第八節 池の畔でマシュマロを焼いて出発が決まった
メルカド伯爵邸にある池の畔に野外食堂が設置されていた。多くのタープが張られ拠点防衛観点などもバルテア伯爵を中心に確認され配置が検討されていた。
これらの検討は大規模な遠征といった場合にタープで拠点作りをする事を想定していた。この拠点が合理的に運用できるかといった側面が確認されていた。
また、設営に掛かる時間や撤収の時間なども記録され蓄積されていた。
「あれ? リドルとレグルスは戻ってたの?」
上空から降りてきたルクレイがタープの一張りに入ると双子たちの集団にリドルとレグルスも加わっていた。
「夕方になる前に戻ったよ。ルクにぃたちは取水口に行ってると聞いたから身支度を整えてリオたちからマシュマロの話を聞いてたところ」
リドルがルクレイに答えて帰還の挨拶をルクレイとヴィオナにした。
「そっかー。そういえばレグルスの方は相棒は大丈夫だった?」
「少し拗ねてましたけど機嫌は直してくれました。こっちから『爽快の実』を持っていったのでお裾分けしたらもっと欲しいって甘えられました」
ルクレイの気遣いにレグルスは拗ねた顛末を簡単に話した。
「そういえばリオとリクは朝の騎乗鍛錬が少し減ってるかな? 朝の鍛錬場に連れて来るだけでも違うから連れておいで。リドルとレグルスも連れておいでね」
「「「「分かりましたー」」」」
ルクレイの指示に四人は声を揃えて答えた。答えた後に四人は騎乗鍛錬のコースをどうするかを相談し始めた。
「サップの効果はどうでした?」
工房で軽く身支度したヴィオナがタープに入りルクレイの隣に座った。
「えっ?……あっ! 少し軽くなってる。まだ『軽量』は付いてないけど始めた時より少し軽くなってる。というか……効果が出るの早くないか?」
ルクレイが置いたサップを分析すると32kgが29kg程度になっていた。想定していたよりも軽量化が進んでいる事にルクレイは驚いた。
「効果が出ているのであれば良いですよね。これでレイのお祈りは届いてるという事になります。後は時間のある時に続ければ検証は進みますよね?」
ヴィオナはニコッと微笑みルクレイに話しかけた。ルクレイもニコッと笑顔を返して「そうだね」とそっとヴィオナの頭を撫でた。
「あっ、ルクにぃ。夕方にヨルダムが来て焚き火台の試作品を置いていったよ」
四人で話していたマルセリオが思い出してルクレイに伝言を伝えた。
「そうなの?……あれか」
言われてルクレイが周囲を確認すると一つの焚き火が焚き火台の上にある事に気が付いた。少し池側に寄った場所に置かれていた。
「あの雰囲気だと大丈夫みたいだね。執事長さんが管理してるし焚き火台もたぶん……数を揃えるのかな……ブカゾールさん大丈夫かな」
「ブカゾール工房主と話してリューウェンのゼルトラ鍛冶工房と王都のグレナン鍛冶工房に色々と頼む事になっております」
ルクレイのボヤキに背後から執事長が答えた。
「うぉっ、執事長さんか……えっ? いつの間にそんな話になったの?」
「ドリアン製布工房はグレナン鍛冶工房に支柱などを頼んでます。タープもグレナン鍛冶工房が支柱は手掛けてますので日傘もお願いする事になっています」
執事長は今までの流れをカリスタ伯爵夫人が追認しグレナン鍛冶工房に話を集める事にしたと話した。合わせてリューウェンにも声を掛けたと説明した。
「奥様はヘキサタープや日傘はルクレイ様の発案という形で広めるとの事です」
執事長はルクレイにニヤッと笑みを見せた。ルクレイは既に動いてしまったものは止めようがないので「そうですか……」と頬を引き攣らせた。
「ドリアン製布工房から発注していたテントが届いておりますので工房に置いてあります。明日にでも確認をお願いします」
執事長は恭しく礼をしてタープをから出ていった。
「あら、レイの発案したヘキサタープと日傘が王都でもお目見えするのね。レイも意匠を用意した方が良いかもしれませんよ?」
ヴィオナは嬉しそうにルクレイに話しかけ一緒に揶揄り始めた。
「えっ……意匠はまだいいかなー。ほら……日傘に意匠は邪魔だし」
ルクレイは目を泳がせながらヴィオナに言い訳を展開した。
「それもありますね。お洒落な意匠にしないと日傘には入れ難いですね」
ヴィオナはルクレイの言い分も一理あるとからかいを止めた。
「あっ! ルクにぃに伝言があるんだった。えっとね、お父様が旅行するならってオランド号を出す方向でメダル船長に声を掛けてたよ」
そこに突然リドルが思い出した話をルクレイに投げ込んできた。
「えぇーほんとに? うわーメダル船長と船旅ができるの? めっちゃ楽しみだよ。もし可能だったらリアンさんも来ないかなー。楽しみだなー」
ルクレイのテンションが突き抜けた。望外のオランド号での船旅ができる可能性を聞いて完全に舞い上がっていた。
「リアンさんも一緒に行きましょうってメダル船長に手紙を書けば良いのよ」
後ろからヴィオナがルクレイに囁いた。振り返ったルクレイは満面の笑みをヴィオナに向けて「最高の案だよ!」と軽く抱きしめた。
『今のは上手いです。ルクレイ様が欲しい言葉を間髪入れずにヴィオナ様が耳元で囁きましたね。真っ赤になってるけどしてやったりの顔になってますよ?』
ユミナは躊躇なくルクレイの欲しい言葉を出したヴィオナに生暖かい視線を向けていた。席もこっそり近づけているのを見ていたユミナは心で拍手を贈った。
◇ ◇ ◇ ◇
夕食も終わり野外食堂は既に撤去が進んでいた。ルクレイたちは撤去作業の邪魔にならないよう池の畔に移動した。
双子やクラムたちもローチェアを持ちニコニコしながらついてきた。執事長からクラムたちもローチェアを贈られ正式に自分の持ち物になっていた。
ルクレイが焚き火台を置いて火を整え直した。
「ルクにぃが料理長に頼んだ卵が入ったスープ美味しかった。白身がマシュマロになって黄身が美味しいスープになって驚いたよ!」
フィリクスが珍しく興奮してルクレイに話しかけた。
「リクは結構気に入った? あれは料理長たちの腕だよ。あんなにふわふわに仕上がるなんて思いもしなかった。あれは本当に美味しかったよね」
ルクレイはリクの頭を軽く撫でて卵の黄身入り牛骨スープを絶賛した。
「そうですね。具は卵の黄身だけと料理長にしてはかなり攻めた仕上がりでした。これはお母様とお祖母様に出せなかったのが残念で仕方ありません」
「料理長さんが王都のタウンハウスにレシピを送ったと言ってたから大丈夫だよ。一緒に感動できないのは残念だけど食べた時の笑顔は想像できる」
ルクレイがヴィオナにフォローすると「できます」とヴィオナも笑顔で答えた。
侍女たちが顔を出し棒に刺したマシュマロを全員に配布した。
「いい? マシュマロは溶けるからね。あと燃える。だから近づけ過ぎちゃだめだよ? 数はあるから燃えたら交換ね。あと溶けたのもダメ……めちゃ熱い」
ルクレイがマシュマロの焼き方で注意点を全員に伝えた。熱で溶けたマシュマロは危険だし燃えたマシュマロは諦めるしかないのが鉄則だった。
そして焚き火が小さくパチッという音をたまに鳴らすだけで無言の空間が生まれていた。全員が焚き火に向かい真剣にマシュマロを差し出していた。
『溶けるか焼けるまで不思議とマシュマロを焼いてると静になるよね。会話でよそ見した瞬間に燃えるとかあるあるなんだけど……僕も静かにしてよ』
誰も言葉を発しない無言の空間だった。しかしルクレイはこの焚き火の音と風の音だけが支配する焚き火の空間は好きだった。
「あぁーーーーー」
レグルスの絶叫が静寂を破壊した。たまたま生まれた炎が風に揺らされレグルスのマシュマロに挨拶した。あっという間に炎を受け取りマシュマロが燃えた。
「あー僕のもー」「燃えちゃったー」
レグルスの絶叫に驚いてよそ見したマルセリオとフィリクスのマシュマロも燃えた。リドルたちは絶叫に驚いて身を引いたので事故を回避していた。
ルクレイとヴィオナは微動だにもせず横目でチラッと見て二人は視線を絡ませくすくすと笑った。肩は動いているのにマシュマロは微動だにしなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
そして数日が経った。
訪問予定の全ての貴族家から返書が届いた。驚いた事にアスグレイヴ侯爵家の返書はアルデン侯爵家と同時に届いた。それもリベルグからの返書だった。
「まさかリベルグにオスカーくんがいるとは思わなかったな。しかも滞在しているからお待ちしていますというのも珍しい」
「お父様……そこではありません。連名のエリオット様に驚いてください。お母様がアスグレイヴ侯爵家の子息は未婚と言ってましたよ?」
ヴィオナの冷たい視線にバルテア伯爵はたじろぎ「未婚?」と呟いた。
「エリオットという女性に心当たりはないんだが……。連名という事は婚姻が済んでるって事か? 俺もカリスタからそんな話は聞いていないんだが……」
社交の要であるカリスタ伯爵夫人の不在に加えイゼルダ前伯爵夫人も不在とメルカド伯爵家のマナーハウスは情報戦が展開できる状態ではなかった。
「まぁまぁ、返書は戻って来ました。ハールベン伯爵家は予定通りですがアスグレイヴ侯爵家はリベルグで長男に会うので予定を変えて一泊としましょう」
ルクレイが困惑している二人に笑顔で訪問スケジュールの調整を話した。
「アルデン侯爵家への先触れは少し予定の変更が発生する可能性を含めて出してください。何となく一泊だと足りないような気がしてきました」
困惑顔のバルテア伯爵にルクレイは苦笑いを浮かべ不吉な言葉を伝えた。
「そうね。執事長は訪問予定日を入れた書簡をお父様と用意してレベナで明日の早朝には連絡船を出せるように手配を。王都への手紙はわたしたちが書きます」
ヴィオナも気を取り直して先触れの手配を執事長に頼んだ。
「ちょっと予定より出発が前倒しになったけどみんなに声をかけないとね。執事さんは悪いけどリューウェンに三日後の出発と伝える手配もお願いね」
夕食時の前に飛び込んできた返書により出発日が確定した。レベナに送れる物は送ってあるのでルクレイたちは移動するだけである。
『ふふ、メダル船長と会える。リアンさんも来てくれると嬉しいんだけど』
ルクレイは夕食のためヴィオナをエスコートして池の畔に向かった。ヴィオナと新しく始まる旅の景色を夢見る会話で二人は楽しそうに歩いていた。




