第七節 マシュマロの道は遠く涼風の旋律は旅立った
「レイが作ってるのは……何でしたっけ?」
なんとなくふわふわしていたヴィオナはあまり会話を覚えていなかった。ただルクレイがお願いを優しく受け止めた事だけ覚えていた。
「えっと、作ろうとしてるのは『マシュマロ』というお菓子なんだ。どういう物ってのが言葉にし難い物なんだよね。取り敢えず冷やすから冷却保管箱が必要」
ルクレイは代官屋敷の侍女に冷却保管箱があれば用意して欲しいと頼んだ。
ルクレイとヴィオナはバルテア伯爵とレンデールまでの訪問予定を少し詰める話をした。
ハールベン伯爵領とアルデン侯爵家は一日の滞在を予定していた。これは同年代の子どもがいるので友好を深める時間として考えられていた。
アスグレイヴ侯爵家は領都が内陸にあり港町から馬車で二日あるため領都への訪問は行わない旨を先触れで出してあった。
リベルグの代官であれば晩餐を共にして親書を渡して翌日には出港する予定とした。そのためアルデン侯爵家にはその旨を伝えてあった。
「アスグレイヴ侯爵家がもし歓待する場合は恐らく長男のオスカーくんになると思う。次男のヴェルナーくんは育成学校に編集したはずだからな」
バルテア伯爵は予定が変動しそうなアスグレイヴ侯爵家の状況をルクレイに伝えた。長男のオスカー侯爵子息は独身で領都にいるはずと話した。
具体的な出発は全ての返書が戻ってからとなる。王都と各領都に送った事によりアスグレイヴ侯爵家が最後に届く予定で最長で十日を見ていた。
リガレオから王都とレンデールまでが往復で六日なので七日みればハールベン伯爵とアルデン侯爵からの返書が届くとルクレイは考えた。
◇ ◇ ◇ ◇
夕食が終わりルクレイは骨を煮ている状態を確認した。
「うーん……これスープじゃん。なんか臭いはちょっときついよなぁ」
ルクレイは前世の記憶から『牛骨スープ』になっていると判断した。豚骨もそうだがグツグツ煮込んで旨味とゼラチンが溶け出して美味しいと思い出した。
「これはこれで役に立つ。……でもお菓子を期待してたからどうするか」
状態を見ていたルクレイが棒で突っ付くと骨がボロっと崩れた。明らかに色々な物が流れ出て既に濃厚スープになっている事が確定事項となった。
ルクレイは諦めて従僕に手伝ってもらいスープを布で数回濾した。冷却保管箱に入る大きさの入れ物を貰いスープを入れて仕舞った。
「もう一度だな。今度は温度を低めにしよう。えっとここにある加熱魔道具は……お茶用の設定がある。このお茶用の設定で骨を煮ると言うか温めるか」
ルクレイは代官に追加で骨を貰い加熱魔道具でゆっくりと温め始めた。
「どうでした?」
ルクレイがタープを設置した場所に戻るとのんびりとレジン糸を作っていたヴィオナが声を掛けた。双子たちは既に眠くなり部屋に引き上げていた。
「とりあえず持ってきたけど明らかに失敗。できたのはどう見てもスープだった。どうやってもマシュマロにはならないけどスープは使えそうな気がする」
鍋を持ってきてくれた従僕に感謝を伝えてテーブルの上に置いてもらった。
「匂いが既にスープですね。少し匂いがきつめだと思いますが嫌な匂いではないです。少し味見をしてみませんか?」
ヴィオナは牛骨スープに興味を示しルクレイに味見を提案した。まだ起きていたリドルとレグルスも興味を示して近づいてきた。
「あれ?……この匂いは……あっ! これ骨を煮込んで作ったスープ?」
レグルスが匂いを嗅いで眉を寄せたと思ったら正体を当てた。
「レグルスは骨を煮込んだスープを知ってるの? 飲んだ記憶がないんだけどヴィーは飲んだことある?」
ルクレイの問にヴィオナはプルプルと首を振った。
「あー、骨って売り物ではないから普通は作らないし王都でもたぶん公爵邸と王宮ぐらい。アル兄が言い出して料理長と王宮料理長が盛り上がって試作してた」
レグルスが種明かしをした。恐らく王宮の晩餐会では使われてるとレグルスが説明を追加した。レグルスも骨を食材として見ている人は見た事がないと話した。
「そういうことか。狩人と肉屋ぐらいしか骨を見ないから広がりようがないんだ。これって結構煮込むから薪とか沢山使うし」
ルクレイは近くにいた侍女にバルテア伯爵に声を掛けてここに来れるかの確認を頼んだ。王宮の晩餐であれば聞いてみる選択肢がそこしかなかった。
ルクレイは鍋から木の深皿にスープを注いだ。そして乾燥魔道具を持ち出してスープを乾燥させた。液体がどんどん減り変な形の塊が木皿に残った。
「乾燥させると何かが残るか」
ルクレイは木皿の中を確認して小指で少し削り取って舐めてみた。
『うげっ……これほとんどコンソメ?……どっちかというブイヨン?』
口の中に広がった濃すぎる味にルクレイは身悶えしながら頭の中で考えた。前世の記憶の中でもブイヨンを投入した後に指を舐めて身悶えていた。
「どうした? 何かあったのか?」
ルクレイが身悶えているとバルテア伯爵とカリスタ伯爵夫人がタープの下に入ってきた。身悶えてるルクレイを見て目を丸くした。
「あー、こんな時間にすみません。ちょっと味見して欲しいものがあってお呼びしました。レグルス、悪いけど冷えてる方を小分けしてもらっていい?」
ルクレイに頼まれたレグルスは肩を竦めて「いいよ」と答え冷却保管箱から入れ物を取り出し小皿に少しずつ注いでいく。
ルクレイは造水で口の中を濯いで何とか復活しテーブルに戻ってきた。その後ろではヴィオナがニマニマしながらルクレイの仕草に注目していた。
ルクレイはレグルスに感謝を伝えて小皿の一つに小指を入れて味見した。こっちは冷えた事もあり味は濃くなく適度な旨味を感じるスープだった。
「こっちは大丈夫です。さっき乾燥させたのを舐めたら味が濃すぎて下がピリピリしてたんです。これは冷やした事もあって味が落ち着いて旨味があります」
ルクレイが真面目に説明を始めると「プフッ」と後ろから聞こえた。表情を見たい誘惑が湧いたがルクレイは心に番人をおいて説明を続けた。
「……どこかで飲んだ事があるような気がするな」
バルテア伯爵はルクレイの真似をして味見して首を傾げた。
「もしかして王宮の晩餐会とかありませんか? これは骨を煮出した物ですが公爵家の料理長と王宮の料理長が色々と試作していたと言ってました」
ルクレイがスープのヒントを少し出した。
「あぁ……それですね。私も微かに記憶に引っ掛かりましたがアルフォンス殿の婚約発表で出されたスープに似てます」
ふっと顔を上げたカリスタ伯爵夫人が似ていると認めた。
「あっ! 思い出した。あの時は陛下が公爵家の料理長も参加しているから楽しんで欲しいと言っていた。ホルンミルクもあの時が初めてだった気がするぞ」
バルテア伯爵が声を上げると「なるほど」とルクレイは頷いた。
「つまりホルンの骨を煮出したスープ自体は王宮では認識していますね。ただ、骨だけ流通はしませんからほとんど伝説のスープ扱いになりそうですね」
ルクレイはうんうんと頷いてホルンの骨スープをどう扱うかはカリスタ伯爵夫人に任せる事にした。
ルクレイはスープを補充して冷却保管箱に仕舞いカリスタ伯爵夫人に渡した。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日、早朝の桟橋に『涼風の旋律』たちがノルド家の連絡船に乗船するため桟橋にいた。ルクレイたちも見送りで桟橋に来ていた。
「本当に世話になった! 魔力を渡せるようになって前に進むことができる。ルクレイくんとヴィオナに会えた事を創世の女神様に感謝を捧げたい」
フィオがルクレイとヴィオナに心からの感謝を伝えた。
「ヴィオナとの早朝鍛錬は楽しかったし気合が入った。ヴィオナは拳術を磨けば王国の一角に入れるだけの力がある。俺も頑張るけど頑張ってくれ」
フィオはヴィオナに顔を向けると餞の言葉を贈った。
「はい! フィオ様の拳術は一杯見ました! 必ず身に付けます!」
ヴィオナとしてはフィオは憧れから師匠的な位置に変わっていた。それでも憧れてきた冒険者である事には変わりはなかった。
「それではみなさんも身体を大事に活動してください。僕とヴィーはレンデールから戻ったら本格的に『深緑の湖』を目指そうと思ってます」
ルクレイがフィオとヴィオナを横目に別れの言葉を掛けた。
クラムたちは母親たちとしばらくの別れとなる。思い思いに母親に声を掛け抱き着き旅が終わったらリューウェンに向かう事を伝えた。
今回の移動でリドルとレグルスもリューウェンに戻る。レグルスは王都に頼んでいた相棒のグリムがリューウェンに着いたと連絡があったからである。
リドルはレグルスが戻るついでに訪問が決まったので父親のグレアル子爵に報告を行うために移動する事にした。相棒のヘラムも一緒である。
『涼風の旋律』に加えてリドルとレグルスが乗った連絡線が離岸した。
「カーン! カーン! カーン!」
連絡線が出港の三連鍾を鳴らしレベナの湾を帆を張って抜けていく。
連絡線が見えなくなるまで見送ったルクレイたちは代官屋敷に戻った。そのままガゼボに向かいこの後の予定を調整する事にした。
マルセリオとフィリクスはイゴルト製糸工房と糸の生産をどう進めるか話す予定だった。王都からの引き合いもありリドルと相談して割り当てを決めていた。
撥水糸用のガラスに関してはリューウェンよりリガレアの方が生産量が多い事からガラス片をリューウェンに運ぶことにしてあった。
イゴルト製糸工房は撥水糸の生産を減らし既存糸の生産を増やす方向とした。レジン糸は工房用製糸魔道具は回し続け生産可能な量は作り続ける事になる。
ガラス片はそのまま王都まで流れる事になる。リューウェンで必要となる撥水糸は生産するが撥水糸の生産はかなり王都に寄せる体制としていた。
レベナ経由でガラス片が流れる事でリューウェンはガラス製品の生産を元に戻す事ができた。逆に既存糸の生産で繊維にした後の工程はレベナに移っていた。
リューウェンではレジン粉を生産するため多くの冒険者がレジン草を探し多くの群生地を発見していた。これによりリューウェンが生産地になり始めていた。
「リオとリクは凄く頑張ってるね。既存糸をうちで引き受けたのはかなり良い方針だと思う。その辺りはヴィーに聞いて僕も支援できるところを探してみるね」
既存糸は王国内で必要とされる資材である。一方でレジン糸は直近で需要が爆発している資材のためリューウェンで増産してもらうのが無難だった。
そして当面はカレットという形で短期間に量産できる形でガラスを供給できるのはリガレアだけである。独自のガラス製品を持たない強みともいえた。
「「ルクにぃ」」「僕たちは」「間伐材も手掛けたい!」
マルセリオとフィリクスは製糸工房の対応は終盤と考えていた。厄介草の刈り取りの件と糸に仕立てる部分は残っているが現時点で二人は手が出せなかった。
そこで双子は間伐材の処理で問題が発生していないかを見たいと思っていた。
「間伐材かー。リオとリクは目の付け所が良いね。間伐材は増え始めた時期だから混乱が起こるのはこれからって考えたんでしょ?」
ルクレイの問いかけに「「うん」」と双子は頷いた。
「僕から助言させて。どうやって問題を表に出すかっていう点と各地を回るための許可をお義父さんに相談して。丸太集積所は二人で回るつもりでしょ?」
「「回りたい!」」
マルセリオとフィリクスは力強く頷いた。
「二人が領内を回るならお父様は反対しないわ。ただ騎士三名と戦闘侍女を同行させると思う。だとするとお母様の許可も必要になるから同時に相談しなさい」
ヴィオナは同行する戦闘侍女の資格を持つ者はカリスタ伯爵夫人の管轄下である事を伝えた。加えて同時に相談すれば拗ねられるリスクが減ると教えた。
『相変わらず拗ねる属性って健在なんだ』
真剣な顔で頷く双子を見てルクレイは少しズレた点に感心していた。




