第二節 新しいお洒落と鍛錬場に旋律が訪れた
メルカド伯爵邸の池の畔に作られた拠点でルクレイとヴィオナは冷やした紅茶を飲んでいた。既にブカゾール工房主の姿はなかった。
「うやむやのうちにブカゾールさんが帰っちゃったね。本当は日傘の完成を見て貰う予定だったんだけど……なんかソワソワしてたから仕方ないか」
Dリングを見せクリートの説明と実演が終わったところでブカゾール工房主は拠点を後にしていた。早速作ってみるとドワーフ族なのに足早に駆けていった。
仕方がないので日傘の骨組みをルクレイはチェックして問題ないと判断した。
「それは『日傘』という物ですか? 支柱だらけの不思議な形をしていますよ?」
ヴィオナはルクレイが検分していた骨組みを横から触って首を傾げていた。
ルクレイは骨組みを開いた状態にして用意してもらった布を上から被せた。布は少し大きかったが裁断すれば良いのでうんうんと頷いた。
「そちらの布を付けるのであれば手先の器用な侍女を呼びますのでお待ち下さい。どのように付けるかを説明して頂ければ作業は侍女に任せられます」
ルクレイが布を骨組みに合わせて確認しているとユミナが声を掛けた。
「えっ?……そう? それじゃお願いしようかな」
布の扱いが上手いわけでもないルクレイは早々にユミナの好意に甘えた。
「これは骨組みにこんな感じで布を貼り付けるの。そうすると布で日陰ができるでしょ? 簡単に言えば手で持てるタープみたいな感じになるのかな」
ルクレイはユミナに頷き日傘の骨組みをヴィオナに手渡した。
「確かに手で持てますね。タープよりは小さいですが一人で使う分には十分な大きさですね。ちょっと重いかなって思いますが骨組み次第ですね」
受け取ったヴィオナは骨組みを開いたり閉じたりして重さも確認した。
「でしょ? さっきディーリングを作ってて思ったんだけど『ちょう硬い』のレジンで骨組みの広がるところを作ってもある程度は耐えられそうだよね」
重さであればDリングをケースと繋げるために作った棒が良い感じだった。
「そうですねぇ……。ちょっと硬すぎて強度的な不安を感じますが素材としてはアリという感じでしょうか。試す価値はありそうな気がします」
ヴィオナは以前作った『ちょう硬い』のレジンの強度に多少に不安があった。
「これ持ち手の部分と布の部分を工夫すればお洒落になると思うんだよね。遮光性を落とす事になるけどレースとかで飾ったらお洒落になると思わない?」
「……! イケます! お洒落用という選択肢はとってもあります!」
ルクレイのお洒落発言を聞いたヴィオナのテンションが突き上がった。ユミナを手招きして相談し骨組みをユミナに託した。
「これはドレスを着た時のお洒落にも使えそうなのでお母様とリランに話を持っていきます。聞かれた時に渡せるようにレジンの骨組みだけ後で作りましょう」
ヴィオナの仕切りにルクレイは『またやっちゃった』と少し頬が引き攣りながらも頷いた。木材で型を作って固めれば骨はできるとルクレイは考えた。
「でね、あの日傘なんだけど大きくした物も作ろうと思ってる。大きな日傘は遮光性を高めにしてテーブルに支柱を差し込む形で使うのを想定してるんだよね」
「えっ?……それって庭園に予定している食事する場所に使う感じですか?」
ルクレイの提案にちょっと意表を突かれたヴィオナは確認の質問をした。
「そうだよ。テーブルを必要に応じて出し入れするって言ってたでしょ? 屋外だから日除けは欲しいけどタープでも結構設置が大変だと思うんだよね」
ヴィオナの問いにルクレイは頷いた。
「……アリですね。必要数分のテーブルを置いた後に大きな日傘を挿して開けば日除けが付くというのは凄いです。馬車の移動で休憩時にも活用できますね」
ヴィオナがルクレイの案を検討して十分に活用できると判断した。
「この件は執事長に話を持っていきましょう。馬車にタープを張るかテーブルに日除けを付けるか選択できるのは執事長が絶対に興味を示します」
ヴィオナはまたもユミナを手招きして相談し二人で頷き合っていた。
◇ ◇ ◇ ◇
ルクレイは午前中に始めていた小山の斜路作りを再開するとヴィオナに告げた。ヴィオナは一緒に小山の拠点に移動する事にした。
「ユミナは明日が騎乗試験ですからナンニと仕上げをしてきてね」
ヴィオナは移動するにあたってユミナに騎乗鍛錬に入るように指示した。この試験に通り侍女長が認めれば戦闘侍女の資格を得る事になる。
「もう騎乗試験まで来たのかぁ。ユミナは頑張ってるけどヴィーも主人としてちゃんとフォローしていて偉いね。ユミナがいないと寂しいでしょ?」
ヴィオナをエスコートしながらルクレイはヴィオナの頭を撫でた。
「今の寂しさより未来の楽しさ優先ですよ? 戦闘侍女の資格があれば洞窟にも入れます。もちろん、ナンニの対魔物訓練も必要になってきますが……」
ヴィオナは将来に渡り一緒にいられる事を優先すると言葉にした。
「ナンニの対魔物訓練は洞窟の方がやりやすいと思う。『深緑の湖』に向かう道筋で魔物と戦うからナンニには魔物を見慣れてもらうところからだね」
タイミング的に魔物との戦闘は予定内なので行動予定が立てやすかった。
「そうですね。ユミナも魔物は知識のみですから馬車の風壁魔道具内で観戦してもらいましょう。動物と違って霧散して消える事の良し悪しも考えさせます」
魔物は討伐すると黒い霞になり消える。死体が残らない事は戦闘後の死体処理が不要という利点になるが戦闘中は欠点にもなる点を理解させたかった。
特にユミナは斥候職として戦闘侍女の資格を得るので重要な点だった。
小山の拠点に到着するとヴィオナは骨組みを試作するためレジン液を作り始めた。ルクレイは小山に駆けるための斜路を作りに小山に向かった。
地上から一層に上がる斜路は斜面より少しだけ緩くなっていた。道幅は4mほどとして道の両側に水を流す20cm程度の水路が掘ってあった。
「当面は斜路も土を転圧した状態で様子見だな。今のところ傾斜は15度ぐらいだから斜路は7.5mぐらい……距離的に短いけど瞬間的な負荷は掛けられる」
地上から一層に向かう斜路に対しては念入りに転圧しながら登った。
「一層から二層は角度を下げて距離を伸ばすと。平面長を3mほど増やして9mぐらいにすると……一層の平らな部分は横が28mで縦が20mほどか……」
ルクレイはざっとメモで計算して平面として使うにはそれなりに十分と判断した。一層から二層に向かう斜路の角度は浅くなるが問題ないとした。
「二層に向かう斜路の左右に余裕があるから……石壁を設置するか。2m程度の壁は簡単に乗り越えられるけど…角度がきつめなら手足が鍛えられるな」
適度に足場を置けばつい足場を使って登る事になる。手足で身体を引き上げていく動作になるし鎧を着れば負荷をどんどん上げられると考えた。
頭の中で斜面を石壁に置き換えた時に良さそうな角度を考えた。直角は面白くないと考えて楽そうな視覚効果を考えて80度程度の角度で仮置きした。
「そうだ! 斜路の左右にある斜面を両方とも石壁にしなくても良いじゃん。左側を80度の石壁にして右側は50cm段差の階段を置いておけば足腰の鍛錬になる」
二層の斜面は石壁と階段で違う役割を割り当てる事にした。どこまでも鍛錬設備を充実させて騎士たちを鍛錬させようと考えていた。
「90度を基準としたボルダリングは別途5mぐらいの高さで設置しよう。一層から二層にある斜面は一部を石壁の斜面にして斜路とは違う鍛錬設備だな」
どんどん手足に過酷な鍛錬設備が小山に計画されていく。誰も止めないためバランスやジャンプ力を鍛える鍛錬設備もルクレイは計画していくだろう。
◇ ◇ ◇ ◇
本館から執事が小山の拠点に駆けてきた。探知の鍛錬も続けているヴィオナが真っ先に気が付いた。ヴィオナはイヤーカフに魔力を流した。
『本館から駆けてくる人がいるわ。あと馬が馬房に移動してるからお客さんみたい。本館に入っちゃったみたいでお客さんは判別できないわ』
ヴィオナがルクレイにイヤーカフでお客さんの来訪を伝えた。
「ドォスーーン!」
二層に続く斜路が終わりルクレイは石壁を造石した。安心安全の安山岩である。ルクレイは石壁が倒れないように位置を整えて拠点に向かって歩き始めた。
「ヴィオナ様、ルクレイ殿。先ほど『涼風の旋律』の方々がお見えになりました。旦那様の指示でラウンジにご案内して休憩頂いております」
「きゃぁ~、フィオ様たちが遊びに来てくれたのね!」
訪問者の素性を聞いてヴィオナのテンションが弾け飛んだ。ヴィオナはルクレイに顔を向け「連れてって」とお願いした。
ルクレイは「良いよ」と微笑みヴィオナを横抱きにして空中に駆け上がり本館に向かって疾走した。駆けながら「玄関先に回るよ」とだけ伝えた。
「遊びに来てくれるなんて嬉しすぎるわ。わたしが生まれる前に一度だけリガレアに来たことがあるの。それを知った時は早く生まれなかったのを後悔したわ」
ヴィオナはリューウェンで『涼風の旋律』と出会い再結成を聞き憧れが再燃していた。そしてわざわざリガレアまで来てくれたと感激していた。
『この訪問はたぶん遊びだけではないだろうな』
ルクレイは時期を考えリガレアに来るタイミングが不自然に感じた。そう思いはしたが特に困らないしヴィオナが喜んでいるから良しとした。
玄関先に降りてヴィオナを降ろすと玄関を開けヴィオナが駆け出した。ルクレイは苦笑いを浮かべヴィオナの後ろを追い掛けて行った。
ヴィオナはそのままラウンジの扉に突入し開け放った。
「あー、フィオさん! 遊びに来てくれて嬉しいです!」
扉の前に現れたヴィオナが歓声を上げそのままフィオに抱きついた。後から扉を入ったルクレイは一直線に飛び込んでいくヴィオナに苦笑が浮かんだ。
抱きつかれたフィオは目を丸くして「久しぶり?」と困惑が隠せないままヴィオナに挨拶をした。
ルクレイはクスッと笑いヴィオナに近寄っていく。




