第六節 造成は魔法と物理で魔力の常識と理
メルカド伯爵邸に造成された小山の二層でルクレイとヴィオナが鍛錬設備に関して話をしていた。カノンとミモザは斜路を登り降りしていた。
「ルクレイくん、あそこにある石壁は何に使うの?」
存在感のある石壁が気になったティアーヌがルクレイに尋ねた。
「えっ?……あぁ、それはそのままですが石壁を登るための石壁です。ちょうど作った時に皆さんが来たので放置して忘れてました」
ルクレイは「ちょっと設置するね」とヴィオナに声をかけてピョンと一層に飛び降りた。斜面は角度が浅いのでルクレイは少し首を傾げた。
「ヴィー、これ角度を付けるから上から挿し込もうと思う。少し危ないから一層に移動してもらっていいかな? 僕は挿し込む準備しちゃうね」
ルクレイの声に「はーい」とヴィオナは返事を返してティアーヌたちと一緒に降りてきた。ルクレイは差し込みやすいように底辺部分に細工を施した。
『なんか石壁がスパッと切れたような気がする……。差し込みやすいようにって尖らせる事なの? 石壁をヒョイヒョイと持ち上げてるんだけど……』
ルクレイの細工を眺めたフィオは言葉で突っ込みを入れるのを止めた。立っていた石壁を持ち上げ平坦な地面に寝かせて端をルクレイはサクッと切っていた。
「たぶんこれで少しは刺さりやすいかな」
水壁を階段状に展開してルクレイは石壁を持って二層に向かった。ルクレイは「こんなもんかな」と石壁をズボッと斜面に挿し込んだ。
「「「えぇー」」」
フィオとカノンとミモザが声を上げた。ティアーヌとルナリエは処置なしといった顔で首を振った。ヴィオナは「綺麗に刺さったわー」と声をかけた。
「このまま挿し込んで土をそっちに出すからヴィーたちは避けててね」
ルクレイは魔力を手袋に流したままグイグイと石壁を押し込んでいく。足場の水壁を防御用の強度まで上げ押し込みやすい位置に展開しながら押し込んだ。
そして岩壁を押し立てて垂直にした。押し出された土が落ちて山になった。
「ヴィー、その土を避けてもらっていいかな?」
ルクレイのお願いに「いいよー」とヴィオナは軽く答えて板状の風壁を発動して土の山の上から被せた。そして手袋に魔力を渡しヒョイっと持ち上げた。
「「「えぇー」」」
フィオとカノンとミモザが声を上げた。ティアーヌとルナリエは目に手を当てて首を振った。ヴィオナは土を避けると「どけたよー」と声をかけた。
ルクレイは「ありがとー」とヴィオナに返事して岩壁を斜めに立てた。そして少し下がり「造土」と呟き土を出すと水壁でバンバン叩き始めた。
ルクレイは土の沈み込みがなくなるまで土を補充して水壁で叩いた。
「岩壁の設置は終わったよ〜」
ルクレイが二層から飛び降りて一層に降り岩壁を検分した。少し首を傾げたルクレイは「やっぱり低い?」と言葉を漏らした。
『いやいやいやいや。普通にその壁を乗り越えるのは大変だぞ! ジャンプで乗り越えるなら足腰の鍛錬は普通にいらなくね? ていうか……無茶苦茶だよ』
フィオは頭の中で突っ込みを入れていたが頭痛がしてきた。
◇ ◇ ◇ ◇
岩壁の設置が終わったルクレイが小山の拠点に移動した。大人数で池の拠点に集まった事で撤去されていたタープやテーブル類が拠点に戻っていた。
「すいません。ついやり掛けの作業を思い出しちゃったので時間を使ってしまいました。それでは魔力の扱いについての話し合いを始めましょう」
全員がテーブルを囲み冷えた紅茶で喉を潤した。
「わたしの場合は『手袋さん魔力をあげます』と考えただけで魔力を渡すことが出来ました。活性化するとめちゃ眩しい光が出るので分かります」
「「「「「えっ?」」」」」
涼風の旋律のメンバーは全員で首を傾げた。
「重要な点は魔力にやりたい事を伝える事です。これはアルフォンスさんの概念ですよね? とにかく伝える意思を持つことが重要です」
ルクレイが引き取って魔力に対する本質を説明する。
「良いですか? ヴィーは魔力が潤沢なのは確かに事実です。それでも持っているだけでは魔力は渡せません。『渡す』という想いを持つ事で活性化できます」
「しかしそれで上手くいくとは思えないけど……」
ルクレイの言葉にカノンが猜疑心を言葉にした。
「なぜそう思うのですか?」
ルクレイは気にするでなく軽く問い掛けた。
ルクレイの問にカノンは「それが常識だろ?」と返した。
「カノンさんは常識の意味を履き違えています。常識は理ではないので間違います。魔力には理があるだけで常識なんてものは持ち合わせてませんよ?」
ルクレイの刺さる言葉にカノンは言葉が出なかった。
「カノンさんの言う常識というのは思い込みが集約されたものでしかありません。僕からすれば馬鹿らしい戯言です。そして常識は既得権益の塊という話です」
ルクレイは淡々と『常識』とは人を縛り特権階級が既得権益を固定化するために利用される単なる方便と言い切った。
それだけというわけではないが特権階級が利用する面は持っていた。
「魔力の理に関しては魔法局と魔導師や魔法師が立場を維持するのに便利なので常識という事にしてるのでしょう。アルフォンスさんは諦めてるのでしょうね」
大きく魔法使いは三つの立場がある。平民と冒険者の魔法使いは魔法士と呼ばれる。貴族の魔法使いは魔法師となり指導者は魔導師と呼ばれた。
ルクレイは苦労して魔法師や魔導師の地位に就いた貴族がアルフォンスの考えを簡単には取り込まないと考えていた。それを既得権益と表現した。
「カノン、アルたちの異常性もそうだしヴィオナちゃんの言う事も真実よ? カノンはその真実を否定できる真実は持ってないわ。常識でなく真実なのよ」
「常識でなく真実?……そんなの分かんないぞ!」
カノンには言葉遊びのように聞こえた。
「カノンは真実に至る種は持ってるよ? 魔力障害の原因は常識ではなに?」
「……前は知らなかったが瘴気なんだろ?」
ティアーヌの問にカノンは自身の話常識で答えた。
「常識では瘴気なのは確かね。でもねあの村に瘴気は欠片も無かったわよ?」
ティアーヌはカノンの常識を否定した。
「えっ?……どういうことだ? 俺は嘘を教えられたのか? 王宮の治療局だぞ? 嘘を教えるわけないだろ!」
カノンは逆ギレのように激昂した。
「教えたのは嘘ではなく常識よ。でもねレストール領の魔力障害は瘴気が原因ではないのよ。対策者として王宮名代の私が断言します。……常識が間違っている」
「そんな……」
ティアーヌが普段は持ち出さない王宮名代という言葉にカノンはスッと頭が冷えた。今のティアーヌが口にする言葉はヴァルディス国王の言葉に等しかった。
「クラムは治ってるんですよね。だったら治したティアーヌさんの話を信じれば良いだけです。治療局の話を信じ続けるのは非合理だと思いますよ?」
流れが落ちる段階と判断したルクレイはとどめの言葉を伝えた。権威が使う常識は真実というわけではないとだけ伝えれば話は終わる。
「何を信じるかって話かよ……。治療局の言葉よりティアの言葉の方が信じられるに決まってる。俺は何に固執してたんだ?」
カノンの言葉に誰も答えなかった。全員が紅茶を飲んだり果物を口にした。
◇ ◇ ◇ ◇
「余談はこれぐらいにして先に進めましょう。魔力に想いを伝えるのに一番重要な事は信じる事です。正確に言うと疑わない事と言うのが正しいかな」
ここまでの話を全て余談に突っ込んだルクレイは話を進めた。
「そもそも魔力の話なのだから疑問に思う必要はないんです。上手くいけば活性化してダメなら次の方法を考えればいい。疑問が入る余地はそもそもありません」
ルクレイはやった事がない人の方が多いのだから手っ取り早くやってみて結果を見ながら思い付く事を端からやれってみれば良いと話した。
「疑問は入らない……確かに結果だけ見れば良いのか」
フィオは今ある常識は小箱がもたらされる前の古い常識という点に気が付いた。小箱にまつわる常識などどこを探しても欠片もないと認識を改めた。
「今言えるヒントは『渡したい』と思う事のみです。アルフォンスさんは『魔力は内側から見てる』と言ったそうです。魔力に気持ちを見せれば良いのです」
ルクレイは基本的に自習であると伝え自習場所は特に指定もないので自由にして欲しいと伝えた。ルクレイたちはこの拠点にいる事も付け加えた。
「ちなみに池の取水口は静かな場所なのでお勧めです。ここに流れ込む小川を遡ればたぶん着きます。小川沿いで試してみるのも涼しくて良いと思いますよ」
フィオとカノンとミモザは思い思いに動き出した。斥候のミモザが森林に入ろうとしたら二人に止められそのまま連行されていった。
ルクレイとヴィオナは目を見合わせて首を傾げた。
「ミモザは優秀な斥候なの。それが前提なんだけど……森林に入るとミモザは必ず迷うの。下手に機動力と踏破力があるから……探すのが大変なのよ」
ティアーヌがミモザの秘密を暴露した。
「ところで『深緑の湖』に行くと言っていたけど準備は進んでるの? さっきのサップは湖を渡るためと言ってたけど……なくても渡れるでしょ?」
ティアーヌは話題を変えようとさっき少しだけ気になった事を尋ねた。
「あー、渡れますね。元々は湖を渡る必要があると聞いてサップを構想しました。その時に二人でサップに乗りたいなーと思ってあの状況です」
ルクレイはティアーヌの指摘に苦笑いを浮かべた。
「貴族令嬢に水遊びの許可が出るとは思いもしなかったわ。ルクレイくんは手順を踏んで突破するのが凄いと思う。アルならしれっとリュミちゃんを乗せるわね」
雰囲気は少し似ているが行動の方向性が違う点をティアーヌは面白いと思った。アルフォンスがやらかしても既にほとんどの人は慣れてしまっていた。
「どこでも水遊びは僕も反対です。濡れてるヴィーを見ていいのは僕だけです。ギリギリ家族は諦めて許しますけど。後は専属侍女のユミナだけですね」
ルクレイは独占欲を前面に出してきた。
「わたしも二人きりが良いわ」
ルクレイの独占欲にヴィオナは頬を赤くしながらも同調した。
「そうそう、ルクレイくんに聞きたかった事があるの。うちの旦那はリアマスで造船技師してるんだけど河川船にあの風壁魔道具って付くのかしら」
甘い空気を気にせずルナリエが割り込んできた。
「あー、通常の河川船は難しいと思うかな。……ギリギリ船尾風壁なら大丈夫かもしれない。河川船は竜骨がないから船体に負担が掛かると思いますよ」
突然変わった話題だが船の話なのでルナリエは思考を切り替えた。
「やっぱりダメなのね。メリアがピタッと止まる動きに目をキラキラさせて旦那の船も同じ事が出来るか聞かれたのよね。無理って答えて正解ね」
ルクレイの回答にルナリエは少し残念な顔を見せた。
「リグさんの河川船なら付くと思いますよ。さっき話した時に竜骨のある河川船を試していると言ってました。その船なら負担になりません」
ルクレイは船を限定するなら可能と回答を変えた。
「船尾風壁魔道具なら作れるので後で作っておきますよ。竜骨があるなら小型推進魔道具も付きそうな気もするしそれはそれで楽しそうですね」
船底風壁は河川船だと抵抗を変えた時の反応が読み切れないので提供は見送った。船尾風壁魔道具の基盤ならば直ぐに描き終わるので提供を約束した。
「小型推進魔道具?」
ルクレイの言葉の中に聞き覚えのないものがありルナリエは確認した。
「大型外洋船に付いていた物をアルフォンスさんが小さくしたのかリューウェンの操船工房に持ち込んでました。付けば遡上するのも楽になりますね」
「それってリグに伝えても良い?」
何やら凄そうだったのでルクレイに確認した。
「アルフォンスさんが関わってるから問題ないと思いますよ。リューウェンでは連絡船に付ける検討が進んでるところですね」
魔道具を秘匿しないアルフォンスの行動をあちこちから聞いていたルクレイは問題ないとルナリエに伝えた。
「両方付いたらメリアが喜ぶわ」
思いがけずメリアの希望が叶いそうで微笑んだ。ただ、旦那のリグが移動したがると思うが迷う未来しか見えない点にため息が漏れた。




