第一節 マシュマロの実力と試作品を見たら不意な着信
メルカド伯爵領の港町から領都に向かう街道を七頭の馬が駆けていた。先導を双子が行い三名の騎士が後ろについていた。
マルセリオは相棒のバルムにフィリクスは相棒のフリムに騎乗していた。真剣味の中に楽しそうな笑顔を表に出しお互いに騎乗そのものを楽しんでいた。
双子が速歩を超える速度を維持している事は四歳と考えると騎乗技術として破格と言えた。これは乗り手と馬の間にある相互信頼が高い事を示していた。
乗り手は馬が気持ちよく走れる安定した姿勢を維持するように努力する。馬も乗り手が安定して騎乗姿勢を維持できるよう走り方を工夫する。
これが実現しているのは意思疎通ができるルクレイとニロンの存在が大きかった。ルクレイは馬の気持ちが分かるため双方の思いを伝え合う事ができた。
ルクレイの指導で騎士たちも馬との関係性が良くなった。そしてニロンが馬たちを統制する事で騎士団全体の騎乗能力が格段に上がっていた。
この流れを作ったのはルクレイとニロンだが持続性にルクレイたちが不要になっている点が興味深かった。上手くなった騎士が指導役として機能していた。
マルセリオとフィリクスはその集大成的な成功事例と言えた。
「それにしても砂糖を入れ忘れるところがレイらしいですね。食感はかなりふわふわで面白いのに味がほとんどないという不思議な食べ物でしたよ?」
街道を疾走する隊列の最後尾はルクレイたちが騎乗するニロンとユミナが騎乗するナンニだった。ニロンの前席でヴィオナが楽しそうにルクレイを揶揄った。
「あの場に砂糖はあったんだけどねぇ……。ほんとに存在を忘れてた。卵白をメレンゲにする時に砂糖で味を整えないといけないんだけど……ねぇ」
ルクレイたちは最初の休憩で冷却保管箱からマシュマロの入った入れ物を取り出して少しずつ切り分け食べた。
「「すごい! 味がしない!」」「ふわふわですが味がしませんね」
双子が違う意味で歓声を上げてヴィオナは肩を震わせ無味な点を指摘した。
「あれ?……あっ砂糖……。あれだ……メレンゲを作ってる時にハンドミキサーに気を取られて手順からすっぽりと抜け落ちたんだ」
ルクレイは行った手順を思い出しながら抜けたポイントを確定した。
双子はルクレイから砂糖を少し貰って少しずつまぶしながら甘くないマシュマロを食べていた。食感は面白いらしく砂糖なしでもモグモグしていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「まさか甘くないのに結局は何回かの休憩で全部なくなったよね」
甘くないマシュマロだったが不思議と全てなくなっていた。
「冷えたマシュマロは口にするとスッと身体の熱が引くような感覚がありますからね。喉が乾くので水分も多めに取ってましたし問題はないと思いますよ」
冷えた柔らかい塊が体内に入ることで少しだけ身体を冷やす効果があった。
「リガレアに戻ったらちゃんとしたマシュマロを作るよ。ゼラチン粉はまだあるし代官さんからホルン骨を貰った。荷馬車で運んでもらう手配した」
「ホルン骨があればお母様のスープも話が進みますね。それにしてもお茶用の設定がちょうど良さそうという話は面白かったです」
「少し考えてみたんだけど理由はやっぱり思い付かなかった。思い出したのは『弱火でコトコトじっくり』って妙なフレーズだけ。意味は分かるんだけどね」
「その言葉の意味は分かりますね。ホルンミルクのスープってゆっくりと煮たほうが美味しいと侍女たちに聞きました。味も染み込むらしいですよ」
「スープを低い温度で取り出した後にゼラチンを取り出せば無駄がないよね」
ルクレイの言い様に「そうですね」とヴィオナはクスッと笑った。
◇ ◇ ◇ ◇
まだかなり高い日差しの中で少し小高い小さな丘を超えるとリガレアの防壁が見えてくる。このギリギリ坂と言える部分がメルカド領では一番きつい坂だった。
ルクレイはここを通る度に『ここが坂……』となんとも微妙に感じていた。
ルクレイが感じるのは仕方がなかった。それは登る角度の問題でなくリガレアのある場所が平坦だからである。言ってしまえば水平線のようなものだった。
リガレアの南門を軽く手を振って抜けると街中の喧噪が周囲に満ちた。夏に向かい壁を補修しながら塗り替えている家もチラホラと見えてくる。
特に間伐材を乾燥魔道具で乾燥させた木材はほぼ無料で供給されていた。間伐した生木が川を下りリガレアに運ばれ処理しているため配布に近かった。
「お洒落してる建物が増えてるね。夏に向かうと明るい色が増えるんだよね? 僕が初めて来た時は薄めでふわっとした色が多かったのを今でも覚えてる」
町中がふわっとした明るさからスキッとした明るさに変化し始めていた。
「そうですね。春に向けては明るさの中でも淡い花の色を使う建物が多いです。夏に向かう時は黄色や緑色が増えて青色も増えていくので見ていて楽しいです」
リガレアは季節に沿って街の色合いが変わるかなり珍しい街である。王国南部でも海岸沿いだと西側は石灰を使い東部は木材の地を活かす傾向があった。
今年の夏に向けてはとにかく集まり続ける間伐したばかりの生木を消費しなければならない。失敗すると丸太置き場が満杯になり身動きが取れなくなる。
リガレアより上流の村々にある一時置き場で乾燥魔道具で製材してしまう案も動き出していた。ある意味で間伐木材の消費地獄が王国中に生まれ始めていた。
◇ ◇ ◇ ◇
池の畔には相変わらず複数のヘキサタープで拠点が設営されていた。少し離れた畔に新しい板敷きの空間が生まれていた。
「あそこに拠点を作る感じにしたんだね。柱を立ててないからタープを前提とした屋根のないガゼボを設計したのかな。やっぱり庭師さんの設計力は凄いね」
タープの下でローチェアに腰掛けたルクレイが隣に座るヴィオナに話しかけた。到着した時刻は夕食まではまだかなりあったのでのんびりと休憩していた。
「見たところ板は固定してないようですから位置を決める準備みたいですね。位置が決まれば固定して周囲に芝生を植え始めると思いますよ」
庭園計画はヴィオナの手からだいぶ離れてしまっているがある程度の予定は聞いていた。もちろん情報はユミナ経由なのでルクレイは知らなかった。
「うわー、それめちゃ良いね。池の裏側の森林から流れる風も考慮してるんでしょ? エザンさんがとにかく違和感がないって凄く感心してたからねぇ」
「エザンさんって本当に狩人なのかしら。あの身の熟しをどう思います?」
ルクレイから出た人の名にヴィオナは首を傾げてルクレイに尋ねた。
「狩人は本当だよ。ただ前職がなんだったかは分からないよね。雰囲気的にミモザさんより上の斥候って感じもするけど……変わった人って評価かな」
ルクレイはくすくすと笑いながら酷い評価を口にした。
「そうね……エザンさんだけリューウェンに向かわずに早朝からもういませんでしたよね? フィオ様たちはまったく気にしてる様子がありませんでした」
「ちらっとお義父さんに聞いたらディアの件に興味があるので調査する許可を求められたんだって。許可を出したら早朝にはもういなかったらしい」
同行者が減ってもまったく気にしていない『涼風の旋律』メンバーにヴィオナはちょっと面白かった。むしろリグが消えないように全員が注意していた。
「ディアの調査に向かったのですか。やっぱりディアは多いですよね……小さい時からこうなので多いと言われてもピンとこないのが正直なところです」
エザンが消えた理由がディア調査という点にヴィオナは首を傾げた。
「あれは……多いと思うな。あれだけディアがいたら普通は森が荒れて大変な感じになるはずだよ? 石碑広場に向かう時に思ったけど荒れてないんだよね」
ルクレイは『前世の記憶』でとにかく鹿は多くなると森にかなり深刻な被害を生み出すと理解していた。そうなっていない森林に違和感すら覚えていた。
「まぁ、お義父さんに話して狩人の手当とディア討伐に騎士を出す方も動いてるからね。レベナでもディア肉がかなり出回ってるみたいでコネ焼きが出たよね」
ディアを減らす方策はルクレイとしても少しずつ促進させていた。
「ディア肉は少し癖を強く感じますが乾燥粉末にしてコネ焼きにすると美味しいです。アルフォンスさんが日常的に買えるよう広めた理由が納得できます」
ヴィオナはレグルスからコネ玉は特に秘密でないと聞いた。レベナでディア肉のコネ玉をヴィオナは普及させ浜焼き場でも大量に用意されていた。
「ヴィーが広げてるディア肉の粉末化は良い案だよね。間伐材同様にディアの討伐も進んでるけど粉末化すれば保存も効くし運びやすい」
「レグルスくんが秘密ではないって教えてくれましたからね。あれは良い物ですから広めてみんなでディアをお腹に収めれば数も減ります」
ルクレイに褒められて嬉しかったヴィオナは胸を張った。
◇ ◇ ◇ ◇
「ルクレイ様、僭越かと思いますが確か色々と確認すると話していたかと」
話の切れ目を感じたユミナがヴィオナに目配せしてルクレイに声を掛けた。突然話し掛けられたルクレイは目を丸くしてハッとした顔になった。
「えっ?……あっ! 試作品とかを確認しようとしてんだっけ」
ユミナがヴィオナに頷き従僕に工房から届いている試作品を持ってくるように指示した。合わせてタープ内に置かれたテーブルの移動も行った。
「あれ? ミキサーの台座だけだったような……」
ルクレイは従僕たちの動きを見て首を傾げた。帰路で考えていたのもミキサーの台座を確認して完成させる事ぐらいだった。
従僕が運んできたいくつかの木箱を覗き込んでルクレイは理解した。
「これって滑車が入ってるからバレル研磨する魔道具か……。これ支柱とか滑車とかめっちゃカッコ良いんだけど。僕が木材で作ったやつの面影もない」
ルクレイは凄い凄いと木箱から支柱を取り出して組み立ててみた。レジン糸のサポートは入っていないが所見でサクサクと組み立てていく。
「支柱の組み方がほんとカッコ良い。いかにもフレーム構造って感じで無骨感が良い。で……この滑車を組み込むけど木製なのがワンポインになってる」
ルクレイは滑車を支柱にはめ込んでいった。滑車は上に乗る鍋の重量で固定されるため決められた位置に軽く差し込むだけだった。
「試作として錯誤中なのは歯車基盤から鍋の回転に力を渡すところか。鍋を回転させる時に専用の鍋にするか汎用にするかで仕組みが変わるからなぁ」
ルクレイは組み上がったバレル研磨機ともいえる状態の造形を褒めた。
「レイ、少し落ち着いて少しずつ見ていきましょう。ユミナも少しゆっくりして試作品の見分に参加してね。レイだけだと一人で暴走していくわ」
ヴィオナがルクレイをテーブルに誘った。ユミナは侍女や従僕たちに当分は静かになると声を掛け冷やしている紅茶をカップに注ぎテーブルに置いた。
テーブルを囲んで従僕がまとめた納品されている試作品の一覧を眺めた。
『ルクレイ聞こえますか? ちょっと困りそうな感じでお願いがあります』
試作品の一覧をヴィオナと眺めているとルクレイの頭の中で創世の女神から着信があった。ビクッと肩が揺れたルクレイにヴィオナが「ん?」と見つめた。
ヴィオナに視線を送り『めがみさま』と口だけを動かした。




