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海の落とし者と釣り竿  作者: うにまる
第二章 祝福されて王都で面接することに

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第五節 王都でルクレイとヴィオナが観劇デート

「これより出陣の支度をします。直属の第三・第四部隊に、早急に出陣準備を進めさせなさい。軍装は軽装、長距離行軍を念頭に。明朝には発つわ」


 マクシミリアン公爵夫人が出陣指示を出していた。


「奥方様、レンベルクへ増援を出すほどの情報はありませんぞ」


 ザリオン騎士団長が意図の確認をした。


「シグが出ている。この出陣は成さねばならない!」


 ―― 暗転 ――


「今のがマクシミリアン公夫人?」


 ルクレイがヴィオナに小声で話しかける。


「そうよ、マティルダおばさま。戦姫と呼ばれている王国の英雄なの」


 ヴィオナは小声でルクレイに答える。


 ルクレイの王宮面接も終わり、結果の通知が数日後と知り、貰った観劇チケットを握りしめ王都で人気の『異変の英雄』を観劇するため足を運んでいた。


「あれ? 会ったことあるの? 確か、遠いけど血縁だと以前聞いた気がする」


「三歳の時に一度だけ……あります。お祖母様が分家筋なので、遠いですが辺境伯家の縁戚です。マティルダおばさまが幼少の頃にリガレアを訪れてたみたい」


 舞台からざわめきが沸き起こり剣戟の音が大きくなっていく。怒号も増えていき劇場内全体が喧騒に包まれる。


『音響の演出が凄いな、音の広がりを制御してるだろうから風属性なんだろうな。涼しく感じるのは水属性なのか? 今度調べてみよう』


 喧騒がスッと落とされた。


「西側の森林から新手が出現! 左翼で対応中ですが圧力が強いとのことです!」


 伝令の騎士が報告しシグヴァルドの顔がゆがむ。


「くそ、陽動か? どこから回り込んだ?」


「シグヴァルド様、相手は魔物ですぞ、そこらで湧いたのでしょう」


 執事のルドワンがひょうひょうと答える。


「ルドワン、ためになる言葉を言え! 左翼の予備隊から五十出せ、いいか絶対に抜かせるな!」


 喧騒が戻り多くの剣戟が劇場を満たす。


『劇場でやるから色々と要素は削ぎ落とされる。中でも罵声や悲鳴は劇としてノイズになるからな。展開は悪くない、ラノベなら包囲戦だよな』


 ―― 暗転 ――


「これよりレンベルクへ向け出陣する!」


 戦姫が槍を天空に突き上げた。


 騎士たちが槍を突き上げ、雄叫びと鎧が放つ金属の音が耳元で鳴るような臨場感を感じた。


「日頃の鍛錬を思い出し、遅れることなく着陣せよ! 我らが任は、北の地を守ることにある――出陣!」


 その号令と同時に、馬の嘶きが劇場内に鳴り響く。


『凄い、まさに出陣していく軍隊の中にいるように感じたぞ。でもこれ、間に合うのか? 時間軸をいじって並行した流れを演出?』


 ―― 暗転 ――


 劇場内が赤く染まり爆音が響き渡り、ビリビリと振動が生まれた。


『すげえ、こんなの映画館でも無理だ』


 さらに、手加減をした爆音が何回か響き渡り、全ての喧騒が落とされた。


「何の爆音だ! ここじゃ状況が分からん、戦場に出るぞ!」


「シグヴァルド様、迂闊ですぞ」


 喧騒が湧き上がり爆音が響き渡る。


「なんだと、火柱が何本も立ってる! 魔道士たちの攻撃か?」


「あれは炎爆です。あれほどの数を出せる魔道士はいません、何が起きてるか分かりませんぞ」


「何が起きてるんだ!」


「ヒヒヒィーーーーンッ!」


 馬の鳴き声が劇場内に突き刺さる。


「シグ、支援隊にポーションを回してくれ。持てるだけ持ってきた」


「アル! 来てくれたのか!」


「来るに決まってる。リュミィのリトルに積んだ分をあわせれば四百はある。治療を急いでくれ。戦線は押しとどめる! リュミィ!」


「分かってるわ! ポーション渡したけど、ここから先、馬は無理よ! 混戦になりすぎてる」


 喧騒が大きくなり剣戟が乗り周囲はそれだけになり、隣に座るヴィオナの存在感も薄くなる。


『これは、臨場感を本当に音だけで組み上げてる。そして、感じる孤立感は戦場に一人で居るような不安感を引き上げてる』


 スッと音が消え「炎爆」と声が聞こえ、最初の爆音より少し大きい音が響き、周囲は赤く染まった。


『まるで炎爆の中にいるみたいだ。炎爆のリュミエールというのが広まるわけだ……』


 激しい爆音と怒号、剣戟がお互いに競い合うように大きくなり波の揺らぎのごとく世界を埋めていく。


『これは人気になるわ。この臨場感は戦いの場を想念させる。街に住む人が感じることのない感覚で原初的な感情が動かされる』


 音が全て退き声が響く。


「リュミィ、あの部隊に援護! 風を送る!」


「わかってるわ。炎爆よ、風を抱きなさい!」


 再び大きな爆音と視界を染める赤い世界。そして巻き起こる剣戟と共に、舞台から苦戦を伝える声が増えていく。


『押され始めた演出? まだ戦姫は来てないからアルフォンスさんたちの増援効果が終わった演出なのか? 支えきれたわけではなかった?』


 ―― 暗転 ――


「レンベルクを抜け戦場が見えました!」


「間に合った、シグ……良く耐えてくれた」


 戦姫の静かな声が劇場内に広がる。


「マティルダ・マクシミリアン、ただ今着陣! 敵の陣を突き破るぞ!」


 戦姫の名乗りと号令が大きく響き渡り、観劇していた人たちの歓声が劇場内に満ちた。


『うわっ、すげえ、ほんとにギリギリのタイミングを演出してる。息を呑んでた観客までもが巻き込まれていく。怖いほどの一体感が押し寄せてる』


「第三部隊、私と共に突撃! 第四部隊は左翼から押し返せ!」


 喧騒で耳が痛いほどなのに声が耳に飛び込んできた。


 再び大きな爆音と視界を染める赤い世界。そして巻き起こる剣戟と怒号が増え、舞台からは苦戦の声は消えやる気に満ちた声が聞こえ始める。


『カリスマ性の表現だとは思うんだけど、ここまで劇的に変わったんだろうか。王国の盾という言葉は聞いたけど、まだよく分からないな』


 ―― 暗転 ――


 劇場内に耳をつんざく叫び声が響き、周囲の空気がビリビリと振動した。


「あれが異変の中核、瘴気の核か……」


 シグヴァルドの独白が静寂に包まれた劇場内に伝わる。


「アル! リュミエール! 下がれ陣形を――!って突撃しやがった!」


 唖然とするシグヴァルドの横に、ひとつの影が並ぶ。


「ずいぶん、いい顔になったじゃない」


 紅の軍装に紅槍を構えた戦姫が、そこに立っていた。


「今は、誰の出番かしら?」


 問いかけに、シグヴァルドは言葉を詰まらせた。


 その沈黙を断ち切るようにマティルダの声が響いた。


「子供たちに任せきったら、王国の盾たる公爵家騎士団の名折れぞ!」


 力強く天に向かい振り上げた紅槍の穂先が煌めきを撒き散らす。


「動ける者は残敵を掃討せよ! 健在の者は我に続け! 盾の騎士団の底力、見せてやれ!」


「最後の、総攻撃だ!」


 突然、周囲を識別できないほどの怒号に包まれた。


『すごっ、役者さんなのにカリスマ性が爆発した』


 ―― 暗転 ――


「行くぞ、リュミィ! 僕たちの未来のために!」


「ええ……絶対、あなたと帰るために! 前を向いて行きましょう」


 静かに劇場内に二人の声だけが広がった。


「こっち、開けるぞ!」「任せて、焔嵐!」


 劇場内に炎爆とは色合いの違う焔の色が広がる。


「くっ、届かない……でも、生きてリュミィと帰る!」


 周囲には剣戟や怒号の声が遠巻きに聞こえる。


「下がれ、子供たち!」


 戦姫が現れ、アルフォンスとリュミエールの前に立つ。


「未来を切り拓くのは若いあなたたちの役目――けれど、今はまだ大人たちに任せていい時なのよ!」


 紅槍を構えた戦姫が凛とした声を放つ。


「いくぞ! 最後の突貫だ!」


「リュミィあわせて」「分かった」


 強い閃光と轟音が鳴り響き、紅蓮の光が劇場内を包み込む。


 ―― 暗転 ――


 アルフォンスとリュミエールの背後には、背を守るように盾を持った騎士たちが壁を作っていた。


「……あはは。リュミィ――守るって、こういうことかもしれないね」


 アルフォンスの独白が劇場内に流れる。


「……未熟だな、俺」


 呟きに、リュミエールは穏やかに微笑む。


「でも、気づけたなら――もう違うわ」


 アルフォンスはそっと彼女の手を取った。


「リュミィ。これからも並んで歩いてくれる?」

「ええ。最初からそのつもりよ」


 ふたりは並んで立ち上がる。優しい風が、頬を撫でていった。


 ―― 暗転 ――


 暗いままざわめきが劇場内に広がっていく。


「見えた! 防衛戦に出てた騎士様たちの軍勢が戻ってきたぞー」


 ざわめきの音が大きくなり、人々の声が混ざり込む。


 ざわめきが遠のき、声だけが響いた。


「公爵領都バストリアは街をあげて祝宴となった。帰ることができなかった者も多い、それでも人々は明日を生きていく。祝宴はそのまま鎮魂のための祈りの場でもある。誰もが、今ここに居ない者に感謝を捧げ生きていくことを誓った」


 劇場内が明るくなるとテラスと二人の人影が浮かび上がった。


 テラスに立つアルフォンスとリュミエール。


「リュミィ」


「なあに?」


「帰ろう。僕たちの家に。家族に会いに」


 その声に、リュミエールはそっと微笑む。


「ええ、一緒に帰りましょう。わたしたちの家に」


 夜風がふたりの間を優しく通り抜け、そして、幕が降りた――。


 街中をゆっくりと馬車が進んでいた。馬車の中では目を赤くしたヴィオナがルクレイに身ぶり手ぶりで劇の感想を話していた。


「とにかく、マティルダおばさまがカッコ良すぎます。直感でレンベルクに向かい戦い、そしてアルフォンスさんたちの前に立ち『任せろ』ですよ!」


 ヴィオナのマティルダ公爵夫人推しが止まらない。ほぼクルクル回る言葉にルクレイは『可愛いな』と暖かい眼差しを向けていた。


「ふと思ったんだ」


 ヴィオナの息継ぎの隙間にそっと言葉を挟む。


「劇はどこまで再現したんだろうと。……最後に暗いまま静かな言葉を聞いたとき、『これは真実』って感じた。脚本を書いた人が伝えたかった言葉だなって」


 ルクレイはヴィオナにふわっと笑いかける。


「あの言葉を伝えたい劇と感じた時に、話の中に嘘は入れないと、そう感じて驚いた。恐らく、マティルダ様は本当にギリギリで間に合ったと」


 ルクレイは静かに言葉を紡いでいった。


「アルフォンスさんたちが支えたことの意味の重さに胸が苦しくなった。そして、なぜアルフォンスさんとリュミエールさんが英雄と呼ばれたか理解できた」


 ルクレイはニコッと笑顔に悪戯の空気を混ぜた。


「あの人たちは、騒動に巻き込まれるタイプなのは確実。呼び寄せてるかもしれない。巻き込まれないように、注意しないとまずそうだね」


 ヴィオナは「巻き込まれたくない?」と、目を細めて尋ねる。


「命がいくつあっても足りないよ。メダル船長から、二人は数万規模の溢れを三つは潰してると聞いた。それに巻き込まれたら……」


 ルクレイはヴィオナの目を見つめた。


「今の僕では、ヴィーを護り切れない」


 ヴィオナはパッと顔が赤くなったが、ルクレイの目を見つ返した。


「わたしはレイの横に立つのよ? 護られるだけではないわ……ともに戦うの」


 二人は顔を真っ赤にしながら視線を逸らし、馬車の中は沈黙に包まれた。


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