……。背の高い人に『ズルい』というのと同じで、本人でもどうにもならないから。ヴィオナは順調に打ち込める時間が増えてるよ」
ルクレイは休憩のときにヴィオナに内密な話があると持ちかけた。ヴィオナは頷きユミナに紅茶の準備を頼み、淹れ終わったところで人払いをした。
「実はさ、記憶がないって嘘ではないんだけど、本当でもないんだ。この世界の記憶はないんだけど、違う世界の前世の記憶は持ってる」
ヴィオナはポカーンと半口でルクレイを見た。
「えっ?……前世って何?」
再起動したヴィオナは根本の部分を尋ねた。
「そこの概念からか。紅茶のセットを置いてもらって正解だな。えっとね、あまり深くは考えなくて大丈夫だよ、頭の中に違う人だった記憶があるんだ」
ヴィオナは訝しげに首を傾げた。
「そういうものって考えてみてくれるかな?」
ルクレイは首をこてんと倒しお願いする。
ヴィオナは頬を薄く染め「うん」と頷いた。
「でね、僕の頭の中には、一人の男性の記憶が残ってたんだ。落ちる前の記憶はなくて、海で気がついた時から記憶はその男性分だけだったの」
「それがレイの記憶でないのはなぜ?」
「その男性は四十歳なんだよね。僕は年齢は分からないけど十歳ぐらいでしょ? 記憶にあるのはその男性分と目が覚めてからの分だけ」
「でも、それってレイの記憶だと思うけど……」
ヴィオナは首を傾げた。
「ん?……こんがらがってきたぞ」
「実は、レイは四十歳の子どもかも知れないよ? でも、レイはレイだからわたしは好きだよ?」
沈黙が続き、二人して真っ赤になった。
落ち着くため、紅茶を入れ直して柑橘系の粉末果物を溶かし込む。紅茶に口をつけ、乾燥果物をモグモグと咀嚼する。
「この乾燥果物と粉末果物を考えたの、アルフォンスさんとリュミエールさんだってメダル船長が言ってたの思い出した」
「えっ? 凄いよね。乾燥果物は味がギュッとしてて美味しいし、粉末果物は舐めてもいいし、色々なものに溶けるから重宝してる……と料理長言ってたよ」
ヴィオナは粉末果物をスプーンで掬い口に入れ、酸っぱい顔で目を閉じ口を尖らせた。思わず、ルクレイは『可愛い』と見惚れた。
ルクレイは気持ちを立て直した。
「話を戻すと、その男性の記憶だと、この世界とは違う世界の記憶なんだ」
「違う世界ってなに?」
ヴィオナは首を傾げた。
「これも説明できる自信のない質問来た……」
「じゃあ、なにか面白そうなものある?」
『まずい、このパターンだと車とかは馬がいないねって言われて終わりそうだし……それ、可愛くないか? いや違う、見たいけど、飛行機もダメだ……』
「車とか?」
ヴィオナは「車?……馬車とは違うの?」と首を傾げ尋ねてきた。
「馬はいないんだけど、走る……んだけど……実物ないと分からないよね?」
「えー、分かるよ! くだり坂でしょ?」
「あー、それは走るけど……危ないね」
『ダメだ、これは絶対ダメなやつだ。そもそも、無い概念を伝える術がない!……撤退だ、四十歳の子どもパターンでアリナシを聞こう』
「ヴィオは、四十歳の子どもって大丈夫なの?」
「えっ? レイはレイだよ?」
ヴィオナはこてんと首を傾げた。
「あっ、もしかしたらだよ? ルクレイは見た目は人族、中身はエルフ族かもしれない。聞いたことがないから、希少かもしれないよ!」
ルクレイは全てを諦め、話を先に進めることにした。
「それじゃさ、婚約の話を進めないとだよね。ヴィオナは可愛いから、急がないとまずいかもしれない。カリスタ夫人に話す?」
ヴィオナが「んー」と眉を寄せて悩む。
「お母様を先にするとお父様が拗ねて、お父様を先にするとお母様が拗ねる未来しか見えない。領地に揃ったとき、全員の前にしましょう」
ヴィオナはポンと手を打ち結論を告げた。
「あっ、お祖母様も呼ばないと拗ねるわ」
『なんでみんな拗ねる属性なんだろ……』
婚約の話は領地に戻ったときと決め、ヴィオナはユミナを呼び寄せ人払いを解除した。
話し合いの後は、軽めの拳術の鍛錬をヴィオナがルクレイに施した。体術はルクレイがかなり上のためヴィオナが「ズルい」を連発した。
「体術の鍛錬を入れ忘れてた。リオとリクもやったら身体のバランスが整ってかなり動けるようになった。難しくはなくて、継続が重要な鍛錬なんだ」
ルクレイとヴィオナは昼食のため、身支度で本館に向かい、寝る前と起きた時に行う鍛錬内容を歩きながら話し合った。
午後は街中に繰り出して、双子とお祖母様にお土産を買いに行くことにした。ヴィオナの一押しは、お祖母様には混ぜガラスの置物とのことだった。
身支度のため別れルクレイは自室に向かった。――ルクレイは貴族家が自室を与えるということは家族と見なしている。まだ、その事を習っていなかった。




