第六節 旋律祭りと憩いのタープとルクレイの冷や汗
メルカド伯爵領の港町にある浜焼き場は昼食の時間が過ぎても多くの人で賑わっていた。町を代表する三つの工房だけでなく町人たちも集まった。
少しだけ顔を出して戻ったりと人の出入りも多かった。その行動には領主一家の来訪だけでなく『涼風の旋律』も関わっていた。
解散して既に十四年程の刻が過ぎていた。それでも親世代は王都からの噂や実際に訪れたりがあり王都で筆頭だった『涼風の旋律』は記憶に残っていた。
そして新たにレベナの町中で流れた噂が『涼風の旋律』で有名だった治療師ティアーヌが『異変の英雄』であるアルフォンスの母親という驚きの情報だった。
レベナの町にも中央南部の魔物討伐の情報は噂という形で流れてきていた。そこには『異変の英雄』が支援して鎮圧できたという情報も含まれていた。
町の住人は一目見るために浜焼き場を訪れティアーヌたちに声を掛けて戻っていった。これが人が入れ替わりで浜焼き場を訪れている理由だった。
◇ ◇ ◇ ◇
海から戻ったルクレイはヴィオナの隣で海上で楽しんだサーフボードと子どもたちの話をした。漁師ギルドといった新しい情報も共有した。
「すごいね、まさか『涼風の旋律』ってここまで有名だったとは思わなかった。ティアーヌさんがアルフォンスさんの母親って情報は驚くとは思うけど」
多くの人の出入りに気が付いたルクレイがヴィオナに話題を提供した。
「もちろん凄いのです。『涼風の旋律』は多くの魔物討伐もそうですが多くの人を助けています。だからこそ王都の筆頭だったのですよ?」
ヴィオナは胸を張ってルクレイに話した。
ティアーヌたちはニコニコしながら町の人たちが少しずつ出す情報を聞いて驚いたり笑ったり情報を返したりしていた。
子どもたちは『涼風の旋律』は知らないが溢れてくるリューウェンにあるらしい洞窟の情報を集め男の子たちはフィオやカノンに話し掛けていた。
町の人たちが持ち寄る食べ物も増えいつの間にかちょっとしたお祭りのようになっていた。浜焼き場の外にある広場でも人々が集まり騒いでいた。
マルセリオやフィリクスたちはニロンの寛ぎ空間で昼寝をしリドルとレグルスは子どもたちとサーフボードで遊んでいた。
エザンは少し森林の中を見てくると浜焼き場を後にして森に入った。
「浜焼き場のお披露目は成功ですね。お父様とお母様は楽しそうです。代官もやり遂げた感じで胸を張ってますしレベナが凄く明るくなったって感じます」
周囲の空気感がとにかく明るくヴィオナはニコニコとルクレイに話しかけた。
「そうだね。お祖母様も来れれば良かったんだけどニロンに僕たちが乗っちゃったし僕たちの馬も何とかしないとだよね」
今回はイゼルダ前伯爵夫人だけ不参加だった。移動手段なのか亡くなった前伯爵の思い出が詰まりすぎるレベナを避けたのかは判断が難しかった。
「そうですね。ナンニもだいぶ慣れた感じはしますがユミナの相棒ですし。お祖母様とはゆっくりと馬車で移動して来るのが良いかもしれませんね」
ヴィオナとしても残念であり移動手段が理由であって欲しいと思っていた。
「そういえばリガレアからレベナに続く川って名前はないんだよね? あの川を下って来ればレベナに来るのは楽だったりするのかな?」
ルクレイは移動手段という点で川の存在を思い出した。
「どうでしょうか。流れはゆっくりな感じですから馬車より早いのかはちょっと分かりませんね。一応は荷物は運んでるようですから使えるかもしれませんね」
メルカド伯爵領を南北に走る川は上流側は物流でかなり利用されている。一方、リガレアとレベナの間はそれほど活用されていなかった。
最大の理由はメルカド伯爵領が平坦だからである。荷馬車の負担が大きくないためリベナからリガレアに向かう荷は荷馬車が運ぶ流れが定着していた。
「リグさんと話してた小型推進魔道具を付けた河川船だったら遡上するのが楽になるかもしれないね。この辺りは急がずゆっくり考えてみようか」
「レイは馬が好きですから荷馬車を引く馬にもよく声を掛けてますよね。船が便利だからと荷馬車を引く馬にしわ寄せがいかないように目配りしましょうね」
ルクレイの意図に気が付いているヴィオナは馬たちが不要と大事にされなくなるような状況にはならないよう気配りを提示した。
「将来的には馬が必要とされるところは減っていくと思う。それでも馬と人の関わりはなくならないと思うから馬も人もゆっくりとした余生を暮らしたいよね」
ルクレイは想いを汲み取ってくれるヴィオナの存在が嬉しかった。
◇ ◇ ◇ ◇
浜焼き場のお祭りも終わりルクレイたちは代官屋敷に移動した。大人数のため急遽ルクレイが代官屋敷の使ってない空間を整地して野外食堂とした。
ルクレイは野営的雰囲気を出すため五張りのヘキサタープにサイドポールも使いオープンながら少しクローズド的な空間を演出した。
伯爵夫妻を押し込むタープとルクレイとヴィオナが使うタープを少しだけ隙間を作って配置した。残りの三張りは繋がった空間に仕立て上げた。
灯光魔道具をランタンのように配置し中央に小さいながら焚き火を置いた。
「とても素敵な空間ですね。中央の焚き火と周囲の灯光がタープの布を浮かび上がらせてふわっと柔らかく感じます。月明かりの池があったら完璧でした」
「ローチェアも数が揃ってないから持ってきてないのが残念だったかな」
ヴィオナはルクレイのすぐ隣に置かれた椅子に座りルクレイの肩にそっと頭を預けた。周囲から丸見えではあるが特に気にする二人ではなかった。
ルクレイは焚き火の下には水壁を展開していた。焚き火の後はどうしても綺麗に仕切れないためルクレイの前世でも直火はほとんど行わなかった。
水壁の上に花崗岩の小石を敷き周囲に大きめの石を並べ石で作った焚き火台を用意していた。既に太めの薪に火が入り安定した焚き火がゆらゆらしていた。
「そういえば焚き火といえばマシュマロだよね」
ルクレイはヴィオナとまったり焚き火を見ていると口からポロっと溢れた。
「ましゅまろってなんですか?」
焚き火の炎を見ていて思考がぼんやりし始めていたヴィオナが知らない言葉をそのまま返した。
「あれ?……あぁ、記憶の中にあった食べ物? お菓子?」
同じようにぼんやりしていたルクレイはマシュマロの事を聞かれて一瞬何だったか分からなくなった。
「食べてみたいですね。レイ、作ってたべさせてください」
ヴィオナがルクレイに食べたいとお願いした。
「いいよー。えっと……材料ってなんだっけ……。キャンプで作ると味は少し落ちてたけど……ゼラチンと卵白と砂糖だったかな」
ルクレイもぼやけた頭で材料をひねり出していた。デイキャンプでも時間を潰すのに作った記憶が残っていた。基本はパラコードで遊んでいたが……。
「ぜらちんって聞いたことありませんねぇ。どんなものですか?」
「んー……流石にゼラチンは粉で買ってたけど……確かコラーゲンとかその辺りで聞いた記憶が……。……あっ! 骨を煮て取り出す……だったはず」
「こらーげんですか? ぜらちんもですが知らないですよ?」
ヴィオナは欠伸をして肩から頭を上げて軽く伸びをした。もう直ぐ夕食が整うので頭をスッキリさせるためルクレイに散歩を強請った。
ルクレイは「いいよー」と答え席を立ちヴィオナに手を差し出した。
「あっ、でも骨を煮るとしたら少し時間が掛かるから先にお願いしておこうか。浜焼きでホルン肉あったしホルンの骨とかあればお願いしちゃおう」
ルクレイはヴィオナをエスコートして代官に声を掛けた。そしてホルンの骨があったら多めに煮込んで欲しいと頼んだ。
「小ホルンでも骨は大きいです。何となく形が面白いので綺麗に洗って何個か飾ってます。大きな鍋でもあまり骨は入りませんが煮てみようと思います」
代官はなぜか解体肉の骨を飾っていた。ルクレイとヴィオナは首を傾げたが考えてもしょうがないので煮るのをお願いして散歩に向かった。
代官屋敷はメルカド伯爵家の海の玄関と言えるため格式のある建築様式になっている。小さいが庭園もありガゼボも設置されている。
「綺麗に整備されてるよね。代官さんって本当にお祖父様の事が好きで敬愛してるのが分かる。僕もお祖父様に会いたかったな。リオとリクも……そこが残念」
「お祖母様とお父様とわたしが語り継ぐしかありませんね。王都に行けなかった分だけお祖父様とお祖母様とよく一緒にいました。一人で懐かしんでてはダメね」
ヴィオナは懐かしい顔を浮かべルクレイにふわっとした笑顔を向けた。
ルクレイは『可愛い』と見惚れたが空中に水壁を展開していった。ヴィオナを水壁の階段に誘い二人は上空にゆっくりと登っていった。
「綺麗……。もう夕陽は落ちてしまいましたね。焚き火を見ている間に陽は落ちたようなので見損ねて残念ですが月明かりのレベナの湾がとっても素敵」
ルクレイはいつもの水壁を展開して二人は並んで座って海を見ていた。
地上から「ルクにぃー」と呼ぶ声がした。ルクレイが地上を見るとマルセリオとフィリクスが手を振っていた。階段はあるが登っては来なかったようだった。
「今降りていくよ〜」
ルクレイが双子に声をかけヴィオナをそっと横抱きにして水壁から飛び降りた。
加速する前に水壁を展開しチョンチョンと舞うようにルクレイは降りていく。ヴィオナは楽しそうに笑顔を見せながら動きに身を任せて海を見た。
◇ ◇ ◇ ◇
「ルクにぃは代官に骨を煮るように頼んだみたいですけど何を作るんですか?」
夕食を食べ始めて少しするとリドルがルクレイに質問した。
「ん? あぁ、ホルンの骨を煮てもらってるの。ちょっと試しに作ってみたいお菓子? みたいな物かな。なんていうか掴みどころのない食べ物?」
「「やったーお菓子ー」」
リドルとルクレイの会話を聞いていた双子が歓声を上げた。別の席に座っていたクラムとエグリアも「「たべたーい」」と声を揃えた。
「えっ?……そんなに期待されるとちょっと……」
ルクレイはあやふやな記憶でゼラチンを作ろうとしていた事で少し焦った。マシュマロはゼラチンが上手く出来なければ完全に破綻すると分かっていた。
『ヤバい……ゼラチンが一番重要なのに作ったことないんだけど。煮出して漉して冷やすという事しか分からないんだよね。気を逸らす話もない……』
ルクレイはキラキラした期待に満ちた目で見てくる双子たちにたじろいだ。そもそもマシュマロにそこまで期待が掛かると選択ミスという思いも過ぎった。




