第六節 馬車の設計ミスと小山の設計ミス
昼食が終わりラウンジで紅茶を飲んでいるとリゾリカ工房主の訪問が告げられた。予定にはなかったがルクレイは工房の拠点に案内するよう指示した。
ヴィオナは話している間はラウンジで細いレジン糸を作ることにした。
ルクレイが離れの馬車止めに作られている拠点に到着するとリゾリカ工房主は既に到着し待っていた。お互いに挨拶を交わしテーブルを囲んだ。
「今日は先日お話のあったトイレの試作品が揃いましたので渡しに来ました。あと馬車の話を少ししたいと思っています」
リゾリカ工房主が話し始めた。
「もう試作品が出来たのですか? 確か構造図を元に若手に作らせると言ってたように記憶してます。リゾリカさんから見てどうでした?」
ルクレイは席を立ち従僕たちが運んできたトイレを検分し始めた。
「構造図を見て理解した者はさすがにいませんでした。図の説明をしてみたところ五名ほどが理解を示したので試作を指示して完成した物です」
トイレの試作品はかなり丁寧な仕上げになっていた。全体的な印象に違いはなく構造図の外形については理解はきちんと成されていた。
トイレは四角い小部屋のコーナに置かれる前提となっているため単体で見ると歪な形をしていた。小部屋に斜めに座る事になるためイメージが難しかった。
「用を足す場所は構造図通りとなっていました。ここは座面の仕上げによって変化が出ると思われます。試用して使い勝手で変わると考えてます」
リゾリカ工房主は工房主として確認した内容をルクレイに説明し始めた。
「今回はカンコールが出かけていましたので魔道具は設置場所のみを加工してあります。木屑を入れる場所は工夫を許可したので多少の差異が出ています」
作品によっては引き出しの物もあれば上部が外れ取り出せるようになっている物もあった。現在は二作目を試作させている途中と説明した。
「工夫を推奨したのは良かったです。上部が外れる形も使い勝手は悪くなさそうです。これらの作品はこっちでも試用してみます」
ルクレイが従僕に消臭魔道具と調湿魔道具を持ってくるように指示した。
「カンコールさんはもう少しリューウェンにいると思うので魔道具は僕の方から渡す事にします。戻る時に持ち帰って試作してる人たちに配ってね」
ルクレイの配慮にリゾリカ工房主は感謝の言葉を口にした。それに対しては必要なものだからとルクレイは感謝を受け取ったが準備不足だった点を謝った。
話をトイレから馬車に変えるとリゾリカ工房主がまず謝罪を口にした。
「許可を頂く前から従業員に作業を行わせてすみませんでした」
「いや、それは問題ないよ。僕の方もバタバタして手が付いてなかったし。それより構想のミスを手当してくれていたので助かったよ」
ルクレイは当初は客車の前側に扉を配置していた。台車から外した客室だけを見て考えたミスである。馬車には車輪があるにも関わらず考慮しなかった。
そのため前側に付けた扉は車輪の位置に配置されていた。
「扉がない状態で外板が付いてるのを見てやらかしに気が付いたよ。一人でコツコツやってたら台車に乗せた時に気が付く感じになってたよ」
馬車は既に車軸も交換され台車に客室が乗せられていた。外板を付けてから乗せるのが大変になるからである。ルクレイは全体を見て気が付いた。
ルクレイ単独で作業していれば間違いなく客室が完成して乗せやらかしに気が付いていた。使えない扉を見て途方に暮れていただろう。
ルクレイはリゾリカ工房主に感謝を伝え内装の話に移った。座席の位置は変えずに扉を想定した空間は収納する空間に変更すると伝えた。
「空間に無駄が出るけど試作と考えて無駄を残そうと思う。なので座席の位置は変えず大きさも変えない。座面の試作品は工房にあるので従僕に声を掛けて」
シャワールームは予定通り後右側に小部屋を作りスライド式の仕切りで客室内と空間が分けられる点も予定通りとした。
厨房部分も予定通り可動式の設置とした。これはドレスを着たヴィオナが通る動線に障害物を置かないためである。動線の確保が設計上も重要だった。
その動線を持たせるため座席とテーブルが配置された。右側の座席とテーブルは近い位置に設置された。テーブルは折り畳めるが狭い点は変わらなかった。
それに対して左側の座席とテーブルの間は広くドレスを着ていても問題なく通れるように配慮されていた。ドレス姿のヴィオナ基準の設計である。
そしてヴィオナがドレスの時は専属侍女のユミナも同行するためドレスを着用する。そのため左側の座席は完全に女性用として使われる。
「基本的にドレスを着て乗るのはヴィーとユミナだけの想定。左側はとにかく空間を確保して後ろの扉まで物を置かない形にして動きの邪魔をしない」
ルクレイは断言し厨房設備の使い勝手は落ちるが諦める点を強調した。
「右側の座席は四単位だけ左側より長くしてる。これは女性がドレスで同乗する場合の逃げ場だね。その場合は原則としてユミナが右側に座る」
左側の座席は十六単位で一人で八単位としていた。右側は二十単位で左側より四単位ほど長かった。右側は詰めれば三人が座れる計算だった。
「右側はリオとリクにリドルが来ても座れる感じで長さを決めたんだけどね。あの子たちなら六単位あれば座れるから」
ルクレイは双子とリドルは少し狭いが押し込むと言いクスッと笑った。
リゾリカ工房主は話を聞きながらルクレイが作った絵にメモを書き込んでいた。固定する内装を決めて内装の作業も始める許可をルクレイに求めた。
「お任せ過ぎて心苦しいんだけどお願いする。もうこれはリゾリカ木工工房が作る新造馬車だよ。僕はもうそのつもりになったからぜひ完成させて欲しい」
ルクレイは口は出すが基本的に手を出さないと宣言した。馬車の構造などもリゾリカ木工工房に帰属すると宣言したに等しくルクレイは権利を放棄した。
「それは……さすがにまずいです。ルクレイ殿が考案した物が多数入っています」
ルクレイはニヤッと笑い「共同開発したと言う権利も付けます」とリゾリカ工房主がルクレイと共同で作ったと言う権利だけを渡した。
リゾリカ工房主は絶句した。馬車の構造に対する権利ですら過剰な報酬だった。そこに王都で絶大な知名度を誇るルクレイと共同開発という名誉だった。
ルクレイはそれほど意識していないがルクレイと繋ぎを取りたいと考えている貴族家は多かった。友好的な関係を求めるが故に接触して来ないだけだった。
しかしルクレイは共同開発という状況を既に作り始めている事に気が付いていなかった。王都では商品にルクレイの名が関わる事態は目前に来ていた。
◇ ◇ ◇ ◇
リゾリカ工房主が拠点から工房に帰っていった。ルクレイはイヤーカフで話し合いが終わった事を伝えトイレに木屑を詰める手順を従僕に説明した。
従僕数名が集まってきたのでルクレイは自作した消臭調湿魔道具を取り付け使い方も説明した。そして従僕たちで使って感想を集めるようにお願いした。
従僕たちは「畏まりましたー」とトイレを掲げて笑顔で駆け出して行った。
ルクレイが「なぜ笑顔?」と首を傾げているとヴィオナが侍女を二名連れて拠点まで移動してきた。
「ユミナは今日も鍛錬?」
「今日は体術の確認試験がありますので午後は外してますよ。昼食中も昼食後のラウンジにもいなかったの気が付きませんでした?」
特に伝えていなかった点は置いてヴィオナは目を細めて揶揄り始めた。
「もう体術の方は確認試験まで進んだの? 斥候として戦闘侍女を目指してるって聞いたけど気配は元々消せるから体術と騎乗技術が課題だったよね?」
ルクレイはとりあえず残る課題を確認した。
「そうですね。戦闘侍女の認定は侍女長が行いますが気配を消す課題は最初から除外でしたね。眼に関してもお祖母様が認めましたし残るは騎乗だけです」
侍女としてユミナの気配消しはルクレイも凄いと思っていた。
「ヴィーがそう言うという事は体術は問題ないんだね。深緑の湖には馬車で向かうから専属侍女のままでも大丈夫だけどナンニで騎乗はクリアできそう?」
残る課題は騎乗と聞いてルクレイはヴィオナに確認した。
「大丈夫だと思います。レイも知ってると思いますがナンニは結構優秀な馬ですからね。優秀だからわたしの借馬になったわけですし」
「それもそうか。ヴィーの魔力に緊張しすぎて外からは信頼が築けていないって判断された。でもユミナを乗せてる時は僕たちの移動に付いてきてたね」
思っていたよりもユミナが戦闘侍女になる時期は早そうだった。ヴィオナの専属侍女なので戦闘侍女として動く事はないが冒険で置いていかれる事はなくなる。
◇ ◇ ◇ ◇
ルクレイとヴィオナは場所を小山の拠点に移した。ヴィオナは時間つぶしを考えてレジンの準備と木材を従僕に頼んでいた。
拠点を移してヴィオナを残してルクレイは小山の作業を見直していた。
『やばい……。これ五層も積んだら崩壊まっしぐらだった。そもそも斜面がきつすぎる。既に崩れ始めてる場所あるじゃん。これきちんと考えないとダメだ』
ルクレイは小山の一層目を確認して頭を抱えていた。
ルクレイの構想は一層を3mとして五層にしようと考えていた。とりあえず池の土を積み上げたが斜面が急すぎる事に小さな崩落を見て気が付いた。
「坂を作ろうにも入口を考えてなかったのが痛い。入口を考えれば明らかに最初の構想がおかしい事に気付けたはずなんだよな。斜面の再計算だよ……」
ルクレイはトボトボと拠点に戻りヴィオナに構想が破綻した事を伝えた。
「レイにしては珍しいですね。斜面をどれぐらいにするかは分かりませんが話は聞けますよ? とりあえずメモに書きながら整理してみましょう」
ヴィオナは侍女にメモ紙と書くペンを頼んだ。
「まずは基本的な事からメモにしていきましょう。こういうのはレイの方が得意ですから言葉にしてください。記録はちょっとお願いしますね」
侍女の一人に記録をメモに残すように指示をした。
「えーと、基本的な情報だと……小山は入口から見て奥行きは六千単位で幅は四千単位あるかなり綺麗な楕円形だね。数字は目測ね」
ルクレイは基本となる小山を設置する底面の大きさを言葉にした。
「んー、わたしは単位を気にした事がほとんどないです。貴方は気にしたことあります?……ないですか。とりあえずメモに記録していってね」
ヴィオナも侍女も長さというのをあまり意識していない事が発覚した。
「前にセンチって作ったでしょ? 今のところ長さを強く意識してる人って少ないんだと思う。正直、今まで単位に触れたのって製材工房だけだよ」
ルクレイはこの世界が長さに無頓着な事に随分と前から気付いていた。前世の記憶から10cmぐらいの長さを『単位』と呼んでそれだけだった。
ルクレイは長さに触れたのが製材工房だけなので木材がある意味で基準を担保している可能性を考えた。後は全て現場合わせという世界である。
歯車をある程度の精度で作るには『単位』では無理だった。そこで十等分したひとつを『センチ』と勝手に名付けてレベナとリガレアで使っていた。
「この広さに高さが三百単位の段を五段作ろうと考えてたんだ」
ルクレイの一言に反応する人はいなかった。前世の記憶から斜面は勾配で考えるという事は思い出したが勾配が何だったか直ぐには思い出せなかった。
単純計算で横幅の四千単位は40mである。斜面として使える平面長は20mという事になる。高さは千五百単位で15mとなる。つまり勾配は75%になる。
ただ積んだ土で勾配が75%は行政指導まっしぐらなレベルであった。




