第二節 女神様の長話は記憶に残して相槌する
メルカド伯爵邸にある池の畔にはヘキサタープが張られ拠点が作られていた。テーブルも用意されルクレイとヴィオナがテーブルを囲んでいた。
ルクレイとヴィオナは工房主が置いていった試作品を見分しようとしていた。ユミナも参加しルクレイの暴走を抑えながら試作品一覧を確認していた。
『ルクレイ聞こえますか? ちょっと困りそうな感じでお願いがあります』
ビクッと肩が揺れたルクレイにヴィオナが「ん?」と見つめた。ルクレイは首を傾げてヴィオナに視線を送り『めがみさま』と口だけを動かした。
ルクレイは状況をヴィオナに伝えると女神様に思考という形で話しかけた。
『大丈夫ですよ。お久しぶりです。最初に女神様に感謝を伝えさせてください。転生させてもらいヴィオナと出会えた事に最大の感謝を。それでどうしました?』
ルクレイは忘れないうちにと創世の女神に感謝を伝えた。
ルクレイが挨拶をしている間にヴィオナはユミナに目配せをした。ユミナは小さく頷き周囲にいた侍女や従僕に人払いを伝え散ってもらった。
『時間が取れた時に転生礎石の確認をしてます。何個か行方不明ですがルクレイのいる場所からは遠いので保留です。気持ち近い転生礎石でお願いがあります』
「転生礎石の紛失が多いのは残念です……」
転生礎石の紛失は面倒だった。ルクレイとしては保全を進めたいと思っているが行方不明では捜しようもなかった。
『確認していたら人の動きが多くなる感じです。持ち出されると面倒なので是非とも回収して欲しいのです。場所は東の方で近くに遺跡がある場所です』
人が増えると紛失リスクが増えて困ると女神様はボヤいた。
『その転生礎石も最近使われて仔馬が転生したのですが……まだいますね。安全だと伝えたけど好奇心が旺盛な感じだったので旅立つ可能性はありますね』
ルクレイは『仔馬に声かけたのか』と少し違うことを考えた。
「東方ですか?……東なら王国内なので回収は可能です。ただ、遺跡が傍にという情報だけだと辿り着けるか怪しいです。もう少し情報はありませんか?」
基本的に女神様は大雑把とルクレイは認識していた。東は東なのだろが南北のズレが大きいと彷徨う事態になりかねなかった。
『まだ稼働している遺跡なので情報は集めて下さい。遺跡には補助施設で果樹園が併設されています。ここに人が集まる未来が近づいてきているようです』
言葉尻に『未来が近づく?』とルクレイは現在の話でないと認識した。
「遺跡と併設された果樹園ですか。果樹園の存在が発覚して人が集まるという事なのですね。王国内の位置的な情報はありませんか?」
王国内で遺跡と果樹園があり人が集まる未来という事だと動きが出れば見つけられる可能性はあった。情報収集ができる後ろ盾を確保しようと考えた。
『王国だと恐らく端の辺りみたいですね。山脈の先にも土地はありますが生き来してる様子はみえませんし。そっちの転生礎石は大丈夫みたいです』
「分かりました。少し時間は掛かると思いますが向かってみようと思います」
ルクレイは断る選択肢を取る気もなかったので女神様の依頼を受けた。
◇ ◇ ◇ ◇
「少し聞きたい事がありますが時間は大丈夫ですか?」
『大丈夫ですよ。女神は基本的にフレックスですから呼び出しがなければ休憩できます。少し前は天界なのに地獄なようでしたが今は天界に戻りました』
「お疲れさまです。僕の婚約者のヴィオナ・メルカドがお礼を言いたいそうです。……えっ?……それを僕が言うの?……分かった伝える……嬉しい言葉だよ」
横から耳打ちしてきたヴィオナにルクレイは驚いた。ヴィオナが耳打ちしてきた内容に赤くなりながらも頷きヴィオナの頬に軽くキスをした。
『ルクレイに会わせてくれてありがとう。最高に幸せです』
流石に恥ずかしかったので念話の要領で女神様に伝えた。
『それは良かったです。ルクレイの転生は特殊型なのでヴィオナとの縁なのでしょう。通常の転生は母親から生まれ縁も薄れますからね』
「僕は特殊型なのですか?……あぁ、母親から生まれてないのが特殊型という事ですね。……今の話で思ったのは特殊型は前世の記憶が残るという事ですね」
『前世の記憶というか輪廻転生の中でみんな記憶は持っていますよ? ただ積層した状態で保管するので普通は思い出さないだけです』
「みんな記憶を持つ……母親から生まれたけど何らかの理由……があるのか分からないけど思い出す場合もあるという事ですね」
『ありますよ? 大抵は死にそうになって生存本能が暴走して記憶を掘り過ぎたとかですね。後は思い出す瞬間と記憶が繋がってしまう不具合です』
女神様はぶっちゃけつつ「直してくれないのよ」と愚痴をサラリと入れた。
「きっとパッチで直らないスパゲッティなんだと思いますよ。脇に逸れちゃったんですが石碑と台座の事なんです。身近にあるので聞いときたいなって」
『あー、魔物の理を持った魔素の掃除機でしょ?……あれ? 転換器だっけ? まぁそんな感じの物ね。あれって魔素駆動だから壊れないはずよ』
女神様が『壊れたの?』とルクレイに尋ねた。
「壊れてないです。石碑が外れて魔物が溢れる感じなので不具合かなって思いますね……。魔石がないのに動いているのが『魔素駆動』という事なのですね」
ルクレイは言葉で頭の中を整理した。ヴィオナはポカーンとしているが女神様の声が聞こえていないので仕方ないかなと可愛い顔をルクレイは堪能した。
『魔素駆動の魔法陣は画期的だったのよ? 多くの世界でほとんど発見されてないの! あの頃の人達は頑張っていたのよ! もう手に汗握ったわ』
「なるほど?……魔物が溢れるのは仕様という感じなのですね」
珍しく暑い女神様にルクレイは少し引きながら話を合わせた。
『んー、話は簡単です。魔素駆動の魔法陣は単機能で機能の連動に癖があるの。上手く連動したのは……あれよ! 健康アスレチック……だったかしら?』
女神様は『そんな感じ』と誤魔化した。
『入口が洞窟風で扉があるの。その扉は日の出で開いて日の入りで閉まるの。凄くない? 魔素魔法陣としては傑作なのよ。将来役に立つと確信して……』
女神様の念話が止まった。ルクレイは感覚的に『探し物?』とやっぱり大雑把だなと女神様を待った。ヴィオナに小さく「探し物みたい」と伝えた。
ルクレイが紅茶で喉を潤していると『あったー』と念話が届いた。探し物としては長いような気もしたがルクレイも人のことが言えないので黙っていた。
『魔素魔法陣の資料を纏めたの。絶対に必要になると思ったのよ。必要になったからこの資料も報われるわ。全ての世界に一つしかないお手製よ』
少しまずい気配をルクレイは感じた。声を掛けようか迷っていたら『えっと……ダウンロードはこれだよね』と不穏な言葉が流れてきた。
「あっ……ちょっ――『ピギャーーー』……痛い痛い……これ痛いよ?」
頭の中にすごい大音量の金切り音が響いた。念話にも関わらず圧力を感じ音の暴力で痛かった。ヴィオナが席を立ち「レイ!」と抱きついてきた。
『あら?……転送速度が一桁違う? 手順書どこかしら』
大音量の中でも不思議と女神様の声は識別できた。
◇ ◇ ◇ ◇
「やっと頭の中の大音量が止まった。痛いのも途中で幻痛って気が付いたけど……とにかく大音量だった。で、女神様はダウンロードの手順書見つかりました?」
ルクレイは大音量から解放され女神様に尋ねた。抱き着いていたヴィオナをギュッと抱きしめ頭を撫でて心を落ち着けた。
『見つかりませんね。まぁ使う相手はルクレイだけですし保留にします。で、思い出しました! 魔素清浄機と言ってましたよ? いまいちですよね?』
「確かに『魔素清浄機』は今ひとつという気はします。ちなみに魔素魔法陣って少ないですね。女神様が残したのは仕様書という事ですね?」
話題がかなり戻りそうだったのでルクレイは前に進めた。
『そうです。当時の人達は結構小さくする事に拘りがあったようで魔素魔法陣を描き写すのが大変でした。綺麗に描けてると思いませんか?』
「緻密に描けてます。石碑と台座の魔法陣も収録されてるみたいですね」
ルクレイは押し付けられた情報を確認して困惑していた。どうやら魔素魔法陣の仕様を書いた後に少しの期間は女神様のメモ紙になっていたようだった。
とりあえずその辺りは飛ばして魔法陣だけ確認した。
「見ると魔法陣の緻密さと機能に乖離がありますね。石碑は『理の違う魔素』の理を変換する機能で台座は『理の違う魔素』を集めると……」
分かっている魔素魔法陣の解説をルクレイは読み上げた。
「メモの隅に『魔力になるのは不具合?』と女神様が書いてますね。確かに理を書き換えた結果として魔力になってるのは不具合かもしれません」
ルクレイも変換後の結果として存在が変わるのは不具合だと思った。
『でしょ? まぁ誰も困らないからそのままにしたみたいね。その後もいくつか魔素魔法陣は作ってたけど……不便だからと廃れちゃったのよね』
「効率と使い勝手の問題みたいですね。魔素より魔力の方が出力を上げやすいのと起動と停止が基本的に魔素魔法陣には付けられなかったみたいです」
ルクレイの指摘に『そうなのよね』と女神様は答えた。
◇ ◇ ◇ ◇
『まぁ、もう使ってない魔素魔法陣の話はこれぐらいにして健康アスレチックの話を聞いて。あれはとっても画期的なの! 頭の良い人って凄いわよ!』
そこから女神様の怒涛の語りが始まった。ルクレイは相槌を打ちながら少しずつ要約してヴィオナに話す方針に切り替えた。口を挟む隙間すらなかった。
「つまり……魔素溜まり? が現実を侵食? して空間を作り始めたのね。当時の人が干渉? して魔素を消費させるため魔物を作るようにしたの?」
ヴィオナはなんとか単語は拾ったが意味は分からなかった。ルクレイの要約を復唱しながらユミナはカリカリと言葉をメモに書き留めていった。
「魔物を作ったら討伐する人が増えたのは分かる! でも健康のためなの? 討伐ブーム?が終わりかけたからガチャ? で集客したの?……ガチャって何?」
何の話をしているのかヴィオナは分からなくなった。
「えっ?……広いって苦情が出て転移室を設置したの? えっ?……荷物持つのがだるいって苦情でアイテム袋を配布したの? 適当すぎない?」
所々にソフィアたちから聞いた単語が混ざり始めた。ヴィオナも洞窟の事だと思い出した。ソフィアからは洞窟が何故あるのか不明と聞いていた。
「えー、洞窟って健康アスレチックなの?……健康アスレチックって何?」
ヴィオナは結局は混乱状態に戻った。ルクレイは頭と口が疲労していた。
◇ ◇ ◇ ◇
創世の女神はたくさん話して満足したのか『また今度……』と繋がりが切れた。最後の方はルクレイも要約するのを諦め聞き役として相槌だけ打っていた。
「何が切っ掛けで女神様は怒涛の語りになったんだろう……」
「たぶんレイは聞き上手だし優しいから話したかったのよ。わたしもいっぱい話したいし。寝る前のイヤーカフはとっても楽しみなのよ?」
ヴィオナはくすくすと小さく笑った。
「僕も楽しみにしてるよ? 毎日の寝る前の鍛錬の回数とか聞くと僕も頑張るぞーって思うし。たまにヴィーが話してくれる侍女さんシリーズも好き」
ルクレイも夜の念話は楽しみにしていた。楽しい話も好きだが一番の楽しみは眠気に襲われたヴィオナのフワフワな言動だった。
「うちの侍女は変わった娘が多いから面白いよね。真面目に窓拭きしてるなーって見てたら上下の動きはレイが騎士に教えたスクワットだったりとかね」
ヴィオナは仕事しながら鍛錬する侍女シリーズの話をし始めた。
「凄いよね。仕事の手は抜かず趣味も一緒にやるとか。それでいてヴィーに気が付いたらお澄まし侍女さんに戻るんでしょ?」
「そうなの! 隠れてないと見れないの。気配が漏れるとピタッと普通のお仕事に戻るの。最近、気配を察する侍女が増えてきてて集まらないのよね〜」
人気シリーズだが最近は集まらないとションボリした。
ルクレイはもう少し日常の動作に含まれる鍛錬を考えてみようとヴィオナの頭を撫でながら考えていた。




