第二節 ブカゾールは頑張り浮かび上がる小島を鑑賞
池の畔にある拠点でルクレイとヴィオナはテーブルを囲み冷やした紅茶で喉を潤していた。本館は魔導冷風機が稼働し始めているので温かい紅茶が出る。
タープで日陰を作っても冷やした紅茶は心地良く池から流れてくる風も気持ち良かった。ルクレイはローチェアに腰掛けてのんびりしたいと考えていた。
ルクレイの傍に従僕が近寄り報告の許可を求めた。ルクレイは報告の許可を与え従僕が検証していたトイレに関する報告をルクレイに行った。
「そっかー、改善要望をリゾリカさんに伝えてくれたんだね。それは助かる。使い心地も良いなら次の試作品から本館と侍女たちにも広げようかな?」
従僕に感謝を伝えヴィオナに次の提案を聞いてみた。
「良いと思うわ。レイの予定通りに清潔感が高まるならお母様もお祖母様も喜ぶもの。侍女たちの改善要望も集まれば良い仕上がりになると思うわ」
ヴィオナも賛成したので後で提案を執事長に伝える事にした。
本館から執事が池の拠点に顔を出し来客をルクレイに伝えた。ルクレイは拠点に案内するように指示を出した。訪ねてきたのはブカゾール工房主だった。
「こんにちはー。ブカゾールさんには色々と頼んでてごめんね。なんか色々と動き始めて集中してるよね? 休み休みゆっくりと作業してね」
「最近は色々やれて楽しいですぞ」
ブカゾール工房主はガハハと笑いながら問題ないとルクレイに伝えた。
「今日はいくつか試作品を持ってきました」
荷物を運んでくれた従僕たちに感謝を伝えテーブルの上に並べていった。持ってきたのはDリングとクリートにローチェアの支柱だった。
「うわー、ブカゾールさん頑張りすぎだよ」
ルクレイは声を上げた。取り敢えずDリングを手に取り仕上がりを検分した。ルクレイがレジンで仕立てた見本よりも綺麗に仕上がっていて感嘆した。
「これ凄いよ。魔鉄で作ってるのに凄く綺麗な仕上がりになってる。このディーリングを磨き上げるの大変だったでしょ?」
「いやー……それはヨルダムが磨きました。なんか楽しそうに磨いてたので止めるのも気が引けましてな。ガラスの時に気が付きましたが綺麗な物が好きですな」
ブカゾール工房主は苦笑いを浮かべた。
ルクレイも苦笑いを浮かべDリングをヴィオナに渡した。クリートを手に取り見本として木板に留められている部分を見て感心した。
なぜかネジ切りがないためボルトモドキで裏側がピン留めやリング留めが主流だった。ルクレイの感覚だとこちらの方が難しそうに見えた。
資材置き場からロープを持ち込みクリートに留める仕草を何回か行った。この慣れ親しんだクリート留めにルクレイは少し感傷的な気分になった。
「レイ! わたしもやりたーい」
ヴィオナがルクレイに場所を変わるように要求した。ルクレイはふわっと浮いた心のままに笑顔で場所を譲った。留め方を教えながら頭を撫でた。
「なんでクルクルしただけで留まるの?」
「ロープの摩擦なんだけど滑りにくさという感じなのかな。数回巻くだけで抜き難くなるの。で、最後に捻るでしょ? それでロックが掛かる感じかな」
ルクレイの説明を不思議そうにヴィオナは聞いていた。試しにといくつかのロープワークをルクレイは実演してみた。ヴィオナも楽しそうに実演に参加した。
「ロープにそれほど結び方があるとは思いませんでしたぞ。鍛冶の現場ですと材料を束ねて縛るのはためになります。あと……ロープの纏め方ですな」
ロープワークをやはり不思議そうに見ていたブカゾール工房主もいくつかの結び方に反応した。特にロープを仕舞う時の纏め方は真剣に練習していた。
毎回こんがらかってイライラしていたと告白した。
「日傘はお義母さんが引き取ってたけどブカゾールさんに依頼が出てるよね?」
「今のところ軽量化と色合いを調整しているところですな。筒状にする部分は芯棒を用意すればヨルダムでもできます。色合いは魔導炉の温度と冷却しだいです」
ブカゾール工房主は普段は気にしない色合いの調整はなかなか楽しいと話しだした。硬度の違いも久しぶりに金属と向き合う時間になっていると笑った。
「実は焚き火台の見本は完成してます。ただ鉄の色合いを見ていて天板に向いた物がありそうで保留してしまいました。次には必ず持ってきますぞ」
ブカゾール工房主はガハハと笑いながら頭を掻いた。
「無理だけはしちゃダメだよ。ブカゾールさんに沢山お願いしちゃってるから倒れちゃうと色々と頓挫しちゃうの。ゆっくりで良いからちゃんと寝てね」
ルクレイは頼み過ぎの自覚はあったので自愛を念押しした。
「充実していて寝付きは逆に良い状態ですし早寝早起きになってますぞ」
ブカゾールさんは楽しそうにガハハと笑った。ルクレイはDリングとクリートの追加をお願いして納品はまだ先で良いからと念を押した。
ブカゾール工房主は楽しそうに拠点を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇
拠点はまた少し静かになりルクレイとヴィオナは二人だけの時間になった。
「みんな張り切ってるせいか動きが早いよね。なんか小山を造成してた時は時間がゆっくり流れてた。……あれ? 岩壁の足場はクリートで良い気がしてきた」
「朝に作っていた石たちですね。確かに『クリート』で十分な足場になりそうです。掴みやすいですし悪くはないと思いますよ」
ヴィオナはルクレイの思い付きを肯定した。
「あの石はガゼボに置いたままだし小山のボルダリングで使うか。あと……何気にローチェアの支柱も持ってきてたんだよね」
ルクレイはローチェアの支柱を手に取り荷重を掛けて感触からバルテア伯爵でも座れると判断した。従僕に工房までチェア用の帆布を取りに行かせた。
「これならお義父さんでも座れる強度はあると思う。座り心地を確認して問題なければ家族分とお客様用の予備をブカゾールさんにお願いしよう」
ルクレイは家族全員でローチェアで寛ぎまったりしたいと思った。
「あっ……王都のドリアン製布工房に出した物で日傘だけお母様が止めました。日傘は品質に問題がなければ両妃殿下に献上してからになるみたい」
ブカゾール工房主流れでヴィオナが思い出した事を伝えた。
「あー、お洒落に関わる物はお義母さんに任せた方が良いね。前にお祖母様がマティルダ公爵夫人に贈ったのは大丈夫なの?」
少し迂闊だったとルクレイは反省した。
「マティルダ様は王家と深い繋がりがあるので大丈夫です。両妃殿下と名前で呼び合う間柄ですから。小耳に挟んだのにティアーヌさんもそうらしいです」
「まあ……ソフィア王女と婚姻すれば親族になるからねぇ」
両妃殿下と義妹にあたるマティルダ公爵夫人が近い事は不思議でもなかった。ただそこにティアーヌが絡むと婚姻が理由だとルクレイは考えた。
「なんでもマティルダ様も呼び捨てらしいです。公爵領の異変の後から付き合いがあって親友との事です。お祖母様も耳にしたようで接触してるみたい」
ヴィオナは声を潜めてルクレイに囁いた。
「その辺りの人間関係は難しそうだね。アルフォンスさんが中心にいるのは確かだと思う。僕たちも周辺にいる人たちと縁が生まれてるから油断できないね」
「国王陛下がもうレイに悪戯を仕掛けてるから手遅れよ?」
ヴィオナの一言は無慈悲だった。
◇ ◇ ◇ ◇
池の畔にあるタープの下でローチェアに座りルクレイとヴィオナはゆったりとしていた。横にはサイドテーブル代わりに花崗岩が置いてあった。
「確かにこれはゆったりできます。視線が低いのが良いですね。これに焚き火台があれば夜でもまったりできそうです。ところで夕方になりましたよ?」
ヴィオナの指摘通り既に夕陽の時間帯になっていた。そろそろ皆が集まってくる時間帯である。ルクレイは「ちょっと待って」と小島に駆けて行った。
小島の周りに仕掛けた灯光魔道具を起動していくと小島が灯りに包まれた。まだ明るいが浮かび上がった小島は幻想的な雰囲気を纏っていた。
「これは……綺麗ですね」
ローチェアから立ち上がったヴィオナは畔の際まで歩いて近づいた。灯し終わったルクレイが戻ってきてヴィオナを上空にエスコートした。
空中に水壁を展開し二人は並んで座った。普段は鍛錬場で毎日している夕陽デートである。二人は小さな声で雑談しながら夕陽と小島を眺めていた。
「この時間が好きです。レイと毎日夕陽を一緒に見てる時間は和みます。忙しくなると時間が取れなくなるかもしれないけど続けたいかな」
ヴィオナはコテンとルクレイの肩に頭を乗せた。
「僕もこの時間は大好きだよ。夕陽で色付くヴィーは夕陽の女神様だし。忙しくても一緒にいればできるから安心して。ただ街中だと通報されそうだね」
ルクレイは優しくヴィオナの頭を撫でた。通報という言い回しにヴィオナがくすくす笑った。ルクレイにはその振動も心に染み込む嬉しさだった。
夕陽が西の稜線に隠れると周囲は暗くなった。
「小島が綺麗……くらい水面に浮かんで風で生まれるさざ波が照らされて幻想的だわ。レイはこの姿を見せたかったのね……素敵すぎてとても嬉しい」
ヴィオナはうっとりした顔で小島を眺めていた。地上の拠点に人が集まっているのでヴィオナは見られないようにこっそりとルクレイの頬にキスをした。
「この景色をヴィーと見れて良かった」
ルクレイはヴィオナの耳元で「大好きだよ」と囁き立ち上がるとヴィオナに手を差し出しエスコートを申し出た。二人は仲良く地上に向けて降りていった。




