第五節 動き過ぎなヘブラナとリドルのお願いは過酷
「実はもうひとつお願いしたい事があります」
話が切れたと思った瞬間にスルッとルクレイがエレーネ伯爵夫人に挿し込んだ。ひとつの道筋が見えたと油断したエレーネは「えっ?」と言葉を乱した。
「実はヘブラナでも即席魚粉を作って欲しいなぁと思っています。今のところリューウェンが中心に作りレベナも生産を始めようとしています」
ルクレイは漁船の話から魚粉に話をスライドした。
「しかし明らかにレベナで生産が軌道に乗っても王都を中心とした需要が賄える未来が見えません。もし東部にも波及したらと考えると頭が痛いです」
頭を抱えフルフルするルクレイはあまり困ってるように見えなかった。それもあり横でヴィオナがプルプルと肩を震わせながら真面目な顔をしていた。
「実はリューウェンの魚粉工房のグランゾさんに僕も巻き込まれた側なんです。気が付いたらレベナで魚粉を作る事になっていました」
ルクレイは事の経緯を話し始めチラリとマシュマロの焼き方を議論し始めたリドルを見た。ほんの少しだけ目を丸くしたルクレイが視線を戻した。
「これも実はアルフォンスさん……厳密に言うとリュミエールさんの関与らしいですが王都で魚粉の消費が進む動きをしました。王家を巻き込んだようです」
ルクレイの話が魚粉なのに王家が出てきてエレーネは困惑した。そしてアルフォンスが関与している事に諦めの感情が流れ込んできた。
「そのため再建したばかりの魚粉工房は生産拠点という仲間を増やすため僕に矢を当てました。仕方がないので僕は漁師さんたちに生産をお願いしてます」
ルクレイは本来なら原料を獲る側の漁師に加工品の生産を頼んでいた。
「魚粉の主な材料は『サバ』なのですが……『サバ』は知ってますか?」
「えぇ……ルクレイくんが名付けた魚でしたよね?」
ルクレイは少し期待して『サバ』という単語を出したがエレーネが知っていたのでがっくりと肩を落とした。横のヴィオナは少し苦しそうになっていた。
「そうですね……通達が出てたから知ってますよね。……まぁ現在はサバを加工して魚粉にしています。これも乾燥魔道具を使って即席魚粉として作っています」
気を取り直したルクレイが説明を続けた。何気に隣りに座るヴィオナの背中をいつの間にか優しく撫で始めていた。
「とりあえず浸け汁に一日ぐらい浸けて乾燥させて粉末魔道具で粉末にする調味料です。リューウェン産とレベナ産はお土産で持ってきています」
即席魚粉は既にお土産として料理長に渡してあった。今頃は料理にどう使えるかを派遣した侍女から聞き取って研究を始めているはずであった。
そして話を聞いていたエレーネは『逃げられない案件』と即座に悟った。王都で流行って内陸部で流行らないという展望はエレーネにも見えなかった。
そして材料が『サバ』という事は必然的に生産地は海岸航路となる。立地的に魚粉という物が流行った時点で巻き込まれる事が確定していた。
「分かりました。見本の魚粉を使って生産してみたい人を探してみます。実は……魚粉自体は知っています。エビやカニや浜焼きが情報として入ってます」
エレーネが持っている情報とルクレイからの話で色々と繋がった。
「実際にリューウェンで浜焼きをして産業局に作って欲しいという要望も入り始めているようです。とても手が回らずまったく手が付いてませんが……」
そして既にもう領政に関与し始めていた件と繋がり頭が痛くなってきた。
「えっ? 単に手が付かない状態っていう事ですか。なら結構話は簡単かもしれません。浜焼き場はアルフォンスさんが始めた物でノルド家は関与してません」
ルクレイは笑顔でこれもまたアルフォンス関与でノルド家は関与していなかった事を話した。つまりやりたい人がいれば回る案件であると説明した。
「ヴィー、色々と予定が崩れそうな気がするんだけどヘブラナに浜焼き場を作っちゃおう。アスグレイヴ侯爵家とアルデン侯爵家に後で手紙を書こうね」
ルクレイがニコニコとヴィオナに相談を持ちかけた。ヴィオナは少し首を傾げエレーネに顔を向けた。
「両家に手紙を出したいのですが連絡船を出せますか?」
ヴィオナに尋ねられたエレーネは少し頬が引き攣ったが「出せます」と答えるしかなかった。どことなくルクレイはアルフォンスに似ていると思った。
◇ ◇ ◇ ◇
ハールベン伯爵領の伯爵邸にあるガゼボに早朝から子どもたちの声が響いていた。ガゼボの横には三つのテントが張られていた。
一つは一人用の三角テントだが二つは多人数用のドームテントだった。
流石に四人用のドームテントでも男の子たちが七人では収容できずオランド号に置いてあった予備のドームテントを従僕が取りに走った。
一人用は単に監視という事でルクレイが野営に参加しただけであった。
「説明したように今日は製糸工房と製材工房の実演を予定していました。しかし急遽浜焼き場の適地を探す必要が発生しました」
ルクレイが双子やレイチェルたちを前に本日の予定変更を話していた。
「岩場の場所は聞いてあるのでちょっと僕が見てきます。適地があったらそこで浜焼きをするので準備はお願いするね。食材もみんなの力を借りるよ?」
最後にお願いを付けると子どもたちから「「「まかせてー」」」と返ってきた。
「ヴィーは従僕たちに指示出しをお願いね。早朝の連絡船は問題なく出港したから先触れの連絡は問題ない。メダル船長とリアンさんにも連絡済みだよ」
ルクレイはヴィオナに伯爵邸から出る一団の統制をお願いした。ルクレイは昨晩に手配した連絡船に暗いうちから手紙を届けオランド号も回っていた。
日も出たので岩場の確認ができる状況になったから先に出る事になる。
「それでは僕は確認に出るので集合場所はオランド号に設定します。そこでオランド号からタープとか出すから休憩しててね。なるべくサクサク見てくる」
ルクレイが最後の指示を出すと「「あいあいさー」」と双子が声を揃えて応えた。ルクレイは頷くと空中に水壁を展開して一気に駆け抜けていった。
「はーい注目! これから移動します。馬車に乗るのはリドルくんとリオとリクね。レグルスくんは騎乗で移動ね。ニロンはわたしを乗せてね」
ガゼボに設置しているヘキサタープとテントはそのままとしてあった。
伯爵邸を出ると通りをゆっくりと港区画に向かった。既に先触れとして製糸工房と製材工房に加え造船工房に桟橋集合指示が出ていた。
適地が見つからなければオランド号で実演会を開催する手筈となっていた。適地候補は少し距離はあるが徒歩で移動できるとルクレイは判断していた。
「昨日の焚き火は楽しかったね! マシュマロってふわふわだったし甘かった」
馬車の中では昨日もテントで盛り上がったネタが繰り返し話されていた。レイチェルは初めて食べたマシュマロに感激していた。
「「僕たちは食べた」」「ルクにぃが作った」「甘くないマシュマロ!」
マルセリオとフィリクスはものの見事にルクレイの失敗を暴露した。
「甘くないマシュマロ! すごい! 美味しかった?」
甘くないマシュマロってどんな味なのかレイチェルは目をキラキラさせた。
「「味はしなかったよ?」」
首を傾げて双子は答えた。それを見たリドルは「プッ」と吹き出した。リドルは食感だけで味がなかったから砂糖や粉末果物を掛けたとレイチェルに教えた。
「えっ? 粉末果物を掛けたの? 美味しかった?」
「美味しかった!」「いまいちだった」
レイチェルの質問に珍しくマルセリオとフィリクスの答えが違った。マルセリオが「いまいち?」とフィリクスに首を傾げながら尋ねた。
「僕は柑橘系の粉末果物が好きでしょ? 柑橘系とマシュマロはダメだった」
フィリクスは腕を組みダメだった理由を話した。
「それかー。僕は甘味の強い粉末果物が好きだからマシュマロに合ったのか」
マルセリオはフィリクスが今一つと言った理由を理解した。少し想像したが柑橘系の味のマシュマロはふわふわ感にあまり合わないような気がした。
向かいの席でエレーネ伯爵夫人とレイチェルが目を丸くして首を傾げていた。
「リオとリクの話し方が普通?」
レイチェルが素で二人に突っ込みを入れた。
「えっ?……あぁ、僕たちは双子でしょ? 揃って言ったり言葉を分担すると侍女たちの受けが良いんだよね。街中でも好評だし言ってて楽しいからね」
マルセリオがレイチェルに解説した。フィリクスは前に「普通に話せば?」とルクレイからも指摘された事がある事をバラした。
「普通に考えたらハールベン伯爵家に訪問で来ているのにいつも通りで話してたのは失敗だった。お母様に知られたら執事長のマナー教室になる……」
フィリクスは自分の言葉で身の危険を感じマルセリオに視線を向けた。
「手遅れかも……」
マルセリオとフィリクスも侍女たちが報告係になる事を知っていた。つまり今回の惨状はカリスタ伯爵夫人の耳に入る事は確定的だった。
「お姉様は気が付いてたよね? こういう時は流さないでこっそり指摘して欲しいよね。自分だけしっかり令嬢してるからずるいよね」
マルセリオがフィリクスに話すとうんうんとフィリクスは頷いた。
「そういえば浜焼き場が見つかったらレイチェルは海に入る? 服は濡れても大丈夫ぽいのを選んだように見えるけど」
「お母様からは許可は出てる……海ってどんな感じなの?」
レイチェルはチラリとエレーネを見てからフィリクスに答えた。
「んー、これは教えても良いと思ったから言うけど……初めては目が痛い」
フィリクスは一瞬だけマルセリオと視線を絡ませて目が痛い事を伝えた。
「えっ? 痛いの? なんで?」
「なぜ痛いのかは分からない。でも痛いんだ。僕たちはルクにぃの策略で目が痛かった。クラムとエグリアもルクにぃの被害者なんだ」
マルセリオが痛い事を伝えなかったルクレイに対する愚痴を口にした。
「まぁ、おかげで? レベナに友だちも出来たから諦めるしかないよ。たった一言で回避できる事でも体験重視だから言わないのがルクにぃだしねー」
フィリクスがルクレイの行動はプラスとマイナスが混ざると肩を竦めた。
「そういえばリドにぃはあんまりルクにぃの被害にあってないよね? なんか良いコツでもあるの?」
「どうだろ……逆にルクにぃに小ボアの丸焼きを完食させちゃったからなぁ」
フィリクスの質問にリドルは考えたが犠牲者でなく加害者だったと話した。
「あとさ、レベナやリガレアでルクにぃがやってる事の半分ぐらいは……僕がリューウェンで工房主たちに安請け合いしちゃったのもあるんだよねー」
リドルの告白に双子とレイチェルが目を丸くした。横で聞いていたエレーネはクスッと笑い慌てて視線を少し逸らした。
「そんなに安請け合いしちゃったの?」
「うーん……魔道具の陣図を沢山覚えてもらって……魔道具作ってもらって……魚粉工房と硝子工房は僕が安請け合いしてどっちも生産が始まってる」
レイチェルの手加減なしの追撃にリューウェンでした安請け合いをリドルは並べた。魔道具で「えっ?」と声が出たが工房設立の話で二人は唖然とした。
「工房二つの道筋を作って生産を始めてるって……どうすればできるのかしら」
流石に工房設立を領主主導でやろうとしても難しいことをエレーネは知っていた。それを話を聞く限り短期間で動かしている事が信じられなかった。
止まった馬車から降りてきたエレーネとレイチェルは疲労の顔をしていた。




