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海の落とし者と釣り竿  作者: うにまる
第十六章 旅立ちの準備は結局日常の繰り返し

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第五節 セイルボードは難易度高く漁師ギルドの産声

 メルカド伯爵領の港町レベナに作られた浜焼き場に多くの人が集まっていた。噂を聞きイゴルト製糸工房やベリーナ木工工房からも集まったきた。


 女性陣の方から「えぇー」と声が上がった。どうやら『涼風の旋律』を知っている人がいたようでフィオたちが質問攻めに遭っているようだった。


 そして『異変の英雄』という声も聞こえどうやらティアーヌの身バレが進んでいるようだった。ルクレイとヴィオナはそれを横目に会話を楽しんでいた。


 しばらくするとビットが顔を出し「準備できました」とルクレイに声を掛けた。ルクレイは頷いてヴィオナに行ってくると囁いて海に向かった。


 布の準備も終わっている三人の男の子たちがサーフボードに跨いで海上にプカプカと浮いていた。ビットもサーフボードを抱えて海に入った。


 ルクレイは「少し長めのロープを四本貸して」と近くの漁師に声を掛けた。漁師はロープ置き場から取り出してルクレイに渡した。


「それではちょっとした遊びをしましょう。そのために少し沖合に向かいます。このロープの端を持ってもらって僕が引っ張っていきます」


 ルクレイは水壁で空中を歩き子どもたちビットにロープの端を渡した。引っ張ると揺れるし近づくから注意するように声を掛けて沖合に向かい歩き出した。


 ルクレイはテクテク歩きながら子どもたちに足を水から出して胡座を組んでみてもらった。案の定、サーフボードは細く安定性は良くなかった。


「今回は足を入れたまま遊ぼう。付けてもらった布は帆船の帆と同じように風を受けると前に進む力を生み出すよ。その力で進んでみる遊びを試そう」


 ルクレイは遊びの趣旨を話した。子どもたちは未知の遊びに興味が半分と不安が半分といった面持ちだった。ビットも少し不安そうだった。


「んー、僕が先にやって見せた方が良さそうだね。やった事のない遊びだから仕方ないか。……ちょっと手順を間違えた感じでごめんね」


 ルクレイは海面より少し上に水壁を発動した。


「この板の上は安全だから上がって」


 ルクレイは子どもたちをヒョイヒョイとサーフボードから水壁の上に上げた。子どもたちは不思議な水色の板の上に乗って目を丸くしていた。


 サーフボードも水壁の上に置きビットには海上にいてもらった。そしてサーフボードを借りてルクレイが跨り子どもたちに説明を始めた。


「このパドルに結んだロープがこの遊びのポイントなんだ。パドルを寝かせてると布はボードの上にあるよね? こうしてパドルを立てると……」


 ルクレイはパドルでロープを結んだ方のブレードを上にして立てた。すると引っ張られた布が開き海風を受け風を掴みルクレイが乗るサーフボードを動かした。


「「「えぇー」」」


 子どもたちは勝手に陸に向かい進んでいくサーフボードに目を見開いた。ビットも目を丸くしてルクレイとサーフボードを見つめた。


 ルクレイはロープの張りを緩め逆側のブレードだけを使ってサーフボードを回転させて子どもたちのところに戻った。


「今はパドルの角度を調整して布を完全に開かなかったからゆっくり進んだんだよね。今度は完全に開いて足を水から出してやるから見ていてね」


 ルクレイはサーフボードの向きを陸側にしてパドルを立てる。布が風を掴みサーフボードが進みだしたところで胡座を組みパドルを完全に立てて布を開いた。


 布が「パンッ」と軽く音を立てサーフボードがどんどん加速していった。あっと言う間にルクレイは子どもたちから離れどんどん小さくなっていく。


「凄く速い……」


 子どもの一人がボソッと呟いた。二人の子どもたちはルクレイとサーフボードを見つめたまま頷いた。ビットは『凄い』とやはり見つめていた。


 ルクレイはパドルを倒して布を潰し風から得る推進力をなくした。両足を海中に戻しパドルのブレードを左側だけ刺して左に90度回頭させ傾きを与えた。


 左側に傾いたサーフボードは底面が抵抗を生み出し横滑りしていく。ルクレイはバランスだけ維持してギリギリまで左に傾けていく。


「うーん、シングルでもコンケーブが欲しいところだよなー。底面が滑って思ったよりは抵抗が弱い。滑りをお尻で感じる感触はスキーに似てて好きだけど」


 ルクレイは岸までの距離で問題ない事を確認した。


「この滑走感は弱いけどエッジを掛けた感じに近い。そう言えばヴィーとスキーとかの勉強会を開く約束してたから開かないと。一緒にスキーとかしたいなー」


 ルクレイの前世の記憶には妻とスキーをした記憶もあった。妻もスキーは上手く色々なスキー場を回っていた。ヨットにのめり込む前の記憶だった。


 ルクレイはほぼ無意識にサーフボードの傾きをエッジに見立てて荷重を動かしサーフボードを海面でクルクルと回転させた。


「もう岸も近いか……。この荷重の動かし方は前世の記憶が覚えてた? なんか身体が覚えてたって感じなんだけど……違う身体でも繋がってるのかな」


 サーフボードに残っていた推進力を底面の抵抗で奪い取って止まった。


「すげー」「すごーい」「カッコ良いー」


 浜焼き場から歓声が上がった。ルクレイが何かをするとヴィオナが宣伝していたのだがルクレイは知らず多くの目に驚いた。


 ルクレイは軽く手を振り水中に水壁を展開しサーフボードを小脇に抱え沖に向って駆け出した。水壁の上では子どもたちが拍手して迎えてくれた。


「「「すごかったよー」」」


 ルクレイが苦笑いを浮かべ水壁の上に上がると子どもたちが抱き着いてきた。そして口々にカッコ良くて真似したいとルクレイに話し掛けた。


「そのためにはサーフボードの上で胡座が組めないとね。それにバランス感覚と重心の移動と身体で覚える事が一杯あるから浅瀬で鍛えないとな」


「「「がんばるー」」」


 子どもたちから不安の色は消えていた。子どもたちはキラキラした目で練習する約束をしていた。そして話し合いながら乗り方を覚えていった。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 ビットは少し考えた上でルクレイに聞く事にした。


「ルクレイ殿。漁船に付ける帆というのはあんな感じなのですか?」


 想像を超えて速度が出るサーフボードにビットは不安を持ち始めていた。


「んー、違うかなー。ビットはリューウェンに買い出しで行った事はあるよね?……横帆は後ろからの風で前に進むけど三角の帆は少し違うんだ」


 ルクレイは不安の感情を読み取ったが帆の特性の話を始めた。


「帆は少し遠い場所で漁をしたりする時の補助で付けている。固定したマストで開いた帆は簡単に閉じることはできないから少しずつ慣れるしかないね」


 そして基本は櫂船なので帆の運用は慣れるしかないと伝えた。


「ビットもこの遊び道具で風を掴んで走らせてみるといいよ。加減はパドルの立て方だけだからね。その感覚は帆走した時も役に立つと思うよ」


 ルクレイはこのスピネーカーもどきも将来的には帆船に付けたいと思った。前世の記憶でジェネカーやコードゼロよりスピネーカーの方が印象深かった。


『帆船はとにかく風に乗るまでが忙しい。それが嫌だと帆船は苦痛しかないから注意しないと。擬似的な布で帆走の楽しさを知ってもらえるといいなぁ』


 ルクレイは櫂船で漁をする漁師たちに帆は邪魔にしか見えない点は理解していた。しかし少し足を伸ばそうと思っても櫂船の航続距離はそうそう伸びない。


 海岸航路は風の向きが安定してるだけに帆に慣れて欲しかった。


 その後は一人ずつパドルを立ててサーフボードが動く体験を子どもたちと楽しんだ。止まっているより進み始めた後の方が胡座にしやすい感覚も伝えた。


 そして一人の子どもに改造の許可をもらい底面にコンケーブを付けた。なだらかに仕上げ急激なエッジが掛からないように仕上げた。


「こういった細工に意味はあるんだ。ただちょっと難しい話になっちゃう。なによりこの形のサーフボードと元の形のサーフボードで乗り比べてみて」


 ルクレイは持ち主の子どもにサーフボードを返した。


 ◇ ◇ ◇ ◇


「だいぶ落ちなくなりましたね」


 ルクレイはビットに声を掛けた。ビットは浮いているだけではあるがルクレイが行う落水時の救助を見ていてサーフボードの使い方を学んでいた。


 パドルで移動する時の刺し方のコツや手でパドリングする時の水の掻き方など多岐にわたった。許可をもらい水壁の傍で実践して体験した。


『ただ漕げば良いという話ではないのか……。さっきしていた加工も意味のあるものと言っていた。ルクレイ殿は無意味な事はしないと考えれば……』


 ビットは河川船で漁をしていた時は船に興味はなかった。魚のいる場所までの移動手段でしかなかった。漁獲量が減ってもどうすれば良いか分からなかった。


 ルクレイに河川船を使う理由を聞かれても答えはなかった。その時から船について考えるようになったビットは改めて湾の広さに気が付いた。


 そして海で使う櫂船に興味が出た。リューウェンの漁師は櫂船を使っていた。リューウェンに比べればレベナの湾は比べ物にならないほど狭い。


『狭い湾の本当に小さな場所でのみ漁をしていた。それに気が付いたのはあの一言だった。櫂船を考えていると言った一言で漁船の建造に話が飛んだ』


 ビットは出会った時からルクレイという少年が本当に不思議だった。漁具の説明を聞き少しがっかりし係留している河川船を見て愕然としていた。


 今では河川船で漁をしている事に驚いていたと理解していた。漁を見るでなく船を見て問題があると気付いて漁船の構想を始めたとビットは考えていた。


「ルクレイ殿、実はレベナにリューウェンの漁師ギルドのギルド員が来て漁師ギルドの設置を打診されました。代官に伝えたところ設置する事にしたようです」


「そうなの?……漁船が揃うまでは漁船の検証情報は漁師ギルドにお願いする事にしようかな。揃い始めたら流石に忙しくなるかな」


 ビットから漁師ギルドの設置を聞いたルクレイは任せる先として候補に入れた。


「それに漁獲量や漁をした場所の情報を整理してもらえるな。いっそのこと浜焼き場の管理を漁師ギルドに渡すか?……これはヴィーと相談だな」


 ルクレイは新しい組織が出来れば宙に浮いた事務作業を任せられる可能性があると考えた。産声を上げようとしている組織がルクレイの標的になっていた。


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