第七節 浜焼き場の入場制限は罠で伯爵夫人は出番なし
ハールベン伯爵の領都にある岩場に多くの人が集まっていた。ヘブラナの街の中に『浜焼き場ができるらしい』と流れ興味本位で集まってきた。
岩場には領主夫人がいて多くの子どもがいた。一目で貴族令嬢と分かる女の子もいて楽しそうに浜焼きをしていた。
岩場の入口には騎士が立ち従僕が浜焼きの説明を来訪者にしていた。来訪者が工房関係者だと工房担当に引き継がれ漁師だと漁師担当に引き継がれた。
ただ見に来た街人たちは戸惑った。説明では『浜焼き場の予定地確認』とされ経験者や興味のある人は入る事が許されるという話だった。
「本日はここに入場した人は浜焼きをしなくてはなりません。また食材はこれから調達となりますので海でエビやカニを獲れる方を募集しております」
従僕たちの説明は言葉は分かるが意味がよく分からなかった。そんな中でもリューウェンで経験した者が入場した。周囲からざわめきが起こり広がった。
数人の男性が意気揚々と岩場に入り石が積まれた区画に歩いてあった。何をするのか見物人が見ていると荷車に石を積みだし荷車を引いて散っていった。
「お~い、竈を作って焼くだけだぞ〜」
場所を決めた男性が入口に向かって声を上げた。その声を聞いた見物人は近くの人と話し合いを始めた。先に入った男性たちは竈を組み始めた。
「ちょっとあれ見て!」
見物人の中から女性の声が上がった。周囲の見物人が注目すると女性が隣にいた男性の腕を叩き指さした。誘導されるように多くの視線が動いた。
「あー! キラキラな石がある!」
少女の声が上がり駆け出した。周囲にいた女の子たちも駆け出した。騎士たちは特に警戒もせず少女たちをそのまま通した。
「今の子たちの親は諦めて中に入って浜焼きをするようにお願いします。そこの旦那さんも諦めて奥さんと一緒に浜焼きしていって下さい」
従僕たちは事実上の人質を取り浜焼き場に入る人を増やしていた。この展開を画策したのは花崗岩の小石を見える場所に置いたルクレイである。
少し学んだルクレイは竈用の石は通常の堆積岩で出していた。花崗岩の竈用石を大量に出すのはさすがにまずいと学習した。他家の領地なので尚更だった。
しかし集客はしたかった。そこで思い付いたのが『女性陣の取り込み』である。小石の花崗岩なら問題は少ないと考えヴィオナに相談し許可をもらった。
あとは見える場所に花崗岩の小石の小山を作り女性陣が見つけ人が増えのを待つだけと浜焼きを始めていた。その目論見通り浜焼き場に人が増えた。
男性陣は竈用石置き場に誘導され人数を聞かれ竈用石のおおよそ必要な個数を告げられ荷車を渡された。男性陣は首を傾げながら石を積むしかなかった。
そんな男性陣を尻目に女性陣は小石の小山で盛り上がっていた。所々がキラキラする小石は可愛いと見せ合いっこなど男性陣には分からない行動をしていた。
◇ ◇ ◇ ◇
漁師たちは案内された場所でエビやカニの捕獲支援を頼まれていた。量での計算は難しいため日当という形で捕獲して食材としての供給を頼まれた。
すでに活動を開始している漁師や子どもたちは海に入っていた。引退した漁師たちは子どもたちと一緒に楽しそうに浅い岩場に集まっていた。
「浜焼き場として運用が始まりましたら皆さんにもお手伝いをお願いする事になると思います。ヘブラナ浜焼き場として盛り上げるのにご協力をお願いします」
漁師担当の従僕が漁師にお願いした。
状況が分からなかった漁師たちもやる事が分かってきた。説明を聞いた漁師たちは集まり相談を始めた。それは街中に卸す量と人の割り当てだった。
「浜焼き場はたぶんヘブラナに活気を作るし海から獲れた物を食べる人が増える。そこは歓迎できるんだが街中の卸しも余裕があるわけじゃねぇ」
「それは確かにそうだ。そもそも漁師ギルドはどうすんだ?」
別の漁師が漁師の活動を支援しているギルドの動向を気にした。
「というか思い出したんだが今回の訪問はメルカド伯爵家の長男様と次男様だろ? あそこにいる男の子なんだが……『女神様の愛し子』様じゃないのか?」
一人の漁師が発した言葉にその場の全員がギョッとした。慌てて全員がルクレイの姿を凝視した。そして全員が顔を戻した。
「……間違いなく『落とし人』で『女神様の愛し子』だわ。漁師ギルドで話題になってる時に聞いた容姿と一致する。これって選択肢がないような気がするぞ」
最初に活気を指摘した男性が強張った顔で話し出した。
「日当は出るし今日は街中で魚なくても誰も怒らないだろ。ていうか手伝わない選択の方がヤバい。ぜってー嫁ちゃんに怒られる……手伝ってくる」
若い漁師が海に向かって逃亡した。やっと婚姻できた彼女に怒られるのは避ける選択肢しかなかった。彼女に褒められる未来が彼には見えていた。
逃亡する若い漁師を全員が追いかけ始めた。もちろん引き止めるわけではなく出遅れて不利な状況にならないよう漁師たちの心が揃った結果である。
◇ ◇ ◇ ◇
「えーみなさん。突然の呼び出しすみませんでした。今回の訪問で責任者のルクレイと言います。聞いてるかもしれませんがいくつか実演を予定しています」
ルクレイは工房関係者を前に挨拶をしていた。後ろでは実演担当含め全員が浜焼きをしていた。ちなみにエレーネ伯爵夫人は前に出るのを禁止されていた。
「製糸工房の方は?……いますね。厄介草が置いてあるテーブルにお進みください。実演担当は……実演の後に紹介しますね」
実演担当のリドルとマルセリオとフイリクスは浜焼きを堪能していたので紹介は後回しにした。
「続いて製材工房の方は?……いますね。丸太が横に置いてあるテーブルにお進みください。こちらは後で僕がじつ……えっ? 従僕さんがやるの?」
実演担当をルクレイがやろうとしたらヴィオナから担当者変更の指示が出た。どうやらゴリゾン製材工房で検証に参加していた従僕が来ていたらしい。
「どうやら実際にリガレアの製材工房で一緒に検証していた従僕さんが来ているようです。従僕さんって検証まで……なんでもありません」
ルクレイは木屑トイレの検証を従僕たちに丸投げしたのを思い出し口を濁した。
「漁師ギルドの方は?……いますね。実はヘブラナで即席魚粉の生産と浜焼き場の運営をお手伝い頂けないかなとおもっ――「やります!」……えっ?」
ルクレイは食い気味にやると表明した漁師ギルド長を見て目を丸くした。そしてリューウェンのギルド長の事を思い出し頬を冷たいものが流れた。
「ルクレイ様の事はリューウェンのギルド長から伺っています! レベナのギルドも固まりました! 次こそはとお待ちしておりました! やります!」
ヘブラナの漁師ギルドも根っ子はリューウェンと同じだった。頬を引き攣らせながらルクレイは「リューウェンと連携して下さい」と遠い地に丸投げした。
「鍛冶工房の方は?……すみませんが釣り針を回して欲しく……これですか。まだ棘の話は来てませんか? 実はリューウェンとリガレアはこれに変えてます」
ルクレイは返しの付いた釣り針を鍛冶工房主に見せた。軽く返しの説明をして漁師たちに供給して欲しいとお願いした。
「さすがルクレイ様です! 漁師のためにわざわざお伝えに来て頂けるとは……」
鍛冶工房主の横で漁師ギルド長が涙を流していた。思わずルクレイはギルド長に「これはアルフォンスさんの成果です」と伝えた。
「さすがルクレイ様です……」
ルクレイは『やっぱりこうなるか』と諦め改めて鍛冶工房主にお願いした。こちらも頬を引き攣らせながら鍛冶工房主は「やりますぞ」と応えた。
「よろしくお願いします。……あっ! そうそう、最近リガレアでこんな感じの部品を作ってます」
あまりに話す事が少なく慌てたルクレイは荷物から収納式Dリングを取り出して鍛冶工房主に渡した。
「こらはまた奇妙な形ですが……はぁ?……魔鉄?って魔鉄をこんなに磨き上げてある? これは……鋳造ですな。そこは普通で安心しました」
鍛冶工房主は顔を上げて「量産ですな?」とルクレイに確認した。
「えっ?……いえいえ、リガレアでは今後は魔鉄をもう少し使っていこうという話でお見せしただけです。基本は鋳造でその磨きは趣味だそうです」
ルクレイとしては魔鉄を扱う工房が増えたら良いな程度の話で持ち出していた。海で使う金属は可能な限り魔鉄にしたいと考えていた。
「趣味でここまで磨き上げるとは凄いですな。いやこの品は背筋がピンと伸びますな。ところでこれはなにに使う物なのですか?」
鍛冶工房主はリングを出し入れしながらうんうんと頷いていた。
「ん? それはロープを結ぶのに使います。その部品を埋め込んでおくと普段は仕舞って使う時だけそのリングが出てくるという感じです」
「この小さなリングにロープが結べるのですか?」
鍛冶工房主が小さなリングを見てルクレイの顔を見た。
「むすべるよー」
横からエグリアがニコニコしながら話に加わってきた。ルクレイが振り向くと苦笑いのクラムとニコニコしているヴィオナが後ろにいた。
「ほぁー、坊主は結べるのか?」
鍛冶工房主がエグリアと目線を合わせて尋ねた。エグリアは満面の笑みで頷き鍛冶工房主の手を引いて歩み去った。
「あれ?……エグリアも池のとこでやったロープワークは出来てたから大丈夫か。何気にレグルスが補助に入ってくれてるから問題なしと……」
問題はないが掠め取られたようでモヤモヤした。
「レイのお仕事は残りは造船工房だけですね。これなら海中散歩の時間がいっぱい取れそうですね。サップがないのは残念ですが終わったら声かけてね」
ヴィオナがニコッと微笑んで席に戻っていった。ルクレイはヴィオナの後ろ姿に笑みを向けて「なるはやね」と小さく呟いた。
「造船工房の方は?……いますね。漁船を作りましょう」
ルクレイは全ての話の過程を捨てて結論だけを造船工房主に投げた。




