第七節 竈作りは身内で顔見せに同行する子どもたち
メルカド伯爵邸に作られた池では子どもたちがサップに乗り遊んでいた。浅い場所で四人で乗ったり落ちたりしながら歓声を上げていた。
拠点ではルクレイとヴィオナがアルフォンスの弟であるレグルスとゆったりと紅茶や果実水を飲んで果物などを摘み静かに話していた。
「アルフォンスさんの動機は分からない。僕の動機は帆船で旅をしたいところから始まってる。ヴィーと出会って素敵な子と婚約できて婚姻も約束してる」
ルクレイはひとつの例として自身の事をレグルスに話す。
「ヴィーも冒険して新しい景色が見たいと言ってくれたから二人の夢は旅に出て新しい景色を見る事になったんだよ」
ルクレイはヴィオナに微笑みを向けヴィオナも微笑みを返した。
「僕たちにとっては予定している『深緑の湖』もレンデールまでの旅も十分に冒険かな。未知の場所を訪れる事はとても楽しみだよ」
「リドルたちから『深緑の湖』は聞いてたけどレンデールにも行くの?」
ルクレイの話にレグルスは気になった事を尋ねた。
「レンデールはリオとリクの顔見せで少し回る予定。リドルもグレアルさんから連れ回してと頼まれてるから連れて行くよ。レグルスも一緒に行こうね」
ルクレイのあまりに自然な誘いに「僕も?」とレグルスは目を丸くした。
「レベナとリガレアの方は少し安定する予定だからね。フィオさんたちがリューウェンに戻ったら顔見せの先触れを出して出発する感じかな」
ルクレイはマルセリオとフィリクスが戻ったら顔見せで湾岸航路を回る予定で考えていた。池や小山を造成したりとバタバタしていたのは完全に趣味であった。
それに伴って色々と物作りで工房を巻き込んでかなり騒がしくなっていた。
「実はついでに魚粉と南方木材の造船を宣伝してこようと思ってるんだ。サップも広めたいけど簡易版ができてからなので今回は外すけどね」
顔見せと言いながら便乗で他の計画をルクレイが話し始めた。それを聞いたレグルスは「魚粉と造船?」と首を傾げた。
「アルフォンスさんたちがリューウェンで工房を立て直したでしょ? レベナでも作り始めてるけど需要に追いついてなくてさー。巻き込みに行く感じ」
ルクレイは魚粉に関しては巻き込まれた身だから仲間を増やそうとしていた。
「あと、メルカド伯爵領でもかなり間伐不足だったから間伐材がかなり出てきてる。乾燥魔道具で強制的に乾燥させる話は広げないとちょっとまずいんだよね」
そして生木の間伐材に対する対策を広めないと各地で間伐材による深刻な問題が発生しかねない状況だった。
「ルクレイさんは――「ルクでいいよ」……分かった。これからはリドルたちと一緒でルクにぃって呼ぶね。何となくリドルがそう呼んでる理由が分かった」
呼び方を伝えたら『ルクにぃ』と呼ぶと言われルクレイは目を丸くした。
「えっ?……良いけど……理由?」
ルクレイは意味が分からず首を傾げると横でヴィオナがくすくすと笑った。
「なんていうか、ルクにぃは『ルクにぃ』って感じなんだよね。アル兄と雰囲気的に似てる部分を感じるけど方向性が全然違ってルクにぃがしっくりする」
「ん?……今ひとつ分からないけど困らないから良いよ」
ルクレイは首を傾げながらもレグルスに答えた。
「レイ、せっかくだしリオたちに竈を作らせません? リドルくんやレグルスくんにも作って貰って食事場に設置したら面白いと思いますよ?」
ヴィオナが話の切れ目を感じたので食事場に設置する竈の作成を提案した。
庭園に作る食事場にはルクレイとヴィオナが作った竈を設置予定である。そこに家族たちの竈も設置する計画にしていた。
「それも良いね。晩餐まではもう少しあるから組み立てる時間は十分に取れそうだね。メリアはリランさんところにいそうだから確認をお願いしていいかな?」
ルクレイのお願いにヴィオナが頷き侍女に声を掛けて確認を頼んだ。ルクレイは席を立ち池で遊ぶリオたちを呼び寄せて竈作りを提案した。
賛同した双子たちに身支度するように工房へ送り出した。
◇ ◇ ◇ ◇
ルクレイは竈用の石置き場に追加で自然石風の花崗岩を出して竈石を用意した。眺めていたレグルスは「やっぱりおかしい」と首を傾げていた。
本館からメリアとエグリアが拠点にやってきた。双子とリドルも身支度を済ませ集まってきたので竈作り教室が開催された。
双子とリドルはリューウェンの浜焼き場に入り浸っていた事もあり組み方を知っていた。クラムとエグリアはリドルたちに教えて貰いながら組み立てた。
アルフォンスの竈作りを何度も見ていたレグルスも作り方を知っていた。気が付くとメリアに教える事になっていて教えながら組み立てた。
手持ち無沙汰になってしまったルクレイはヴィオナと温かい紅茶を飲んでいるとリグとルナリエが同席を求めたので許可して雑談を始めた。
「メリアの髪飾りですがカリスタ伯爵夫人にバレました。まぁメリアが髪を褒められて口を滑らせたのですけど。ノルド子爵家に話を持っていくみたいです」
「想定の範囲内……ではあるよね?」
ルクレイが苦笑を浮かべヴィオナに視線を向けて尋ねた。
「範囲内ですね。お母様とリランが動くのであればわたしたちに影響は少ないと思うわ。その後はマティルダ様か両妃殿下に持っていくのでしょうね」
「ヴィーの髪飾りはもう少し先になっちゃうけど良いかな?」
ルクレイとしてはこの流れで髪飾りを出す気はなかった。
「レイからのプレゼントだから価値があるのよ? それにお母様たちに巻き込まれるのも大変ですから知らない振りを続けましょう」
ヴィオナとしても『深緑の湖』でルクレイにプレゼントされる方が嬉しかった。検証の流れに巻き込まれたのでは嬉しさも半減してしまうと考えた。
漏れる前提で考えていた二人にルナリエは驚きが半分で納得が半分だった。
◇ ◇ ◇ ◇
夕食の時間が近づくと双子たちの竈も完成しお披露目された。新たに作られた七個の竈たちはルクレイが固着し移動して実際に火を熾す作業に入った。
火熾しは夕食時で集まったバルテア伯爵が双子とリドルを指導した。エザンも戻ったのでリグとエザンでクラムたちに指導して火を入れていった。
火が育ち竈として機能を発揮し始めると子どもたちから歓声が上がった。
「子どもたちの喜ぶ歓声というのは良いもんじゃな。リオとリクが戻ったとは聞いとったが……子どもが七人もいると中々に雰囲気が若返るの」
イゼルダ前伯爵夫人が目を細めて竈の前で大人の指導を受けている子どもたちを見ていた。以前は静かだったマナーハウスの変化を楽しんでいた。
食事にはマルセリオたちが持ち帰ったホルン肉などが出された。聞いた話ではアルフォンスたちが集積所に置いた小ホルンはまだ運び出しきれてなかった。
「小ホルンの解体肉は大きくて荷馬車でも数体しか運べません。運んだ先でも場所を取るので洞窟のある第二拠点にまだ積まれた状態なんです」
リドルの話にメルカド家の全員が目を丸くした。フィオたちは山積みの解体肉を見ているので「あれはちょっとねー」とリドルの話に頷いた。
アルフォンスたちがレンデールに向かう時に整理したいと二百体ほど集積所に詰め込んだが減らないとボヤいていたのは笑い話になっていたと話した。
「確かに前に十体ほどもらったのでレベナで食べましたが……あれはかなり大きかったですね。それを二百出して減らないって……どんだけ狩ったんだか……」
ルクレイとヴィオナは解体肉を実際に見たので目を丸くした。
「小耳にした話だとミルク目当てで初日に三層を殲滅したみたいです。たぶん数千体だと思います。その後もちょくちょく討伐してるみたいでしたよ?」
リドルの話だと桁がそもそも違っていた。
「あー、うん……それは減らないよね……ずっと減らないよね?」
ルクレイは洞窟の産出量を完全に見誤ったと思った。
「リューウェンと洞窟の間は馬車で一日ですから難しいと思いますね。今でも毎日荷馬車が行き来してるけどウルフ肉とかも運んでますからねぇ」
リドルはウルフ肉の粉末もコネ玉として人気があり輸送する価値が出ていると話を加えた。ふと思い付いたリドルはディア肉を粉末にしないかと提案した。
「えっ? コネ玉って肉を乾燥魔道具で乾燥させて粉砕魔道具で粉末にして作ってるの? それって話していいの?」
「アル兄さんがあちこちで情報を流してるみたいです。というのは外だとアイテム袋が使えないので日常的に流通するのを期待しているみたいです」
リドルがアルフォンスたちの野望をバラした。流通している粉末果物も新種が出るのを楽しみに情報を拡散させて流行らせたとリドルが追加でバラした。
「さすが英雄さんじゃな。やることの規模が大きすぎるわ。粉末果物が突然出てきた背景がそれとは思わんかった。広げる理由も利便性優先とわ思わんだ」
リドルの話にイゼルダ前伯爵夫人も呆れ顔になり首を振った。
「あー、王都で『ソフィア王女のレシピ集』が無料配布されていたのも一環なのか。王女様のお墨付きなら一気に流行るって仕掛けた感じなのかな」
何となく色々と食に関して繋がったルクレイが感心した。
「アル兄さんたちは食に関しては妥協しないですからね。王都にいた時は公爵邸でちょくちょく新作が生まれて凄い勢いで王都に広まってましたよ」
リドルはルクレイの考えを肯定し本質は食いしん坊だと笑って話した。
「そうそう、特に稲粉が公爵邸で流行った時はミレーユたちも料理長とかなり色々と試してましたね。あれってレグルスも噛んでるんでしょ?」
リドルは結構印象的だった稲粉の話をレグルスに振った。
「あー、アルデン侯爵家のタウンハウスに訪問した時だね。何か懐かしいな。あれは……うん確かにちょっと料理長も王宮料理長もおかしかったね」
稲粉の時は公爵邸の料理長も相当に暴走していた。ミレーユとレグルスは距離を置こうとしたが巻き込まれ中々にハードだった事を思い出した。
話を聞いていたルクレイが「稲粉?」と聞き覚えのない材料を尋ねた。
「アルデン領の特産で稲っていうらしいんだ。最近はクラリスおばさまたちの要望でだいぶ王都に出荷してるんだけど入手はちょっと難しいかな」
「ん?……クラリスおばさまってもしかしてクラリス正妃様?」
稲自体も気になったが出てきた名前の呼び方から気になり尋ねた。
「あぁ、なんか小さい時から可愛がられて今思うとちょっと状況が混沌としてる感じなんだよね。僕とミレイは気にもしてなかったけどアル兄は混乱してた」
レグルスは実母のティアーヌ以外にマリーニュ家の男爵夫人と伯爵夫人を小さい頃から母さんと呼んでいたと話しマティルダ公爵夫人も呼んでいると話した。
「お母さん呼びが四人か……それは色々と混乱してもおかしくないと思う」
ルクレイはレグルスたちの人間関係は複雑怪奇だと思った。王家と上位貴族との距離感が完全にバグっているとルクレイは少しだけ危機感を覚えた。
「あっ、お義父さん。リオとリクのレンデールまでの訪問ですがそろそろ準備に入りましょう。リドルはグレアルさんに頼まれてるから一緒なのは良いよね?」
バルテア伯爵は突然振られて目を丸くしリドルはルクレイに頷いた。
「あと、折角なのでレグルスも一緒に連れて行きますね。帆船の移動ではなくて旅を経験して欲しい。知らない場所を訪れるのは良い刺激になるからね」
スラスラと流れるように話すルクレイにレグルスも苦笑しながら頷いた。
「カノンさんたちも洞窟に戻りますよね? もし許可がもらえるならクラムたちも僕たちの旅に参加させませんか? 折角会った縁ですから旅もアリですよ」
ルクレイは更に旅の同行者をさらっと増やす方向でカノンたちに話し掛けた。
「えっ?」
ルクレイに聞かれたカノンは驚きで反応が出来なかった。
船旅など平民にはほとんど縁がないものである。今回の移動もほぼティアーヌの暴走に引っ張られてリューウェンまで来る事になった。
「あら、それは楽しそうね。これは良い機会だから許してあげたら?」
ティアーヌが横から賛同を示した。その声を聞きフィオとカノンとミモザの顔に諦めが浮かんだ。ルナリエは驚いたがニヤニヤし始めた。
「メリアは行きたそうな顔してるから一緒に旅してきなさい」
ニヤニヤしたままルナリエはメリアに許可を与えた。横ではカノンとミモザが絶望な顔でルナリエを見ていた。
「……クラム行っておいで」「……エグリアも良いよ」
絞り出すようにカノンとミモザが許可を出した。ティアーヌがあの言い方をした場合はどう反論しても言いくるめられると理解しているだけに逃げ場がなかった。
「「「やったー」」」
三人の子どもたちは大歓声を上げて喜んでピョンピョン跳ね回った。




