第三節 釣り大会が勃発し坊主で初めての顔合わせ
海岸航路を東進するオランド号で突然始まった釣り大会は四人の挑戦者が仕掛けを投入した。釣り大会の発端はアルフォンスが残していった釣り竿である。
それを見たルクレイが釣具を作るところから始めた。
レグルスは油断して真っ先に仕掛けをオランド号の船尾楼から船尾側に投げ込んだ。マルセリオとフィリクスとクラムは創世の女神様に祈って投入した。
「さて、メリアとエグリアは待たせてごめんね。後はレジン糸を繋いで乾燥肉を付ければ投入できるよ。二人は縛り方をもう少し練習しようね」
メリアとエグリアは試しにロープで試すと結べた。つまり結び方は覚えたが細いレジン糸を摘んで結ぼうとすると見辛く手が滑るを繰り返していた。
ルクレイは小さなコップに水を注ぐと二人の手元に置いた。
「乾いたレジン糸は結構ツルツルしてたね。少し濡らしてやってみよう。撥水加工していないレジン糸は水を吸うから少しは滑らなくなるかもしれないよ」
メリアとエグリアは小さく頷きレジン糸をそっとコップに浸し少し指先も濡らして結び始めた。濡らした事で滑る回数が減り二人は慎重に作業を続けた。
『糸を摘んで支えてくれる道具があれば簡単にできそうだな。ただ別に量を作るわけでもないし指先を鍛えるという意味では今の方が良いという気もする』
真剣な二人を見てルクレイは道具に頼る段階ではないと考えた。どんな事でも簡単にできれば良いというものではないと相変わらずストロングだった。
ふと静かだと思い見回すとレグルスが主導して追加の仕掛けを作ろうと双子とクラムを巻き込んでいた。ガタガタのジレン糸を選別して使うようだった。
リドルもレグルスに声をかけてレジン糸の太さに関して意見交換をしていた。釣るには細い方が良いのか太くても良いのかを話していた。
チラッとヴィオナの方を見るとリアンにレジン糸で撚り合わせを見せていた。少し眉が寄っていたが楽しそうに三本のレジン糸を撚っていた。
「「できたー」」
メリアとエグリアが声を揃え仕掛けを掲げた。
「どれどれ。……ちゃんと結べてるね。それじゃ乾燥肉をぶら下げちゃおう。ぶら下げたら海に投げ込むからね」
ルクレイが二人の仕掛けを確認して問題なしと判定した。二人は「「やったー」」と声を上げて小皿から乾燥肉を取り釣り針に引っ掛ける作業に入った。
船尾に落としている釣り糸の位置を確認して二人が落とす場所を決めた。テーブルの足に二人がもやい結びで縛り付けると創世の女神に祈りを捧げた。
「釣れてねー」「がんばれー」
メリアとエグリアはポイッと仕掛けを投げ込んだ。エグリアはまだ船尾楼の手すりから上が見えないのでルクレイが縦抱っこして投げ込んだ。
メリアとエグリアはレグルスたちのところに駆け寄り投入したと報告していた。
『さて、ここから釣りは基本的に暇なんだよな。どうせなら今日は工作日和にするか。流し釣りならヒコーキや疑似餌は欲しいところだよな……』
ルクレイは疑似餌のベイトを思い出した。無意識に金属製ルアーばかり考えていた。しかし前世の記憶では流し釣りはベイトを多用していたのを思い出した。
『ベイトなら質感は柔らかめのレジンで代用できそうな気がする。細かい金具がないから上手くは付かないけど……上手く付ける必要性がそのそもないか』
ルクレイは木材をメダル船長から調達し板状のレジンを作る型を作った。クッション用に用意したレジン液を流し込んで固化させレジン板を取り出した。
水壁の作業マットの上でレジン板の途中からナイフを使って補足切れ目を入れていった。切っていない部分をレジン液で結合してベイトぽい物を作った。
ヴィオナに声をかけて赤の染料をもらい紅く染めて乾燥魔道具で乾燥させた。
ルクレイが何かを作り始めたので子どもたちも集まり眺めていた。できたベイトぽい物をレグルスに渡して使い道を考えてと一旦丸投げした。
とりあえず人数分と予備をルクレイは作ってテーブルに並べて置いた。双子たちに声をかけ予備の一つを見ていたヴィオナに渡した。
「なんというか……ふにょふにょしていますね」
ヴィオナはリアンに渡しもう一つをルクレイに強請った。ルクレイは型と一緒に渡すとヴィオナはユミナに『めちゃ柔らかい』配合のレジン液を頼んでいた。
ルクレイはさっきリドルとレグルスの話していた太さを考えた。太くするのは簡単だが掛かった場合の危険度に差があった。
『手袋をしているとロープの擦れとかが大丈夫になるのは『美肌効果』の想定外効果だと思うんだよな。というか手袋は本当に意味不明なほど機能性が高い』
ルクレイはチラッとクラムたちを見た。クラムとエグリアのおもちゃの小剣やメリアの髪飾りも活性化させたら破格の機能性といえた。
『でもまあ……そこは僕の役割ではないかな』
ルクレイは切り替えて『普通』配合のレジン液を用意して2.5mmのレジン糸を作り始めた。できたレジン糸はレグルスたちに配布された。
◇ ◇ ◇ ◇
その日の釣果は全滅だった。一度だけレグルスの仕掛けに掛かったが瞬間的に釣り糸が切れた。明らかにレジン糸が耐えられない大きさの魚だった。
その後は後から渡したレジン糸で仕掛けを作ったりクッションになる柔らかいレジン糸を手元側にも繋げるなど子どもたちは工夫したが釣る事はできなかった。
「カーン! カーン! カーン!」
ハールベン伯爵領の領都に作られた港に入る入港の三連鐘がオランド号から響いた。貴族専用桟橋にスルスルと近づき静かに接岸した。
驚いた事に桟橋のたもとにエレーネ伯爵夫人と長男のレイチェル伯爵子息が待っていた。ルクレイとヴィオナが正式な挨拶を行った。
続いてマルセリオとフィリクスが二人にしっかりした挨拶を行った。
エレーネ伯爵夫人たちは馬車で来ていたのでルクレイがマルセリオとフィリクスに乗るように指示した。そしてレグルスも同乗するように指示した。
先導をハールベン伯爵家の騎士が行い馬車を囲む形で街中を伯爵邸に向けて移動した。最後尾にニロンとナンニがつく形にした
ヘブラナの街では道沿いに住民が見物に出ていて歓声を上げていた。
「なぜ僕の名前まで呼ばれているのですか?」
馬車に同乗したレグルスが不思議な顔でエレーネ伯爵夫人に話し掛けた。
「結果的にアルフォンス殿がハールベン家と領地を守ってくれたと街の住民たちも気が付いたからです。今回、アルフォンス殿の弟が来ると楽しみにしてました」
静かに頷いたエレーネ伯爵夫人はレグルスに状況を説明した。住民としては弟を迎え入れる事でアルフォンスに感謝している事を伝えたがっていると。
「爵位が凍結されていると聞いていますが……それでも感謝なのですか?」
「いつもの言葉遣いで良いですよ。……爵位凍結もハールベン家を守るために凍結して頂いたと理解してます。主人も王宮で汗をかかせて頂いてます」
凍結自体が処罰扱いとなり追加の処罰そのものも凍結されていると話した。そして凍結している間に王宮での貢献と領地の正常化で功績になると説明した。
「アルフォンス殿は本当にまたたく間に凍結を決めました。リュミエール嬢は代官に私を推してくれましたわ。二人の先を見た決断力に驚かされました」
「リュミ姉はエレーネ伯爵夫人の見立て通りだと思うんだけど……アル兄は単に面倒な部分の時間短縮だと思うよ? その方向ならアル兄は凄いからね」
エレーネ伯爵夫人の言葉にレグルスは肩を竦めアルフォンスの考え方を伝えた。
「ふふ、エレーネおばさんと呼んでね。レイチェル、あなたも聞きたい事があったんでしょ? 戻るとしばらくはバタバタしますからね」
レグルスの返事が少し面白くクスッと笑い息子のレイチェルに話を振った。
「はい! 僕もアルフォンス様のように視野の広くなりたいと思っています。習い事もただ習うだけではなく習う意味も意識するようになりました!」
レイチェルは元気な声でレグルスに話し掛けた。
「アル兄は視野が広いのとは少し違うよ。物事の本質は何かを常に考えているんだ。そして面倒くさがりなところがあるから直線的に動くかな」
レイチェルの言葉にレグルスは少しだけ否定を混ぜた。
「レイチェル伯爵子息が言った『習う意味』は僕もそう思う。そこに関しては小さい頃にアル兄に言われた事がある……」
レグルスの考えとしては『常に考える』に尽きるだと思っていた。そして考える対象に対しての距離感を間違えない事だとも自分なりに理解していた。
「でも僕は習うならアル兄よりルクにぃを推すかな」
レグルスは少し悪戯顔でレイチェルにアルフォンスと違う学ぶに足りる人物がいる事を伝えた。
レイチェルは「るくにい?」と首を傾げた。
「今回の訪問団の責任者をしているルクレイだよ。ヴィオナ伯爵令嬢の婚約者で王都でとにかく有名な人だよ。今回は色々実演もするから参加してみると良いよ」
レグルスはレイチェルが好奇心旺盛と見てルクレイとの関わりを勧めた。
「ルクレイ殿は有名なのですか? 領地にずっと籠り社交が止まっているので情報がないのです。いったいどうい方なのか分からず結構困っています」
エレーネ伯爵夫人が眉を下げてルクレイの事をレグルスに尋ねた。
「有名です。まず『落とし人』で陛下や両妃殿下とも会ってます。そして王都で聞けるルクにぃの二つ名は五個です。まぁでも、とっても面白い人ですね」
レグルスは貴族家の夫人が口にして良い質問ではないと思ったが答えた。
「エレーネおばさまも是非ともルクにぃと交流してください。あっ……ひとつだけ先に伝えておくとヴィオナ嬢とのやり取りは生暖かい目で見てあげてね」
レグルスはイチャイチャする行動が標準なので慣れてくださいとエレーネ伯爵夫人に助言した。見てる分には本当に面白いと付け足した。
「僕が言うのも何ですが……ルクにぃと接点を持つことはレイチェルくんにとって凄く意味が出てくると思う。リドルや双子を見ればきっと分かります」
レグルスは『僕にも意味があった』と言葉にせずに思った。
ルクレイに会う前にあれほどあった未来への焦燥が今のレグルスには欠片も残っていなかった。目標は見えていないが焦りという心の負荷が消えていた。
『僕を馬車に詰め込んだ真意は分からない。でも……この時間はハールベン家にとって意味があったように思うし僕にもあった。そういう事なんだろうな』
「ねぇ、僕のことはレイチェルって呼んで?」
レイチェルが首を傾げてレグルスに呼び名の変更をお願いした。
「そう? じゃぁ僕の事はレグで良いよ。本当はレイチェルを愛称で呼びたいんだけどヴィオナ嬢がルクにぃを呼ぶ時に『レイ』って言うから諦めるね」
「うん! レイがダメだからってチェルって呼ばれると女の子みたいだし!」
レイチェルの微妙な自虐にレグルスは吹き出し二人で笑い始めた。
『レイチェルたちは上手く交流できそうね。という事は私がしっかりとルクレイ殿やヴィオナ嬢と交流を持って情報を集め事に専念しましょう』
海岸航路に領都を構える四家に同年代の子どもがいる事は珍しかった。そのうちの三家の子どもが集まるのは前代未聞なのだが誰も気が付いていなかった。




