第七節 取水口は穏やかな空間で思い付いた雑談
メルカド伯爵邸に作られた池の取水口は森林の中を流れる小川に作られていた。分岐点が作られ一部の水が水路へと誘導され流れていった。
小川にはちょっとした段差があり落ちた水が小さな水しぶきを上げ木漏れ日を反射させ水面をキラキラと飾り不規則な水音が静かな森林に響いていた。
「フィオさんとカノンさんが修行してたからここは久しぶりだね」
ルクレイはちょっとした広場にサップを置いてローチェアやヴィオナが使う加熱魔道具と鍋を置いて作業空間を整えていった。
「こういう時のために組み立て式のテーブルを改善したいね。ローチェアとハイチェアに合わせた高さで支柱を組んだテーブル欲しいかな」
ルクレイはまた欲しいと口にした。それを聞いたヴィオナが「増やすの?」とくすくす笑いながらルクレイを揶揄った。
「あー、いや……ほとんど支柱でもブカゾールさんの仕事増えちゃう」
ルクレイは仕事を増やす発言に口にバッテンを作って回収した。ヴィオナとユミナの作業場と休憩空間を作ると従僕たちは池の拠点に戻った。
ルクレイはローチェアに腰掛けサップを足の上に置いた。サップは幅80cmで全長4mあるため身長が140cm台のルクレイが抱えると視覚的にかなり酷かった。
『魔力くん! 久しぶりに軽くなってとお願いしてみるよ。サップが軽くなったら凄くない? 今の重さが32kgだから軽くなってとお願いするね!』
ルクレイはなぜかテンションが上がり勢いよく魔力をサップに流し込んだ。ルクレイは流しながら『軽く軽くー』とお願いしていた。
「ふふ、レイの綺麗な濃い水色の魔力がサップを包んでますね。レイは魔力が漏れないから見る機会は水壁を使う時ぐらいなので貴重です」
ヴィオナは鍋を掻き回しながらルクレイを眺めていた。
「あれで軽くなるの?」
ユミナはレジン液の濃度を調整していたが気になって小さな声で尋ねた。
「さぁ? コロコロ棒も軽くなった理由は不明よ。その辺りを試してるみたい。バタバタして時間が取れなかったし休憩のついでだからね」
ヴィオナはユミナに答えた。ヴィオナとしてもお気に入りの場所でルクレイと一緒にのんびりできる時間は嬉しかった。真剣なルクレイを見放題だった。
「そういえば話題一覧に健康アスレチックは日の出から日の入りまで営業ってあったでしょ? 魔素魔法陣見てたらそういう魔法陣があった」
魔力を流しているルクレイもテンションが落ち着き違う事も考え始めていた。その中で機能的に不思議な魔法陣と女神様の話題が繋がったのである。
「そうなんですか? 普通にお店の開店や閉店の話かと思ってました。日の入りまで開いてるって営業時間が長いなぁと思いましたよ?」
ヴィオナは日の出から日の入りまで営業というメモをそのまま読んでいた。
「あー、洞窟の扉は自動的に日が沈むと閉まるんだ。これは夜間に魔物が出てこないようにするのと洞窟に魔素を取り込ませない二つの理由みたい」
ルクレイは話題一覧を簡素に書きすぎたと反省した。
「で、閉めるのが面倒だと当時の人は思ったみたい。だから日の出と日の入りを判断して別の魔素魔法陣を起動できる魔素魔法陣を作ったみたいなんだよね」
「面倒という話で魔法陣を作ったの?」
魔素魔法陣をただ面倒だからと作った当時の人たちにヴィオナは呆れた。閉店まで人はいたと思っているだけに労力を惜しみ過ぎに感じた。
「それで思ったんだけど小島を照らす灯光魔道具に組み込んでみようかなって思ったの。そうすれば毎日の起動停止が自動だから良くない?」
ルクレイの言葉に『ここにもいた!』とヴィオナは目の前に労力を惜しむ人がいた事に唖然とした。ユミナも横で首を振って諦め顔だった。
「そうね……付けてもいいかもしれませんね」
ヴィオナとしては反対する理由はなかったので肯定した。
「まぁ……本当に付くかは分かんないんだけどね。仕組みとしては日の出と日の入りの時に放射点に魔力が少しだけ発生するって書いてあったんだ」
ルクレイの説明に「魔力?」とヴィオナは零し撹拌の手が止まった。
「そうそこ! 魔素魔法陣なのに魔力を経由させてるみたいなんだよね。女神様のメモで『なんで魔力?』と横に書いてあった。ヴィーと同じ疑問だよね」
ルクレイは女神様のメモ書きとヴィオナが同じ疑問に至った点が面白かった。密かに『ヴィーと女神様って少し似てる』と内緒の想いを持っていた。
「女神様のメモ書きもあるんですか?」
ヴィオナは女神様のメモまである事に驚きで目を見開いた。
「そうなんだよね。何ていうか送られて来たのは魔素魔法陣の設計書だと思うんだけどアチコチにメモ書きがあるの。まるで画像として……あれってFAX?」
「レイ、『ふぁっくす』って何ですか?」
ルクレイから聞き慣れない言葉を聞いてヴィオナが問い返した。
「あー、説明が難しいような……。僕が書いた手順書をユミナが同じように書き写す時に『これ必要?』とか横に書いてある事も写すみたいな感じ?」
ルクレイが苦笑いを浮かべヴィオナに説明を追加した。
「何となく分かったような気がします。本来必要な情報以外についつい書いてしまうメモですね。『ふぁっくす』はその書き写す作業みたいなものですね」
ヴィオナは『名付けではないですね』と判断して流す事にした。
「そうそう、話には続きがあるんだ。そもそも魔力を出して何と連動させたかと言うと扉の開閉装置だったんだよね。その開閉装置が……」
ルクレイは雑談を続ける感じで話したが一瞬の空白が周囲に流れた。
「歯車基盤だった」
ルクレイはニヤリと言葉を口にするとヴィオナが驚いた顔になった。
「歯車基盤と言っても魔法陣は魔素用の魔法陣なんだけどね。つまり歯車基盤って魔素魔法陣と魔道具用の陣図の両方が揃ってた」
ヴィオナは詳しい事は分からないがルクレイが作っていた歯車基盤は知っていた。その歯車基盤の資料は王宮に仕舞われていた資料である事も知っていた。
「うそ……歯車基盤ってレイも現在は使われていない点で疑問に思っている歯車という仕組みを使ってるって言ってたよね? それが魔素魔法陣にも?」
「そうなんだ。歯車を見たカンコールさんもブカゾールさんも首を傾げてた。つまり歯車という仕組みが忘れ去られていると言うことだよね」
ルクレイは少し仮説をヴィオナに話した。それは王宮の資料にあった歯車基盤の資料は洞窟の扉の仕組みを調べた人が作ったのではないかという事だった。
「この話は僕の妄想なんだ。実はリドルからリューウェンの洞窟を見つけた経緯を聞いた事がある。話の流れはリュミエールさんからミレーユさんに流れた」
ルクレイは静かに妄想という仮説をヴィオナに話し始めた。
「リドルはミレーユさんから聞いたと少しはにかみながら話してた」
ルクレイはさらっとリドルの恋愛模様を挿し込んだ。
「アルフォンスさんが洞窟を見つけたのは本当に偶然だったんだって。アルフォンスさんが洞窟の中で粉砕を使って偶然にも扉を発見したと」
話を戻してリューウェンの洞窟が見つかった経緯をさらりと話した。
「ふと思ったんだ。王宮の歯車基盤の資料はリューウェンの洞窟で扉を調べて作られたのではないかと。そして色々と蓋をされてしまったのかなって……」
ルクレイは言葉を切った。
◇ ◇ ◇ ◇
しばらく二人はお互いの作業を無言で続けた。
「レイはなぜリューウェンの洞窟に話が繋がったの?」
鍋を掻き回す手を止めヴィオナがルクレイに尋ねた。
「んー、歯車基盤が継承されていない理由は考えてたんだ。そして今回もらった情報で魔素魔法陣の時代に歯車基盤があった事が分かったでしょ?」
ルクレイは繋がりを自分なりに考えたと話始めた。
「歯車基盤は魔素魔法陣の歯車基盤を参考にしたんだって考えた。使われてたのが洞窟の扉のみという情報が混ざって扉を研究したのかなってね」
使われた場所の限定が接点を浮き彫りにしたと解釈した。
「で、継承されなかった歯車基盤と隠された洞窟が紐付いた……そんな感じ」
どちらも表舞台から姿を消したという点で思考が繋がったとルクレイは頭を掻きながら説明した。だから妄想という前置きしたとバラした。
「その流れは納得感はありますね」
「真実を調べる術はないし調べる必要性もないかな。真実を知ったとしても昔の事だし扉でしか使ってない魔素魔法陣はたぶん使わないし」
ルクレイのバッサリ切り捨てた話にヴィオナは瞬間目を丸くして「そうですね」と口角を上げた。ヴィオナは再び鍋を掻き回し始めた。
『二人は重要な話をしていたような気がするのですが身も蓋もありません。単純にまったりと雑談してる事を楽しんでますが微妙にモヤモヤするんですけど?』
レジン液を作り終わった後はのんびりと待機していたユミナがモヤモヤしていた。話の内容が創世の女神から聞いた話に関わっていも緩すぎると呆れた。
◇ ◇ ◇ ◇
しばらく作業していると水路の小道を通り侍女が顔を出した。時刻的に夕食の準備に入るので移動を促すために本館から訪れていた。
「もうそんな時間か。この場所は集中できるしまったりできるね。あと……魔力が通しやすいなって思ったけど……ちょっと思ってたのと違う感じだ」
ルクレイは侍女に促されたのでサップを小脇に抱えてヴィオナに手を差し伸べた。ヴィオナも軽く手を乗せてエスコートする形で小道を池に向かった。
「どうかしましたか?」
「あの取水口の場所は少し白い霞があった。ノックスのいた小島と似た感じみたいだね。最初からなのか最近からなのかはちょっと分からないけど」
ヴィオナの質問にルクレイは少し濁した言い方をした。ノックスが転生した場所は湖の小島だった。そこは濃い白い霧がルクレイには見えていた。
「そういう事ですか。小島も気持ち良かったので環境的に似るのですね」
本館から来た侍女もいたのでヴィオナも少し濁して答えた。
池の畔に着くと野外食堂が設置され夕食の準備が始まっていた。灯光魔道具も起動され仄かな灯りが夕陽と競うように瞬いていた。
ルクレイはサップを置き小島を照らす灯光魔道具を起動して回った。
起動し終わったルクレイはヴィオナを誘って小島の上空に移動した。水魔法の散水で水を軽く撒くと夕陽が乱反射して小さな夕陽が小島の上を舞い踊った。
そのまま更に上空に移動して水壁の上で沈みゆく夕陽を二人で見ていた。




