第五節 レンデールに向かったら魚が掛かりシイラ天国
早朝のまだ日が昇る前にオランド号はリベルグの港を出港した。陸風を全展帆した帆に受け外洋に向かい白い航跡を湾に残し帆走していた。
「内陸部の間伐材が集まり始めたら街並みは変わるのかな」
船尾楼の左舷側でリベルグの街並みを見ていたルクレイがボソッと零した。横に立つヴィオナはチラリとルクレイを見て街並みに視線を戻した。
「直ぐには変わりませんよ。レベナに石灰が溢れてもリューウェンのようにはなりません。嫌々この街の風景を作ったと思いませんから上手く取り入れますよ」
ヴィオナは街並みは歴史であり愛着とルクレイに話した。
オランド号は外洋に出ると進路を東に向け帆の向きを変えた。毎回の事ではあるがマストの帆桁を力で回すブレースはある意味で壮観だった。
ほぼ真横を向いているメインマストの帆桁を右舷から吹いてくる海風に合わせ左舷側で綱引きとなる。左舷側に五人と右舷側に三人が入りロープを持った。
「気合い入れて引けー! 左舷側を下げろー!」
船員長のべガンが指示で声を上げた。その声に船員たちが「「「おーー」」」と応える。両舷ともロープを引き帆桁ロープの固定を外し左舷側が船尾に向け引いた。
「ギィギィ……」
オランド号の巨大な帆桁が旋回した。右舷側の船員は前に行きたがる帆桁の右舷側に制動を掛け左舷側に足並みを揃えた。
角度が十分に出たところで左舷側は左舷船尾と船首の帆固定柱にロープを巻き付けた。右舷側の船員が走り同様に船首と船尾の帆固定柱にロープを固定した。
下甲板の操船台の前で声援を送っていた双子たちは歓声を上げた。横帆の帆船においてブレースは最大の力仕事であり一つのイベントでもあった。
海岸航路は日中は南風優勢で強弱はあれど風向きは大きく揺らがない。そのためブレースは出港時のみで入港時は動かさない運用となっていた。
そのため強風が突発的に発生でもしない限り船員たちは交代しながら船の雑務を行うことになる。南方諸島の航路でもブレースは数日か週単位ぐらいであった。
◇ ◇ ◇ ◇
出港時のブレースも終わり双子たちは再び釣りに挑戦するため船尾楼に上がってきた。釣り糸はルクレイが指定の太さで量産していた。
「ねぇねぇ、これ作ってみたんだけど試してみない?」
ルクレイが船尾楼に上がってきた七人の釣り師に声をかけた。声に反応したリドルや双子たちがギロッとルクレイに視線を移した。
「えつ? なになに……これただの木材で作った釣具的なやつだよ?」
双子が「「釣具?」」と興味を示した。
「釣り糸に通してある程度の場所で固定すると釣り針の流れる深さがたぶん安定する感じ? なんとなくそんな感じにならないかなーと思って作ってみた」
「「「深さ?」」」
リドルとマルセリオとフィリクスが首を傾げた。クラムたちはぼーっと聞きレグルスは口元を隠して肩が少し震えていた。
「上手くいくか分からないから付けたのと付けてない二本を投入してみない? 上手くいきそうなら何個か作ってあるよ。ダメそうなら改造だね!」
ルクレイは手に持った羽根の付いた棒を釣り師たちに見せた。マルセリオがルクレイから受け取りクルクルと検分してフィリクスに回した。
「今日はまず結びの数を最小にした物を試すよ。クッションはないとたぶんダメなのでテーブルの脚にクッションを結び釣り糸と釣り針ね」
マルセリオが今日の釣りリーダーのようだった。
「釣り針に付ける乾燥肉は前の半分ね」
マルセリオは餌の大きさを小さくすると伝えルクレイをチラッと見た。ルクレイは苦笑いを浮かべ頭を掻いていた。悪戯で仕掛けた大物用餌に気付かれていた。
双子たちは手際よく仕掛けを仕上げ釣り針を投げ入れた。
◇ ◇ ◇ ◇
「ルクにぃ、この……木の棒? はどうやって付けるの? あと呼び名は?」
フィリクスがクラムから羽根の付いた棒を受け取りルクレイに尋ねた。
「えっ?……羽根があるから羽根棒?」
ルクレイは突然名を聞かれたので適当な名前を付けた。この時に付けた名前が流れに流れ南方諸島まで流れていくとはルクレイは想像すらしていなかった。
ルクレイは木の棒の小さな穴を全員に見せた。予備は結構あるので全員に配った。釣り糸に仕掛けが付いていたので手元から穴に糸を通して繋げた。
「基本はこれで仕掛けに付くんだけど動き過ぎると上手くいかないと思う。思うけどこのまま一度投げ込んでみよう。エグリアに頼んでいい?」
ルクレイは年少のエグリアに仕掛けを渡した。エグリアはクラムに手を差し伸べ抱っこしてもらい仕掛けを海に投げ入れた。
「ルクにぃ……直ぐそこで羽根棒が暴れてるよ?」
マルセリオが羽根棒の無残な姿をルクレイに伝えた。ルクレイはうんうんと頷き「だと思った」と軽く返しエグリアとクラムに回収を頼んだ。
ルクレイは木の板をテーブルに置いた。木の板に羽根棒の穴より大きい溝を水壁のトリマービットで彫り込んだ。加熱魔道具を起動してレジン液を温めた。
「取り敢えず釣り針から……船尾楼の横幅ぐらいで良いかな。ちょっと片方を端に付けて反対側まで伸ばした場所を摘んでくれる?」
ルクレイは位置を出してもらい木の板の溝に合わせてもらった。溝にレジン液を流し込んで固化させた。羽根棒がそれより先に進まない事を確認した。
「こんな感じでレジン糸にレジン液で後から細工できるのは知ってるよね? この使い方は僕かヴィーに声をかけてくれれば固化するから工夫に加えてね」
「あーー、なんか掛かったよ!」
エグリアの声にみんなが注目すると投入していた仕掛けが引かれていた。テーブルに縛ったクッションがかなり伸ばされ「ギュギュー」と鳴っていた。
「「「「切られなかった!」」」」
双子とリドルたちは歓声を上げてピョンピョンと飛び跳ねて喜んだ。
「よーし、これでみんなは釣り上げる挑戦権を得た事になる。たぶん今回は釣れない。理由は釣り針に棘が付いてないやつだからね」
ルクレイは恐らく釣れない事をまず伝えた。そして注意しながら釣り糸に触るように並んでもらった。一人ずつルクレイが誘導しながら釣り糸に触った。
「カチカチで無理」「あれは引けない」
双子たちから絶望の声が出てきた。ルクレイはうんうんと頷き双子に引くための仕組みを考える課題を出した。そして試しにルクレイが引き上げると宣言した。
「いい? 釣り糸を単純に引いていくから釣り糸の動きをしっかり見てるんだよ。みんなが釣れるようになった時に動きを知っていた方が有利に戦えるよ」
船尾まで歩いて行ったルクレイは釣り糸をヒョイッと持ち上げた。本来の手すりに板を被せてあるがその上に抵抗なしの水壁を展開した。
「抵抗のない水壁を展開したよ。これから引っ張るから落ちないよう気をつけて船尾に寄って。リドルとレグルスとクラムは落ちないように補助して」
ルクレイの指示で釣り師たちが船尾に集まり釣り糸が見える位置に陣取った。
配置に着いたのを確認したルクレイは釣り糸を引き始めた。小箱から出た手袋をしていると釣り糸ぐらいでは怪我もしない優れものだった。
ルクレイはグイグイと釣り糸を引きながら魔力を釣り糸に流し込んでいた。糸か魚の口が切れない限りバレる事がないのでグイグイいった。
『バレるのはジャンプした時だからまだ距離はある。先に魚種を確認してみたいところだ。魔力を通しての分析と目視の分析の精度は何故か同じなんだよな……』
魔力が魚まで届き『万力?』と返ってきた。相変わらず安定の疑問形だった。そこはもう諦めているルクレイは魔力を引き上げようとして思い出した。
『そういえば風属性に探知があるんだから水属性にもあるはずって検証課題だった。魔力くんは覚えてた? 僕はきっちり忘れてた……という事でお願い……探知!』
探知を発動した瞬間に周囲の海中にいる生き物の反応が戻ってきた。膨大な情報量が流れ込んできた……しかし女神様のダウンロードよりは軽かった。
『あー、うん……ダウンロードの関係で頭の中の情報流通量が広がってた? よく分からないんだけど情報はよく分かる……なんかびみょ〜』
ルクレイは流れ込んできた情報を整理し始めた。釣り糸を手繰り寄せる動作だけが自動化されたように一定のリズムで手繰り寄せ続けた。
『ていうか……シイラ多くね? 海面に近いとこにいるのってシイラばっかりじゃん。もう少し深い場所に違う反応があるけど……これシイラ入れぐ――あっ!』
手繰り寄せていた釣り糸のテンションがスッポ抜けた。船尾の先の方で海面から飛び出したシイラが空中で回転し釣り糸が外れた。
「「「「あーー」」」」「魚が飛んだ……」
双子やリドルたちが声を上げた。レグルスがその後に起きた事を呟いた。ルクレイはスルスルと仕掛けを回収して釣り針の部分をマルセリオに手渡した。
「これは簡単な課題だけど最後に外れた理由をみんなで相談してみて。あと外れるまでの引き上げる流れの中で感じた事も言葉にして話し合うように」
子どもたちは目を見合わせて頷き合った。ルクレイはニッコリしてマルセリオに「釣り針を棘付きにして流して」と頼んだ。
「「「「あーー答え言っちゃった!」」」」「プッ」
最初の課題の答えをバラしたルクレイに双子たちは抗議の嵐を投げつけた。ルクレイはドヤ顔で「棘付きはなぜ大丈夫なの?」と逸らした課題にすり替えた。
レグルスがくすくす笑いながら釣り針を付け替え乾燥肉を付けてエグリアに渡した。エグリアは笑顔で手を伸ばしたので抱っこして仕掛けを投入した。
レグルスとエグリアは二人でコソコソとルクレイが改造しているもう一つの仕掛けの釣り針を棘付きに付け替えた。二人はニヤリとしてテーブルから離れた。
ルクレイは二人の悪戯に気が付いていたが何も言わなかった。
ルクレイはもう一箇所もレジンで太くした。これで羽根棒は自由を失った。ただルクレイもこのヒコーキを模した道具で深度を安定できるかは分からなかった。




