第五節 小型推進魔道具の検証と河川船の考察
メルカド伯爵邸にある池の畔でルクレイは小型推進魔道具の動作確認を行おうとしていた。これは貰ったまま放置していたとも言えた。
池の畔に作られた拠点にヴィオナたちは風壁で防御しつつルクレイを見ていた。
ルクレイは沈めた小型推進魔道具の取水口を浅い側に向け噴出口を池の深い奥側に向けた。推進力が前に向くためルクレイは小型推進魔道具を固定する。
「ようは前進しなければいいから頭を水壁で抑える形で設置して……表面抵抗はなしにしてあげれば取水の邪魔はしないはず……」
小型推進魔道具の先端側に水壁を展開して固定した。そして跨る形で両足を置き足元の水壁は抵抗を強めで展開し足元を固めた。
「たぶんこれで支えればかなりの高出力設定でも止められるけど……噴出する水で池が大変な事になりそうだし最低出力で起動……」
ルクレイが小型推進魔道具を起動すると前側の取水口側に水流が発生し魔道具内の吸い込まれていった。そして少しの時間差で噴出口から吹き出した。
「ブシャーーー」
小型推進魔道具の噴出口からかなり強い水圧で水が吹き出された。少しだけ上を向いた噴出口から出た水が水面から吹き出し池の奥に水を撒き散らし始めた。
「んー、ちょっとお尻が上がっちゃったか。……これぐらいに調整すれば水面から水は飛び出さないけど池の中の水流がかなり生まれてるな」
池の中は基本的にそれほど水流は生まれていなかった。取水口から流れてくる水量はそれほど多くなく弱い流れで池の中を循環していた。
その池の中にかなり強い水流が生まれていた。それなりに距離のある奥側まで水流は届き小島側に回り込む水流と岸に当たり左右に分かれる水流になっていた。
『設定を弱くして池に人工的な水流を作っても面白いかも。あと、水練上に設置すれば強い流れも再現できて鍛錬にめっちゃ活用できそうな気がする』
ルクレイは池で遊ぶ道具に使えそうと考える傍らで騎士たちが欲しがっている水練場の鍛錬設備に流用できそうだと考えていた。
「感覚的に速度が乗ってきたら対地で4ktぐらいは出そうだな。セトリアナ大河の流速は分からないけどちょっと不足気味になるような気がする」
ルクレイは流れる水流を見ながら50m級のノルド家所有のフェリア号を動かせる補助推進魔道具の出力で巻き起こる水流を少し怖いと想像した。
そういう意味では小型推進魔道具の出力はかなり現実的とも感じていた。河川を帆船で遡上できる点で2ktを超える水流はほとんどないだろうと考えた。
小型推進魔道具の試験を終えてルクレイは拠点に戻った。クラムとエグリアには水面から吹き出す水飛沫が凄くてカッコ良かったと称賛された。
「セトリアナ大河の遡上で王都から先は遡上補助ってあります?」
テーブルを囲みルクレイは温かい紅茶を貰って一息つきリグに話し掛けた。クラムとエグリアは水面が落ち着くまで池の周りで水面を眺めて遊んでいた。
「遡上補助はありません。セトリアナ大河近辺は季節で概ね風向きが決まっています。これが王国の骨格になっている最大の理由と言われています」
リグが簡単にセトリアナ大河の特徴と存在の意味をルクレイに話した。
「王都より上流も少し浅い箇所などはありますが帆船で遡上できない場所はないです。ただメドゼクトより上流は通れない場所があり遡上船はそこまでです」
リグの話を聞きルクレイは「メドゼクト?」と地名の確認をした。
「フォルセリア侯爵領の領都ですね。リアマスから馬車で二日ほど北に向かった場所で遡上できる終着点です。すごく大きな湖があるそうです」
ヴィオナが横からルクレイにメドゼクトの説明をした。
「メドゼクトにある巨大な湖は数代前の侯爵様が造られた湖です。とても大きいです。この湖のお陰でリアマス近郊も農作物の生産が安定したそうです」
「人の手で造られた巨大な湖ですか! 見学に行かないといけないね」
ルクレイは驚きぜひ見たいと思いヴィオナに見に行こうと話しかけた。ヴィオナも頷き「ぜひ見に行きましょう」と笑顔で答えた。
◇ ◇ ◇ ◇
リグはリアマスで起きている河川船を取り巻く環境変化の話に移った。
「リアマスで竜骨を持った河川船を試している理由のひとつが木材の輸送です。丸太は台船に乗せて流すわけですが誘導船が優秀とは言えません」
ルクレイが「誘導船?」と首を傾げるとヴィオナが丸太を運ぶ時に先導する船と教えてくれた。メルカド領の川でも誘導船は使われていると話した。
「今は船頭の熟練に頼る形のため引き合いが多いにも関わらず輸送量を増やせていません。加えて丸太積出をする船止まり近辺は伐採する木も不足気味です」
王国内で起きている北方木材不足は供給元にも問題があった。ルクレイは陸上輸送だけでなく河川輸送にも問題があると聞き少し頭が痛かった。
「うーん、陸上輸送の丸太輸送馬車に関してはバストリアで対策を進めてる。河川輸送は竜骨を入れるという事は強度と直進性を河川船に持たせたいから?」
ルクレイは総合するとリグは誘導船に手を入れようとしていると感じた。
「丸太を積む台船を制御しないと衝突事故が起こります。ここを熟練の船頭が今の河川船で制御してます。ここに手を入れないと誘導船は増やせません……」
リグの話はルクレイにも理解ができた。川を知り船を知る熟練こそが事故を事前に回避して運行できている秘訣となっていた。
「台船にも舵は付けてるよね?」
ルクレイは念のため台船側の手当は既に終わっている事を確認した。
「四隅に付けてますが深い舵は付けられませんので丸太の重さでほとんど役に立っていないのが現状です。誘導船が向きを横から変えています」
「王都の渡し船みたいに舵で水流を作って制御するだけでは足りませんか」
ルクレイの理解度と渡し船に触れた事にリグは驚きを隠せなかった。
「台船に関しては未着手ですが考えてる魔道具が役に立つかもしれません。その辺りはおいおい考えましょう。まずはこれを河川船に付ける方法ですね」
ルクレイは小型推進魔道具をペシペシと叩いた。
「やはりリューウェンでベリアード造船工房で話を聞く事からですね。河川船用であれば設定は弱い推進力が基準なので多くの手間は掛からないはずです」
ルクレイは手順の流れを整理する事にしてリグに流れを話す事にした。
「その辺りの調整は恐らく小型推進魔道具を作ったバストリアで行うのが早いと思うけど……あれ?……そうそうカノンさんもバストリアって言ってた」
「カノンがバストリアですか?」
話す途中でバストリアの話題でもう一人が関わっている事を思い出した。
「そうそう。カノンさんの剣が限界なんだよね。あれ、僕のコロコロ棒で叩けば折れるぐらいに限界。バストリアの鋼で作りたいって言ってたよ」
剣の作り直しでカノンがバストリアに向かうしかなくなっていた。
「とりあえずルナリエさんとカノンさんと相談してリューウェン経由でバストリアを目指すのがお勧めかな。たぶん縁的なものが繋がってきてると思うかな」
ルクレイは何となくリグはバストリアに向かうのが良さそうに思えた。
◇ ◇ ◇ ◇
池の水流も落ち着いた事でリグはまたクリムとエグリアを誘って一緒にサップで遊び始めた。簡易版が売られたら絶対に買うという空気を纏っていた。
ルクレイとヴィオナはローチェアに席を移してのんびりとしていた。
小型推進魔道具をバラし基盤を確認して最弱の設定をメモに書き出していた。まだまだ設定は勉強中だが各設定の意味はリベラン工房主から聞いていた。
「この小型推進魔道具を改造して池の水流を作る魔道具にしたいよね。更に小型にすればサップにも付きそう。そんな改造はまだまだ先の話だけどねー」
暇潰しを兼ねてレジンの塊を小さなサンダーで削っていたヴィオナにルクレイが話しかけた。ヴィオナは「水流ですか?」とチラリとルクレイを見た。
「さっき池に水流ができた時にちょっと面白そうな気がしたんだ。サップとかもそうだけど流れに乗って流されるのもちょっと面白そうな気がしない?」
ルクレイは流される楽しさをヴィオナに提案してみた。
「確かに自分の意志でなく流されるのは面白そうですね。でも楽しむためには服をどうにかしないと遊べません。そこはリラン次第ですよね……」
楽しそうであるが水遊びに含まれるとヴィオナには制約が大きかった。
「あの製糸魔道具で作った細い糸は三本で撚ると既存の糸より少し太くなりそうなんだよね。レオナールさんに細いレジン糸の見本を送って頼んでみる?」
雨除けを作るにしても撥水糸で作るのであればレジン糸がベースとなる。その時に撚り合わせたレジン糸の有無はリランのやる気に直結する問題だった。
「それは必要そうです。細くする鍛錬は必要なので進めるけど見本はレイが用意してね。その見本で試しに撚り合わせたレジン糸は……お母様に任せましょう」
「その辺りはお義母さんに話の方向性を伝えてお願いしゃちゃった方が良いね」
レジン糸もお洒落に直結するので二人はカリスタ伯爵夫人に投げる事にした。
ルクレイは『普通』配合のレジン液をユミナに手伝ってもらい用意した。そして0.1mmから0.5mmまでのレジン糸をヴィオナと一緒に作った。
そんな事をしていると少しずつ人が集まってきた。魔力鍛錬組のフィオとカノンは池の奥にある取水口のある森の奥から話し合いながら出てきた。
工房で合流したのかティアーヌはルナリエとメリアと一緒に工房の方から歩いてきた。イゼルダ前伯爵夫人もティアーヌと話しながら歩いていた。
拠点では従僕や侍女たちも集まり昼食の準備が始まった。
「この畔の拠点も人がたくさん集まるようになりましたね」
ローチェアで寛ぎながらレジン糸を作っていたヴィオナがルクレイに話しかけた。増えていくちょっとした喧騒が面白いとヴィオナはニコニコして語った。
ルクレイも自然と人が集まってくる空気の揺らぎが楽しかった。
「食事場が完成したらこういった昼食や晩餐が増えるかもしれないね」
ヴィオナはルクレイの意見に同意の頷きを返した。食事場は雰囲気を考えテーブルからリゾリカ木工工房に発注していた。
「僕たちって工房に頼みすぎかな? メモ見たけどブカゾールさんに頼んでるものは凄く多かった。リゾリカさんのところも何気に多いよね」
ルクレイは頭を掻きながらヴィオナにこぼすとヴィオナはくすくすと笑った。




