第三節 小山に岩壁が出現し小箱の次なる流行の芽
早朝のメルカド伯爵邸の小山を造成した場所でルクレイがちょこちょこと作業していた。小山の側面に作った斜面の一部を崩していた。
「崩した土は一層に置くとしてこの後は掘削して土台を入れる場所を作らないとだね。早朝からヴィーは眠そうな声で呆れてたけど可愛い声だったな」
ルクレイはいつものお祈りをした後にヴィオナにイヤーカフで小山の方で作業すると伝えてあった。寝起きで身支度中のヴィオナの思考はゆるゆるだった。
ルクレイは思い立ったと小山にボルダリング用の壁を設置する事にした。寝る前に思い立ちメモに壁のスペックを書き殴っていた。
掘削で掘り進んだ後は土を端に避けて掘った場所に造石で大きめの小石を敷いていく。見えない上に強度が欲しかったルクレイは禁断の玄武岩を投入した。
その上から砂を被せ土台の準備を終わらせた。
「魔力くん、造石で出すのは安山岩ね。重くてたぶん僕も持ち上げられない。出す場所と高さに十分注意するよ。岩壁のイメージはメモに描いた通りだからね」
ルクレイはメモをジッと見て魔力くんにイメージを渡した。メモに描かれたイメージは底辺が台になっている壁だった。形は単純ではあるが非常識だった。
「形のイメージは大丈夫かな? 大きさは壁の部分が幅30mで高さが2.5mだよ。壁の厚みは10cmだからね。土台の出っ張りは20cmで自立させる……造石!」
見の前に巨大な壁が生まれた。いつものように上空でなく地上スレスレに出てきたが巨大だった。瞬間的に静止していたが溝の中に落ちていった。
「ドゴォォーーン!!」
かなりの音と強い振動がルクレイに襲い掛かろうとしたが既にルクレイは最強強度で水壁を展開していた。地面を通した振動が足を通して伝わった。
ルクレイは水壁を手に紐付け手袋に魔力を流して壁を押さえた。分析も行い角度を見て「よしっ」と納得顔で頷いた。
そこからルクレイはちょこちょこ動き回り溝に土を入れ水壁で叩き転圧していった。外側が終わると一層に飛び上がり石壁と斜面の間に土を詰めていった。
そしてまたもや水壁で叩き転圧してへこんだ部分に土を入れて水壁で叩いた。満足顔のルクレイは一通り見て回り頷くと鍛錬場に向かい駆け出した。
◇ ◇ ◇ ◇
ルクレイが鍛錬場に着くとヴィオナとフィオが拳士として模擬戦をしていた。珍しく他のメンバーはガゼボに集まっていた。
横目でルクレイを見たヴィオナに手を振りガゼボに入った。
「朝からうるさいぞ!」
イゼルダ前伯爵夫人がルクレイを叱った。そこにはバルテア伯爵とカリスタ伯爵夫人も座って紅茶を飲んでいた。ルクレイは「すみません?」と謝った。
「朝から大きな音がして本館で騒ぎになってたぞ。ヴィオがルクレイの作業だと言ってそれが伝わるまで騎士たちも大慌てで駆け回ってたぞ」
バルテア伯爵が苦笑いでルクレイに状況を伝えた。
「えっ?……音ですか?……あっ! 倒れて来た時の防御用に最大強度の水壁を展開してたから音が通らなかったのか! それはお騒がせしてすみません」
ルクレイは深々と頭を下げた。
「まあ……ルクレイがやらかしてると話が広がって本館はいつも通りになったが……騎士たちが配置に飛んでいったから騎士団はしばらく慌ただしいな」
バルテア伯爵は紅茶を飲むとカリスタ伯爵夫人に鍛錬のお誘いをした。ドレス風乗馬服に身を包んだ夫人はニコッと笑みを漏らし申し出を受けた。
「あの音をルクレイくんのやらかしと聞いて沈静化するのが凄いわ。アルでも朝からあの音は……たぶん出したことなかった気がするわ」
ティアーヌがメルカド伯爵家の普通が可笑しかった。
「ルクレイくんは何してたの? さっき小山の方から駆けてきたよね?」
カノンが疑問に思っていた事を尋ねた。
「えっと……昨日の夜に思い立って小山の鍛錬設備を配置してました。設置した石壁が重かったので音が出たみたいですみませんでした」
「「「えっ?」」」
カノンとミモザとルナリエが驚いた声を上げた。早朝から設置作業をした点にカノンとミモザは驚いたがルナリエだけは『石壁で轟音?』と驚いた。
「思い立ったら早朝からでも作業するとかその辺りもアルと一緒ね」
ティアーヌだけはケラケラ笑っていた。
◇ ◇ ◇ ◇
何となく鍛錬が終わったところで伯爵夫妻とヴィオナとフィオが身支度に向かった。フィオは身支度すべきとヴィオナに引きずられていった。
残りの面々は池の畔にある拠点に向かった。人数も多く食堂が狭く感じるため食事が何となく拠点に固定化され始めていた。
拠点に着くとリグとエザンと子どもたちが待っていた。早朝の轟音に気が付かなかった起きるのが遅いグループである。
小山に新たな鍛錬設備が設置されたと聞き見学に向かう予定を話し始めた。
賑やかに朝食を待っていると伯爵夫妻とルクレイにエスコートされているヴィオナがフィオと話しながら現れ朝食が始まった。
「えっ? ミモザさんの手袋が光ったんですか?」
昨日の夜に手袋が光りミモザとエザンが目をやられて転がり回ったという話になった。あの光は非常識すぎるとミモザが文句を言うが誰も取り合わなかった。
「なるほど。エザンさんが横に座って『出来る』と囁き続けたんですね。フィオさんとカノンさんは合流できていないから違うやり方が必要ですね」
「いやいやいや、そんな恥ずかしい事は俺は嫌だぞ! 旦那にそんな事されたら集中できるはずないから! 俺は自力で頑張る!」
フィオが真っ赤になって別の方法でやると声を上げた。
そんなフィオをティアーヌとルナリエがニヤニヤ見ていた。カノンはそれはそれでアリと頷いていた。そんなカノンはクラムが呆れて見ていた。
「ミモザさんの手袋は前に伝えましたが器用上昇が活性化してます。これは主に手先の器用さが上がるようなので確認しておくと良いでしょう」
ミモザの手袋を分析したルクレイがミモザに伝えた。
「取り敢えずミモザさんが成功したのでフィオさんとカノンさんも光らせる事が出来ます。出来ると納得できたと思うので直視しないよう気をつけてください」
ルクレイの注意にミモザとエザンはうんうんと頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇
朝食を食べ終えると小山に移動する話になった。ルクレイは少し話があるからと『涼風の旋律』メンバーに声を掛け拠点に残った。
「ミモザさんが成功したので伝えておくことがあります。クラムとエグリアの持つナイフとメリアの髪飾りは小箱から出た物です」
ルクレイは小箱から出ているクラムたちの持ち物の話を始めた。
「ナイフは魔力を流して活性化すると『振動』という機能が活性化します。説明を見る限り高周波振動のようなので注意してください」
ルクレイの説明に「こうしゅうは?」とミモザが首を傾げた。
「簡単に言うと凄く細かく振動する感じかな。この状態だと切れ味が良くなるので使い方をカノンさんとミモザさんが教えて上げてください」
「危ないなら取り上げれば良くないか?」
ルクレイが扱いを教える前提な事にフィオが違和感を覚えルクレイに尋ねた。
「それは否定しませんが納得感がありません。それと小箱の特性です。必要だから出た可能性が否定できないので安易に取り上げるのはリスクが高いです」
ルクレイは何故それが出たのかという点が不明な事を指摘した。
「例えば将来的に身を守るため必要になる物かもしれません。そこが否定できないので取り上げるという選択肢を僕は提示できません」
「それは……難しいな……」
フィオはルクレイの言いたい事を理解した。フィオはカノンとミモザに視線を向けると二人は眉を寄せ難しい顔をしていた。
「別に今直ぐに決めなくて良いのよ。クラムは二年だけどエグリアは七年あるのよ? クラムは普通に理解するしカノンなら教えられるでしょ?」
ティアーヌが呆れ顔で二人に時間がある事を伝えた。
「確かに……。クラムは旦那に似て物作りが好きだから何とでもなるか。ルクレイくんと会って物作りで工作魔法を絶対に覚えるって言ってたな」
カノンは難しい顔を止めて前向きに考える事にした。
「あとメリアの髪飾りは『保湿効果』と『変色』の機能が付いてます。保湿効果は手袋の美肌効果と同じで活性化してます。まぁ髪が傷みにくい感じですね」
髪が傷みにくいという話にヴィオナも食い気味にルクレイに欲しいと強請った。ルクレイは洞窟に行ったら出そうねとヴィオナの頭を撫でた。
「もうひとつの『変色』は髪の色を変えられるみたいです。これはお洒落に特化したとも言えますが……王家と上位貴族の特色のある色は要注意ですね」
ルクレイはメリアの髪飾りも注意点がある事をルナリエに伝えた。
「それはダメですね。髪を守ってくれてる話はしましょう。色に関しては上位貴族の特徴的な色は調べてメリアに叩き込めば大丈夫でしょう」
ルナリエはメリアが気に入ってる髪飾りを取り上げるつもりはなかった。
「取り敢えず微妙に知らないと危なそうな機能だったのでお伝えしました。魔力の流し方も皆さんを見て覚えそうだったので注意だけはしてあげてください」
ルクレイは伝えたい事は伝えたので報告会は終了となった。女性陣が髪飾りに強い関心があるのを見て次の流行が見えたような気がした。
『小箱は女性受けする物が多いのかな。ユリウスさんが心配してたけど……違う意味でヤバい感じになりそうな気がする』
ルクレイはヴィオナの分は出す気満々だが広めるつもりは皆無だった。しかしカリスタ伯爵夫人が気が付いて広まるだろうと確信していた。




