第二節 糸ができても結びの試練で釣り糸になった
昼食はそのまま船尾楼で取る事にした。ルクレイがいつの間にか侍女に頼みディアやウルフのコネ焼きをバンで挟んだものがお皿に並んでいた。
飲み物はオランド号の冷却室で冷やした冷たい水に好きな粉末果物を溶かし込んだ。リオとリクは好みの果実水をササッと作った。
リドルは作り方は知っていたが何を溶かすかで悩みクラムたちはそもそも作り方を知らなかった。クラムたちは粉末果物を味見して味を決めていた。
メダル船長とリアンも飲み物を用意して食べ始めた。レジン糸を作る時も水分補給はしていたが冷たい果実水は好評だった。
「あっ! トイレを持ってきてたのに設置するの忘れてた!」
トイレに向かうリオたちを見てルクレイが声を上げた。
「ん? トイレって木屑を入れてるやつだろ? あれは昨日の晩に従僕が来て便所に置いてたぞ。……そうかルクレイはあれをトイレと名付けたのか」
ルクレイの声を聞いたメダル船長が木屑のトイレは設置済みである事をルクレイに伝えた。オランド号は男性用と女性用が分けられていた。
「船尾楼のトイレに置くと言って設置して使い方も聞いたぞ。ルクレイたちは夕食の後は代官屋敷に戻ったから知らなかったか」
メダル船長の言葉にルクレイは目を丸くした。
木屑トイレの設置方法と使い方を知っているのは伯爵邸の従僕たちである。いつの間にかレベナに来ていたとルクレイは知った。
「従僕たちが荷物をレベナに運んだのよ?」
横からヴィオナの追撃がルクレイに刺さった。
言われてみれば従僕たちがレベナにいても不思議はなかった。単に誰もルクレイに伝える必要性を感じていなかっただけであった。
「確かに姿は見てなかったけど荷物をレベナに運んでるよね。設置までしてくれて助かったよ。船での使用感も確認しようと持ち込んだのに忘れてたよ」
ルクレイはトイレの検証が始まっていた事に感謝を伝えた。
「従僕たちは下の船倉で待機してるわ。必要があれば出てくると思うけど特に力仕事もないから……あぁタープの設営は彼らがやってくれる事になってたわね」
ヴィオナは従僕たちもオランド号に乗っているとルクレイに伝えた。
◇ ◇ ◇ ◇
お腹が一杯になった双子たちが続きを催促してきた。
「それでは仕掛けを作ろうか。ここは少し難しいから頑張ろうね。難しいのは糸の結び方だから少し練習しないとだね。失敗作のレジン糸を選んで」
ルクレイはレジン糸を持ち寄るようみんなに指示した。ルクレイは箱から釣り針を取り出しテーブルに置いた。そして小鍋からレジン糸を取り出した。
ルクレイが取り出したレジン糸は少しだけ太い物だった。それを目分量で切り分けて双子たちに渡していく。配り終わったところで結び方を説明した。
「糸が細いから少し難しいよ。でも基本はロープを結ぶ時と同じ感じだからね。クラムたちも挑戦してみてね。エグリアも危なくないから挑戦しようね」
見てる事が多かったエグリアは挑戦出来ると聞いて目を輝かせた。ヴィオナやメリアも参加を表明しリアンも入り全員が参加することになった。
ルクレイは二本のレジン糸を手に取り向かい合わせで束ねて片方ずつを縛った。そしてそっと二本のレジン糸を引っ張り結んだ。
「これは……ダブルユニノットとしましょうか。あまり意味はありませんけど。ポイントは折り返しで作った輪の中でクルクル回す点だよ」
ルクレイはゆっくりと見本を見せたが全体的にスムーズにやり過ぎたため記憶に残り難くレグルス以外は首を傾げた。
「あれ?……結び方が分かったのはレグルスだけだったりする?」
反応の弱さにルクレイは首を傾げた。
「僕と妹のミレーユは一度見たものは忘れないんだ」
レグルスは見たから記憶に残ったと種明かしをした。アルフォンスの妹弟は絶対記憶という能力を持っていた。
「おー、それは便利だ。でもそれって思い出しに行かないと取り出せないやつでしょ?……やっぱりそうだよね。僕のお勧めは箇条書きのメモをする事だね」
ルクレイの提案にレグルスは驚きの顔をした。
「アル兄にもメモは癖にした方が良いと言われた」
レグルスの呟きにうんうんとルクレイは頷いた。
「ルクレイ、手捌きが上手すぎて分からなかったぞ。その結び方をロープでやれないか? その方が見やすいからやり方は覚えやすい」
メダル船長がルクレイに提案し船員に声を掛けて細めのロープを頼みべガンを呼ぶように言付けた。ルクレイはメダル船長の言葉に『なるほど』と頷いた。
べガンがロープを持ってくるとルクレイに次期船長候補として紹介した。
「えっ? メダル船長はオランド号から降りちゃうの?」
ルクレイは衝撃を受けた。
「アルフォンス殿の旅は数年掛かる。歳もだが……リアンと一緒に残りは生きていきたいと……ルクレイを見ていて思ったんだ」
メダル船長もまたルクレイに接触する事で強い影響を受けていた。
「今回の航海にリアンが付いてきてくれた。凄く嬉しいと思った。船に乗る事しか考えてこなかったが……ガラッと違う考え方になったんだよ」
リアンに優しい視線を向けたメダル船長は心の変化を言葉にした。
「なるほど……この話は後で家族会議ですね。引退記念もあるし……お父さんの帆船も作らないといけなくなりました。ヴィー、後で会議だからよろしくね」
ルクレイは眉を寄せ想定外の建造を口にした。
「そうですね。レイはお義父様の引退後に遊べる帆船を作るのでしょ? 北方木材の手当ても本格化しないとまずいかもしれませんね」
ヴィオナも難しい顔で建造に必要な木材の調達を指摘した。
「えっ?……遊べる帆船?」
メダル船長が混乱している横でリアンは面白そうに肩を揺らして笑っていた。リドルたちは啞然と事の成り行きが理解できていなかった。
「みんな手が止まってるよって僕がロープで実演でしたね」
ルクレイが何事もなかったように結びの実演を再開した。べガンからロープを受け取り両端を向かい合わせで重ねた。
「こんな感じでお互いの先端を少しズラして並べます。そして片方の先端を折り返しで輪を作ります。……こんな感じで二本まとめてクルクル回すと」
ルクレイはロープをテーブルに置いて片方を結んだ。
「ロープだときつく結ぶと後で困るので軽めに結んでます。次は逆側も同じように……結びます。この状態でロープをそっと引いて……結び目まで寄せます」
ロープを左右に引くと結び目同士が近寄っていった。
「ここでロープの場合は結び目をきつく締めます。で、ロープを左右にギュッと引くとロープが繋がります。後はロープの先端を引いてさらに締めます」
結び終わったロープをマルセリオに渡した。マルセリオはフィリクスとロープを持って引き合いっ子をした。そして「「ぬけない!」」と目を丸くした。
「いいですね? 先端をクルンとしたらまとめてクルクルクルしてキュッと絞る。キュッとする時に先端を引くと短くなるので先端は押さえるだけだよ」
ルクレイが最後に言葉で結ぶ流れを伝えた。
その後はしばらく「クルクルクル」といった意味のない声が子どもたちから聞こえた。エグリアもメリアも真剣な顔でレジン糸を結んでいた。
その間にルクレイは自分で作ったエグリア用のレジン糸を少し拝借して釣り針に結んだ。アルフォンスの釣り針は糸が抜けないように始末してあった。
『アルフォンスさんの作る物ってこういう普段なら気にしない箇所も作り込んであるよね。これを参考にしてたゼルトラさんもきちんと再現してた』
ルクレイは取り敢えず五個の釣り針にハリスを付けた。そして「メリアも釣る?」と結びの練習をしているメリアに釣りに参加するか確認した。
メリアはルクレイに頷き「釣る」と参加を決めた。返事に頷いたルクレイは六個目の釣り針にハリスを結びメリア用のレジン糸を選別して渡した。
ルクレイは船尾楼の空間でテーブルを固定できる場所にテーブルを設置した。
レグルスは早々に釣り針まで結び終えた。そして途中に挟んだ少し太いレジン糸の意味を理解した。引っ張ると少し伸びるレジン糸だった。
レグルスが作り終わったのに気が付いたルクレイはそっと口の前で指を立てた。意図を察したレグルスは静かにみんなの作業を見ていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「「できたー」」
ルクレイがエグリアにレジン糸を通す時のコツを教えていると双子の声が上がった。ふと顔を上げるとクラムも既に完成していた。
「よし、エグリアとメリアは手を止めて。先に四つの仕掛けを海に入れちゃおう。なかなか釣れないのが釣りだからね。ということで用意してもらいました!」
ルクレイが侍女に合図するとホルン乾燥肉がテーブルに置かれた。双子が「「やったーおやつ!」」と早速手を伸ばした。
「おやつとして食べても良いよ。在庫は多いらしいからね。でも一枚は釣り針にぶら下げてね。釣り針だけだとたぶん美味しそうに見えないと思う」
「「「えぇー」」」
双子とエグリアが驚きの声を上げた。ホルン乾燥肉に手を伸ばした三人は手に持っていたホルン乾燥肉をジッと見つめた。
レグルスはサクッと釣り針にぶら下げた。それを見た双子は慌てて持っていたホルン乾燥肉を釣り針に刺そうと四苦八苦していた。
横からリドルが釣り針に刺す時のコツをマルセリオとフィリクスに説明した。
「それじゃお試しの釣りを始めましょう。地上と違って魚は狩れません。魚が釣り針を咥えて刺さると釣り上げる挑戦権が与えられます」
ルクレイはレグルスに身振りで指示を出した。レグルスは苦笑いを浮かべ頷いた。そしてテーブルの足に釣り糸の先端をもやい結びで結んだ。
「レグルスがやったように好きなテーブルの足に釣り糸を結んで。前にチラッと教えた『もやい結び』を覚えてるかな? それでは結び付けて〜」
ルクレイは少し煽り気味に結ぶように促した。
「「僕は覚えてる!」」
挑戦と受け取ったマルセリオとフィリクスはテーブルの足を確保して釣り糸を結んだ。クラムがまごついているとリドルが結び方を教え無事に結べた。
「それでは釣り大会を開催します。釣れるかどうかは女神様しか知りません。女神様に心を込めてお祈りして乾燥肉をポイしてください……始め!」
開始の合図と共にレグルスはポイっと投げ込んだ。双子とクラムは女神様に祈り始めた。それを見たレグルスが「あっ……」とバツが悪そうな顔をした。
祈っていた三人がパッと目を開け釣りの仕掛けを海にポイした。




