第四節 生まれる落ちる浜焼き文化と野営オタク
「石碑広場ですが石碑が転んだ事で瘴気が漏れていたようです。元に戻して念のため土木魔法の固着で繋げておいたので当分は大丈夫なはずです」
ルクレイはラウンジでオスカー侯爵子息に報告をした。この場にはクラムたち『涼風の旋律』メンバーの子どもを除いた訪問団が揃っていた。
「この件はご存知と思いますが王宮報告案件になります。仮対処は済んだ形で今後の対応方針の策定に入ってください。後は残った魔物の討伐ですね」
ルクレイの報告が終わりリドルに街での報告を促した。
「えー、製糸工房と製材工房への実演は完了しています。少し盛り上がり港湾事務所から苦情が出ましたが実演による情報の伝達には問題は出ていません」
少し発言し難い空気は感じたがリドルは気を取り直して報告を始めた。
「浜焼き場候補地は一番港口に近い場所が大きい空間でしたが手前の規模の小さい五箇所が距離も加味すると良いと判断しています」
リドルは浜焼き場の選定に関しても報告した。付け足すように即席魚粉に関しても漁師ギルドの全面支援をギルド長が確約したとルクレイに伝えた。
ルクレイは頷きオスカーに顔を向けた。
「まずは当地の石碑広場の対応を行なってくれルクレイ殿とヴィオナ嬢には感謝を。この件は父上を通して王宮に報告しメルカド伯爵家に使者を立てたい」
「あまり大げさにしなくて大丈夫ですよ。王宮対応は必須ですが石碑を立てただけなので。実物を騎士に見せて領内の調査の方が優先度が高いです」
ルクレイは言葉遣いを緩くしてオスカーに考えを伝えた。むしろアスグレイヴ侯爵領は広い平地を有しているので確認が最優先である点を強調した。
「兄上、そっちの手配は俺の方で進めるよ。まずは父上との連絡を密にお願い。お義姉さんはもう少し安定期まで時間があるからリベルグの対応を進めて」
ヴェルナー侯爵子息が兄のオスカーに石碑広場対応を引き取ると申し出た。王都でやる事よりもここでやる事の方が遥かに成長できると確信していた。
『アルフォンスとルクレイを近くで見れた。これは大きな資産だ。少しこの辺りを考える時間もいるし育成学校よりも遥かに積み上げる物が多くなりそうだ』
ヴェルナーは入学式でアルフォンスに圧倒された。ルクレイにその感じはないが隠されていると感じていた。そういった感触を言葉にする時間も欲しかった。
ヴェルナーの申し出にオスカーは「助かる」と答えた。
「取り敢えず明日は浜焼き場予定地の視察をオスカーさんは体験してください。あとヘブラナでやったマシュマロ焼きにエリオットさんも参加しませんか?」
ルクレイの提案にエリオット侯爵長男夫人が「私もですか?」と驚いた。
「視察は一番近い場所にしてエリオットさんも行きましょう。タープも張りますから日陰でのんびりしてください。ヴィーはレジン小物をプレゼントしたら?」
ルクレイがレジン作りをヴィオナに頼んだ。ヴィオナは「任せて」と了承しエリオットにレジンに関する話を始めた。
「オスカーさん、レジンに関してはレジン糸の生産に可能であれば参加して欲しいです。王都での需要にノルド家とメルカド家だけでは対応できてないです」
ルクレイは実演外の製糸工房へのお願い事を持ち出した。
「レジン糸?……あっ! 名付けにあったレジンか!」
「……それです。ハールベン伯爵家の協力は取り付けてます。アルデン侯爵家にも参加を打診します。生産に工房用製糸魔道具が必要ですが検討お願いします」
ルクレイは名付けのところで苦笑いを浮かべたがお願いは伝えた。
「明日の浜焼きに製糸工房から人を出してもらってください。レジン糸の見本はありますが実際に作る所と実物を見てもらいたいです」
そのままグイグイとレジン糸をルクレイは推しオスカーは頷くしかなかった。
「あと、造船に関してです。アスグレイヴ侯爵領は森林が少なく水源として保護していると聞いているので直接的な話ではないです」
話が見えないオスカーは「造船?」と呟いた。
「森林地帯を多く抱えている領地は間伐材の処理に頭を悩ませ始めてます。メルカド家とノルド家とハールベン家は溢れる間伐材で漁船を作る予定です」
まだ理解が進まないオスカーは「漁船?」と呟いた。
「恐らくですが間伐材が集まるペースは建造ペースを超えると考えられます。そこで余力のあるリベルグで造船して消費を支えて欲しいかなって思います」
ルクレイはポンポンと流して造船の手伝いを頼んだ。
「造船工房の余力を使うのか……。それで作るのが漁船なのはなぜ?」
理解が追い付いてきたオスカーは船の種類が決まっている事を尋ねた。
「南方木材だからです。漁船だから壊れていいわけではありませんよ? でも漁船なら日常的に使いますし予備があるのは良い事なので漁船を予定してます」
ルクレイは漁船を選んだのは利用品度を考えると短命であっても間伐材からの建造なら元は取れると伝えた。造船技師の技術力も上がる点を補足した。
「間伐材を運んできての造船か……悪くない。うちも北の方はほどほど森林があるから運んで来ても問題ない。さらに東方街道まで視野に入れると面白い」
オスカーは溢れる間伐材を受け入れる余地がアスグレイヴ家は持っている事に気が付いた。森林地帯が多い王国内で特殊な地勢で貢献できる点を評価した。
「他領からの間伐材受け入れを含めて父上に相談しよう。ルクレイの考える方針をうちは前向きに受け入れる。そう立ち回ると考えてくれ」
オスカーはルクレイのお願いの一歩先の回答を伝えた。
◇ ◇ ◇ ◇
「浜焼きって面白いな。何もない岩場で目の前から食材を獲って食べる……まさにそれだけだ。野営の食料調達とも違うし楽しむためにってのが斬新だな」
オスカーは仮組みした浜焼き場を見た感想をルクレイに伝えた。野営などで仕方なしに食料を調達するのとする事は同じなのに違うものと認識した。
「しかも少し形が歪なタープがまた使い勝手が良い。支柱とロープで自立するから何より設置しやすい。最初は日除けの拠点とか意味が分からなかった」
オスカーは全員が入れるヘキサタープの数にも驚いた。侍女や従僕たちも含め五張りのタープに全員を収容する事が可能だった。
「メルカド伯爵家では十張り以上で拠点とする運用も考えてるのが驚きだよ」
オスカーはとにかく初めて見たヘキサタープの設置の容易さに感心しまくりだった。ルクレイ自身もドリアン製布工房が加わってからの改良には目を見張った。
メルカド伯爵家のマナーハウスにどんどん試作品が届き執事長が楽しそうに検証を指示していた。ポロっと零した無段階調整のポールまで試作されていた。
『オスカーさんはキャンプオタクになりそうな勢いだな。このポールの進化に日傘の軽量化が混ざったらどうなるんだ? ほんとドワーフ族は凄いな……』
オスカーのキャンプギア評価はローチェアとハイチェアにも及び始めた。オランド号にはルクレイが聞いていなかった物がかなり詰め込まれていた。
焚き火台やなぜか支柱構造のテーブルもありルクレイは苦笑いしか浮かばなかった。どうやら執事長がブカゾール工房主と結託しているようだった。
『もうどうにもならない……。執事長さんはドワーフ族だったとかオチはないよね? なんでヴィーとの雑談しかしてないポール式のテーブルまで……』
オスカーの賛美はそのテーブルにも伸びていた。
「ねぇねぇリオ! このテーブル欲しいよー」
ルクレイの耳にレイチェルのお強請りが入った。レイチェルはポールで組み立てるテーブルをご所望だった。そう、このテーブルは初お目見えであった。
「えっ? いいよ」
マルセリオの返事は軽かった。というのもオランド号に何が積まれたのか全容を知っていたのは従僕と船員だけだった。訪問団メンバーは全然知らなかった。
レイチェルがマルセリオたちに案内を強請り船倉を含めて内覧していた。その時に忘れられていたお土産に気が付いたらしい。
確かに「隠された秘宝を見つけた」というような話を聞いた記憶はルクレイにあった。ただ話はそこで終わり双子たちは釣りを始めた事でうやむやになった。
「まさか浜焼き場でお土産の存在を知らされるとは思わなかった。ヴィーとリストを見直したけどどれも未記載だった。責任者も知らないお土産とは……」
ルクレイはチラリとヴィオナを見た。リスト外のお土産にはヴィオナも目を丸くしていた。ただあるのだから使って渡すという選択肢しかなかった。
「おまけにサーフボードをお土産に考えたの誰? ボードなんだから甲板に置こうよ。そしたら気が付くのに船倉に埋めなくても良いだろうに……」
ルクレイはただの板まで積んであったのに唖然とした。数があったので提供にベリーナ工房主は関与している事は確実だった。
ただベリーナ工房主は提供者であって真犯人ではなかった。
「まぁ……海に浮かべておけば漁をしてくれてる子どもたちの安全性に繋がる。これは良い事だから問題はない。ないんだけどモヤモヤする……」
ルクレイは海岸に向けた視線を再びヴィオナに向けた。横ではオスカーが焚き火台にマシュマロを向けながら焚き火台を褒めていた。
「今はこの撚り合わせで糸としての完成度を高めようとしてるの。このレジン糸はまだ太めなんだけどかなり良いと思いませんか?」
ヴィオナの弾んだ涼やかな声にルクレイは少し癒された。楽しそうにエリオットへレジン糸やレジン小物を実演しながら見せていた。
エリオットも新しい物に目を楽しませていた。必要な魔道具の事も聞き工房用と家庭用を注文する気が満々に満たされていた。
『アスグレイヴ侯爵家への訪問が成功なのは疑いようもない。なんか腑に落ちない部分はあるけど成功だよな。婚姻祝いが出来たことも大きな成功だ……』
ルクレイは既に次に向かうアルデン侯爵家の事も考え始めていた。ハールベン伯爵家とアスグレイヴ侯爵家は成功したし次も上手くいくだろうと考えていた。
しかしルクレイの知らない小さな暴風が虎視眈々と到着するのを首を長くして待っていた。暴風はいつものように専属侍女から逃げ果せていた。




