第八節 骨スープは社交でマシュマロはやっぱり不安
メルカド伯爵領の港町の代官屋敷には昨日から領主家族たちが滞在していた。浜焼き場でのちょっとした祭りのような賑やかさをもたらした。
ガゼボで直近の予定を話し合っていると屋敷から侍女が朝食を伝えに来た。
食堂に入るとすでに全員が揃っていた。ルクレイはヴィオナを席に誘うと断りを入れて少しだけ食堂を後にした。
ルクレイが鍋を持って戻ってくると朝食の配膳が始まった。配膳される横でルクレイも深皿に鍋からスープを注ぎ侍女に配膳してもらっていた。
「で、このルクレイが提供したのはスープみたいだが凄く透き通ってるな。匂いは昨日の骨を煮出したスープに近いが……随分とスッキリした匂いだ」
バルテア伯爵はスープの匂いを嗅いで少し驚いた顔をした。
「これもホルンの骨から煮出した物です。ざっくり『ホルン骨スープ』なんですが語感がとにかく悪いですね。この辺りはお義母さんにお願いします」
どうにも呼びにくい状態なので名付けを押し付ける事にした。
「これは……昨日のスープよりも雑味が少なくてとっても美味しいですね。本来は表に出るスープでなく隠し味的に使う方がとても活用できそうです」
名付け依頼は完全に無視してカリスタ伯爵夫人は感想を口にした。
「さすがお義母さんです。その点は僕も賛成ですしヴィーもお義母さんと同じ事を指摘してました。実はこのスープにはもう一つの顔があります」
ルクレイが侍女に合図すると小さなカップを全員の席に配り温かいお湯を注いで回った。そして小皿も一緒に配膳し壁際に下がった。
「小皿の粉末をカップに入れて少し掻き混ぜてください」
ルクレイも自分の前に置かれたカップに小皿の粉末を流し込みスプーンで掻き混ぜた。ふわっと香りが立ち先ほど飲んだスープと同じ匂いがした。
「おぃ……これって骨のスープじゃないか。えっ? どういうことなんだ?」
バルテア伯爵は粉末がスープになった事に驚きが隠せなかった。
ルクレイは昨日も見せた乾燥させた結果の粉末だと伝えた。乾燥魔道具で乾燥させることで固化する事ができて粉砕魔道具なしでも粉末に出来たと話した。
そのままルクレイは作り方に話を持っていった。このスープは骨を煮出した物だが温度をお茶用の設定で煮た物である事を説明した。
「お茶用の設定というと煮るという温度ではありませんね。ずっと温めておくことでこの味が出てくるとなると……ちょっと扱いが難しくなりそうね」
作り方を聞いたカリスタ伯爵夫人は少しだけ眉を寄せた。煮出す手順も粉末にする手順も簡単なため秘密にするより社交に使った方が得と考えがまとまった。
「ホルンはノルド家が管理する洞窟の三層です。この件はフェリアと相談して王宮に上げようと思います。今は王都なのでグレアル子爵にも声を掛けます」
カリスタ伯爵夫人はフェリア子爵夫人と組んで両妃殿下にアプローチする事にした。場合によってはマティルダ公爵夫人にも声を掛けようと思った。
「あら?……これは良い機会かもしれません。バル、フェリアと話がついたらお義母様も誘って王都でマティルダ様に会いに行こうと思います」
「ん?……母上と王都でマティルダ公爵夫人と会う? なるほど、それは実現したらちょっと面白いな。ドレス風乗馬服を贈ったのは母上だしな」
バルテア伯爵の言葉にカリスタ伯爵夫人は「そうね」と笑顔で応えた。
◇ ◇ ◇ ◇
朝食も終わりルクレイとヴィオナは野外食堂にした広場にタープを二張ほど設置して一張りは調理場とした。追加で代官から骨をもらい沸騰させ煮出していた。
もう一つの鍋は昨晩に煮出していた骨をこちらも沸騰させ煮出していた。
「レイは良く考えますね。低い温度で煮ることでスープとして使える味が出ました。つまり残った骨にあの味は残っていないと沸騰させてるのですね」
ヴィオナは先程までいそいそと調理の準備をしていたルクレイに話しかけた。
「希望的ではあるんだけど上手くいけばギリギリな線でマシュマロになると思うんだよね。あの味のマシュマロも……アリと言えばアリなのかもしれないけどね」
ルクレイは「お菓子とは言えないけど」と呟いて肩を竦めた。
二人は煮出しは時間だけ掛かるのでヴィオナは細いレジン糸を作っていた。ルクレイは木材に溝を掘り加工を行っていた。
二人で静かな時間を工作して潰していた。もう少しすれば双子も戻ってきてイゴルト製糸工房についていったクラムたちも戻ってくる時間になる。
ルクレイが作っていたのは傘の骨を作るための型だった。『めちゃ硬い』配合のレジン液を流し込み魔力を照射して固化させて取り出した。
ルクレイは席を立つと骨の部品をヒュンヒュンと振り回した。
「ちょっと剛性感が弱いかなぁ。これって芯を『ちょう硬い』配合にしてその周囲に『かなり硬い』配合で積層していく事って出来るかなぁ」
「補修する時にレジン液を付ける感じの作業をするのですか?」
ヴィオナが積層という珍しい言葉を聞いてルクレイの意図を確認した。聞かれたルクレイは「そんな感じ」と答え違う鍋に新しい配合でレジン液を用意した。
ルクレイは芯を作るために鍋の中に3mの魔力照射で一本の棒を作った。
あまりに雑な作業にヴィオナが呆れた顔でルクレイを見ていた。視線を気にせず『かなり硬い』配合のレジン液に浸けては魔力照射を繰り返した。
ルクレイは十回ほど繰り返すと5mmぐらいの棒に育った。その棒をヒュンヒュンと振り回し「剛性より粘りが上がった」と棒の評価を口にした。
「それを沢山作ってもらうには魔力照射魔道具の照射範囲を広げた魔道具が必要ですよ? あと浸ける方も鍋だとたぶん不便ですよね?」
「確かに! さすがヴィーは鋭いね。浸けやすい形の鍋と加熱魔道具を一体化させたらたぶん使いやすい。これもブカゾールさんに聞いてみよっと」
ヴィオナの指摘を笑顔で受け取ったルクレイは作る方向で考えていた。
◇ ◇ ◇ ◇
沸騰させて煮込んでいた鍋を従僕に手伝ってもらい数回ほど濾した。濃厚な骨スープとして煮込んだ方は従僕に乾燥魔道具で乾燥をお願いした。
ゼラチンを取り出そうとしている骨スープはルクレイが乾燥させた。
「さてマシュマロを作ってみるかー。その前に卵と砂糖をもらって来よう。リューウェンが近いと両方とも入手しやすくて良いよね」
ルクレイが貰いに行こうとしたら従僕に止められ取りに行ってくれた。
苦笑いを浮かべたルクレイは乾燥させたゼラチンを粉末状に細かくした。深めのカップに粉末を入れて分析で量を確認すると326gと浮かんだ。
「ん?……かなり多い? 大鍋使ったけど思ったよりも多いかもしれない」
首を傾げていると従僕が卵と砂糖を届けてくれた。
ルクレイはとりあえず目分量でカップに造水で水を入れゼラチン粉を10gほど投入した。ルクレイは「目分量ー」と小声で歌っていたが明らかに分析だった。
続いて卵を割り深皿に卵白を落としカップに卵黄を転がした。
スプーンを使い深皿の中で卵白を撹拌し始めた。カシャカシャと軽快な音がなり卵白がメレンゲへと姿を変え始めた。
「あー、ミキサーの試作品を戻ったら確認しないとだった。あとハンドミキサーもあった方が絶対に良いような気がする。問題は歯車基盤の大きさか……」
ルクレイはカシャカシャ言わせながらメレンゲの硬さを見ていた。
「ハンドミキサーって何ですか?」
ヴィオナは相変わらず細いレジン糸を作りながらルクレイを観察していた。
「えっ? ハンドミキサーはミキサーの逆? えっとミキサーは筒に粉砕して撹拌する物を入れるでしょ? ハンドミキサーは逆に手に持って撹拌する?」
「逆という事は深皿に入れた卵白を手に持ったミキサーで撹拌するのですね?」
ヴィオナは首を傾げたがルクレイの行っている作業から推測した。
「凄い! ヴィーの説明が完璧すぎて凄い!」
ルクレイは硬さは十分と判断して手を止めたところでヴィオナの質問の形を取った説明を聞いて絶賛した。ヴィオナは頬を染めながら胸を張った。
ゼラチンを投入したカップを手に取り別のスプーンで撹拌した。温める必要があるか確認したがこの状態で完全にゼラチンは溶けていた。
ルクレイは冷却保管箱と入る入れ物を従僕に用意するようお願いした。
カップを左手に持ち右手でメレンゲをスプーンで混ぜながらゼラチン液を少しずつ流し込んでいく。深皿からカシャーンカシャーンと音が流れていた。
ゼラチン液を入れ終わったルクレイは更に掻き混ぜスプーンの感触でふんわり具合を確認しながら掻き混ぜ続けた。
「これぐらいで十分かな」
ルクレイは出来具合を見切って用意してもらった入れ物に深皿から移した。それを冷却保管箱に入れると「後は冷やすよー」とヴィオナに伝えた。
「お疲れさまー。延々と掻き混ぜてましたからハンドミキサーが欲しいというのは理解できました。ハンドミキサーが出来たらわたしも作ってみたいです」
◇ ◇ ◇ ◇
昼食の時間も近づいた頃に双子たちが返ってきた。そのまま軽く身支度すると野営食堂に設置していたタープで昼食となった。
「代官さん、ちょっとお願いがあってホルンの骨をいくつか欲しいんだ」
ルクレイは代官のコレクションを譲って欲しいとお願いした。
「もちろん全部お持ち頂いても問題ありません。料理長からとても美味しいスープが出されルクレイ殿が作られたと聞き驚きました」
「スープ自体はお義母さんに任せてるので内緒ね。どうやらフェリアさんと一緒に王都に持ち込む予定みたいだから情報の管理は注意して」
快く譲ってくれた代官にルクレイは情報の扱いだけ注意を与えた。
「骨の出処がリューウェンだからそう遠くないうちに作れるようになると思うよ。問題は唯一……三層という事だけどフィオさんたちがいるから大丈夫かな」
「でもずっとはいないよ?」
ルクレイの楽観論にヴィオナがフィオたちの滞在は長くないと伝えた。
「その辺りは僕たちではどうしようもないかな。僕たちが『深緑の湖』から戻ってから考えよう。たぶん今でも行こうと思えば行けるけど急がないしね」
ルクレイとしてはあれば便利な範疇にあるため軽めに答えた。
「ルクにぃとお姉様は何かつくったの?」
マルセリオがディア肉のコネ焼きを挟んだパンを頬張りながら尋ねた。
「まだ味見してないから成功したか不明だけどマシュマロを作ったよ。これは食べれるかだけ確認して大丈夫だったら戻る時のおやつにしようね」
「「「「やったー」」」」
男の子たちは歓声を上げたがメリアだけが首を傾げ「マシュマロ?」と呟いた。
クラムがメリアに「お菓子みたいだよ」と伝えた。メリアは「……お菓子!」と両手を上げて嬉しさを表現し五人で楽しみと連呼していた。
『やべぇ……大丈夫だと思う。うん、手順的には間違ってないはずだしマシュマロになってるはず……。ゼラチンさえしっかりしてくれれば大丈夫!』
昨日は失敗し今日は完成した。味見していない点だけがルクレイにとって不安要素となっていた。隠れて味見できそうな気配もなく冷や汗が頬を流れた。
結局は味見をする事もなく昼食が終わりリガレアに向かい出発した。




