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海の落とし者と釣り竿  作者: うにまる
第十九章 アスグレイヴ侯爵家訪問と魚との戦い

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第二節 リベルグの石碑広場を検分して対処した

 アスグレイヴ侯爵領の港町リベルグから鐘三つぐらい騎乗で移動した平原にルクレイとヴィオナがいた。ニロンに騎乗して少し高くなった場所から平原を見下ろしていた。


 その隣には案内してきたヴェルナー侯爵子息が少し疲れた顔をしていた。


 この状況になったのはそもそもがヴェルナーの漏らした一言だった。魔物の増加が認められ対応を兄のオスカー侯爵子息に押し付けられた事への愚痴だった。


 晩餐の場でこの件をルクレイが持ち出した。メルカド伯爵領でも石碑広場で魔物が溢れ始めていた事を伝え対応の仕方を考えるべきだと提案した。


 そしてルクレイは翌日には案内役としてヴェルナーを連れて現地に向かった。


「おー、確かに魔物が多いですね。ただ大集団というわけではないですね」


 ルクレイは少し小高くなった場所から見下ろしていた。先に見える平原では魔物の小集団と騎士の小集団が戦っていた。


「探知範囲の違和感もそれほど大きなものはないわ。ヴェルナーの話も合わせると溢れというより漏れ出してる感じなのかしら」


 前席からヴィオナが振り返って探知の結果を伝えた。


「かもしれないね。見た限りウルフだから広がるのは早いかもしれない。この辺りの灰色も少し濃いし北西側に灰色の厚みがあるから石碑広場はあっちかな」


 ルクレイが見回した結論としてここより北西の方向に石碑広場があるとヴィオナに話した。二人は意見交換を始めた。


『二人は魔物を見ても驚きすらしなかった。確か十二歳でこの落ち着きは想定外だな。なんていうかアルフォンスとリュミエールみたいな安心感だな』


 王立学園で一年にも関わらずアルフォンスとリュミエールは実技を免除されていた。アルフォンスは物理的で圧倒的な殲滅力を示していた。


 リュミエールは広域魔法の炎爆を軽々と使いこなし学園のカリキュラムから完全に逸脱していた。その空気感をヴェルナーは二人から感じた。


「えっ?……僕は殴れば良いの? ニロンは蹴れば良いって……まぁそうなんだけどニロンは蹴って痛くないの?……そうなんだ……痛くないんだね」


 ヴェルナーはルクレイの言葉に思考から抜け出した。なぜか殴るや蹴るという話になっていた。しかもニロンというのは二人が騎乗している馬だった。


「そうしようか。僕が前衛で殴って道を開けるからニロンは後ろで遊撃ね。ヴィーは前席から風刃を軸に周囲の魔物を間引いて」


 ルクレイの話はどんどんと物騒な方向に流れているとヴェルナーは思った。


「石碑広場に近づけば魔物の密度が上がるはずだからヴィーはそこから殴り始めて。ヴィーが降りたらニロンは自由に動いてもらって大丈夫だよ」


 ルクレイの指示にニロンがブルルと鳴きヴィオナが「分かった」と答えた。


「ヴェルナーは騎士たちの本陣に入って。ユミナとナンニはヴェルナーの安全を確保すること。その後は魔物と戦う方法を試しながら魔物戦を鍛錬してね」


 ルクレイの顔がヴェルナーに向いて移動を促した。ヴェルナーは反論しようとしたが自分はまだ戦力として薄い事を思い出し「分かった」と答えた。


 ニロンからルクレイがピョンと飛び降りて緩い斜面を駆け下りていった。ニロンもルクレイの後ろについて斜面を降りていった。


 ヴェルナーは首を振り騎士たちの本陣に向け移動を始めた。側面をヴィオナの専属侍女であるユミナが警戒しながら追従していた。


『ルクレイの指示で全部が動き始めた。魔物に突入したルクレイたちもどうかと思うけど俺に追従している侍女の動きもおかしくないか? なんで冷静?』


 ヴェルナーは移動するだけの状況で不可解なことが多かった。なんでルクレイたちが魔物に突入する決断になったのか理由がまったく分からなかった。


 そして専属侍女が主人と離れてヴェルナーの移動についてくるのかも分からなかった。そしてふと『侍女が戦場?』とそもそもの疑問の根に辿り着いた。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 ルクレイは前衛として魔物の集団に突貫した。いつも使っているコロコロ棒は実演のため双子が持って行った。仕方がないので邪魔な魔物だけ殴った。


 ニロンは機嫌よくルクレイの後を追っていた。イゼルダ前伯爵夫人と一緒に戦場を駆けていた時のようでワクワクしながら駆けていた。


 ニロンの前席ではヴィオナが風刃で邪魔をしそうなウルフを討伐していた。討伐された魔物は黒い霞になり空中に霧散するので戦場に死体は残らなかった。


 少し進み防衛線も見えなくなると魔物の密度が高くなってきた。ヴィオナは腰から伝わるニロンのウズウズ感に肩を竦め「降りる」と伝え前席から飛び降りた。


 空中に風壁を展開し前進する推力を蹴りで生み出したヴィオナはルクレイの横に入った。ルクレイがチラリとヴィオナを見て笑顔を浮かべた。


「まだ距離は少しあるから体力温存でね。たまに上に出て風刃で前を減らして」


 ルクレイの指示にヴィオナは笑顔で頷いた。


 ここまでもそうだったが前衛が二人に増えた事で魔物の厄日が確定した。駆け抜ける姿の後には黒い霞しか存在しなかった。


 そしてもう一つの厄日の正体は馬だった。ニロンはヴィオナが降りた事で任務が完全に遊撃となった。グッと踏みしめ全く違う進路に飛び出した。


 仄かな光がニロンを囲んだと思うとニロンは周囲の魔物を蹴り出した。蹴られた魔物は黒い霞になり速度の上がったニロンに蹂躙され始めた。


 ほぼワンステップで進路を変え突撃しているルクレイたちの進路外にいる魔物の数が一気に減った。まるで踊るように周囲の魔物を霧散させた。


 ルクレイがメルカド伯爵家に転がり込んでからの変化をニロンは楽しんでいた。望外にもイゼルダ前伯爵夫人がニロンとの接触を増やしてきていた。


 イゼルダ前伯爵夫人が背に戻ってくれる時期は近いとニロンは確信していた。


 ルクレイは前方の魔物にボアが混ざってきている事に気が付きヴィオナに上空からボアを潰すようにお願いした。突進されると邪魔だからである。


『ニロンが凄く楽しそうに駆け回ってるよ。僕もあのニロンと騎乗しているお祖母様を見たいと思う。僕たちの相棒をはやく見つけたいね』


 ルクレイはイヤーカフで上空に上がってボアを狙い撃ちしているヴィオナに話しかけた。ルクレイの目には魔力を纏うニロンが見えていた。


『ふふ、お祖母様もちょくちょくニロンと一緒してるみたいよ。お祖母様は馬房に話に行ったりお茶に誘ってるみたい。これもレイのおかげ……大好き』


 ルクレイの脳内にヴィオナの『大好き』が鳴り響いた。ルクレイは『大好きだよ』とイヤーカフで返した。そしてウルフたちの数が一気に減った。


『前方に魔物の壁ができてるわ。わたしたちの乱入で詰まったみたい』


 ヴィオナから前方に魔物の壁というか詰まって固まった集団の報告が入った。


『了解、壁は面倒だから水壁で薙ぎ払うけど石碑って膝ぐらいだったよね?』


 ルクレイは石碑広場が近いと判断して邪魔な壁を丸ごと吹き飛ばす事にした。


『んーたぶん台座に置いた時にレイの膝ぐらいだったと思う』


 ヴィオナは記憶の片隅から石碑の大きさを思い出しルクレイに伝えた。ルク令からは『さすがヴィーは記憶力良いよね〜』と戻ってきてクスッと笑った。


 ヴィオナが上空から面倒になって風刃を乱射して減らしていると凄い勢いで水色の壁が右から左に振り抜かれた。進路上の魔物が一気に黒い霞になり霧散した。


 ヴィオナは『雑ね』とルクレイに伝えくすくす笑いながら地上に向かった。


 ぽっかり空いた空間に降りたヴィオナはルクレイと並んでテクテク歩いていた。周囲の魔物は突然生まれた空間に一瞬動きを止めていた。


 空間に躍り出たニロンはキョロキョロして魔物のいる空間の外周を駆け始めた。まるで根菜の皮を剥ぐように外周の魔物を蹴散らし周囲を回った。


「なんかニロンが子どもに戻った? 妙にウキウキしながら駆けてるよ? あれって駆けてるというよりスキップしてるという方が適切かも」


 ルクレイは歩きながら駆けているニロンを眺めヴィオナに話した。


「あれは完全に子どもに戻ってますね。これでお祖母様が背に戻ったらどうなるのかしら。騎士たちの鍛錬が一気に進みそうな気がします」


 ヴィオナは今回のニロンは見ていてツボに入り笑うのを一生懸命堪えていた。


「お祖母様とニロンの関係性ってほんとに憧れる。ニロンはちょっと馬らしくなくなったけど面白いしナンニは真面目。ヴィーとも会えたし落ちて良かった」


 ルクレイは創世の女神に感謝を捧げた。


「ふふ、わたしも相棒は欲しいしレイと出会えたので幸せよ。女神様にもレイを通してお礼も言えたわ。本当は直接お礼を言いたいわ」


 ヴィオナは直接お礼を言いたいと零した。


「……あっ! そう言えば女神様の話の中でお供え物の話があったでしょ? 前は祭壇を経由してお供え物を楽しんでたってやつ」


 ルクレイは女神様と話した記憶から祭壇を引っ張り出した。


「あー、ありましたね。あれ? お気に入りの場所で楽しんだのではないのですか? 祭壇……祭壇のメモもありましたがまだ話は聞いてませんよ?」


 ヴィオナはお楽しみに関わる記憶で祭壇が結びつかなかった。


「あれ?……あれだお気にいりの場所は地上で休憩に使ってた場所かな。で、祭壇は祭壇を経由してお供え物を入手して天界で楽しんでたみたいだよ」


 ルクレイは記憶を整理してヴィオナに伝えた。


「つまり祭壇が上手く作れれば女神様にお供え物を楽しんでもらえるのですね。これはレイに作ってもらわないといけないですね。とっても期待してます」


 ルクレイの情報を聞いたヴィオナは満面の笑みでルクレイに任務を与えた。


「とりあえず祭壇は作ってみるね。気がつけば女神様の方から繋いでくれると思うから完成したらお祈りを一緒にしようね」


 ルクレイはヴィオナのお願いを受け入れて一緒にお祈りする約束を取り付けた。


「あー、やっぱり石碑が転んで台座から落ちてたね。これが原因で『理の違う魔素』の漏れが多くなったみたい。前の時よりは噴出量は少ないね」


 ルクレイは石碑を拾い上げてクルクルと外観を確認して台座に置いた。


「んっ、前の石碑広場みたいに噴出しなくなった。これで当面は大丈夫だと思う。念のため……固着も効果出てるみたい」


 ルクレイは土木魔法の固着を石碑と台座に使い結合した。魔力をかなり多めに入れ有効期限が伸びる事を願った。


「それじゃ戻りましょう。流れた魔物でユミナも少しは鍛錬できたと思うわ。いきなり『深緑の湖』に向かう山岳地帯でなくここで出来たのは運が良いわ」


 ルクレイの終了宣言を聞きヴィオナはニロンに手を振った。


 戻ってきたニロンに二人は騎乗して本陣と思われる方に向かって移動を開始した。周囲に魔物は残っていたが進路上の魔物だけ蹴散らしながら戻った。


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