第33話 王女様はちょろイン?ちょろ淫?
「お久しぶりです、ルイス様」
慣れた様子で優雅にお辞儀をするエミリア王女殿下に見とれていたものの、慌てて僕もお辞儀で返した。
記憶の中のルイス=ストレイを参考にしたつもりだが、どこかぎこちない所作になってしまったのは自覚がある。
「ふふっ、緊張なされているのですか?」
「あ、あははは……実は……はい」
僕はおどけたように頭を掻いた。
王族を前に挨拶する機会など、前世の僕はもちろん、記憶の中のルイス=ストレイですら片手で数えるほどしかない。
そのうちの一度は、エミリア殿下との縁談が決まった際の顔合わせだった。
許嫁という関係は、母方の祖父――ストレイ家当主が宮廷魔術師として殿下の祖父に当たる先代国王に仕えていた頃に定められたらしい。
この世界では魔術の才能は遺伝するものと考えられている。
優秀な宮廷魔術師の血筋に、一般魔術師の十倍もの魔力量を誇った僕。
さらに名門ストレイ家の立場、セシリアの【深淵の瞳】。
こうした背景を踏まえれば、エミリア殿下との婚約は王国にとって大きな政略的意図があるのだろう。
……もっとも、王国が欲していた僕の魔力器は今や十分の一。
結婚して子を残しても、その力が遺伝するかは怪しい。
いや、もしかしなくても――魔力器の件が露見したら非常にまずいのでは?
バレればエミリア殿下との婚約は破断。
そうなればシイナの言ったように切腹が―――
「ルイス様。緊張されているのは理解いたしましたが、そろそろお掛けになってくださいませ。
こちらに紅茶とお茶菓子もございます」
「あ、あはは……はい、ありがとうございます」
僕の思考は緊張のせいと判断されたらしい。
案内されるままソファに腰を下ろす。
……今さらながら、相手より先に座るのはマナー違反だった気がするが、もうどうでもいい。
エミリア殿下も小言を挟むことなく、自らティーポットを手に取った。
僕が恐縮して「僕が」と申し出たものの、
「将来のお嫁さんが紅茶一つ入れられないと困るでしょう?」
とたしなめられ、これ以上は何も言えなかった。
紅茶を注ぐ姿。おすすめの菓子を語る声。
こちらの緊張を和らげるために近況を話す表情。
そのどれにも、敵意や嫌悪の色は見られなかった。
――作中のエミリア殿下は、ルイスを嫌っていたはずだ。
誰にでも優しいと評される彼女が、主人公視点では悪役に見えないルイスを監視し続けたのは不自然に思えた。
当時は「古くからの付き合いで過去に何かあったのだろう」と推測していたが――
実際には、彼女の持つ光の魔力がルイスの“漆黒の超越者”の気配を微かに感じ取り、本能的な不快感と警戒心を抱いていたのだという。
ルイスを最も早く“裏切り者”と見抜けたのは、その影響が大きかったらしい。
――byオフィシャルガイドブック。
だが今の僕は、本家の“漆黒の超越者”を失い、劣化した力を持つだけの存在。
敵対する理由はなく、美しい女性に嫌われないだけでも救いだと思えた。
初めて「紛いものの力でよかった」と心底感じた瞬間だった。
紅茶を口にしたエミリア殿下が、ふと微笑む。
「どうかされましたか?」
ジッと見ていたのがバレてしまったらしい。
「い、いえっ! なんでもありません!!
久しぶりにお会いしたらあまりにも美しくなられていて……こんな美人に嫌われたら嫌だなって―――あっ」
しまった!!緊張しすぎて心の声がそのまま口を突いて出てしまった。
やばい。これセクハラ? 不敬罪? いずれにせよ重罪だ。
「あ、いや違います! いや違わなくもないんですが、失礼でした!
本当にすみません!!命だけは―――」
2度目の死がセクハラ罪だなんてカッコ悪すぎる。
僕が勢いよく頭を下げた頭をチラリっと見ると、彼女はどこか年頃の女の子の様に微笑んでいた。
「……いえ。そんなに慌てられなくても。私は嬉しかったです。……から……へぇ?」
「?」
彼女の声に違和感を覚え、思わず頭を上げた。
赤く染まった顔。恥ずかしさ、というより熱に浮かされたような表情。
荒い息。もじもじ……してる?
「……エミリア殿下? 体調が優れないのでは?」
明らかな異常事態。
僕の不用意な発言で無理をさせた? それとも元々体調が悪かった?
いずれにせよ、このまま長居すべきではない。
「もし体調が優れないのであれば、本日はこの辺りで―――」
「いえ……体調が悪いわけでは……でも……そうですね、もしよろしければ私の部屋まで……エスコートしていただけませんか?」
「……あ、はい。それは構いませんが……」
――何だ、この違和感は。
本能が告げる。これは獲物を狙う捕食者に対する警戒心だ。
エミリア殿下に手を引かれるまま、僕は応接室を後にした。
……いや、手を引かれている時点で僕のエスコートは不要では? とは思ったが、殿下は決してその手を離してくれなかった。
「……あの、エミリア殿下?」
ほどなくして着いたのは、彼女の自室と思しき部屋だった。
扉が閉められ、鍵が掛かる音が響く。
「ルイス様……私たちも大人になりましたし……国の将来のために……跡継ぎのことなどを……」
「!!???」
頬を赤く染め、荒い息を吐く殿下。
――発情してる!?
いやいやいや待て。いくらなんでもおかしいだろ!!
全年齢対象のゲーム世界で、こんな生々しい展開はなかったぞ!?
……いや、エピローグで子供8人いたのは察する所があったけども!!
どう考えても異常だ。
原因は不明だが、魔法や毒による影響かもしれない。
じゃないと少し褒められただけで発情してしまったチョロイン王女様の烙印を押すことになってしまう。
いや確かにゲームでも主人公にあっさりなびいたとは思ったけど……もしかして立場上褒められなれてなくて…とか?
(まさか王国で使うことになるとは……)
僕は決して使わないと決めていた魔法を使用する。
バレたら即終了の禁忌の魔法。
だが今の僕には他に殿下を助ける術を知らない。
(“漆黒の超越者”――付与魔法、デバフ・クリア)
「うっ―――」
「大丈夫ですか?」
激しい立ち眩みと貧血が突然襲い掛かる。
魔力器が減った所為で、小さなものを生成するだけでも、身体への異変が激しい。
ポケットから黒布のハンカチを取り出す。
触れた者の状態異常を打ち消す効果を付与していある。
「王女様、ひどい汗です。これで額を拭かせてください」
「ルイス様も大概ですがね!?
ですがお願いします!!」
食い気味に言われると気圧されています。
既に身体がくっつく程に近づかれている。
殿下の女性らしい匂いが漂いながら、半ば腕を掴まれる形で額にハンカチを押し当てられて―――
「あっ、んっ……」
(まるで治ってない!!)
つまりこれは……素なのか!?
怖い怖い、褒められただけで発情する王女様なんて……。
ちょろインじゃなくて、ちょろ淫じゃん!!
「はぁ、はぁ……ルイス様……もう、我慢できません……」
「ちょ、ちょっと待って!!」
油断していると、殿下は僕の手を掴み、強引にベッドへ引っ張った。
そのまま顔を近づけ――――
視界の端に白いものが見えた。
もふもふした影。
僕の唇が触れるより先に、殿下の額にぷにぷにの肉球が押し当てられる。
バタッ―――と、殿下はその場に倒れ込んだ。
「ありがとう、ビヨン。助かったよ」
魔力を還してわかる。
ビヨンが気絶の付与魔法で殿下を無力化してくれたのだ。
「ご主人―――これはどういうことですか?」
「ひっ!!」
メンヘラタヌキが、タヌキなのに鬼の形相をしていた。
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