第三節 女神様の話題一覧と試作品の検分を再開
池の畔にあるヘキサタープが張られ拠点に少し疲れたルクレイとヴィオナは温かい紅茶をユミナにお願いしていた。『爽快の実』の粉末果物も取り出していた。
「取り敢えず夕食まではまだ時間はあるから僕は女神様の話題を箇条書きにするね。後半は怒涛すぎて相槌だけになってヴィーに伝える事もできなかった」
ヴィオナとの雑談で少し回復したルクレイは話の内容を共有するため話題一覧を作る事にした。それを見れば会話の取っ掛かりになると考えていた。
「女神様との会話って前世の記憶みたいな感じで思い出せる領域に入るみたい。全部がこれなら忘れないと思うんだけど……まぁそれは良いか」
忘れない領域といっても自分から探しに行くか突然思い出す感じになる。物忘れに使えないため使い勝手がそれほど良いというものではなかった。
ルクレイがカリカリとメモを書き始めたのでヴィオナは紅茶を片手に池を眺めた。池では双子とクラムたちがサップで遊んでいた。
「あの子たち四人で乗ろうと苦心してる。あれって後ろも確認しようとするからバランスが崩れてるよね? 無意識に近い行動だと気が付かないものなのね」
ヴィオナは横に座り自分で書いたメモを清書しているユミナに話しかけた。
「そうみたいね。サップって四人乗っても沈む気配すらないのが凄いわ。それなのにバランスを崩すと直ぐに落ちる。女性でも早く楽しめると良いですよね」
人払いしているのでユミナが二人の時に話す口調になっていた。最近はヴィオナがルクレイとユミナだけの時は口調を変えて欲しいとユミナにお願いしていた。
ルクレイもヴィオナが自然にユミナと楽しそうに話す姿が好きなので許可を出していた。昔しからの癖で少しヴィオナが妹寄りになるところも好きだった。
「雨避けだっけ? それって今の製糸魔道具で作った糸を撚り合わせて作れそうってリアンさん言ってなかったっけ? あっ……撥水加工かぁ」
ルクレイはメモに書き込みながら二人の話に加わった。
「ガラスはあるから試せるけど時間は掛かるわ。そもそもガラスをどれぐらい融合させるのかも試行錯誤中みたい。侍女が数名リランに拉致されていったわ」
ルクレイの話にヴィオナがくすくすとリランの暴挙を伝えた。
「いつの間にかガラス片が服飾室に届く手配になっていて驚いたわ」
そして撥水糸にする撥水加工もなぜか服飾室が研究拠点となっていた。
「何となくだけどリンダさん辺りはリランさんに拉致されそうな気がしない? だって次は色染めも取り込んじゃう勢いを感じるんだけど」
ルクレイは未だにカリカリと書いていた。ヴィオナは『そんなにあるの?』と思ったが本来は疲れないルクレイに疲労の色を見て微妙な納得感があった。
「ありえるわ。既存糸は王都からかなり運んでるけど……レジン糸はまだ撚り合わせてないから服向けだとリガレアで染めるのはリラン的に自然な流れね」
思考を雑談に戻したヴィオナはルクレイの懸念はあり得ると思った。
服飾に関してリランに妥協という言葉が存在しなかった。制約は受け入れるがレジン糸のような案件では制約が今はないため行動力が上がっていた。
リランはヴィオナに細いレジン糸を要求している。本来であればあり得ない要求であるがリランを知っているヴィオナは仕方ないとレジン糸を提供していた。
そこまで考えが逸れたところで『レジン糸作ろう』と思考が切り替わった。ユミナにレジン糸の鍛錬をすると伝えて人払いを解除した。
ヴィオナは魔力照射を小さくする鍛錬を再開した。ヴィオナも製糸魔道具の再細よりも少し太い事に気が付いていた。まずはそこを目指そうとしていた。
この魔力照射は魔力制御というよりは魔力操作に寄ったものである。魔道具を作ったグラナートも意識していなかったが既存の魔道具理論からは外れていた。
グラナートは魔道具作りをアルフォンスに教える中で魔力操作という概念を知った。アルフォンスが作った分析の陣式から学び理論は置いて取り込んでいた。
分析自体は「ラビ肉を判別しろ」とグラナートがアルフォンスに無茶振りした結果として生まれたものである。よく分からない陣式という異端的な物であった。
アルフォンスは当然のように分析の陣式を公開した事で多くの魔道具師が触れ普通の陣式として普及し多くの魔道具師に影響を残していた。
そこから派生してグラナートが作った魔力を照射する陣式は異質だった。分析が魔力を照射して対象物を判別していた延長というには少し無理があった。
しかしこの陣式は魔道具という仕組みの枠組みを広げる可能性を秘めていた。
一方、ルクレイは前世の記憶が関与して異常な魔力照射を行っている。そういう意味では魔力照射を一番使いこなしているのがヴィオナだった。
ヴィオナはルクレイが作った細いレジン糸の存在を知っている。その細さを目標に黙々とレジン液を掻き混ぜながら魔力照射でレジン糸を作っていた。
◇ ◇ ◇ ◇
ルクレイは「ふぅ」と息を吐いてメモを書く手を止めた。
「そういえば苦しんでる時に抱きしめてくれてありがとうね」
一通り整理がついたのでルクレイが改めてヴィオナに感謝を伝えた。感謝の対象が抱きしめた時なのでヴィオナ思い出して頬を赤く染めて俯いた。
『この奇襲としか言いようのないルクレイ様の攻撃は常にピンポイントでヴィオナ様に刺さりしますね。恥ずかしそうな体勢ですけど口角上がり過ぎです』
突然イチャイチャし始めるのはいつもの事とユミナはいつもの専属侍女として見ていた。人払いを解除して人が周囲にいても二人は気にしていなかった。
ルクレイは完成した女神様が話した話題一覧をヴィオナに渡した。人払いを解除しているのでヴィオナは「後で確認するね」と折り畳んでユミナに渡した。
ルクレイは最初に始めていた試作品の検分を進めようと木箱からミキサーの魔道具を取り出しテーブルに置いた。外装が木で作られた箱のように見えた。
「木箱から三枚の刃が飛び出してるから奇妙な形になってるね。軸と刃は完全に一体化してる……ブカゾールさんのドワーフ魔法って凄いなぁ」
ルクレイは刃の部分を検分し感嘆の声を上げた。とにかく金属として結合しているはずなのに綺麗に一体化し元からその形だったようにすら見えた。
ルクレイが「ちょっと動かすよ」とテーブルの上に置いた。木箱の周囲に防塵用の水壁を展開して起動するとほとんど音がせず刃が高速で回転した。
「思ってたよりも回転速度が速いな。周囲を囲う部分のレジンは硬度を持たせないとちょっと危険かもしれない。それにしても綺麗に回ってるな」
ルクレイの前世の記憶でもミキサーの回転速度は分からなかった。適当に粉砕しながら撹拌して混ざるという以上の情報はなかった。
魔道具を停止して水壁を解除するとルクレイは木箱を覗き込んで支柱の束を取り出した。パッと見でローチェア用の支柱が十組ぐらい入っていた。
「これ……十組あるね。追加でお願いしたけど早くない? 支柱は簡単とか言ってたけど傘の支柱もやってるはずなのに絶対に睡眠時間削ってるよね?」
ルクレイが眉を寄せてヴィオナに聞くと「さぁ?」とヴィオナはトボケた。
「問題……いや問題ではないんだけど明らかに『ロー』の意味を聞かれて答えた内容を形にしたもの……『ハイチェア』が五組ほど入ってる」
ゆったりするのに背の低いキャンプチェアを頼んでいた。しかし名付けで背の高いチェアの話が出た事でブカゾール工房主が試しに作った支柱だった。
「たぶんこの形はお義父さんたちが気に入ると思うんだよね。食事とかを考えるとハイチェアの方が良いという気もするけど……お義父さんたちに回そう」
ルクレイは強度的に問題ないのは見て分かった。ユミナに帆布を付けたらハイチェアはバルテア伯爵に回すように指示した。
ユミナは侍女を手招きしハイチェアの支柱を渡し帆布を整えるため服飾室に届けるように指示した。ローチェアの個数も伝えて帆布の作成も頼んだ。
「ふふ、レイはドワーフ族が長命な事を知ってるでしょ? ドワーフ族って長命だから興味あるものを持ち続ける事が難しいと教えてもらった事があるの」
突然ドワーフ族の話をヴィオナがし始めルクレイは首を傾げた。
「アルフォンスさんの話に不夜城というのが出てくるのは相手にドワーフ族が多いからだと思うの。彼らは興味が出ると大抵は暴走するらしいわ」
くすくすと笑いながらヴィオナはドワーフ族の暴走をルクレイに伝えた。ヴィオナも聞いた話なので特に気にしなかったがルクレイが振り回されて楽しかった。
ルクレイは顔を手で覆った。
前世の記憶でも似た人が沢山いたことに気が付いた。スタートアップを支援するとそういう人しかいなかった。だから身体を労れと言うのが癖になった。
「身体を休めさせられる人がいないと止まらないやつだ。言葉では伝わらないんだよね……。凄く困難なやつだから渡すネタを減らすしかないんだけど……」
ルクレイは前世の記憶の中から対処方法を探したが正攻法では止まらないと理解した。出来ることは運動に繋がる方向で興味を逸らすしかない認識だった。
「興味が消えるわけではないから中々止まらない。今回届いた支柱とかミキサーは増えてくよね。あの巻上魔道具が沢山あった時点で気付くべきだった」
試作で作ってみたはずの巻上魔道具が並んでいた光景が思い起こされた。
「大丈夫よ。バストリアも王都も魔道具工房は今も健在よ? 暴走するのは新しい興味が生まれた時と需要が爆発したときってバルモンが言ってたでしょ?」
頭を抱えそうなルクレイにくすくすとヴィオナが一筋の光明を渡した。
「そういえばバルモンさんもアルフォンスさんの不夜城に関わった人だった」
ルクレイは王都のバルモン魔道具工房で魔道具を習ってる時に色々と話を聞いた。アルフォンスの話は常に苦笑が混ざる話ばかりだった。
それでもバルモンさんたち工房主は新たな興味を巻き起こしたアルフォンスにかなり感謝していた。『興味を失うのは辛い』とバルモン工房主は零していた。
「カンコールさんは初めて会った時は完全に萎れてたっけ。今では弟子も入ったし結構落ち着いてるよな。ブカゾールさんさえ落ち着けば問題なさそうだ」
「うちだと需要爆発は起き難いから新しい物を減らしましょうね。思い付いたらわたしに話してね。それを流して大丈夫か一緒に考えましょうね」
ヴィオナはニコニコしながら優しい声でルクレイに提案した。
「そうだね! ヴィーと相談するの楽しいしそうするよ!」
ヴィオナが一緒に悩むと言ってくれた事がルクレイは嬉しかった。
『ヴィオナ様の作戦にルクレイ様が完全に引っ掛かりました。あれって明らかにルクレイ様に対する独占欲全開ですよね? まぁ二人とも笑顔だから良い事です』
ユミナは話の着地点に少し違和感を見つけたが黙って見守っていた。




