第七節 早朝の合同鍛錬とガラス研磨の見学
メルカド伯爵邸のガゼボで早朝の祈りを捧げたルクレイは造石を発動していた。自然石風にゴツゴツしている拳一つか二つ程度の大きさである。
石の向きを決めるとカットソーでサクサクと平面を切り出し並べていった。ルクレイが作っているのは嫌壁のホールドである。
「石は形を整えるのが大変だけど木とレジンよりは当面は耐久性があるからなぁ。レジンの耐久性は誰かが考えてくれるだろう。岩壁ぐらいは仕上げとこ」
昨日設置した岩壁はツルツルした一枚岩で足場を作り登坂させ鍛錬に使う予定である。ホールドは作った事がないので差し込みで様子を見る予定である。
「レイおはよー」「おはよーヴィー」
ガゼボに入ってきたヴィオナはルクレイと朝の挨拶を交わす。ドレス風乗馬服をリランが作り始めてから三日ごとぐらいに新作をヴィオナは着ていた。
「今日の服は随分とドレスに寄せた作りだね。髪の纏める位置を少し下げてるから社交って感じで淑女なヴィーが前面に出ていて凛々し可愛いよ」
ヴィオナを席に誘ったルクレイは服装を褒め始めた。
「そうなの、リランは重ね布を試し始めたの。重くならないように薄い布に細いレジン糸を撚り合わせて芯のような使い方で形を整えたりしてるのよ」
「それだと細いレジン糸がさらに必要になるね……。今日もある程度は作らないとだね。ヴィーと一緒にレジン糸を作ってる時間は楽しみなんだけどね」
テーブルの上にはルクレイが既に加熱魔道具と鍋は用意していた。ルクレイが造水で水を張り硬さを相談しながらレジン粉を溶かし込んでいく。
二人は撹拌棒でクルクルと掻き混ぜながら今日の予定を相談した。良い感じに加熱した後は魔力を照射してレジン糸を作っていく。
出来たレジン糸はユミナが鍋から木製の皿に移し乾燥魔道具で乾かしていく。細いレジン糸はだいぶ作っていてヴィオナの糸は1mmから0.5mm程になった。
「だいぶ細さが出てきました。最近はリランが『もっと細く』って言うのよ? これでも随分と細くなったのに容赦なしよね」
ヴィオナは愚痴を言いつつ嫌がる顔はしていなかった。
「リランに容赦とか情けは服飾では影も形もないよね。お義母さんは楽しそうによく話してるところを見るけど仲が良いよね」
「リランって元は王都の製布工房で見習いだったらしいわ。お母様が王立学園で王都にいたとき出会ったと聞いてるの。武闘派同士で仲良くなったんだって」
ヴィオナは武闘派二人で何したか考えくすくすと笑った。
「その後はお母様の卒業で領地に一緒に戻ったの。お母様が婚姻してメルカド領に来る時もついてきたの。うちの騎士と婚姻して今に至るわ」
「その相手の騎士が今は騎士団長なんだね」
ルクレイは少し面白いと思った。
「そこはリランの鍛錬好きに付き合えた騎士ですもの。騎士団長ぐらいになります。出産とかもあって毎日鍛錬は止められてるけど鍛錬好きは変わらないわ」
「お似合いな二人って事だね」
眉を寄せながらも鍛錬に付き合っている騎士団長が思い浮かびルクレイはクスッと笑った。騎士団長は武骨な人ではあるが部下思いで気配り屋さんだった。
ある程度のレジン糸を作り終わり鍛錬に入ろうとガゼボを出ると『涼風の旋律』のフィオたちが鍛錬場に現れた。鍛錬のために早起きしたようだった。
ヴィオナは喜んでフィオに手合わせをお願いした。ルクレイはカノンと組んで魔法なしで鐘一つぐらいの時間を鍛錬に費やした。
ヴィオナとフィオは総合的に見るとはヴィオナの方が強い。身体能力がやはり突出しているヴィオナは強かった。しかし拳術は圧倒的にフィオが上だった。
駆け引きや身体の使い方がフィオは上手く打撃の乗せ方も見比べるとヴィオナは無駄が多い。持久力は魔力の運用が伸びた分だけヴィオナが高かった。
「ルクレイくんのその棒は硬いな。剣をガッチリ受け止めて傷が付かないとかへこむぞ。おまけに細い枝のように軽々とこっちの隙に差し込んでくる」
カノンはルクレイの剣技に舌を巻いた。とにかく受けといなしの判断が早かった。いなされると主導権をあっさり奪っていく。とにかく戦い難い相手だった。
「その剣はバランスが凄くカノンさんに合ってますね。ただ剛性が速度と力に少し負けてるように感じます。切り返したときのしなりは邪魔ですよね」
ルクレイはカノンの攻撃を見切る過程で切り返しの時のリズムの乱れに気が付いていた。カノンに感じる意図と剣筋にズレを読み取った。
ルクレイは人の感情をふわっと感じる事が出来る。そこから思考も判断する癖がありカノンの攻撃を対処する時の補助に使っていた。
「よく分かるな。その眼が見切りの良さの秘訣か。……そうなんだよね。現役の時はこれでも十分だったけどちょっと物足りなく感じてる」
カノンは剣のしなりにまで気が付いている事に驚いた。
「それは経年劣化ですよ。バランスに誤魔化されてます。当たりの感触的に内部的にはかなり限界が近いと思いますよ?……作り直しですね」
コロコロ棒で受けた時に剣の芯を感じないスカスカなイメージをルクレイは得ていた。受ける時は注意しないと折りそうな感触だった。
「だよなー。新しくする事は考えてるが踏ん切りがついてなかった」
「小耳……というかユリウス公爵子息から聞きましたけど小箱から武具の材料も出てるみたいです。僕のお勧めは小箱を試して作り直しです」
作り直すなら素材を小箱に頼む案をルクレイは推した。
ルクレイは鍛錬を止めてヴィオナからコロコロ棒を借りてフィオに渡した。勝手は少し違うが攻撃時の感触をフィオに調整するよう頼んだ。
◇ ◇ ◇ ◇
ルクレイは朝食の席でメリアにガラスの作業を見てみるか尋ねた。工房は暑いだけなのでヨルダムが行なっているカレットの研磨作業を勧めた。
「ガラスって前にルクにぃがリューウェンでくれた可愛い子だよね? 見てみたい! 作るの手伝ったらもう少しもらってもいい?」
メリアの上目遣いでルクレイにお願いした。
「良いよ。今は撥水糸に使うよりガラスの生産が圧倒的に多いから余裕はあるみたい。お義父さんの方にリオやリクから連絡来てませんか?」
ルクレイが視線をバルテア伯爵に向けた。
「王都からリューウェンに引き合いが来てるな。リオたちからレベナにレジン糸を王都に出す指示が回ってる。交代制で製糸魔道具を回し続けてるみたいだぞ」
「あー、ナンニルさんの工房も似た事を前にしてました。たぶん工房用が入った今でも交代制で回してると思います。アルフォンスさんが絡むと不夜城になる」
ルクレイは直ぐに不夜城となる状況が可笑しかった。執事に声を掛けてヨルダムに午前中はこっちで研磨作業をするように依頼した。
「バルテア伯爵、少し調薬を行いたいので森林内の薬草採取許可と工房を貸して欲しいです」
話の切れ目でティアーヌがバルテア伯爵に希望を伝えた。
「薬草採取は……あるのか分かりませんが問題ありません。工房は……問題ないようです。工房はルクレイの所有としてるので使い方は相談してください」
バルテア伯爵は少し緊張しながら答えた。これはティアーヌが冒険者としてであれば気軽に話せる相手である。問題は調薬師としての場合である。
ティアーヌは調薬師としてヴァルディス国王から王宮名代が与えられていた。立場的にアルフォンスと同じで王国陛下を相手にする事に等しかった。
「ありがとうございます。実は洞窟で二つほど薬効成分のある材料を手に入れてます。これらを調薬して効果の方向性をある程度は確定したいのです」
ティアーヌはバルテア伯爵に礼を伝えた。
「薬効のある材料ですか?」
バルテア伯爵は首を傾げティアーヌに尋ねた。
「ええ、息子のアルなら気付いていたはずなのに忘れてるに違いありません。あの子はたまにポコンと伝える事を忘れるんです。ほんと困っちゃうわ」
ティアーヌのボヤキにバルテア伯爵は苦笑いを浮かべた。二人の会話を聞いていたイゼルダ前伯爵夫人がニヤニヤとバルテア伯爵を見ていた。
◇ ◇ ◇ ◇
朝食が終わりルクレイたちは池の拠点に集まった。先触れを受けたヨルダムが既に拠点で準備を始めていた。ルクレイは挨拶を交わし実演を始まった。
「簡単に説明するとガラスの破片は尖っていたりと危険な物です。怪我をしないように尖った角などを丸くする作業を行なっています」
ヨルダムがメリアと男の子二人に説明した。この場にはレグとエザンも同席していた。ブカゾール工房主は本館に拉致され連行されていた。
ヴィオナもブカゾール工房主と一緒に連れて行かれた。どうやら日傘の件でカリスタ伯爵夫人が動き出していたようである。
ヨルダムは作業は簡単でガラスを溶かしてる空き時間にやっていると話した。少し斜めに置いた鍋にカレットを静かに流し込みクルクルと回し始めた。
「わー、鍋の中をガラスが動き回ってる」
作業を見ていたルクレイはハッとした顔を見せた。慌てた様子でヨルダムの作業を止めた。そして鍋の中に造水で水を入れ始めた。
「手順の中で伝えてなかった事があった。回す時はちょっとひたひたになるぐらいの水を入れて作業して。ヨルダムが慎重に作業してくれていて助かった」
ルクレイはヨルダムに謝り手順として細かいガラス粉を抑えるために水を入れるように指導した。使い終わった水にはガラス粉が混ざるので再利用を禁止した。
「一回に入れる量と回す時間は決まった感じ?」
鍋を回し始めたヨルダムにルクレイは尋ねた。
「はい。量と回した回数と時間をメモして結果のガラス片を並べて決めました」
ヨルダムはガラス片の状態で仕上がり具合が分かるようになっていた。記録とガラス片を見ていくうちに自然と知識として定着していた。
「ちょっと工作しちゃうね。ヨルダム用の小型魔導炉は注文してる。届いたらどんどんガラスの生産で挑戦して欲しいからこの作業は簡略化しようね」
ヨルダムは「簡略化ですか?」と首を傾げた。
ルクレイは工房に向って駆け出した。頭の中ではなぜかグルグル回って粉砕していくミキサーが浮かんでいた。明らかに最初から脱線していた。




