第一節 サップに付ける部品とキャンプ道具の充実思考
早朝のメルカド伯爵邸にあるガゼボでルクレイはいつものように女神様にお祈りを捧げ。その後はガゼボの中で木材に加工を施していた。
「金属を簡単に形作れれば良いんだけど……難しいなぁ。ブカゾールさんのドワーフ魔法は凄いよなー。土属性で似た事ができるみたいだけど……保留中だし」
完成したSUPに付属する部品を作るための準備をしていた。テーブルの上には加熱魔道具と小さな鍋でレジン液も用意していた。
メモにはDリングと半回転すると収納できる収納ケースが描かれていた。これらの部品をルクレイはレジンで作ろうと型をコツコツと作っていた。
「ヴィーが乗るからサップ上は突起をなくさないとね。クリートも付けたいけど突起は危ない。バウとスターンに持つ部分を付けたいけど……今は保留だな」
Dリングと収納ケース部分の型を木材で完成させ次のステップに進む。
「本来のレジンと違ってこっちのレジン液は木材に固着しないから型は作りやすい。その代わりレジン液で木材を固着できないから痛し痒しだよなぁ」
レジンはあくまでも繊維であって樹脂ではない。魔力で固まる点が樹脂のレジンに似ているためルクレイが名付けた。
木材製の型にソフィア指標で『ちょう硬い』配合で作ったレジン液をそっと流し込んでいった。Dリングは簡単だったが収納ケースはちょっと面倒だった。
SUPの備品としてDリングを付けようと思った理由は遊びのためである。本来は荷物の固定などに使うDリングをルクレイは最初から遊び要素で考えていた。
「レイ、おはよー」「おはよー」
ガゼボにヴィオナとユミナが入ってきてルクレイと挨拶を交わした。
「何か工作してるの?」
ヴィオナは用意されていた椅子に腰掛けてルクレイの手元手を覗き込んだ。作っているのがレジンと気が付きスッと距離を取った。
「ちょうど入れ終わったから大丈夫だよ。ちょうど手が離せなくてヴィーをエスコートする機会が減って残念。これをヴィーに魔力で固めてもらって良い?」
ルクレイのお願いに「いいよー」とヴィオナは笑顔で答えた。
「ありがとー。……相変わらず綺麗な魔力照射だよね。レジンも綺麗に固化してるし簡単に取り出せた。これサップに付ける部品のサンプルなんだよ」
ルクレイは取り出したDリングとケースを仮組みした。半回転させる軸の位置を決めて2mmほどの穴をドリルビットで開けた。
続いてルクレイはレジン液の入った小鍋を攪拌棒で撹拌し始めた。そして魔力くんに『2mmだよー』と伝え小鍋の中に魔力を照射した。
ソフィア指標の『ちょう硬い』配合はかなり硬い固形物になる。撹拌されたレジン液の中で魔力照射された部分から固化し棒のようになった。
棒を取り出したルクレイは適度な長さで折りDリングとケースに開けた穴に通して固定した。長さを調整しレジン液を垂らし魔力で固めた。
Dリングを回転させ出し入れを確認してからヴィオナに手渡した。
「これは……クルクル回って面白いですね。これって名前あるのですか?」
「あるけど馴染みがなさ過ぎるから『半輪金具』ってどう? もしくは輪はリングだから『ハーフリング金具』の方が分かりやすいと思う?」
ルクレイは名付け案を提示してヴィオナに確認した。
「そうですねぇ……『半輪金具』にしましょう。少し分かり難いですがサップ用という事は主に水上で使うことが多い部品ですよね?」
ヴィオナはサップ用の部品と聞いたので用途はかなり狭いと思った。
「ロープを繋ぐのに使うから陸上でも十分に使えるよ。そうだなぁ……だったら意味が分からなくなるけど『ディーリング』ってのはどうかな?」
無理に変な名前にするよりも語感でルクレイは提案し直した。
「それは良い響きなので『ディーリング』にしましょう」
ヴィオナから快い承諾が得られたのでルクレイはホッとした。
「あとちょっとだけ手を入れてブカゾールさんに型と部品を渡してこよう」
ルクレイがストッパーになる突起をDリング側に作り始めた。
「ルクレイ様、昨日の夕方にレベナからタープが届いています。そちらを見せるのを兼ねて午後にブカゾール工房主を招待してはいかがでしょうか?」
ユミナが冷やした紅茶を配膳しルクレイに声を掛けた。
「あれ?……もう帆布の手当てが終わったの? 小山を造成してる間にどんどん進んでるね。じゃ、それで先触れをお願いするね」
ルクレイがユミナに先触れの手配をお願いした。
「分かりました。送られてきたタープは池側の拠点に設営すると執事長が申してました。侍女が作っていた椅子もそちらに仮置きしたとのことです」
「色々とペースが早いね……。無理してない?」
ユミナの報告を聞いてルクレイは少し心配になり尋ねた。
「大丈夫よ。小山を数日で造成するよりは無理してないわよ?」
ヴィオナが目を細めてルクレイを揶揄り始めた。ルクレイはあたふたとヴィオナに「ヴィーと遊びたくて急いじゃった」と急いだ事を認めた。
「……池で遊べるようにお父様とお母様の説得はお願いしますね」
ルクレイのぶっちゃけにヴィオナは頬を少し赤くしてルクレイにお願いした。
◇ ◇ ◇ ◇
その後はいつもの鍛錬を始めた。騎乗試験を控えているユミナはナンニを迎えに馬房に向かった。ルクレイとヴィオナは鍛錬場の端で話し始めた。
「足場が悪い事を想定した鍛錬をしようかなって思うんだ。水壁や風壁の上で戦えば関係はないんだけど頼り過ぎは足元を掬われるかもしれないからね」
「確かに風壁の上で戦う事には慣れましたが……地上での鍛錬は減ってますね」
「という事で鍛錬場の全面をデコボコにすると怒られそうなのでこの端を使います。適当なウネリを作るから少し試してみようと思うんだ」
ルクレイは足元に魔力を流し込み周囲の土に土属性で干渉しウネリを作った。
「それはどういう魔法ですか?」
足元がウネウネと動いて平らだった地面にウネリが作られていった。
「魔法というよりは魔力で干渉してる感じ? 土属性の魔力で土を動かしてる感じかな。ヴィーの場合は風属性の魔力で周囲の空気に干渉できるよ?」
ルクレイの言葉にヴィオナは「試してみます」と周囲の空気に干渉しようとした。しかし首を傾け「干渉って何をすれば?」と早々にルクレイを頼った。
「空気への干渉は操作する感じになるかな。空気を集めたり散らしたり移動させたりって感じ? 空気にちょっとどいて貰うとかそんな感じでも良いかも?」
ルクレイは感覚的な言葉にしてヴィオナに伝えた。その中でルクレイは土に対して『盛り上がって』といった操作を魔力くんにお願いしていると話した。
「盛り上がって貰うと周囲が盛り下がるんだよね。なんていうか、布を摘んで少し持ち上げるような感じ? だから出来るのはウネウネくらいなんだよね」
ルクレイの話を聞いたヴィオナは目を瞑った。両手を胸の前に差し出して『手のひらの上に集まって』と集める形を魔力ちゃんに伝え空気の操作を始めた。
ルクレイは地面のウネリを確認して少し調整を入れた。目視できるウネリは足場の鍛錬として弱いとルクレイは思い何らかの隠す方法を考え始めた。
ウネリを隠す方法にルクレイの思考が移ったところで空気の動きを感じた。微風でもない空気の動きがヴィオナを中心に渦巻き周囲に伝搬していた。
『目を瞑って風を纏ってるヴィーは風の女神様としか言いようがないなぁ。手の上に魔力が集まってるけど身体の周囲の魔力も風を集めて神秘的で可愛い』
「集めた風はどうすれば良いのですか?」
目を開いたヴィオナが首を傾げてルクレイに質問した。
「集めても圧縮していないから特に役には立たないかな。とはいえ集めた空気をギュッと圧縮すると解放した時が危ないから注意しないとだよ?」
「空気の圧縮と解放ですか……」
ヴィオナは手のひらに空気を集めたり離したりを繰り返した。本人は意識していないが周囲の空気を簡単に操作して扱えるようになっていた。
『んー、やっぱりヴィーの才能は凄い。特に無意識に近い状態で出来ることがグンと増えていく。空気を作るようになるのも遠くはなさそうだな』
既に習熟の位置に立っているヴィオナにルクレイは余計と思う言葉はかけない。周囲の空気を操れば空中での機動は更に良くなるので気付きを待つ事にした。
ルクレイは近くを通った従僕を呼び止め庭師に鍛錬場の端に背が少し高い芝生を植えるように伝言を頼んだ。草で足元を隠しウネリの効果を上げる事にした。
◇ ◇ ◇ ◇
「忙しいところ呼び出してごめんね。前に作ってもらった支柱を使ったタープが完成したから見てもらいたいのと……またお願いが出来たんだよね」
ルクレイは午後になり尋ねてきたブカゾール工房主に挨拶して本題に入った。
「いえいえ。タープは気になってましたので見れるのは嬉しいです。あと折り畳める椅子も見れると聞いています。こちらからは日除けの支柱を持ってきました」
ブカゾール工房主は荷物から日傘の骨組みを取り出しルクレイに渡した。
「もう出来たの! これから暑くなるし日差しも強くなるから助かるよー」
ルクレイはブカゾール工房主に礼を伝えユミナに色が濃い布の手配とレジン液の準備をお願いした。ユミナが侍女や従僕に指示を出し準備を始めた。
ブカゾール工房主と池の畔にある拠点へ向かった。ルクレイはエスコードするヴィオナと一緒に歩きブカゾール工房主にレジンで作ったDリングを渡した。
「これは……面白い絡繰りですな。構造はとても単純ですがリングの部分が隠せるというのが新しいです。この半分のリングは何に使う物なのですか?」
ブカゾール工房主はDリングを収納ケースから出し入れして感嘆した。
「サップという木の板に埋め込んでロープを縛るのに使うよ。用途は他にもあるけど今はそれぐらい。で、他にも作って欲しい金属部品があるんだ」
池の拠点に着くとブカゾール工房主が「これはこれは」とタープに食い付いた。六角形のタープは従来の四角形に比べて不思議と狭苦しさを感じなかった。
「タープを留めるロープは増えますが支柱が二本だと雰囲気が変わりますな」
タープの周囲を回りガイロープに触りブカゾール工房主は忙しなく検分した。
「支柱は二本ほど使って一辺を持ち上げて使った方が良いかな」
二本の支柱を追加で立てた。ガイロープを張り直し片側を持ち上げた。
「なるほど! 支柱は増えますが形の自由度があがりますな。これなら風が出てもある程度は対応できますし日差しも遮りやすくなりますな」
ブカゾール工房主は一目でヘキサタープの特質を見抜いた。
「このタープは『ヘキサタープ』とレイが名付けてます。椅子は『キャンプチェア』と名付けてますからどんどん使ってね」
ヴィオナがヘキサタープに関心を示してるブカゾールに名付けを告げた。
「あっ、ヴィー。椅子の方なんだけど『キャンプチェア』は分類的な感じの名前なんだ。この椅子は背が低いから『ローチェア』って呼ばない?」
「良いですよ。ではこの椅子は『ローチェア』という名前にしますね」
ヴィオナは頷いてユミナに視線を向けてメモを促した。
◇ ◇ ◇ ◇
「ちょっと作ってもらいたい物が増えちゃった。まずはロープを留める留め具なんだけど少し変な形だけど作ってみて欲しいんだ」
ルクレイはブカゾール工房主に話し掛けメモにクリートの絵を描いた。
クリートの横にルクレイはしれっと焚き火台の絵も描き始めた。天板を支柱が支えるだけの簡単な構造とした。直火を避けるだけの簡単な物だった。
ヘキサタープとローチェアを見たルクレイが欲しくなっただけだった。
「これは焚き火台ね。天板の上で焚き火するだけの物で単に地面の上で焚き火すると地面が汚れて見窄らしくなるのを避けるために使う感じね」
地面を綺麗に使うための道具と聞いてブカゾール工房主は目を丸くした。
「綺麗に……ですか。確かに焚き火は後からでも焚き火をした場所は分かります。野営地などは焚き火の跡だらけですからな。台の上でやれば綺麗ですな」
ブカゾール工房主も野営地で焚き火の後は見苦しいと感じた事は多かった。
「こっちはロープを留めるのに使うよ。実際に試してみると単純な構造だけど便利に使えるのが分かるんだ。ちょっと実演してみようか……」
ルクレイは『直径2cmで長さ20cmの円柱を花崗岩で』と魔力くんに伝え造石を発動した。空中に現れた石棒をヒョイッと石棒の真ん中を右手で掴み取った。
「ヴィー、ロープで指示した通りに結んでみて」
ヴィオナは頷きロープを受け取って石棒の回りにロープを回していく。
「最後にロープに輪っかを作ってひっくり返して石棒に引っ掛けて」
指示を受けたヴィオナは輪を作りルクレイに聞きながら輪を返して引っ掛けた。ヴィオナにロープの端を引いて締めてもらい反対側を引いてもらった。
「凄い! クルクルしただけなのに引いても動かないわ!」
留めたロープを引くがヴィオナがグイグイ引いてもびくともしなかった。
「帆船でロープを留める時に似た感じの留め具を使ってたよ。ただ、ちょっと留める手間が多いのが気になってたんだよね。これなら簡単に留められる」
ルクレイは帆船で使っているロープの留め具が金属の輪な点が気になっていた。
「すげぇ……。船は分かりませんが陸でもロープを留める方法は何種類か考えられてます。基本は輪に結ぶのが多く結ぶのも外すのも面倒なんですぞ!」
ブカゾール工房主は力説したがルクレイは基本はロープワークと聞き流した。
「基本的にロープの結び方しだいだと思う。帆船の場合はロープを留めるのに沢山の手間が掛かると操船に影響するからこんな感じで手抜きをしようかと」
帆船で留めたいロープは基本的にクリートの構造と相性が良い。陸上で汎用的に使えば使い難い場面はいくらでも存在するのでルクレイは除外していた。
「手抜き?……あー、確かにこの構造の部品にかなり依存するから作業としては手抜きと言える……のか? いや、普通に便利な道具だと思いますぞ」
話の流れを逸らされブカゾール工房主は少し落ち着いた。ルクレイが作って欲しいという道具はどちらも単純な構造だった。
「すみません興奮してしまいましたな。作る件は問題ないので試作してみます」
落ち着いたブカゾール工房主は作って実際に手にしてみようと頭を切り替えた。
「あっ、どちらも海で使う前提なので最終的には魔鉄で鋳造してください」
ルクレイの何気ない一言にブカゾール工房主は目を丸くした。魔力が通り難くドワーフ族も苦手な金属である魔鉄をルクレイが普通に使おうとする事に驚いた。




