閑話 アルデン家に訪問打診でリネットに火がついた
「お母さまーおねがーい」
少女が女性に抱き着き一生懸命なお願いをしていた。ソファーに腰掛け紅茶で一息ついていた女性は眉を寄せ「またですか……」とため息をついた。
少女はリネット・アルデン侯爵令嬢で二歳である。母親はエレノア・アルデンでアルデン侯爵家長男のコンラート・アルデン侯爵子息の妻である。
現当主はまだ現役でコンラートは領務を叩き込まれている次期当主である。現当主のクリントン侯爵は代替わりのためコンラートをしごいていた。
「リュミエールさまの劇が見たいのですー。すてきなリュミエールさまとアルフォンスさまのかつやくをこの目で見たいのですー」
リネットは公演している『異変の英雄』を見たくて母親のエレノアにお願い攻撃を繰り返していた。
「はぁ、また侍女たちの噂話を盗み聞きしましたね。あの劇は戦の劇ですからリネには早すぎます。もう少し大きくなるまで待ちなさい」
エレノアはため息をついた。娘のリネットはとにかく活動的で専属でつけている侍女のエンジュを巻き隠れて侍女たちの噂話を拾い集めている。
『エンジュも優秀な侍女なのに……あの子から逃げ切るリネは二歳としては規格外なのよね。今だってエンジュから逃げ切ってここに来てるみたいだし……』
アルデン侯爵家は比較的温厚な血筋である。長男のコンラートと次男のクラウスもやはり温厚なためリネットはかなり珍しいお転婆と言えた。
「コンコン」
扉がノックされ「エンジュです」と外から声が掛かった。抱き着いていたリネットがピクッと動いた。エレノアは入室を許可した。
部屋に入りエンジュは一礼し扉の横に控えた。
「リュミエール様にリネットが憧れるのは分かるわ。とても素敵な方ですし魔法は王国一というのも確かです。でもね、あの劇は戦いの劇なの……分かる?」
抱き着いているリネットは小さく頷いた。
「リュミエール様は英雄に憧れるリネットはたぶん好きではないです。素敵で淑女のリュミエール様に憧れるリネットだから受け入れてくれたのよ?」
リネットは再び小さく頷き顔を上げてエレノアを見た。
「それはわかってます。でも……戦うリュミエールさまも知りたいのです。リュミエールさまはいろいろなことをテントの中で話してくれましたわ」
リネットはリュミエールと一緒にテントで過ごした夜は宝物だった。頭を撫でてくれる手がとても優しく優しい瞳で沢山の話をしてくれた。
リネットの中では既にリュミエールの英雄という立場は意味を持っていなかった。純粋に素敵な姉のような感じになっていた。
リネットは実際のリュミエールと噂に聞く『異変の英雄』としてのリュミエールに少し違和感を感じていた。その違和感は放置しない方が良いと感じていた。
「まだリネに許可することはできません」
エレノアの言葉にリネットはショボーンとした。
「コンコン」
扉がノックされ開きコンラート侯爵子息が入室してきた。コンラートはリネットもいるとは思わず笑顔になりエレノアの横に座りリネットを膝に乗せた。
「お父さまもお祖父さまからにげてきたのですか?」
リネットは首をコテンと倒してコンラートに初撃で致命傷を与えた。
「いやいや違うよ? 伝えることが会ってエレに会いに来たんだよ……ほんとだよ? そんな二人して疑いの目で見なくてもよくない?」
コンラートは真剣に自己弁護を始めた。ただ普段の行いを娘に指摘されただけで慌て過ぎと周囲の侍女たちは温かい目を向けていた。
「こほん、えっと……そうそう、父上にメルカド伯爵家から先触れが届いたんだ。どうやら子息たちが顔見せで家まで来るみたいだ」
訪問理由を伝えれば無罪を主張できると考えたコンラートは本題に入った。
「えっ?……用件はあったのですね。って……メルカド伯爵家の子息というと双子のマルセリオくんとフィリクスくんですよね?……四歳でしたよね?」
現侯爵夫人のフローランスが表を担当している事もあり面識は薄いがメルカド伯爵家のカリスタ伯爵夫人と会った事のあるエレノアは記憶を掘り起こした。
「四歳みたいだ。父上も驚いていたが訪問は受ける事になった。まあ……断る理由がそもそもないんだけどね。まだ日取りは確定してないけど訪問は確定した」
「メルカド伯爵家は普段は目立たない貴族家ですよね。南部で武門貴族ですから中央南部の魔物討伐で頑張ったとは聞きましたが……」
エレノアはメルカド伯爵家の情報を一生懸命思い出した。記憶を漁らないと出てこない辺りが同じ海岸航路に領地を持つ貴族だが影の薄さを示していた。
「あっ! お義母様が『落とし人』をメルカド伯爵家が保護したと話してました。えっと……確か『ルクレイ』という少年だったと思いますわ」
エレノアは『良く思い出したわ』とホッとした。
「あー、そうか。訪問の代表がそのルクレイとなっていて誰か分からなかったんだよ。父上は『なるほど』と納得した顔してたから口は閉じてたんだよね」
コンラートは訪問者が誰か分からないまま放置していた。
呆れたエレノアは訪問者の名前をコンラートに求めた。出てきた名前でエレノアは頭の中で『どういう人選?』と混乱した。
「メルカド伯爵家の顔見せにノルド子爵家の長男も加わってるのですか? あと……レグルスってもしかしてアルフォンス様の弟なんて事はありませんか?」
エレノアは二つの貴族家が纏めて訪問は異例だし記憶に違いがなければアルフォンスの弟がレグルスという名だったと記憶に蓋をしたくなった。
「あっ! レグルスくんとミレーユちゃんか! 母上のお気に入りの子たちだ! そうだよ……アルフォンス殿の弟で間違いない……まずいな……」
アルフォンスは前にレンデールを訪問していた。その時に『異変の英雄』がレンデールで上演されていた事もあり若干の確執が生まれていた。
「ちょっとまずいですね。お義母様は王都ですから念のためお義父様にその点は確認を入れましょう。お義父様が変に動くと話が難しくなるかもしれません」
「お父さま、アルフォンスさまのおとうとがわがやにくるのですか?」
「ん?……そうだな。どういう流れなのかは分からないんだが弟のレグルスくんが来る。他にも『涼風の旋律』メンバーの子どもたちも来るみたいだ……」
「すずかぜのせんりつですか?」
「んー、『涼風の旋律』は王都で筆頭と言われていた女性だけの冒険者パーティーなんだ。突然解散したのは俺でも知ってる。理由はよく分からん」
リネットの質問にコンラートは答えた。
「その冒険者パーティーに関してはお義母様から聞いています。メンバーの治療師がティアーヌさんと言って……アルフォンス様の母親です……」
エレノアの言葉にコンラートは絶句した。ノルド子爵家の娘がアルフォンスの婚約者と考えると同行する全員がアルフォンスに関わりのある人ばかりだった。
「どういうことだ?」
「情報が不足してます。お義母様に質問してもたぶん間に合いません。お義父様に確執が残っているようでしたらコンラートが対応すべきです」
コンラートの困惑をエレノアはバッサリと無視してアルデン侯爵家としての対応方針をエレノアはコンラートに伝えた。
◇ ◇ ◇ ◇
侯爵邸のラウンジに現当主のクリントン侯爵と息子のコンラートと息子の妻のエレノアとなぜかリネットが集まっていた。
「父上に率直に聞きますがアルフォンス殿に思う事はありますか?」
「話があると言うのはその話か……」
クリントン侯爵は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「今回のメルカド伯爵家から来た訪問の打診を父上は受けました。その対応にあたって父上がアルフォンス殿と確執があると思うなら差配は俺が取ります」
コンラートが真剣な表情でクリントン侯爵に話した。
「ん?……どういうことだ? フローランスは王都だからエレノアに代役を頼む事になるがコンラートは関係ないだろ」
いつになく真面目な顔に困惑しながらクリントン侯爵は事実を伝えた。
「関係はないですよ。ただ訪問者の顔ぶれを確認したところアルフォンス殿に思うことがあるならトラブルを避けたいだけです」
コンラートはクリントン侯爵に無関係である点は認めた。
クリントン侯爵は「ん?」と首を傾げた。
「簡単に言えばメルカド伯爵家の子息とルクレイは良いのですが他の同行者は全員がアルフォンス殿に縁のある人ばかりなのです」
コンラートは確執に関しての言質は取れなかったが状況を伝えた。
「えっ?……あっ! レグルスはフローランスが言ってたアルフォンス殿の弟かっ……。リドルくんはほぼ親族……あぁ……『涼風の旋律』もか……」
クリントン侯爵はコンラートの言いたい事が理解できた。
「今回の訪問はメルカド伯爵家の子息が我が家に顔見せするものです。この件とアルフォンス殿は関係ないのですが……確執があって表に出ると困ります」
「お祖父さまはリュミエールさまともめたのですか?」
話を静かに聞いていたリネットが祖父のクリントン侯爵に尋ねた。
「あっ……いや揉めてはいないよ?」
いきなりのリネット参戦にクリントン侯爵の腰が引けた。
「リュミエールさまはとてもやさしくしてくれましたわ。アルフォンスさまもやさしかったです。お祖父さまはやさしくできないのですか?」
リネットは思うままに言葉にしてクリントン侯爵を追い詰めていく。
「いやいや……アルデン領の異変の元をアルフォンス殿たちが解決してくれた。確かにいきなり退去を通告され慌てたが……感謝はとてもしているよ」
クリントン侯爵は言い訳の中で感謝している事は事実として自身の中にある事を自覚した。そして確執が残っていた事も合わせて自覚した。
「わたしはレグルスさまと会えるのがたのしみです。リュミエールさまからレグルスさまとミレーユさまのおはなしをきいて会いたいとおもってましたの」
すでに自分の世界にリネットは入っていた。
「レグルスさまにリュミエールさまのおはなしをたくさんおねだりしないと」
リネットはリュミエールとレグルスたち双子は双子が生まれた時からの付き合いと聞いて知っていた。つまり情報を一杯持っているとワクワクしていた。
「父上……今回の訪問は俺とエレノアで仕切ります。父上にはリネットの監視をお願いします。エンジュも細心の注意を払ってくれ」
クリントン侯爵はため息と一緒に頷いた。リネットの専属侍女であるエンジュも深く頭を下げた。
アルデン侯爵家で要注意のお転婆であるリネットが不思議なやる気を見せてしまった。日々振り回されるアルデン家の人たちは諦め顔になっていた。
どう見ても始まる前から負け戦にしか見えなかった。




