第一節 河川船の進化を示してレジンの作製は丸投げ
メルカド伯爵邸の池の畔に人々が集まり楽しそうに昼食を楽しんでいた。ディア肉のステーキやウルフ肉のコネ焼きが次々と焼かれていた。
そんな中でリグがルクレイに話し掛けた。
「ルクレイ殿、ルナリエから小型推進魔道具というのがリューウェンで作られていると聞きました。竜骨を入れれば河川船でも本当に使えますか?」
「そうですねぇ。竜骨がないと純粋に外から掛かる推力で歪む可能性が高いです。歪んで浸水すると河川とは言え命に関わるので僕は否定的です」
ルクレイは付かないのではなく付けるべきでないと説明した。
「竜骨と言っても帆船のような横滑りに対する機能は河川船に不要です。単に横板がズレる歪みを抑え込む構造にすれば良い。ここまでは良いですか?」
ルクレイの確認にリグは頷いた。
「そして小型推進魔道具は横木で暴れないように固定してあげればたぶん付けられます。ついでに少し細くても横木を何本か入れると操船しやすいと思います」
ルクレイの構造に対する指摘をリグは頭の中で組み立ててみた。そして外洋船を手掛けた知識も合わさり頭の中でカチッと噛み合った。
「建造するイメージが固まりました。凄い……たったこれだけの言葉でイメージが固まるなんて……ルクレイ殿の発想と知識は本当に凄いですね」
「少し違います。イメージを固めたのはリグさんの経験と知識です。外洋船を手掛けていたと聞きましたけど普通に外洋船も建造できますよね?」
ルクレイは苦笑を浮かべながらリグに尋ねた。
「出来るかと聞かれれば出来ると答えるしかありませんね。外洋船は建造の機会が少なくてリアマスで河川船を手掛けることにしました」
リグは少し照れながら頭を掻いた。
「外洋船もこれからは楽しいと思いますよ。でも河川船は大きく動くと思います。小型推進魔道具が付けば遡上もすごく楽になるし帆は補助になるでしょう」
「帆は残りますか?」
リグは推進力を得られるなら帆は不要だと考えていた。ルクレイが使った補助という言葉の真意が気になりリグはルクレイに尋ねた。
「効率を求めれば不要です。でも風があるのに帆を捨てるのが得策かは疑問ですね。魔石は安くなると思うので帆を捨てる河川船は増えるとは思いますけど」
ルクレイは効率のみを求めるのは楽しくないと肩を竦めた。
「皆さんは用事が終わればリューウェンに戻りますよね。リグさんはぜひベリアード造船工房に顔を出してください。ベリアードさんは面白いですよ」
ルクレイはリグに新しい事に向かう道筋を提示した。
◇ ◇ ◇ ◇
昼食が終わるとルクレイとヴィオナはカリスタ伯爵夫人に服飾室に連れられていった。二人は製糸魔道具を見たときから諦めていた。
「ルクレイが製糸魔道具を頼んでいたのは知っています。あの髪留めに使う太いレジン糸を作るため改造を頼んだんですよね?」
カリスタ伯爵夫人が届いた製糸魔道具の話を始めた。
「そうですね。あの髪留め用のレジン糸は実際のところ用途はもっと広いと思います。そうした場合に僕とヴィーが作れても絶対に足りなくなります」
ルクレイは頷き頼んだ理由をカリスタ伯爵夫人に話した。
「それは実感します。今は細いレジン糸を求めているので髪留め用のレジン糸は不足気味です。そこにこの製糸魔道具が届いたので確認をお願いね」
カリスタ伯爵夫人はルクレイとヴィオナに製糸魔道具の検分を頼んだ。この二人は一緒にしておけば大抵の事はイチャイチャしながら熟す事を熟知していた。
「まずは手紙を確認しよう。なんか製糸魔道具以外にも魔道具ぽいのが入ってるし。あと……請求書が見当たらないのはなんでだろう……」
ルクレイは本来の発注とは違いレオナール伯爵子息に改造をお願いしていた。改造に掛かる費用などがあるはずなのに請求書がなかった。
「レイの周りはお金に無断着な人が多いのよ」
「いやいや、工房主が無沈着はまずいよね? レオナールさんは貴族だから無沈着でもまあ……いいけど。改造したのは工房だよね?」
木箱の中身を取り出して請求書を探していたルクレイは顔を上げ眉を寄せた。考えてみるとルクレイは領収書は貰ったが請求書を受け取った事がなかった。
「手紙には改造した工房の名はなさそうですね。ただ……この製糸魔道具の説明書はグラナートという方が書いたようです……伝説の人ですよね?」
ヴィオナは先に手紙を読み始めていたが眉が寄っていた。
「良くは知らないけどそうらしい。でもリドルからポロポロ出る名前ではある。ちょっと怖くてお義父さんたちには聞いてないけど……」
「あっ! この製糸魔道具の設定の記述がありました!」
ヴィオナが目指す設定の記述に辿り着いた。手紙を広げてルクレイに見えるように置いた。何気に肩が触れ合う距離に詰めてニコニコしていた。
近くに頭が来たのでほぼ無意識にルクレイはヴィオナの頭を撫で始めた。それでいて手紙を見て「細い方も設定出来る」と笑顔をヴィオナに向けた。
「正直なところどこまで細いかは試すしかないね。これは性格なのかもしれないけど……真ん中に『普通』があって細いと太いでそれぞれ三段階みたい」
ルクレイは三段階は分かるけど各段階の太さが全く分からない点に困惑した。ただ、そもそも太さを表現できる単位が存在しないため仕方がないと諦めた。
待機している侍女に『かなり柔い』配合のレジン液を頼んだ。ソフィア指標では糸に向いた硬さと評価されている糸としての標準配合である。
ふと魔石を持ってきていないことに気が付いたルクレイは侍女に持ってくるように頼んだ。ルクレイとしては自分で行きたいがそうするわけにはいかなかった。
「説明書には基本的な使い方だけが書かれてる感じだね。設定は実際に作ったレジン糸で判断しよう。問題はもう一つの魔道具ぽいやつかな……」
ルクレイはそれほど大きくない木箱のような箱を開けてみた。中に説明書が入っていた。開いてみるとこれもグラナートの名が入っていた。
「あー、これって魔力を照射する事に特化した魔道具みたい。名前は……『魔力照射魔道具』ってそのままだね。魔力照射の話を書いたけど……これが返事か」
説明書の下には基盤の裏側が嵌め込まれていた。説明書によると基盤裏側から魔力を照射すると書かれていた。照射範囲と強度は固定されていた。
「この箱から魔力を照射してレジン液を固化させる魔道具だね。小物を作る時に使える感じで固定されてるから使う人が距離とかを調整するみたい」
ルクレイの説明にヴィオナはうんうんと頷き「良い判断です」と魔力照射魔道具を褒めた。これがあればヴィオナは呼ばれる可能性が減ると喜んだ。
確認が終わったのでルクレイとヴィオナは担当を分けた。製糸魔道具をルクレイが確認し魔力照射魔道具をヴィオナが検証する事にした。
ヴィオナはルクレイの勧めで木材から同じ長さの棒を切り出し脚として魔道具を固定して検証を始めた。検証するのは板状に固める方針として進めた。
ルクレイは単純に製糸魔道具の撹拌機能と魔力照射機能の設定を選んで起動するだけである。出来るレジン糸の太さをメモしていった。
「普通の設定が従来品になるのか」
従来品は前にナンニルさんから貰った全自動製糸魔道具で作られた糸を工房から取り寄せて確認した。従来品は1.5mmの太さだった。
「従来の糸って三本撚りで1mmぐらいだったのか。そう考えるとレジン糸は太い? 記憶にあるのはセイルを縫う糸ぐらいだけど同じぐらいか?」
ルクレイは糸の太さの知見が前世の記憶にも乏しかった。撚り合わせてあるというのは知っていたがロープのそれで知った程度で標準的な男子だった。
「糸の強度はかなりこっちは弱い。つまり比率的に三倍から五倍は太くなりそうだな。……まてまて、そこは重要ではないから太さのメモを仕上げよう」
撹拌と魔力照射が自動なので作業は起動と停止と糸掬いだけである。掬って乾燥魔道具に乗せ乾燥させる。設定を変えてレジン糸を作るを繰り返した。
「んー、細いは0.4mmと0.8mmと1.2mmの三種類になるのか。今のところは0.4mmが限界?……たぶん何となくだろうな。正しい太さは僕も知らないし」
ルクレイはロープは使うが糸は使った事がなかった。普通は気にもしないからグラナートも基準を持たないで設定したと考える事にした。
「ヴィーが作る細いレジン糸は……0.5mmぐらいか。現時点では魔道具の方が細いけどリランはもっと細くって言ってたみたいだしちょっと厳しいかな」
ルクレイは腕を組んで考え始めた。太い方は2mmと3mmと5mmとなっていた。髪留め糸としては3mmが使いやすそうだった。
ルクレイが作るレジン糸は規格が違っていた。理由は太さに対する知識の違いである。魔力くんに『0.1mmで』と伝えるだけなので非常識であった。
ヴィオナはルクレイが作るレジン糸を見て「すごーい」と褒めていたが口を尖らせて「ずるーい」と拗ねて頭を撫でて貰って満足顔をしていた。
取り敢えず結果は置いて侍女に使い方を話して一番細いレジン糸を量産してもらった。魔石は工房から運んで来たので潤沢だった。
「こっちは確認終わったけどヴィーの方はどう?」
ルクレイはヴィオナが作業しているテーブルに移動して声をかけた。テーブルの上には沢山の脚にした木の棒が並べられていた。
「んー、照射の末端が少し揺らぐから細かい作業には向かない感じ? 照射範囲に関しては広さと厚さは悪くないと思うの。……ちょっと残念?」
ヴィオナの評価は厳しかった。
「揺らぐのは神式に何らかのミスがあるのかもね。魔力の流れに不均衡があって照射で増幅されてるかも。ヴィーは眼が良くて魔力が見えるから分かったのかも」
ルクレイの考えにヴィオナは「なるほど?」と首を傾げた。
「一度バラして陣図を覚えて複製してみよう」
ルクレイはヴィオナから魔力照射魔道具を受け取りバラし始めた。単に基盤を埋め込んでいるだけなので簡単にバラせてルクレイは陣図を覚えた。
ルクレイは木箱を分析し小さく展開したサンダーで精度を出しておいた。基盤の裏側も磨き細かい鋳造で生まれる歪みを整えて組み立て直した。
「すごーい、揺らぎは残ってるけど照射範囲の精度が良くなってるよ?」
ヴィオナは照射されている魔力を見て感嘆の声を上げた。
「置いた時にテーブルの上は照射範囲になる脚に仕上げよう。予備を含めて八本ぐらい作ったらリランに使い方を説明して任せるようにしようね」
ルクレイとヴィオナは脚の制度出しもして安定してレジン液を固化できるようにした。リランに渡し実演して脚は金属にする事を勧めて服飾室を後にした。




